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勇者の暴走

「勇者様! ドラクラムまで半分を過ぎました! 後1週間で着きます!」

「ふーん」


 早朝に目が覚めた勇者である赤菜は退屈していた。そもそも、この無駄に豪華な装飾が施された馬車の旅に疑念を抱いていた。


 3度目の魔王軍を殲滅した褒美として他の国から進呈されたとはいえ、速度を考えれば彼女が乗り慣れていなかろうと馬での移動の方が速いのは間違いなかった。


 そもそも、戦闘でのみ使用している途方もない魔力を使えばドラクラムと呼ばれる国の首都に到着するのに掛かる時間は3時間で済んでいた。もっとも、それで肝心の戦いで疲れてまともに戦えないのでは話にならないので、それが最善とは思っていないが。


「する事が無いわね」


 道中、町や村に寄って物資の調達や簡単な魔物討伐をしながらの馬車の旅。

 不意にドラクラムに行く理由を思い出せなくなった彼女は顔と馬の扱いだけは良い騎士に質問をした。


「魔王城から離れている国なんでしょ? なんでそこに行く必要があるんだっけ?」

「勇者様。ドラクラムには世にも珍しい人前に現れる祖竜霊と呼ばれる精霊様がいます。そのお方は生前、過去の勇者様と共に魔王を討伐したとの伝説がありますので、此度の戦いの為に詳しい話を聞きに行き、協力を仰ぐと言うのがこの遠征の目的です」


「ふーん」


 騎士の話に納得した、フリをしておく。


(協力、ねぇ……私が気付いていないと思ってる?)


 赤菜は既に魔王軍と戦い、その中でも特に強い魔物、言葉を話せる者と言葉を交わした事がある。もっとも、互いに殺し合うしかない敵同士である以上、有力な情報を引き出せた訳ではない。しかし、先の戦いで大将が吐いた恨み言の様なセリフを思い出す。


『貴様はこれからも、同胞に、四天王に、我らが魔王様に、命を狙われ続けるのだ!! 貴様さえいなければ――』


(――つまり、私が旅をすればその先に必ず敵が現れる。こいつら、否、私を召喚した国の連中はそれを狙って私を他国に派遣しているんだ。恩を売って、もしくは戦闘にかこつけて被害を大きくする為に)


 最悪な連中だと思いながらも、彼女は馬車から降りるという手段は取らない。この世界の事は良く分からないし、地図や金銭関係も大半は彼らが管理し、極力赤菜の目に付かない様にしている。


 魔王城への道筋も分からないし、仮に倒しても本当に元の世界に帰れるのか――


「――う、うぁぁぁ!?」


 突然の叫び声。騎士の声を聞いて赤菜は顔を上げ、外の様子を見た。


「どうしたの!?」

「ま、魔族です! 馬が1頭やられました!」


 敵が目の前にいるのに剣を抜かず盾を構えている騎士に何度目かの失望を抱きつつも、彼女は空に浮いている魔族を睨みつけた。


「漸くと言った所かしら? 今まで馬鹿みたいに数を揃えてやってきたけど、それが無意味な事に気付いたのかしら?」

「――確かに、我らが同胞は少々知性に欠けていたな。貴様1人を倒すのに、軍など必要ない」


「そうは言うけど、この世界の騎士や兵士は貴方達の相手にならないのかしら?」

「ならない。脅威は勇者唯一人だ」


 そう言い切る相手に彼女は口だけではないと確信し少々警戒度を上げた。とはいえ、戦法は変わらない。感知魔法で魔法耐性が無ければ魔法攻撃、あれば聖剣の斬撃を飛ばす技で倒すだけ。


(感知は……よし、魔法耐性は無い)


「来るか? ならば掛かって――」

「――ライトフレア! ホーリ―ブラスト! ジャッジメント・ブレス!!」


 言い終わるのを待たずに中級聖属性魔法から始まる1つの対象に目掛けて発動する魔法の連撃。浄化の炎が命中し、立て続けに光の衝撃が魔族の体を3度吹き飛ばし、止めに周りの木々すら綺麗に消滅させる金色の息吹が魔族を地面へと叩き落した。


