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祖竜霊の感謝

遅くなって申し訳ありません。

これからもお付き合い頂ければ幸いです。

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!」


 この瞬間、俺は異世界に来てから恐らくもっとも焦っていた。


「はーい、幾らでも待つよ? 私はずっと此処に居るからね?」


 目の前で笑うレイカーナは純白のウエディングドレスに身を包み、こちらを待っている。横隣りを見れば崩さずに笑みを浮かべ続ける神父さんの姿がある。


「……新郎コウジ、あなたはここにいる祖竜様を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 そして先と同じ質問を繰り返してきた。

 逆の方向を見れば教会の前方の席をシスター達が座って埋め尽くしている。


(おかしい……デート、もとい観光の続きをしようと教会に足を運んだら、レイカーナが通い慣れた喫茶店でいつものメニューを頼むような笑顔で神父さんに何か合図した途端、数分で俺は白いタキシードを着せられ、暫く待ったら結婚式の様にレイカーナが歩いて登場して――)


「新婦レイカーナ様、あなたはここにいるコウジ・ヒョウガワを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はい、誓います!」


「勝手に進めるな!」


「では、誓いの口付けを――」

「――俺の話を聞けぇぇぇぇぇ!」


 この声は、教会の鐘すら揺らしそうな程に大きく響いた。

 それに吃驚した牧師さんを若干睨んで無言で説明を催促すると、彼は残念そうに両手を叩き、椅子に座っていたシスター達も一斉にざんねんそうな声をだしながら全員席を離れた。


「…………け、結婚体験?」

「ええ、そうです」


 俺の悲鳴で漸く止まった雪崩れ込む様な一連の行動の真相が語られた。


「この国は多くの種族が交わるドラクラム。様々な事情や問題を抱えた愛で溢れる国です。そこで、各教会に結婚式を体験できる制度が導入されました。これに乗じて想いを伝えたり、親族の居ない方々なら体験を通り越してそのまま――という事も御座います」

「な、なるほど……?」


「まさか、祖竜霊様のご結婚お立会いできるとは思ってもおらず教会一同、持てる力の全てを発揮したつもりですが……しかしコウジ様の気持ちの準備が出来ていないのであれば、それもまた僥倖です。もし本当にご結婚する際には是非ともこの教会に声をお掛け下さい」


 いずれにせよ、やはりレイカーナは俺と結婚式を行いたかった様だ。それも、実体を手に入れたからとかそんなふわふわした理由ではない。何故だ?


「コウジ、私と結婚がそんなに嫌?」

「別に嫌っている訳じゃないけど、まだ出会って1日も経ってない。

 俺の事を何も知らない、俺も何も知らない相手との結婚なんて御免だ」

「……はぁ、そっか」


 レイカーナはそれを聞くと残念そうに溜め息を吐き、笑顔を見せた。


「神父さん、今日はありがとう。私達、まだデートの続きがあるから」

「ええ。焦らず、ゆっくりと愛を育んで下さい」

「コウジ、行こう」


(怒っている……? 訳じゃない、よな?)


 思いの外切り替えの早い様子の彼女に少々不安になりながら、引っ張られるまま教会の外に出た。


「ちょっと急ぎ過ぎちゃったね、ごめんごめん! じゃあ、次に行こう!」


 笑っているがもしかしたら心の中ではそれほど穏やかでもないのかもしれない。俺は彼女に一言謝罪しようと声を掛けた。


「レイカ――」

「あ、あそこの装飾屋さんに言ってみよう! 宿屋のおばあちゃんに、良い指輪を作ってくれるって聞いたよ!」


 ――まだ結婚に前向きだった彼女をなんとか抑えて指輪は諦めさせ、一度店から離れる為に公園にやってきた。

 元の値段の高さも中々だったがそれを90%までオフにさせるとかどんだけ人望に溢れているんだこの精霊。


「ふふふ」

「……思ったより、上機嫌だな」

「そう見える? でもね、精霊になってからは此処には来たくなかったんだ」


 笑顔のまま、何時かの過去を懐かしむ様に言った。その視線は公園で走って遊んだりする子供達と、ベンチに座ったり木の陰で休む家族に向けられている様だ。


「来たくなかった?」

「うん。私が祖竜霊になって直ぐの事なんだけど、子供達に遊びに誘われてね。まだ生きている時の生活が抜けきれてなかったから一つ返事で彼らに着いて行ったんだ。だけど、透ける体じゃやっぱり触れなくて遊べなかったから、直ぐにつまらなそうな顔しちゃった」


