神聖霊の変化
今回もそこまで病んではおりません。安心して読んで下さい。
村の宿屋で体を休めた俺の前に、部屋に戻ってきたファーレイは膝を折って深く頭を下げると謝り始めた。
「……申し訳、ありませんでした。
コウジ様をお守りすると言う使命に、私自身、コウジ様への配慮と良識が欠如していたと今更ながら思い直しました。
コウジ様の護衛、案内役としては足りないモノが多いかもしれませんが、どうか私めをお傍に置いて貰えませんか?」
……その姿に俺は少し考えを改めないとと思った。
神聖霊であり長い間召喚されなかった彼女の行動は、良くも悪くも全て俺の為だ。確かに王様への行動は予想外過ぎて恐怖しかなかったがそれはこれから俺が治していけば良い筈だ。実際、こうして反省の意思を示している上に、守られるだけの俺がファーレイを切り捨てるのは余りにも独善的過ぎる。
「……分かったよ。不安にさせてごめん。俺は守られてるだけなのに」
「いえ、私もコウジ様を理解出来る様に、頑張ります」
微笑みに微笑みで返され、先に照れた俺は立ち上がり食堂へと向かった。
機嫌の良さそうな女性と厨房で働くガリバーに挨拶を済ませ、朝食のスープとパンを食べ終わると魔王について聞いてみる事にした。
「魔王かぁ……今の魔王は別の国の近くに現れたらしいけど、こっちはそんな脅威は感じないかな」
「もう勇者が召喚されたって、この前のお客さんが言ってましたね」
「じゃあ大丈夫だな。きっと直ぐに倒してくれるさ」
宿屋の2人は余り詳しく無い様なので俺達は外に出て村の話を聞く事にした。しかし、花屋に聞こうが肉屋に聞こうが、村人は魔王に関してもあまり有益な情報はなく、過去の魔王について書かれた文献も城の方の書庫に持っていかれている様だ。
「何でこうも情報が少ないんだ?」
「恐らく、召喚された勇者達が強すぎるからでしょう」
「どういう事?」
ファーレイは勇者達が魔王を簡単に倒せてしまうのが情報が少ない原因だろうと語った。
異世界から召喚される勇者の強さは暮らしていた世界、“地球”の歴史の長さに比例しているとの事だ。テハボーラは数億年掛けて育った地球とは異なり最初から知的生命体が存在し3千年にも満たない歴史しか持っていない。
剣を持った相手に軍艦が一斉発射する様なものか。
「魔王が強力過ぎてこの世界の住民には倒せませんが、地球から召喚された勇者の力ならそんなに難しくはないでしょう」
「なるほど……あれ? じゃあ俺は?」
「残念ながら、コウジ様は勇者ではないので直接的な戦闘力をお持ちではありません。
ですが緊急召喚で私の様な最高位の召喚獣を呼び出せる程の力を携えています」
まあ、目的が調査だから案内と護衛をこなせる召喚魔法使いの方が都合が良いと神様が考えた結果だろう。だが、こうも情報がないとなるとやはり現地調査をするべきか。
そう思った俺は昼の聞き込みを止めにして、魔王の城跡地に向かう事にした。
(宿屋の女性店員が大きく手を振っていたがそこまで仲良くなっただろうか……?)