「ふー……この程度ね」

「や、やりましたね勇者様! やはり、勇者様の手に掛かれば魔族すら赤子同然ですね!」


 相変わらず何もしない騎士にイラつきながらも、足を失った馬を撫で、回復魔法をかけた。すると切断した足がたちどころにくっつき、元に持った。


「よしよし。ごめんね。もうちょっと頑張ってね」


 足が治るのを確認して赤菜は呑気に水を呑んでいる騎士を無言で睨みつけた。


「す、直ぐに出発を!」

「当然よ。また魔族が襲ってくるかもしれないのに野宿なんて出来ないでしょ」


 まだ朝とは言え村までまだ時間がある。馬車に乗ると彼女は目を閉じた。せめて眠って退屈を紛らわそう。


 そう思って、微睡へと落ちたが――この魔族の攻撃はそこから始まったのだった。


***


「ぜ、全然眠れなかった……」


 朝、目が覚めた俺は顔を洗いつつそんな文句を漏らした。原因は昨日、急に俺へ好意を向ける様になったレイカーナだ。


 精霊に睡眠は必要ないと言った本人がまさかのベッドへの不法侵入、更に怪しい手付きで迫ってくる彼女をやり過ごしたが、その後は美少女の隣で寝ているという現状にドキドキし、寝ていられなかった。


「思えば良くやり過ごせたな……いや、俺が大人しくしろって言ったら急に止まってくれた、のか?」


 昨日の晩の出来事なので余りはっきりとは思い出せないが、何とか抑えようとして彼女の腕力は唯の人間である俺の力を凌駕しており、思わず大声で叫んだのは覚えている。


「召喚獣だから命令は聞いてくれるって事か?」


 横目でまだ寝ている髪を解いたレイカーナを見ると、少々イタズラしてやりたくなった。試しに何か命令をしてみるか。


「……いや、やめとこう」


 睡眠時間が短すぎてあまり頭が回らないし、何か良くない予感がする。レイカーナへの命令を諦めた俺は部屋を出て食堂に向かった。パンとスープ、ベーコンエッグが今日のメニューだ。宿屋の他の客はいない。


「良い宿だけど、あんまり他の客に会わないな」


 もっとも、昨日は殆どの時間を宿の外で過ごしていたので当たり前かもしれないが。


「お兄さん、コーヒーはいるかい?」

「あ、お願いします」


 お婆ちゃんは優しく微笑みながらコーヒーを注いでくれてた。


「所で、レイカーナちゃんはどうしたの?」

「まだ寝てるんだ」


 それを聞いたお婆さんはあらあらまあ、と手で口を覆いながら言った。


「ふふふ、年寄りにはちょっと刺激が強いわ」


 コーヒーを俺の前に置いた後に厨房の中へと消えていった。


「……あれ? もしかして、へんな意味に捉えたんじゃ……」

「へんな意味って、どんな意味なのかなぁ?」


 後ろから突然聞こえて来た声に振り返ると、そこには小さな欠伸をしたレイカーナがいた。髪型がポニーテールに戻っている。


「いや、まさか襲ってくるとは思わなかったから」

「うーん、確かに思い返すとちょっと酷かったね。次はもっとお淑やかに誘ってあげるね?」

「もう二度と一緒に寝ないからな……ん」


 一口飲んだ熱いコーヒーは普段よりも苦く感じられた。


「ねえ、砂糖入れないの?」

「あ、忘れてた」


 まだ抜けきっていない疲れを実感する朝食の時間を終わらせ、今日も俺達は宿を出て町へと向かう事になった。


「さて、今日で情報を集めたら次の場所に向かう準備もしなくちゃな」

「まあでも、ドラクラムにいる間は私の存在だけでお金の心配はしなくていいからね!」

「そうなんだろうけど……店の利益もあるだろうし、大量に買う場合はちゃんと払っておくよ。故郷の店を潰したいわけじゃないだろう?」


 会話を交わしながら町までの道を歩いていた。


「――」

「ん、どうした?」


 だが不意にレイカーナが立ち止まり、違う方向に視線を向けていた。


「――とんでもない魔力を感じる」

「魔力?」


 急にバトル漫画みたいな事を言い出したが、彼女が抱いている緊張感が伝わってくるので茶化したりはしないで真面目に聞こう。


「それで、それは悪い事なのか?」

「魔力の質自体は悪くないけど……動きが荒々しいし、その量だけなら私に匹敵するよ」


「レイカーナは祖竜霊なんだよな? 

