神聖霊の送還
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「……ふぅ……っ!」
思わずまた片目を抑えてしまった。光の刃で刺された傷はもう無いのに痛みを感じる……これを幻肢痛と呼ぶのだろうか。
「あんな化け物が、まさかその存在を伝説だけで語り継がれてきた神聖霊とは……」
初代魔王の城跡地を挟んで人の国から遠く離れた森の中で、私は日々呪いの研究に明け暮れていた。偶に解呪や異種族間の男女関係で噂を頼りに私に会いに来る者もいたが、あれほどまでに危険で、二度と会いたくないと思えた相手は他にはいない。
「……それを召喚した人間に盲目的とは、世も末だな」
床に跳ねてしまった赤い液体を、杖を振るって消した。乱暴な神聖霊様の後片付けだ。
(まあアレにこの身を傷つけられながらも、命があるだけ儲けモノだな……)
人間との間に子供を成す――精霊はそれがもっとも簡単な種族だ。なにせ体は魔力で出来ているので、私の呪術で人間の遺伝子情報を精霊の子の自我を構成する際に絶対必要な因子として認識させる。後は体液を――血でも唾液でも――取り込んで自らの核を再生可能な量だけ切り取り、新たな精霊として生み出せばいい。
行為に関しても、魔力で一時的に人間の体を真似できる様に精霊が使う伝達魔法で詳細な情報を教えるだけで、後は本人が感覚だけで作り出せるだろう。魔力量もそれを操る技術も申し分はない。
「……問題は精神だった訳だが」
どこか他人事の様に私はカップに口を付け、中の黒く苦みのある液体を舌へ流した。
「思考も態度も行動も、まるで外見と同じ大人の様に振舞っておきながらその実、知識も経験もないせいで普通の精霊よりも情報の吸収が正確でありながら衝撃的に刻まれてしまったな」
カップを机の上に置いて、本棚を見た。一番上の段は数冊を残して空きが出来ている。
「人体の詳細図に官能小説まで……知識の吸収だけでなく、あれでは本物の人間の様な欲求まで芽生えてしまう、否、もうすでに芽吹いてしまったか」
是非とも件の人間には私の分も苦しんで……いや、そうではないか。
「長生きして貰わねば、ならないかもしれないな」
本棚に残された本を一冊に目を向けた。その本の外装に題名も著名も書かれていない。内容を知っていなければ大半の者はこれを読もうとは思いもしないだろう。
こんな論文、書いた本人以外、覚えておく事もないだろうが。
私はその最初の一説を呟いた。
「魔王の力の源は、長い間この世界に召喚されなかった召喚獣達の悪感情が原因である――」
――唯の、変わり者の私が書いた絵空事であれば良いのだが……
***
「そろそろ到着致します。準備はよろしいですか?」
「あ、あぁ……」
ファーレイが子供を産める体になってから――その言葉を信じるのであればだが――1日が経過した。少なくとも彼女の中では本当らしく俺との物理的な距離は縮み、肌が接触する機会が多くなった。
ある時は体を押し付けられ、またある時は強く抱きしめられ、明らかに俺を誘っている。
(それでも俺から手を出さなかったのは童貞だからなのか、子供を作る事に慎重になっている故か……多分、恐怖が一番大きいんだろうな……)
神聖霊だが見た目も鎧の中から見せてきた肌もまるで人間の様なファーレイに俺が魅力を感じていない訳ではない。だが彼女の言動はこの3日間でコロコロと違う側面を見せ続けており、未だにその中の何を信じればいいのか分からない。幸いにも俺に危害を加える事はなく、旅の安全はちゃんと確保してくれている。
(もっとも、それすら段々危うい気がする……やっぱり、一旦送還して別の召喚獣を呼んでみるべきか……)
最初はあのいけ好かない神様から言い渡された仕事をこなす気などなく、自由に旅を出来ればいいと思っていたがファーレイの行動にそうも行かなくなっている。彼女の力に怯え、振り回せれ、与えられた使命が逃げ場になっている。
「コウジ様」
「ん、もう着いたか?」
声を掛けられ馬車を停めた彼女にそう尋ねるが辺りの景色にはそれらしいモノが一切見えない。
「いえ、ご到着の前にはっきりさせたいのですが……私の送還をお考えですね?」
「それはっ……あ!」
言い訳をしようとして思い出した。契約したその日にファーレイが俺の考えている事が少し分かると言っていた事を。