「コウジ様。恐れながら、この先の道は少し回り道をさせて頂きたいのですが……」
自分の首を指の先で撫でながら、ファーレイが提案をしてきた。
「何でだ?」
「はい。どうもこの先は急な上り道が続くそうなので、真っ直ぐに行くと要らぬトラブルが発生するかもしれないのです」
「……そうだな。地理に詳しい訳じゃないし、此処はファーレイに任せるよ」
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言ってきたけど、この場合は俺が礼を言うべきか? でも、勝手に道を変える様な真似はしないでちゃんと道順の説明をしてくれたし、今朝は本当に反省してくれたんだ。
(良かった……俺も、何とか手かがりを見つけて報いてみせよう)
***
コウジ様の安心が伝わってきた。昨日の彼女――アメリ―の言う通りだ。やはり人間の心は人間の方が理解しているという事なのでしょう。
そして、個人的に大変興味をそそられた助言はこの道の先にあるモノだ。召喚獣としてのルールを破ってまで向かう価値のある人物、エルフの賢者。
『こう言う事を言っていいのか分からないけど、貴女は人族ではないでしょ?』
『はい』
村にいる間は翼を隠していましたが、人間らしくない言動をとる私は彼女には正体は分からないまでも人間には見えなかった様です。
『なるほど、だから貴女の想いには熱が無いのね』
『熱、ですか?』
『種族の異なる男女が恋人や夫婦になる、なーんてこの国でもよくある事よ。エルフにドワーフ、獣人や果てには精霊なんかも人間と恋する事があるの。でも、そう言った組み合わせは別れちゃうのが殆どなの』
それを聞いて少し不安に感じてしまった。私は生物のカテゴリーに当てはめるなら精霊に近いからだ。
『何故ですか?』
『子供が産めないからよ』
その言葉に私は目を丸くしてしまった。人間の子供を成す――確かにそんな事は私には出来ない。
『人間は他の種族と比べて体が弱いし、寿命も短い。だから性欲に関しては他の種族と価値観が違うの。子供が産めなくても、行為自体を楽しむ事もあるしね。
だけど、他の種族は人間とは違ってそう言う所が大人しいし、場合によっては全くないからそこから冷めて別れる――なんて事が良く起こるわ』
私の心に絶望が滲み出始めた。このままでは、コウジ様と結ばれる事は永遠に叶わない。
『貴女、彼に触れたいって思った事はあっても、唇を重ねたいとか、子供が欲しいなんて思った事ないでしょ?』
『無い……ですね』
唇を重ね合わせる行為に何の魅力があるのだろうか。子供を作る事がそこまで大事なのか。彼女の言葉に一切の理解を示す事が出来ない。
(やはり私にコウジ様を理解するなんて――)
『こればかりは心持ちでどうにかなるモノじゃないから、ある人の手助けが必要ね』
『ある、人?』
アメリーは私に地図を渡した。村から少し離れた場所、魔王の城跡地付近に何か印が付いている。
『此処にエルフの賢者がいるって聞いたわ。何でも、その人は呪いの研究をしていてその過程で異種族間でも子供が出来る様になる呪術が使えるんだって』
『子供を産む、呪術……』
私の中のこの想いは、コウジ様をお守りするだけでは何処か満たされない物がある。ずっと一緒にいてもあの人の役に立たないのであれば、私はいつかまたあの場所に戻ってしまう不安を抱えながら過ごす事になる。
そう考えた時、不意に私は指輪を撫でている事に気付いた。
あの空間の中でこの世界の常識を知識としてだけ学習していた私は、契約の指輪をする時にコウジ様と自分の薬指に嵌めようとした。男女が一生を共にする誓いの方法だと知っていたからだ。
(もし子供を産む事で、コウジ様と一生を過ごせるのなら……)
「……私の向かうべき、場所」
コウジ様に嘘を吐いてしまったが、それでも叶えたい願いの為に私は馬を走らせる。
本来なら今日の目的は魔法で強化した馬車で移動し森の中で泊まって一夜を過ごし、翌日の昼には魔王の城跡地に到着する予定だったが、恐らく半日程度の差は出てしまうだろう。
「それでも、構いません」
「……ファーレイ? 大丈夫か?」
