神聖霊の忠誠
異世界に到着して十数分経過した。
現在地の薄暗い石造りの牢屋の中、俺は僅かな明かりを頼りに神様が書いた物らしき手紙を読んでいた。
『無事に“テハボーラ”に着けたかな? 牢屋の中にあるこの手紙が読めたんだったら着いたんだろうね。君に与えた召喚魔法使いの職業について、此処に書いていくよ。
今君が唯一契約しているのは魔王の使い魔ってモンスターだけなんだけど、これは召喚できないモンスターだよ。魔王の力が高過ぎる現状では君の召喚に答えないし、魔王復活の速度が速い内は魔王への忠誠心が勝るから君の言う事は聞かない……君の目的達成の目安にして欲しい。
次に君が今扱う事の出来る召喚魔法だけど、緊急召喚だけだね。この魔法は本来は契約した魔物がいない未熟な召喚魔法使いが扱うその場しのぎみたいな魔法なんだけど、君の緊急召喚は既に最高レベルの魔法だから、使えば間違いなく最強の精霊を呼び出せるよ。難点は君の命令以外でも自分の意思である程度行動する事だけど、まあ頑張ってね? 召喚した精霊のステータスは確認できる様にしてあげるよ。
それじゃあ、魔王の使い魔を召喚、使役出来る様になったらまた会おうね。
それと、牢屋から出してもらったら“女神に呼ばれた召喚魔法使いだ”って王様と将軍に言ってね。そしたら協力してくれる筈だから』
手紙を読み終わると、その場でスッと消えた。破かせても貰えないらしい。
「くっそ……」
俺がこの牢屋に入れられたのは玉座の前、王様の前に転移して現れたからだ。
王らしき人物は驚きながらも騎士に号令を下し、抵抗したら切り伏せられかねないので大人しく此処まで連行され、この手紙を読んでいた。
「此処まであの神様って奴のシナリオ通りか……」
抵抗したい。抗いたい。計算を狂わせたい。
しかし、恐らくそんな事には何の意味も無いだろう。仮に俺が何かしても、あちらは別の手を用意して終わりだ。
気分は悪いが、この牢屋から出て王様と協力関係になれば後は自由にやらせてもらおう。魔王の沈静化は二の次で、色んな場所を見て回るのもいいかもしれない。
「それまでの辛抱だ」
手持ち無沙汰な俺は看守がいない事を確認すると、契約していると言う魔王の使い魔を呼び出してみる事にした。
「っ来い、魔王の使い魔!」
適当にそれっぽい事を言いながら開いた右手を突き出した。誰かに見られていたら確実に痛い人だがどうやら成功したらしい。
『――』
音はしないが、静寂に耳を疑う光景だった。
俺が右手を突き出した先、牢屋の外の床に禍々しい紫色の魔法陣が雷の様な光を放ちながら出現し、その中央から黒い腕が現れた。
『――ッガァ!』
まるで影の様なその腕は鋭い爪を構えて大きく振る被ると、魔法陣を切り裂き、破いた。
「っく!?」
そして力の抜ける感覚。もう一度試してみても恐らく魔法陣すら現れないだろう。
「なるほど……これが目安ね」
「おい、侵入者! 何をしている!?」
先程の獣染みた短い声を聞いてか、兵士達がやってきた。
「なんでもないですよ……この牢屋は破壊不可能だとか言ってましたから試したかっただけです。国の安心の為にも此処は強固じゃないといけないでしょ?」
「減らず口を……! 良いか、これから我が王と将軍の前に貴様を連れて行く。余計な真似をすればその首を何時でも切り落としてやる!」
「了解しました……」
適当に誤魔化しつつ、俺は兵士達に囲まれながら牢屋を出た。
牢屋から少し離れた場所には兵舎があり、有事の際は彼らが脱獄犯を捕らえたりするのだろう。今は入り口の辺りに多くの兵士が集まっていて、これからあちらに連行されるのだと思った。そしてその予想通り、俺は兵舎の中に連れてこらえた。
