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神聖霊の苦悩

 

「ふぁぁっく、良く寝たぁ……やっぱり、夢なんかじゃないよな」


 いつも以上に柔らかいベッドの上で腕を伸ばした俺は上半身を起き上がらせて横を見ると、そこには昨日俺が召喚したファーレイがいた。


「おはようございますコウジ様」

「おはよう、ファーレイ」


 彼女が寝たのか寝ていないのかは分からないがその笑顔は昨日見た美しさと全く同じ輝きを放っている。むしろ寝起きでこれは刺激が強過ぎる。


「良くお休みになられましたか?」

「ああ。ファーレイは?」

「私は人間とは違って睡眠は必要ありませんのでお気遣い無く。それよりも朝食にしましょう。きっとこの国の王も旅の準備を終わらせている筈ですし」

「ああ」


 異世界に来て2日目の朝。不安が無い訳じゃないがファーレイの笑顔を見ていると心が落ち着く。昨日間近で見た彼女の強さ、それが自分を守る為の力であると理解しているからだろう。


「こちらです」


「此処って昨日の応接間だよな?」

「もう王様は待っているようです」

「そっか。じゃあ、入ろう」


(そういえば、昨日はファーレイが現れてからこっちの要求を焦りながら受け入れていたけど、俺達の捕縛を目論んでたりしないよな?)


 嫌な不安を胸に抱きながら開けた扉の先には王様がいた。


 いたのだが、彼は光放つ縄の様な物で体を縛られていた。


「――っ!!」


「っはぁ!? え、何これどうなって……!?」

「ご安心下さいコウジ様」


 隣に立っているファーレイがそういうが、俺の予想とは真逆にも王様は口も布で縛られており此方を見開いた目で睨みつけている。何か喋ろうと必死だが、一言だって聞こえはしない。


「さあ、コウジ様の朝食をお出し下さい」


 部屋の外にいるメイド達はファーレイの言葉に慌てて廊下を走り去った。


「ファーレイ! まさかこれは君がやったのか!?」

「ええ。全てはコウジ様の身を守る為です」

「俺を守る為って――」

「――料理、お持ちしました!」


 既にある程度準備は出来ていた様でメイド達は直ぐに戻ってきた。だが、俺にとって重要なのはファーレイの真意を知る事だ。まさか、俺の命令も無くこんな事をやらかすなんて。


「では、そこのメイド」

「は、は、っはい!」


 ファーレイの暴挙に混乱していた俺だがよく見ればメイド達も何処かおびえている。


(俺が寝ている間に、一体何が?)


「この料理、王様に食べさせてあげなさい」

「―ふっがぁ、んがぁ!!」


 王様の抵抗が一層激しいモノになった。しかし、顔色は寧ろ血の気の引いた様に青ざめていき、心なしか汗の量も増えている。


「で、ですが……」

「私の友、コウジ様は異世界からの使者です。口に入れる物によって悪影響を受けないとも限りませんので、王に先に食べて頂きます。それくらいの事、出来ますよね?」


「んんんー! んんんー! んんっん!」


 厳しい口調のファーレイに見下ろされ、涙すら出している王は必死に頭を横に振るう。それを見れば、彼が俺を毒殺しようとした事も、その毒が彼の前に差し出された料理に混入されている事も理解できる。


 しかし、これは些かやり過ぎた。もしこんな事が今後も続くのであれば俺の旅に支障が出てしまう。殺そうとした相手に同情するのも可笑しな話だが、現代日本人である俺は初老のおっさんの無様な姿を見て楽しむ様な精神を持ち合わせていない。