「まじか……今までの思考も、ファーレイには伝わっていた訳か……」
「はい」
そうならば色々考える意味もない。俺は真っ直ぐな笑みで言葉を待つファーレイに大人しく白状せざるを得なかった。
「私は召喚獣ですので、それがコウジ様のお考えなら止める事は致しません」
しかし、それを聞いたファーレイの反応は想像よりも静かな物だった。
「ですが、私の一番の心配はコウジ様の安全です。せめて私がいない間に代わりを務める者をこの目で見させて頂きたい」
「それは構わないけど……」
俺は詰まる言葉を飲み込まず、最後まで言い切る事にした。隠し事をしても思考が読まれるなら意味はない。
「出来れば、どんな奴でも争ったりはしないでくれ」
「っ! ――わ、分かりました。
当然、コウジ様に仕える神聖霊として、その御命令はお守りします」
何故か彼女の表情が一瞬痛みに耐える様な苦い物に変わった気がしたが、俺の気のせいだろうか。
先ほど同様に穏やかな表情で頭を下げている彼女を見て、気のせいだったと結論づける事にした。
「それじゃあ、跡地に着いたら早速新しい仲間を召喚してみるか」
「ではお待たせさせてしまった分、急がせていきます」
馬車はファーレイの言った通り今までにない程の速度で進み、10分と経たない内に魔王の城跡地へと辿り着いた。
目的地が見え始めて馬車から到着までずっとそこを見ていた俺の感想は、何も残っていない、だった。
地図によれば森の中の北側に位置する場所だが木はなく自然に生えて来たであろう雑草が生い茂っており、道中には石が転がっていたり大岩が地面に埋まっていたがその代わりに瓦礫が少々落ちている程度の違いしかなかった。
「城の跡地だって分かるのはこの不自然に木の消えた空間だけって事か」
「空気中の魔力が薄いせいか精霊も殆どいません。微弱な黒霊はいるみたいですが、この地に特別強い者はいないと思います」
やはり道中で危惧していた通り、此処には手掛かりはなさそうだ。
「取り敢えずここいらを歩いてみよう。何か見つかれば良し、何も見つからなければ次の旅に切り替えていくさ」
俺達は草原と化した跡地を歩いてみた。何があっても良い様にと、3m程離れて調査を始めた。
「コウジ様、瓦礫に何か書かれていますが?」
「どれどれ……だめだ、手に持っただけで崩れる」
「何やら鍵の様な物が」
「なんらかのダメージと風化で完全に変形してるな……
まあ、これの鍵穴が無事な訳もないし手掛かりにはならないか」
その間にファーレイとの距離はどんどん近くなり、最終的には彼女は俺の腕を抱きしめ、自らの体を預ける様に胸を当てて来た。
「ファーレイ、近い近い!」
「あ、失礼いたしましたコウジ様」
指摘すれば離れてくれるのはありがたいが、それでも彼女は俺に触れる事を諦めなかった。送還されれば暫く触れない人肌が恋しいのだろうと思い、最後は彼女の好きにさせる事にした。
「…………結局、本も宝も足跡すらなかったな」
「ええ、ではこれからどうしますか?」
再び地図を開いた。
馬車での旅は現代人に堪える。流石に何日も座りっぱなしになる訳にもいかないし、出来れば町や村を挟みながら移動がしたい。
兎に角新しい魔王の情報を得る為に、次の目的は別の国まで移動する事になった。
「その為にもファーレイには一度帰ってもらって、休んでもらう」
「ええ。心得ております」
彼女の望み通り次の案内役となる召喚獣を見せる為、俺は一度契約の指輪を中指から外す。
「……コウジ様。外した指輪は手に直接持って頂ければ、短時間ではありますが送還までの時間が長引きます。その間に緊急召喚を行ってください」
「わかった…………緊急召喚!」
最初にファーレイを召喚した時は本当に急を要する事態だったが、今回は落ち着いて魔法を発動させる事が出来た。以前は光で見えなかった紫色の魔法陣が現れ、徐々に徐々に広がっていく。光は更に、俺の足跡まで光の円を描いていく。
「おお……デカいな。まだ広がるのか」
「っ! コウジ様、不味いです! これは――」
ファーレイの忠告が耳に届く前に、魔法陣の一部から俺の左手目掛けて蔓の様な形の黒い靄が飛び出した。
煙の様な見た目に反してしっかりとした質量を持っていたソレは握られていた左手の隙間を通り抜け、掌にあったファーレイの契約の指輪を奪取した。
「コウジさ――」
「ファーレイ!?」