「っ、え、ええ。大丈夫です」
体全体に召喚獣を縛る痛みが走るがこんな事で止まっていられない。魔法を止めずに体全体に魔力を流して痛みを抑える。供給せずに貯め続けた光の魔力にとって、こんな物は微々たる消費に過ぎない。
「――此処で休憩いたしましょう」
「ファーレイ、疲れているならお前も休んでもいいんだぞ?」
コウジ様に気を遣わせてしまった。けれど、エルフの賢者が住む場所は既に魔法で把握できた。此処一帯の光の魔力は魔王が居た影響か他所よりも存在が薄くなっているが、夜中に灯された1つの灯りの様に遠くからでも感じられる場所があった。
「いえ、御心配には及びません。
コウジ様。馬車と貴方様には如何なる外敵も寄せ付けない結界を既に施しております。私は少々離れて、安全を確保して参ります。その間にどうぞ、安心して休憩なさってください」
「分かった。何かあったら――」
「――この命に代えても、必ず駆けつけます」
そう答えた私は驚くコウジ様の顔を一瞬だけみて、探知した場所へと駆け出した。
森の中を飛び、賢者の家に辿り着くまで1分も掛からなかっただろう。あまりコウジ様を待たせたくはない。
「此処、ですね」
当然私に躊躇などしている暇はない。ドアノブを早速捻って扉を開けた。ドアの向こうの人物は私の接近に気付いていた様で、玄関前に立っていた。
「……誰でしょうか? 私はこんなにも強大な魔力を持つ精霊様とは知り合いではないのですが?」
「初めまして。私は精霊ではなく神聖霊です」
その言葉に賢者と呼ばれているエルフの目が見開く。
「――聞き間違い、にしておきたいが……兎に角、そう名乗る者だと覚えておきます。伝説上の精霊様が、私の様な呪術使いに何用かな?」
少し何かぶつぶつと呟いていたが、賢者と言うだけあって話が早そうで助かります。
「貴女は異種族間で子供を産める様に出来ると聞きました。私の体を、人間と交配出来る体にできますか?」
私の質問に彼女は驚きの表情を見せると表情を隠す様に手で頭を覆った。
「全く……伝説上の存在らしき者が突然現れたと思ったら、全く予想だにしない事を……」
「出来ますか? 出来ませんか?」
彼女の態度に時間の限られている私は少し苛立ち、拳に魔力を少し漂わせる。
「っ……出来ます。精霊での実験には成功しているので、理論上は貴女にも可能な筈です」
「今すぐそれは可能ですか?」
「ま、待ってくれ! その頼みを聞くのは問題ありませんが、1つ確認させて下さい……!」
「何ですか?」
「……貴女が子供を欲する、もしくは人間との交配を望むのは、愛故ですか?」
「当然です。私は愛するコウジ様の為に、子供が欲しいのです」
唐突な質問をした彼女は私の瞳を見ると何やら怪しげな魔力を自らの瞳に漂わせ、弾かれる様にのけ反り目を閉じた。
「っ!?」
「何ですか? 私の精神構造なんて見て、何のつもりですか?」
「――今のが、愛? 確かに、心の色は愛の色だったけど……!?
しかも、アレが人間に向けられているなんて……!」
「それでは、よろしくお願いします」
「ま、待ってくれ! すまないが、子供を成す呪術を貴女に施す事は――」
「――なら、良い返事が貰えるまで何度でもお願い、しますね?」
「っ!?」
私は承諾して頂ける様に、いっぱい、いっぱい、頼み込むのでした。
彼女は良く分からない事を――
「人間1人に向けて良い愛では無いっ!」
沢山言い始め――
「貴女はっ、存在理由とソレを混同し過ぎている!」
それでも最後は私の願いを、聞き届けて下さいました。
「ありがとうございます。最初から、素直に協力して頂けたら嬉しかったのですが」
「っう、っく……! 哀れな人間よ、すまない……うぐ!」
私とした事が、思わず彼女の首を掴んでしまった。殺さない様に、慎重に下ろしてあげないと。
「コウジ様の悪口は、許しませんよ?」
「も、申し訳、ありま……せん……!」
少々、深く刺し過ぎた目がまだ痛いのでしょう。彼女の体はふらついているが、自業自得で仕方が無い事です。
「もう少しだけ回復して差し上げます。さっさと私の命令に従って下さい」