「ファーレイ……もういい。俺を守る為に此処までしてくれたのは感謝するけど……もういい」

「そうですか。分かりました」


 ファーレイは腕を一振りすると王の誇りが微塵も残っていない哀れな男を縄と布の拘束から開放した。


「っひ、っひぃぃ!?」

「もしまたコウジ様に無礼を働く様であれば――この国ごと潰して差し上げます」


 ファーレイの言葉に男はその場に力なく倒れると彼女の視線はメイドへと振り返った。


「では、すいませんが今度こそちゃんとしたお食事、簡単な物でも良いので持ってきて下さい。よろしいですね?」

「は、はい!」


 再びファーレイの言葉に従ってメイドは王を置き去りに部屋から出て行った。


「コウジ様」


 そんな彼女に名前を呼ばれただけで体は跳ね上がりそうだ。


「な、何?」

「礼は無用ですよ? 主を護って、友を守るのも当然の事ですから」


 まさか、今の惨状を生み出しておきながら礼を言われると思っているのか。その考えをこのままにしておくわけのは危険だ。しっかり言ってやらないと。


「ファーレイ、流石にこれはやり過ぎだ」


 俺は少し震える唇で言葉を紡いだ。


「……やり過ぎ?」


 頭を傾けた彼女の言葉に俺はコクリと頷いた。


「そうだ。毒殺を未然に防いでくれたのは助かったけど、相手を此処まで脅す必要なんて――」

「コウジ様」


 言葉を遮って、彼女は俺の両肩を掴んだ。


「私にとってコウジ様はとても大切なお方です。貴方がそれを自覚なさらないのであればそれも結構です。しかし私の思考、行動のその全てはコウジ様の為であり例え相手が一国の王であろうと貴方を傷つけ様とすれば私の出来る全ての力を持って二度と立ち上がれない様に命も心も潰します。コウジ様の存在とは私にとってそれ程に大きなモノであり怪我される事などあってはならない程に尊い方なのです。私の魂がこの世にある間誰にも貴方を害させません。それほどまでに貴方を愛している私の気持ち理解して頂きましたか? まだ理解出来ておられないのであればこの者の首を跳ねて町の広場にでも晒して――」


「わ、分かった! 君の気持は理解できた!」

「コウジ様……」


 俺の言葉を信じて安心した様で、彼女は両肩から腕を放した。


「朝食を食べましたら、早速旅に出ましょう。大丈夫です。準備に関しては将軍を個別で脅して進めさせましたのでご安心ください」


 その言葉に彼女が一晩で終わらせた行動への周到さが伺えた。

 恐らく、王を拘束し将軍を脅す事を並行して進めていたのだろう。兵士が廊下で一切警戒態勢を取っていない事や、王の慌てぶりを見るに毒殺を命じられたコックにすら情報を漏らさずに此処まで進めたのだろう。


「ふふふ、私達2人だけの冒険ですね? 世界中を一緒に旅して、一緒の時を過ごしましょう」


 満面の笑みを浮かべた彼女に、俺の返答は冷や汗の流れる頭で小さく頷くだけだった。


***


 馬車と約1ヵ月分の食料、資金、食器や調理器具に武器、王族の印の付いた書類を脅し取って俺とファーレイは旅立った。城門を潜り、城下町を出て現在は地図を見ながら舗装されていない道を進んでいる。


 ファーレイが用意させた馬車は頑丈でしっかりしているが移動速度を重視しているのか小さく、荷物が多いため俺の座席は御者をしているファーレイの隣である。朝の一件から、俺はまだ彼女に恐怖を感じている。


「風が気持ちいですねコウジ様。太陽は雲に隠れていますが雨が降り出す様な天気ではないですし、涼しい、と表現するべきですね」

「そうだな……」


 綺麗な顔で笑う彼女から逃げ出したい俺は神様に命じられた事を今一度思い出して状況整理と言う名の現実逃避を始めた。


(この世界テハボーラは、負の感情が貯まると魔王が現れ世界中を襲う。これを異種族間での共通の敵として認識させ、争いを回避するのが神様の当初の目的だった。

 しかし予想以上に魔王の出現が早く強力過ぎるので、異世界人の俺が調査し、この異常を解決しろ――)


 無理だろ。手掛かり無さ過ぎ。


 そう思った俺は先ずは手掛かりを得る為に、ファーレイに魔王と縁の深い場所に連れて行って欲しいと頼んだ。

 到着まで1週間程掛かるが初代魔王の城跡地が神聖国サグラッドの近くにあるとの事だ。神聖国の名の通り、教会が大きな権力と責務を担っているらしく、初代魔王の呪いを浄化すると言う役目の為にサグラッドは建国されたとの事だ。


(まあ、そこは魔王との決戦の舞台に3度もなったから城は影も残ってない上に、その後の魔王は別の場所から生まれてるから縁が薄いかもしれないけど)


「コウジ様、目的地までは1週間と言いましたが少し早く到着する方法が御座います」

「え?」

「どうですか?」

「いや、具体的な内容を言われないとどうにも……って、うわ!?」


 俺がそう言うと彼女はこちらに微笑んで、手綱を片手で掴みながら俺を膝元に引っ張り座らせた。


「え、何でこの体勢!?」


 手綱を両手に持ち直して、ぎゅっと俺を抱きしめる様に密着する。鎧の冷たく硬い感触と手の温まりが同時に感じられる。


「実際に見て貰っていただいた方が早いかと」


 良く見えないが、翼を広げているのは分かる。もしかしたら、召喚した時みたいに魔法を使うのか?