 ……どうする? 行くか?」

「うん。これ、ドラクラムにとって余り良い物じゃなさそうだし……」

「分かった」


 彼女自身を召喚した俺の近くにいないといけない。彼女が戦うという事は必然的に俺も巻き込まれる事になる訳だが……


「行こう」


 流石に無視して保身に走れるほど、悪い人間にはまだなっていないつもりだ。


「ありがとう。飛んでいくよ」


 彼女と最初に出会った時の様に、手を繋いで空を飛んだ。しかし、今回は目的地まで距離がある為、徐々にスピードが上がっていく。


「――近付いて、分かってきた」


 その中でレイカーナが俺に話しかけて来た。否、その口調は自分自身への確認の様にも聞こえる。


「勇者だ。この魔力は生前、魔王を倒した勇者に似てる……!」

「勇者……」


 俺を魔王調査の為に異世界へ送って来たあの神は確か異常に強くなった魔王に対抗する為にこの世界よりも長い歴史を持つ世界で生きている人間を勇者として召喚し、その人間が魔王討伐をしていると聞いている。


(つまり、俺と同じ地球人って事か。日本人なら会話ができるかもしれないけど……)


 だが、それが荒々しい魔力の正体ならもしかしたら話の通じる相手ではないのかもしれない。


「だけど、まるでコントロール出来てないみたい……! 幸い、まだ町や村には入ってないけど!」

「本格的にヤバそうだな。どれくらいで着く?」

「……来る!」


 何、来るだと? そう聞き返したかったがそれよりも速く俺の視界に光が飛び込んできた。


***


『――があああ!!』


 勇者の精神世界に入り込んで心の弱さを突いて体を乗っ取ろうとした魔族だったが、自分と全く異なる属性、それでいて人間の持っていい量をはるかに超えた魔力の流れに翻弄され、勇者の自意識を眠らせて、軽率に解放した力に死んだ肉体を捨てて魂だけの存在となった魔族が燃やし尽くされそうになっていた。


『ぐ、ま、まさか勇者の力がこれ程とは……!』


 だが、あと1時間もない命で魔族はニヤリと笑って見せた。


『だが、これだけの力、1時間もアレバ……! コロシテヤルゾォ! キゾクドモォォォ!!』


 その悪意だけで激流の如き力の行先を操り始めた。馬車程度とは比べる事も出来ない速度でドラクラムの町へと飛んでいく勇者の前に、レイカーナと彼女に連れて来られた交治の2人が現れた。


「に、日本人?」

「知っている人なの?」

「いや、だけど多分同じ国の人だ」

「――」


 突然目の前に現れた精霊の魔力に即発され、勇者の体は戦闘態勢になり、魔法を展開させる為に手を前に突き出した。


「問答無用かよ!?」

「どうやら、意識を魔族に持ってかれてたみたいだね」


 その様子にレイカーナも魔力を溜めて攻撃に備えだした。


「コウジは隠れてて!」

「あ、ああ!」


 近くの木に下ろされた交治は、2人の間に流れる緊張感と力の波動に目を向けつつも嫌な予感を抱いていた。しかし、その予感を落ち着かせる間も無く2人の戦闘は始まった。


「古き竜の息吹!」

「ジャッジメント・ブレス!」


「――うっぐ!」


 ぶつかり合う大技の衝撃に思わず両手で顔を庇う。

 数秒後、目を開くと何も映っていない瞳で相手を見つめる勇者の拳をレイカーナが両手で受け止めていた。ジャッジメント・ブレスを再び放つ隙を作る為に接近戦へと持ち込んだ様だ。


「竜爪の影!」


 しかしこの距離をものともしない様子でレイカーナは契約した日に手に入れた闇の魔力を利用し、腕の形の影を勇者目掛けて伸ばした。躱そうにも拳を受け止められていて直ぐに振りほどく事も出来ない。


「――ふん」


 しかし片方の腕に輝く魔力を纏わせると近付いてきた腕を掴み握りつぶした。


「っ、ならこの数はどう!?」


 背中から影が伸び、竜を形作りながら勇者へと迫った。


「竜首の影ってね!」

「――っ!」


 勇者はなんとかレイカーナの両手を振りほどくと影より早く後方へ跳び、自ら縮めた距離を戻し影の対処を始めた。同時ではなく1体、2体ずつで迫る影を光の魔力で払う勇者を見て、レイカーナは再び力を込めた。