***
「っ! な、何だ今の悪寒は……? 気のせいか?」
背中に寒い物を感じた俺は辺りをキョロキョロと見回すが、そこには何もいない。
「まあ、ファーレイの結界があるし、そうだよな」
魔王の跡地付近、正直、高レベルのモンスターがワラワラいてもおかしくなさそうな場所だが、そんな感じは全くしない上に長い間人間に手を加えられなった森は豊かに育っている。
「禍々しい色の植物を期待してた……って訳じゃないが、どうも拍子抜けだな」
俺は少し、この地に手掛かりは全くないんじゃないかと疑い始めている。魔王と関係があるとは思えない程に緑の生い茂る森に、戦いの爪痕と呼ぶには小さくなってしまった穴。
(だったら、今絶賛復活中の魔王の所に行って、実物をこの目で見た方が良いか……だけどあの村で聞いた感じ、この国からは大分離れているみたいだな)
別に長旅が嫌いな訳ではないが、既に朝からファーレイには結構な速度で移動して貰っているし何やら元気の無い顔をしていた。魔力の回復がどの様に行われるかは分からないが、無理をさせ過ぎるのも良くないだろう。
「送還の方法は恐らくコレ……だろうな」
俺は中指に嵌められた契約の指輪が少し動く事に気付いた。まだ実行していないが指輪を外せば契約が一時的に切れて彼女は俺の元から離れるだろう。
「取り敢えず、跡地に着いたら外してみよう。それで帰ってくれれば、緊急召喚で別の召喚獣を召喚して旅を続けるか……ファーレイがいると緊急召喚は出来ないけど、契約召喚なら一緒に出来るだろうし、召喚獣2人と旅をするのもありか?」
彼女の事を考えるならそれが一番かもしれない。新しい仲間との繋がりが出来ればあの危うい考え方も改善されるかもしれない。
「それにしても、遅くないか? てっきり、安全と一緒に飲み水や食料の確保にも行ってくれたんだと思ったが……」
昼飯を食べ終わり片付けも済ませた。馬も草や水を飲んで元気になった様で、出発の準備はもう完璧だろう。もう一度荷物を見直そうかと馬車から腰を上げると同時に、彼女の声が聞こえてきた。
「――コウジ様! お待たせしました!」
「あ、ファーレ、い?」
漸くやってきた彼女を見て、思わず固まった。俺が驚いたのは彼女の着ている鎧だ。
「ど、どうしたんだファーレイ? 壊れた……にしては随分とデザイン的過ぎないか?」
彼女が召喚されてから一度たりとも壊れる事も着替える事も無かった体型を隠す金と銀色の鎧は、首を覆っていた襟の部分が大きく外れており隠れていた胸元が見えている。
胸の大きさも鎧で圧し隠していたのが緩んだせいか、サイズを予測できる程度の膨らみがある。
「ええ。少々、コウジ様に釣り合う様にと考えて参りました。どうですか?」
「考えてきたって……え?」
分からない。戸惑いが頭を支配している。俺の中で、剣先の様に鋭かった彼女のイメージが肌色の弾力をもってしまった。
(どうって? 騎士らしく城砦を思わせる様な強固な鎧が、多少金属部分がなくなって肌色が増えただけで童貞には耐え難い色気を醸し出して死にそうです……とでも言えばいいのか?)
「もっと、肌色が欲しいんですか?」
「え、あ、はい?」
俺に答える事はせずにファーレイは膝から上へと続く金のラインを指でなぞった。すると鎧は光となって消え、太陽を浴びていなかった白に近い肌色が姿を露にした。
「ちょ、ちょっと待てファーレイ!? な、何かあったのか! 様子がおかしいぞ!」
声を張り上げ彼女に不調かと聞いたが、笑顔を見せる彼女に足が後ろへ下がった。
「いえ、コウジ様に生まれ変わった私を見て頂きたくって」
「生まれ、変わった?」
こくりと頷いたファーレイは歩き出し、翼を大きく広げ俺の背中へと回した。退く事が出来なくなった俺を彼女は優しく抱きしめると、耳元に唇を近付けて囁いた。
「今の私なら、作れますよ?」
「……つ、作るって、何を?」
どこか期待しているかの様に、その言葉を待ってしまった。
「子供、です」
「――」
「私とコウジ様の子供、作ってみませんか?」
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