「――駆けよ!」


 突き抜ける様な声と共に馬車の速度が徐々に上がっていく。揺れは少し増したが、馬に何か異変が起こった訳ではなく地面を蹴る足音は穏やかだ。


「い、一体何を?」

「荷台の重さを軽減して、馬に暫く疲れなくなる魔法を掛けました。そして――」


 更に馬車の速さは増していき顔に当たる風も強まっている。なのに揺れはどんどん小さくなっていく。


「――馬車が走る道の先を、小石も何もない光の道に変えていますので車輪が滑る様に進んでいます」

「早っ! もう倍くらいのスピードが出てるんじゃないか?」

「ええ。本当はコウジ様ともっとゆっくりしていきたいのですが、こうすれば今日中に近くの村まで行けるかと」

「村って、これか?」


 地図を再びのぞき込み、城跡地の近くに記された村を指差した。


「はい。砦の役割の他に、勇者の像が有ったりするそうなので先にこちらの方で事情が聞けるかもしれません」


 彼女の提案を聞いてもっともな意見だと思った。一応、馬車の中に野宿の道具はあるが村に行けば宿で寝れるかもしれない。安全第一だ。


「……所で、この体勢は?」

「急停止の衝撃で馬車から飛ばされない為です」


 抱きしめたまま放す気が微塵も無さそうな彼女に観念した。元の世界では童貞だった俺だが、どちらかと言うと恐怖で緊張している。


(そういえば召喚したファーレイって送還出来ないのか? もう契約してるし、緊急召喚で他の召喚獣に変えれるなら……)


「コウジ様」


 左側から嫌なタイミングで声を掛けられ、またビクリと体が跳ねた。


「な、何?」

「……いいえ、少し加速しますのでお気を付け下さい」


 下り坂で速度の上がる馬車。より強くなった彼女の抱擁には気付かず、目的地まで俺は今後どの様に彼女と安全に接するかを考える続けた。


 昼に川沿いの道を進んで、今日の目的地であった湖に辿り着くと昼食を取り、再び馬車の旅。馬も本当に疲れている様子はなく、食べる量が少々増えただけらしい。


 夕方には更に速度を上げ、日が落ちる頃に村に着く事ができた。


「此処が村か」


 目立つのは村の入り口とは真逆にある砦だ。跡地を監視する為に造られたそれはどの家よりも大きく、頑丈そうに作られていた。


「もう大昔の事とはいえ、魔王が召喚された大地が目と鼻の先にありますからね」

「良くこんな所で生活できるよな」

「いやいや、そんなに悪い場所ではないんですよ」


 そんな会話をして町を歩いていると20代後半くらいの帽子を被った男性が俺達の前に現れた。


「此処での納税は他の村と比べると下げられていますし、城から派遣された兵士さん達や教会の聖者様が巡回して下さるので魔物の討伐も怪我の治療もして頂けるんです」

「えーっと、どちら様ですか?」


 男性は俺に名前を尋ねられると帽子を取って頭を下げた。


「これは失礼。私はこの村で妻と宿屋を営んでおります、ガリバーともうします。旅人の方と存じ上げますが、もし今宵の宿にお困りでしたら私共の宿をお勧めいたしますよ?」

「なるほど、客引きだったんですね。何処にあるんですか?」

「こちらになります」


 俺達は巡回中の聖者や教会関係者と同じタイミングで此処に来たらしく、最高級の宿は既にそちらで埋まっているらしい。なので俺達はガリバーさんの宿に泊まる事にした。料金に関しては例の王家の印の付いた紙を見せると無料で良いと言われた。客引きまでして連れてきたのに払わない客じゃあ可愛そうなので、チップとして銀貨を渡しておく事にした。


 ファーレイが脅して書かせた物だったがちゃんと効果が発揮されたので一安心だ。彼女へ振り返って、俺は言った。


「今日はもう体を休めて明日に備えようか」


***


(どうやって送還しようか……?)


 部屋の中に1人でいるコウジ様の思考が流れ込んでくる。どうやら深く考え込む程私に伝わってくる様で、この村に到着する前からずっとこの思考が私の心をかき乱す。


(送還、またあの空間に独り――――嫌、それは嫌だ!)


