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刻敗霊の相関

 結局、倒れた兵士は無事だった。しかし、彼は先程までの出来事を忘れていた。

 負かせた相手に限定されるが、ペルケは記憶すらも操れる様だ。


「私を殺さないの?」

「殺さないって……」

「……!」


 ファーレイが俺を挟んで彼女を睨んでいるが、一度負けたせいか今はそれだけだ。

 刻敗霊である彼女は対象の敗北を早める事が出来るらしく、神聖霊であるファーレイすらその能力の前では数秒で倒れる結果になってしまった。


 しかし、それで彼女自身が何かを得る事はなく、彼女曰く刻敗霊が勝利する事はないとの事だ。


「でも、召喚されたら別。私はあらゆる敗北を貴方の敵に振りまいてあげる。だから、決して勝たない私の代わりに貴方に勝ってもらうの」


 そういう事らしい。

 その能力に弱点はないのかと聞くと、どうやら敗北するモノを敵と認識していない相手には効かないとの事。

 

 つまり、敵意さえなければ彼女に負ける事はないのだが……そんな事、普通は無理だろう。


「兎に角、砦を出たいし、余計なトラブルを起こす訳にはいかないからペルケには一度送還して貰うけど、いいかな?」

「はい、大丈夫です」


 ニコリと笑う彼女を見て、俺は契約の指輪をそっと外した。


「……コウジ様」

「ペルケの契約破棄、はしないよ」

「ですが……!」


 召喚獣としての立場に危機感を抱いているであろうファーレイを落ち着かせる。


「ファーレイは、俺に召喚されて良かったんだろう?」

「……はい」

「ペルケも同じなんだと思う。だから、仲間外れにはしない……それでいいね」

「……」


 黙って頷いてくれたのを見て、俺は笑った。


「よし、じゃあ早く砦を出よう」


 兵士の後ろを歩いて、俺達は砦の出入り口へと辿り着いた。

 魔王討伐を控えている兵士達の雰囲気は重く張り詰めており、砦の先が戦争相手だった事もあって、もし神聖国の手紙が無ければ足止めされていたのは間違いないだろう。


「……ふぅ、怖かったなぁ」

「嫌な感じではありましたね」


 未だに砦からこちらを監視している様だし、気を抜かずに通り抜けてしまおう。


 それに……俺はこれからもっと胃を痛めるイベントが控えているしな……


「……」

「……」

「……」


 そう、契約を結んだペルケをマァタナとレイカーナの2人に紹介する時間だ。

 食後だと言うのに地獄絵図が眼前に広がっていた。


 例によって2人がめっちゃ睨んでいるし。


「何このボロボロ」

「どうして増やしたの!?」

「ま、まぁまぁ……」


 やっぱりややこしい事態になってしまったか……

 それとマァタナ、幾ら彼女が破れていたり、燃え跡のあるワンピースを着ているからってボロボロって言ったら駄目だろ。


「私はこの方に仕えると心に決めました。契約も結んでいます。それで良いではありませんか」

「ぽっと出は黙ってて」

「コウジ、私だけじゃ不満なの!?」


「と、兎に角! もう契約したし、これから旅をする仲間だから仲良くする事! 俺は寝るから、誰も俺に近付かない事!!」


 強めに命令を出して彼女達の行動を制限した後、俺は馬車に入って眠った。


「……コウジが安眠できる様に、闇で囲う」

「私は洗い物をしておきます!」

「では私は監視を」


 なんだか、普段以上に張り切っているな……いつもならそもそも暴れないか心配だったのに。


「なら、新参者らしく私は大人しくしておきます」


 ペルケはそう言って何処かへ行った。まあ、余り俺から離れられない筈だから心配しなくてもいいか。


「……」


 暗いし、何も聞こえない。

 マァタナの闇の中で寝るのはこれが初めてではないが、状況が状況なので何も考えずには眠れない。


「喧嘩とか、してないと良いんだけどな……」


 答えの出ない心配に頭を悩ませていたが、段々と勝手に瞼が閉じ落ちていく。


「ん……疲れてるのかな……眠……ぃ」


 やがて、やって来た睡魔に負けて微睡へと沈むのだった。


***


「私、別に争いたい訳ではありませんし、私達召喚獣の間で格付けなんて求めてもいないんですけど……」

「ど、どうして……攻撃する前なのに!」


 レイカーナ、と呼ばれていた祖竜霊さんが地面に倒れている。

 あの方が私の能力をお伝えした筈なのに噛み付いてくるだなんて……と思ったけれど、今の彼女の気持ちは私には良く視えた。

 

 劣等感、それ即ち心の中に植え付けられた敗北感に他ならない。

 どうやら、他の精霊との能力の差に苦しんでの行動らしい。

 刻敗霊の私には彼女のそれが手に取る様に理解できた。


「……みっともないですね」


 もっとも、理解できるからと言って私が態々改善してあげる理由なんてないのだけれど。

 彼女に背を向けて、私はあの方の寝ている馬車まで戻ってきた。


 私や神聖霊と暗黒霊なら魔力を使って多少の無理をすれば、契約の枷を無視出来る筈だ。

 ……あの方に嫌われてしまうかもしれない以上、それをする訳にはいかない。


「ふふふ、私、出遅れてしまったのかもしれないけれど――負けはしないもの」


 刻敗霊は勝利しない、故に何も得られない――生まれた時からそう思っていたけれど、あの空間で無為な年月を過ごすだけの私は遂にコウジ様と言う主に手を差し伸ばされ、新しい世界を得た。