「……来たか侵入者」
「まさか、白昼堂々と王の間に現れるとはな」
いかにも王らしき初老の男性と、剣を携え身に纏っている鎧の大きさどおりなら190cm位ある大男が兵士達の後ろで立っている。
「……」
「これから貴様に尋問を行う。何か妙は動きをすれば即座に切り捨てる」
周りの兵士達に合図をし、全員が一斉に武器を構えた。間違いなくこの大男が将軍だろう。
俺はこくりと頷いた。
「では先ず、貴様は何者だ?」
「俺は――」
先の手紙の内容を思い出す。真に遺憾だが、あの神様に従うことにしよう。
「“女神に呼ばれた召喚魔法使いだ”」
『――』
「……?」
沈黙、そして将軍の口が動いた。
「――っく、ははははははっ!!」
「……は?」
笑い始めた。
『っぷ、ははははは!!』
周りの騎士達も将軍の後に続いた笑い始めた。中には俺の事を指差す者までいる。
「っくっくっく……ば、ばかを言うでないっ! っつ……っふふふふふ!!」
王様まで笑いを堪え様として言う。
「……何がおかしい?」
「おかしい事だらけだ! まさかこの神の国、神聖国“サグラッド”に侵入してきた者が、女神に呼ばれた召喚魔法使いだとぉ! 冗談も大概にしてくれ……あっははっはは!」
何だか知らないが腹が立つ。どうも神に一杯食わされた様だ。
「あはっはははは……はぁ、貴様。俺は妙な真似をするなと言った筈だ。中々笑えるジョークだったが、女神の名を騙る者を許しては神聖国“サグラッド”の名折れだ! この者を即刻切捨てよ!」
「ふざけるな! 俺は質問に答えただけだ!」
「っふん、1度は笑って許したが2度目はない。我らが主の名を使う愚かさ、此処で償って逝け!」
兵士が剣を持って迫ってくる。周りは兵士だらけで逃げ場はない。それを理解してか兵士の動きも焦りの無いゆっくりとした動きだ。
此処まで追い詰められた俺に出来るのは、この手しかない。
「――緊急召喚!」
牢屋の中で一度行った召喚同様、手をかざして叫んだ。
「なんだこれ――」
「くっ、魔法――」
その瞬間、俺の視界は光に包まれた。驚きに声を上げる兵士達が見えたが、その声は光が激しくなっていく中で俺の耳に届かなくなった。
「――っあ!」
光の出所を探そうと頭上を見上げた。
ゆっくりと、金と銀の鎧に身を包んだ天使の様な女性が降りて来ていた。
背中から左右それぞれに1m程の大きさの翼が生えており、あの神様を思わせる金髪をツインテールにして縛っている。
「――」
「種族、し、神聖、霊?」
その光景に目を奪われていると無粋にも半透明のプレートの様な物が現れ何らかの情報が書かれている。深く考えなくても、それが今もゆっくり落ちてくる彼女の情報なのは理解できる。
「名前ファーレイ、性別女、状態……不安?」
「――召喚、承りました。私を召喚した貴方に生涯永劫の忠誠を誓います」
緊急召喚で呼び出された彼女は、俺の目の前に降り立つとそう言った。
だが圧倒され状況の呑み込め切れておらず、返事に少々時間が掛かった。
「しょ、生涯永劫って……! 俺、緊急召喚で結構お気軽に召喚してるんだけど……?」
「問題ありません。これより貴方と契約します」
そう言うとファーレイは俺の手を握って翼を勢いよく広げる。
「っ!」
「動かないで」
1つの羽が翼を離れてゆっくりと俺達の手に落ちると同時に光となり、俺の中指と彼女の薬指に指輪が着けられた。
「……契約成立です」
(? なんか一瞬ガッカリしなかったか?)