 私はもっとコウジ様と一緒にいたい。


 だけれど、あの方は今朝の一件から私に危機感を覚えてしまっている。


(私は、あの愚かな王に慈悲を与えるべきだった? っ、冗談じゃない!)


 コウジ様は私の手の中に漸く降りて来た一握りの光、希望だ。それを奪おうとした者に与える慈悲など600年前に既に捨てている。あの行為はあの方の為の正当な行いだった。


「何とかしないと……コウジ様に、私が決して害をなす者では無いと認識させないといけない。だけど……」


 私の力はもうご存知の筈だ。今更魔物から護ったりしても、脅威だと再確認してしまうだけ。ならば、それ以外に役立つ所を見せるべき?


「でも、戦う事以外の力も技術も与えられていない私にそれが出来る筈がない――」


(試しにもう一度緊急召喚を――あ、駄目だ。ファーレイがいるとこれ以上呼べないのか)


 思わず耳を塞ぎたくなる。

 私に、一体何が出来ると言うのか。これではコウジ様と言う光を失うばかりか、元の何の意味も価値も無い空間に逆戻りだ。


「…………」


 私は、コウジ様から逃げる様に宿屋の食堂へ向かった。

 小さな村の中に建てられたこの宿屋は良質な宿の存在もあり、食堂には客の姿はなく注文を聞く為に女の店員がカウンターにいるだけだった。


 私は暗い表情のまま、カウンター席に座った。注文を取りやすくするだけの合理的な行動だ。


「サンドイッチをお願いします」

「はい、サンドイッチね! ガリバー、王様のお客様だよ!」

「おう、承りました!」


 静かな食堂に響く威勢の良い声。それが消えて数秒後、私の前から声が聞こえてきた。


「ねぇ、暗いみたいだけど一緒に来た人と喧嘩でもしたの?」

「いえ、そんな事はありません」


 店員に聞かれて私は淡々と答えた。主を守る為、情報は最低限だけ喋るよう縛られている。


「ふーん……」

「なんですか?」


 しかし、店員の声に何故か少し怒りを覚えてしまう。


「あの人の事、好き?」

「……好意は、あります」

「なるほどー、恋人にはまだって感じなんだ」

「ええ、私はあの方に苦手だと思われていますから」


 自分でも呆れる程口から言葉が簡単に漏れる。


「苦手かぁ。でも、彼からはっきりそう言われたの?」

「いえ……」


 はっきりとは言われていないが、流れ込んでくる思考から私から離れようとしている事が分かる。


「じゃあ大丈夫!」

「大丈夫?」

「そう! はっきり言わないって事は、まだ何処か貴女から離れたくない理由や一緒にいて欲しい理由があるって事だよ」


 その言葉にハッとした。

 そうだ。護衛や御者に地理案内。私がコウジ様の手助けになろうと精一杯やってきた事は全て、異世界から来たコウジ様にはどれも必要不可欠な物ばかりだ。


「苦手だと思われたって言ったけど、何があったの?」

「――っ」


 召喚獣のルールに触れる情報漏洩を検出され止められた。私はすこし喉に魔力を流して、その縛りを緩めると作り話を話した。


「泥棒を捕まえて、殺しちゃった――かぁ」

「はい。心優しいコウジ様は、それから余り私に良い感情をもっていない様で」


「うーん。確かに、悪党は法で裁くのが一番だけど……魔法を使う物取りもいるから一概に悪いわけじゃないんだけどね。このサグラッドでも、現行犯と遭遇して命を奪っても正当防衛でお咎めはないし」

「ですが、コウジ様は――」


「じゃあ謝ればいいんじゃないかな?」


 彼女の言葉に首を傾げた。謝る? 謝罪をすればコウジ様は私を赦してくれるのだろうか?


「うん。悪い事をしたらちゃんと謝る。

 そんなに優しい人なら、貴女がしてしまった事に苦しんでるって分かったらきっと許してくれる筈だもん」


 ……やはり、人間であるコウジ様の思考を私はまだ理解できないのだろう。彼女の言葉はきっと私よりも的を射ている。

 私は腰に付いているポーチを開くと、そこから数枚の銀貨を取り出し彼女に手渡した。


「……これを」

「え? 銀貨、10枚も?」


「お願いします。どうか私に、コウジ様に近付ける様にお力添えをして頂けないでしょうか?」


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