指輪が俺の腕から離れたせいか、ファーレイの送還が早まりその場から光を放って消え去った。
「っく……!?」
黒い靄の蔦は次々と魔法陣から現れ、その長さで俺を上から見つめる様に先端部分が折り下っている。契約の指輪を奪った靄は魔法陣の中へと帰る様に縮み始める。
「ま、待て! 指輪を返せ!」
魔法陣から現れる複数の靄に囲まれて絶体絶命の中、苦し紛れに放った俺の一言が通じる訳も無く――
「――え?」
予想だにしていなかった小さな金属音が足元で鳴った。指輪が足元に投げ返されたのだ。
「…………もしかして、俺が召喚したから……命令に従ってくれたのか?」
「その通り」
聞いた事の無い、幼さと無気力さを感じる声が聞こえ、慌てて黒い靄の奥に目を動かした。
「契約の指輪は精霊が人間に与えられる最高の信頼の証。そんな者を簡単に渡されるなんて、堪ったものじゃない」
「……君が、俺の召喚獣か?」
漸く現れた黒い靄を操っていたであろう召喚獣に質問をすると、靄はスッと消えていった。
そこに佇んでいたのは灰色の髪を首元に触れる程度の長さで揃えた中学生位の少女。着ている服は似合ってはいるが、年相応とは言い難い紺色のドレス――胸より上を露出しているベアトップドレス――を着こなしていた。
「ええ。緊急召喚で私を召喚するなんて腹立たしいにも程があるけど、私は間違いなく貴方の召喚獣」
彼女の言葉が真実だと示すかのように目の前には彼女の情報が書かれたプレートが浮かび上がる。
「種族暗黒霊、名前は――」
「――マァタナ。私の主になるつもりなら、それ相応の技量と力を見せて」
(性別は女で、状態は――感激!? え? もしかしてあれで喜んでるの!?)
早速明らかになった少女の言動のギャップに俺は、ファーレイが送還された事すらも頭から抜け落ちてしまっていた。
***
「――コウジ様!」
叫んで伸ばした私の腕は愛しき主の手ではなく、空を掴んだ。
「コウジ様……! 私は、また此処に……っ?」
見慣れてしまった空間に戻ってきた私は、見知らぬ光を得た。その光は私だけの空間で私以外を映し出す、遠見の奇跡。
「これは――契約の泉、でしょうか?」
あくまで知識としてそれらしき物を知っていただけですが、これは私にコウジ様のお姿を見せる奇跡以外の何物でもなかった。
何も無い空間でも、貴方のお姿が見える。貴方の周りの全てが見える。
「今、コウジ様が見ておられるのは新しい召喚獣なのですね。
私と同じ、原初の精霊。ああ、なんて――」
――憎らしい。
私の最後の時間を邪魔したばかりか、これから私がコウジ様と一緒にする筈だった旅、一緒に過ごす筈だった時間を、この暗黒霊が奪っていくのか。
考えただけでも、憎らしい。
「でも、それも今だけ――」
私に恋の仕方を教えてくれた宿屋のアメリ―は、一度距離を取る事も受け入れなければならないと言っていた。女を磨くだとか、自分自身を見つめ直すと言われても正直良く分かりませんでしたが、エルフの呪いと情報によって離れる事の意味を理解出来ました。
幸いこの泉があればコウジ様の行動は全て把握できる。私に足りないモノやコウジ様の欲している物が分かれば、次に召喚された時にこそ私を愛して頂ける。
それまではエルフの賢者から貰った本を読んで待つ事にしましょう。
もう失くしていましたが、騎士として唯一無二のコウジ様に祈りと誓いを捧げましょう。
「コウジ様――信じています。暗いこの場所から私を召喚して下さった貴方なら、きっと私をもう一度呼んで下さると。そして、その時こそ、私達の子供をお作りしましょう。
貴方が求めるなら、意味の無い行為すら至上の儀式として執り行いましょう。
私を満たした貴方を、今度は私が満たしてあげます。
その時まで、貴方の目の届かない場所から貴方をずっと見守っています――」
…………もう一つだけ、大事な誓いを忘れていました。
しっかり忘れぬ様に、泉を見ながら誓いましょう。
「――勿論、その時貴方の傍に邪魔者がいれば私の光で塵も残さず浄化致します。
真に貴方の召喚獣なのは、神聖霊ファーレイだけ、なのですから」
この話で一旦ファーレイの出番は終わりですが、ご安心ください。また出てきます。
まだまだ全然病んでいなかった彼女の次なる活躍にご期待下さい。
次回から暗黒霊編が始まります。更新日は未定です。