気落ちした様に聞こえた彼女の声に疑問を持ちながらも降り注いでいた光が無くなり、俺は周りを見た。
「王様と将軍以外、倒れてる……?」
兵舎の中の兵士達は1人残らず床に倒れており、中には壁や置いてあった木箱に激突した奴もいる。
「我が召喚者を守る為の光ですので近くにいた者達を吹き飛ばしておきました。お望みであれば、残ったあの2人も気絶させておきましょうか?」
「っひ、ひぃ!?」
「ま、待て!」
王様も将軍も怯え慌てふためいている様だ。その様子を見て優越感を感じたのか、襲われそうになって浮足立っていた気持ちが落ち着いてきた。
「待ってくれ。その2人には話がある」
「了解しました」
俺はファーレイから目を外して2人を見た。色々知りたいが、先ずは話を終わらせよう。
「それで、俺が言った事は真実だって理解してくれたか?」
「……お、おお! 将軍よ! 彼女の輝きは、まさに我らが信仰する女神、ディテス様と同じ物だ!」
「す、すまなかった! 今までの無礼は全て謝罪する!」
人が変わった様に頭を下げる2人を見て、俺はチラリとファーレイを見て感謝する。
「――」
その視線が分かっていたのか、微笑みが帰ってきた。
***
俺とファーレイは王と将軍に城まで案内され、応接間の様な場所で話し合いを始めた。ファーレイが横にいるせいか、先まで舐められていたのがまるで嘘の様に円滑な会話が続いた。
この国の為に良いように扱われては堪らないので、俺はさっさと神様の命令で魔王の調査をする為に異世界“テハボーラ”に来たと話し、金銭と旅に必要な道具一式を頼む事にした。許可書やせめて国内の店で融通を利かせられる手紙等もファーレイの案で追加した。
馬車やその他の荷物の準備に時間が掛かるらしいので、宛がわれた豪華な客室で俺達は休む事になった。
「……ファーレイ」
「はい」
「遅くなったけど、そろそろ君の事について知りたいんだけど質問してもいいか?」
「はい」
俺はベッドに腰掛けているが、ファーレイは立ったまま話を聞くと言って座るのを遠慮した。
「先ずは自己紹介……俺は、氷川交冶。この世界にくる前は学生で……ってまあ、俺の話はいいか」
「いえ、是非ともお聞かせください」
「え? でも別に大した事じゃ……」
「では、好きな事は何ですか?」
「好きな事……まあ、読書かな? あとは遊んだりする事かな。体を動かすのは結構好きだったし」
その質問に答えながら俺は彼女の後ろに置いてある鏡をチラッと見る。元の世界では目が悪かった俺はコンタクトレンズを使用していたが、この世界に来てゴタゴタが終わって漸くレンズが無くなっている事と、それでも良く視える事に気が付いた。
あの神様が俺の体を弄ったとしか考えられない。
「では嫌いな事は?」
「嫌い……まあ、掃除とか? 料理なら趣味で少しやってたんだけど」
そして彼女の質問は更に10問程続いた。流石にもういいだろうと、今度は俺から彼女へ質問を始めた。
「――ええっと、そろそろこっちが聞いて良いか?」
「っ、すいませんでした……ええ、どうぞ」
「まず、君の種族、神聖霊って一体?」
この質問に彼女は一度口を閉じてから淡々としゃべり始めた。あまり言いたくない事であると薄々感じた。
「精霊とは魔力で形作られた命であり、この世界に魔力の流れを作る存在です。魔力にはいくつかの種類があり、流れではなく魔力その物を生み出す命を聖霊や炎霊と呼び区別します。
神聖霊である私は……神に作られた、魔力の無かった世界に魔力を供給する存在でした」
「でした……って事は、今は供給していないって事か?」
「はい。既に610年程前からこの世界の光の魔力は聖霊で十分な程に満ちています」
「ふむ……」
頷きながらも考える。予想はしていたが、彼女の年齢はその見た目とはかけ離れ――
「――2650歳です。世界よりも30年ほど遅く生まれました」
「2650……え?」
年齢の桁に……ではなく、彼女が俺の考えている事を先に喋った事に驚いた。
「俺の考えが分かるの?」
「詳しくは分かりませんが、どうやら契約の効果でコウジ様の考えが伝わってくるようです」
「へぇ、便利だな」
テレパシーみたいな物か。もしかしたら喋らなくても会話出来る様になるかもしれない。
「それじゃあ話を戻そうか。ファーレイの事はステータスが表示されて色々分かるんだけど、この状態不安って何? もしかして、俺の魔法が下手で、とか?」
「いえ、恐らくその……恥ずかしながら、私は今日初めてコウジ様によってこの世界に召喚されたので精神的に不安な状態であると知らされているのかもしれません」
「初めて召喚されたって?」
「言葉通りの意味です。私、いえ、神聖霊クラスの者をこの世界に召喚できたのは恐らくコウジ様が最初です」
そう言ったファーレイは俺に近付くと、体を下げて再び右手を両手で握った。
「なので、先程も誓いましたが、私は生涯永劫コウジ様にお仕えします」
「い、いやだから緊急召喚で偶々召喚しただけでそんな――」
――その時、中指から脳へと大きな電気信号が送られてきたような、視界すらも奪われる衝撃に襲われる。
「コウジ様?」
(……暗い――なんだ、アレ?)