 離さない。決して離れたくない。


 だから私は、負けない。負かせない。

 コウジ様の勝利を決して陰りさせたりしない。

 

「生物は何時だって勝利を求めて、敗北を遠ざけたがる」


 焦らなくても、何時か彼が私を求めるのは間違いない。だから、従順な刻敗霊でいればいい。私はこれ以上なんて、求めていないのだから。


***


 翌朝、目覚めた俺はとりあえず順番通りにマァタナを残して今日は徒歩で旅を再開した。


「なんでこいつ、一緒なの?」


 ペルケを指差したマァタナに詰め寄られ、苦笑いをしつつ彼女の疑問に答えた。


「いや、やっぱり召喚されたばかりだし、彼女とコミュニケーションをとっておかないとって……」

「必要ない」

「マァタナさん、コウジ様の意思ですよ?」


 マァタナの機嫌が悪くなるのは、まあ理解していたのだが他の2人にも同じ対応をするからと言って納得してもらった。


「……ふん」


 してもらえていないみたいだけど。


「そういえば、ペルケはどこか行ってみたい場所とかあるのか?」

「え……?」


「永い間、召喚されてなかったんだろう? 見てみたい場所とかないの?」

「い、いえ私は決してそのような願いはありません!」


 そう言って否定するペルケ。確かに、外の世界に憧れていたとしても、行きたい特別な場所がある訳じゃないか。


「そっか……じゃあ、これから行く村や町はゆっくり回って行こう」

「は、はい!」


「……コウジ?」

 

 鋭い視線に貫かれ、身を縮ませつつも振り返った。


「あ、いや、勿論、マァタナもな?」

「……」


 暗黒霊の彼女に凄まれては、身の危険を感じずにはいられない。

 どうしよう。


「……マァタナさん」

「……何?」


「私、こう見えても地形の把握には自信があるんです」

「だから?」


「私と勝負をしませんか? どちらが先に村か街を見つけられる優秀な精霊か」


「……安い挑発。けど、乗ってあげる」

「先に手掛かりを見つけた方が勝ち、それでいいですね」

「うん」


「では――始めます」


 唐突に勝負が始まり、ペルケは森へ行きそしてマァタナは魔力を使って上に飛んで――帰ってきた。


「私の勝ち」

「え?」

「見つけてしまったのですか?」


「この先に、煙が立ってる。多分誰か生活してる」

「早っ!?」


「まぁ、これでは私の()()ですね。こんなに()()負けてしまうなんて……」

「口程にもない」


 マァタナがめちゃくちゃペルケを煽っているが、ペルケは一度溜め息を吐いてしょうがないと俺達の後ろに着いた。


「仕方ありません。コウジ様、マァタナ様に付いて行きましょう」

「こっち」


 マァタナに腕を引っ張られて前へと進むが、俺は一度振り返った。


「……♪」


 ……今の勝負、ペルケは自分の能力を使って態と負けを加速させた。


 もしこの考えが正しければ、彼女の能力は俺が思っている以上に底の見えないチカラかもしれない。

 

 煙はもしかしたら勝負を始める前から既に出ていたのかもしれない。


 だけど、彼女の能力の作用によって現れた物だとしたら、負けの操作に合わせて好きな事象を起こしてしまえるんじゃないか?


 例えば、彼女に敵意を抱く誰かが「雨が降ったら俺の勝ち、晴れたままならペルケの勝ち」なんて勝負をしたとする。


 ペルケが自身の敗北を加速させれば、瞬時に雨を降らす事も出来るのか……


「……」


 いや、それどころか雨じゃなくて食べ物が降って来るとか、本来あり得ない様な超常的な事象も……? そうだ、実際になんのダメージを受けてなかったファーレイが倒れたんだしあり得ない事じゃないよな……


「……コウジ」

「ん?」


「いつまで、そっちを見ているの?」


 不機嫌そうなマァタナの声にハッとしたが、既に遅かった。

 

「あ、いや……マァタナ、ありがとうな」


 俺は離された手で彼女の頭を撫でた。


「……もっと」

「はいはい」

「後で問い詰める」


 全く誤魔化されてないマァタナに苦笑いを浮かべつつ、俺はもう片方の手をそっとペルケに伸ばした。


「行こうか」

「……はい!」


 その手を取って笑顔で頷いてくれたから、少しだけ絆が深まった気がした。

 

「でも……昨日通った砦があったって事は、こっちにも砦とかあるんじゃないか?」


「砦はなかった」

「国内での独立戦争でしたし、領地を手にしたエスダム側が建てたと言う事でしょう」


「だとしても……関所すらないのはおかしくないか?」

「それだけ、魔王が脅威なのですよ」


 魔王……本当に、俺は奴を止められるのか?


「……」

「? どうかしましたか、マァタナさん」


「……いいえ」


(刻敗霊……コウジの魔王化に、使えるかもしれない)


「じゃあ、本当に普通の村なのか?」

「心配いらない」

「ええ。仮に勇初国の騎士に襲われる様な事があっても、私が御守りします」


「守れるの? 貴女が?」

「ええ。マァタナさんが暴れたいのであれば、勿論お譲りしますよ?」

「いらない」


 やっぱり、精霊同士で会話させると雰囲気が悪くなる。

 村よりもこっちの方が不安だ。


「はいはい、睨んでないで先に行こう」

「ふん」

「すいません……そんなつもりではなかったんです」


「魔王の事を調べて、元の世界に帰る……はぁ、道のりは遠そうだなぁ」


「「……」」

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