「古き竜の息吹!」


 初撃で放った大技。本来は複数人へと向けて放たれる範囲の広い攻撃に、視界のほぼ全てが埋め尽くされる。


「……ふう、流石に少しは――あぅ!?」


 気が緩んだレイカーナの正面から勇者の拳が放たれる。反射だけでなんとか防御できたが、その代償として体勢が崩れて隙の多い状態になってしまった。


「――ホーリーブラスト」


 此処で勇者の放ったのは止めの一撃ではなく確実に次の攻撃へ繋がる光の衝撃。魔力で飛んでたいレイカーナが下へと吹き飛ばされている事もあって、地面まで叩きつけられるのはどう足掻いても避けようのない結果だ。


「いつつ……!?」

「エンド・レイ」


 レイカーナへと放たれた光の最上級魔法。全てを浄化する光と言われているが、むしろ名前の通り滅びを齎す強力無比な魔法に、レイカーナは死を覚悟した。


「っく……!」

「――エンド・レイ!」




 ――だが、光は届く前に更に大きな光に遮られかき消された。


「情けないですね、祖竜霊」

「私の魔力を使いこなせてない、不甲斐ない」


 傷だらけのレイカーナに厳しい言葉を視線を浴びせながらその隣に降り立った2つの影。以前から交治と契約していたファーレイとマァタナだ。


「せ、精霊……? でも、この魔力はまさか……!!」


 レイカーナは恐れ慄いた。属性こそ異なるが自分と同じ最上級の精霊であっても、目の前の2人の魔力の量は自分とは別格だからだ。


「ま、間に合った……!」


「御久し振りですね、コウジ様」

「何で今まで召喚しなかったの? 戦いの駒として使う為?」


 神聖霊と暗黒霊が纏っている怒気を目の当たりにしなくても以前から察していた交治は彼女達を今日まで召喚しなかったのだが、それが正しいか間違っていたかは正直分からない。


「いや、そんなつもりは微塵もないって!」

「ふーん」


 しかし、愛して止まない主が他の女と数日ずっとイチャイチャしていようと戦いの場では一度それを忘れて戦うべきだと思う2人は空に浮かぶ勇者へと視線を向けた。


(――コウジ様、この長い長い孤独、絶対に埋めて貰いますからね? 勿論、邪魔者には先に消えて頂きますが……)


(あの女に魔力を奪われた失態、魔王としての自覚が足りていない。私がもっと導かないと。その為にも、道を踏み外させようとする女には消えて貰う)


 そんな2人の様子にあたふたしながらも交治はレイカーナへと近付く。


「大丈夫か?」

「平気……ごめんね、だらしない所、見せちゃった……」


「そんな事ないさ。兎に角、一回送還を――」

「――ううん、まだ行ける。我が儘で悪いけど、もう少し戦わせて」


 そう言うと傷で痛む体を立ち上がらせて戦う意思を見せる。


(冗談じゃない。やられたまま他の精霊だけに任せたら、交治に軽んじられる……! そうなったら、私の存在意義なんて……)


 僅かな絶望感に背中を押されながらも一度は自分を追い詰めた勇者を睨みつける。


「で、作戦はある?」

「いや、3人いれば勝てるかなぁって……」


「駄目主」

「うっぐ……!」


 マァタナの毒舌に交治は頭が痛くなる思いだ。だが、力を溜めながら出方を伺おうとしていた勇者はそんな彼の心情など気にもせず攻撃を開始した。


「ジャッジメント・ブレス」

「ジャッジメント・ブレス!」


 勇者から放たれた魔法にファーレイは即座に同じ魔法を放った。


 光の魔力を司るファーレイにとって、勇者が相手だろうとその威力を上回るのは難しい事ではなくあっさり押し勝ち、傷を作りながらも後ろに少し下がる程度のダメージを受けた勇者はファーレイを睨みつけた。

 だが、当の彼女は涼しい顔をして交治へと振り向き、言い放った。


「……ご安心くださいコウジ様。策を練る必要も、そこの精霊2人の出番も必要ありません。

 貴方と子供を成せて妻になる唯一無二の私がいればコウジ様の勝利は決して揺るがないです」


 宣戦布告は、初撃の後に切って落とされたのだった。


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