元の豪華な部屋の景色に戻るまでは僅か数秒程だったが黒の空間に1人泣き倒れているファーレイを見た。目から流れた涙が床に届かない程に短い時間だったが、泣き顔だけは記憶に残っている。
(なんであんなに泣いているんだ?)
真剣な表情を向けながら俺の手をまだ放していない彼女。先程の会話を思い出して、彼女の言った2650年という時間をサラッと流してしまった事を今更ながら後悔した。
(2650年、あんな何も無い空間に居たら普通の人間なら気が狂うだろうし、そこから誰かに召喚されたら離れたくも無くなる、よな……)
じゃあ忠誠を受けよう、なんて訳にもいかない。そんなに都合よく他人の忠誠を受け入れられる程俺は遠慮なしでも自信家でも無い。誰かの存在や人生を背負って正しい行動が出来る様な賢い人間では絶対無い。
(要は孤独を埋めていけばいいんだ。彼女を縛る鎖を否定するんじゃなくて、もっと弱い物に変えておこう)
そう思った俺は握られていない左手を彼女の両手に重ねる様に置いた。
「……友達からじゃ、駄目か?」
「と、っトモダチ?」
「そうだ。友人でも、ダチでもいいから。先ずは俺の友達だ。
その、召喚魔法使いとか、俺も良く分かってないけど……神聖霊のファーレイと友達になれたら、俺も少しは自信や勇気が持てると思う」
「私が友達になれば、貴方の勇気に、なれるんですか?」
彼女の顔と言葉が緊張で途切れ途切れだが、俺はその言葉に頷いた。
「ああ。そもそも、多分ファーレイがいないと俺、この世界で生きて行けないだろうし……」
情けないが事実だ。あの兵舎で既に息絶えている結末さえあっただろう。
「……分かりました。私は貴方に召喚された身です。貴方の求める形で必ずや期待に応えて見せます」
両手を放した彼女は膝を折り、深々と、清々しい表情で頭を下げてそう言った。
(うん、全然分かってない奴だこれ)
今はもうこれでいいだろう。旅の中で友達を作れば彼女の俺に対する期待値も下がるだろう。そう思う事にした俺はベッドに倒れて眠る事にした。
***
――私とトモダチになれたら、自信や勇気が持てる。
そう言ってくれたコウジ様は疲れが溜まっていたのかベッドで寝ている。
召喚魔法使いに召喚された者は基本的に命令以外に許されている行動は、主を守る事だけだ。だから、今の私は彼の寝顔を見る事しか叶わない。
(……この程度のルールなら、私の魔力で――)
そんな考えが頭に過ったが、それはしない事にしよう。もし私が従者の枠に縛られない存在だと知ったらこの方は私を二度と呼ばなくなってしまうかもしれない。
(私が、貴方の勇気に――貴方の、命綱なんですね?)
騎士としての在り方なんてとうの昔に消えてしまった。あの黒い場所で流した涙と共に、私の根元にあった“正義感”は枯れ果てている。
それでも忠誠に拘っていたのは、私の心からの願いだったからだろう。
「私に、居る意味を下さり、感謝します。コウジ様。
貴方は、私の唯一無二のトモダチです。どうかそれが――深き鎖になる事を、願っていますよ?」
貴方の言葉はしっかりと私の心を縛りました。だからもう一つの先端が貴方の心に刺さる事を願っています。
先ずは、私の友愛を貴方にお見せいたしますね?
これにてストックはゼロです。
次回の更新までに1度別の小説の投稿を挟みますので、もし異世界物がご所望でしたらそちらにも一度目を通して頂けたら幸いです。