 当然だよね、と少々寂しそうな表情を浮かべながら今度は上を見た。


「それからは暫く一人で空から眺めてたなぁ。竜から人に成る為に生きてる時間の大半を使って、それに後悔は無いけど、死んだ後にこうやって平和な時間を見てるとやってこなかった事の多さに自分の時間の使い方がいかに下手くそだったか思い知らされたよ」

「だから、俺と結婚したいって?」

「あはは、直ぐにその話をする辺り、君は本当に結婚したくないんだね」


 こちらの心を見透かしながらも彼女の笑みは崩れない。余裕の感じられるその表情に会話のペースを握られている気がする。


「でもね、もう遅いよ。私が貴方の何も知らなくても、例え貴方がどんな極悪人でも、私には貴方を愛せる自信がある。だって、貴方がくれた物はもう――」

「――祖竜霊様ぁ! あそぼー!」

「一緒に遊んでよ、そりゅうれいさまぁ!」


 言葉を遮られたレイカーナは一瞬真顔になったが、直ぐに、先とは異なる笑みを浮かべ直した。


「――これぐらいじゃないと返せない位、沢山貰っちゃったからね」


 彼女はサッと背を向けて、子供達の元へと走った。


***


(本当に……返せない程に、膨らんじゃったなぁ)


 子供達と遊ぶ中で漸くまともな思考が出来る様になった。コウジを傍で見ているだけで体は動くし、思考も行動も彼と結ばれる事だけを考えてしまう。


(でも、恋も悪くない。ううん、とっても気持ちいい!)


 見返りを求めず、打算も曇りもない思考は数時間前こそ異物感があって拒絶していたが今では本当に人間の愛を得れた事で喜びに成った。


「はい、タッチ!」

「あ、捕まっちゃった!」


 何より、私の中の寂しさや本当に求めていた物がはっきりと分かる様になった。

 だから、こうやって子供達と遊ぶと言う大昔の夢を思い出せた。寂しい思い出しかなく避けていた公園にまでやってこれた。私は彼を見てもう一度感謝した。


「ねぇ、お兄ちゃんも祖竜霊様の友達なんでしょ? あたし達と一緒に遊ぼう!」

「ちょ、分かったから引っ張らないで……え、竜人だからか? 力強くない?」


 見れば彼は女の子達に引っ張られてこちらまで連れて来られている。その様子が面白くて私は思わず笑った。


(ふふふ――早く手を離してくれないかな?)


 ……じゃないと、何故か子供達に怒りの表情を見せてしまいそうになっていたから。


 駄目だ。この憤怒は絶対におかしい。


 分かっている。彼女達は絶対コウジに何もしない。しない筈だ。


「レイカーナ」

「っな、何?」

「これどういう遊びか教えてくれるか?」

「えー、お兄ちゃん知らないの?」


「別の国から来たからな。似た様な遊びならやっていたけど」


 彼に声をかけられて漸く私は自分の中で燃え上がっていた感情を抑える事が出来た。


「……子供と親。親の人が逃げる子供を追いかけて背中を触れば交代する遊びだよ」

「背中か。了解」


 先まで子供達と遊ぶ私を遠巻きで眺めているだけで、てっきり子供の相手が苦手なのか思っていたが予想に反してコウジは早く馴染んでいた。


「ほら、こっちにおいで!」

「いかないよ!」

「祖竜霊様を追いかけてよ!」


 唐突に、子供の1人が冗談半分で親をしていたコウジを私にけしかけた。


「それもそうだな……まて、レイカーナ!」

「っ!」


 遊びの場だと分かっていた筈なのに、彼に呼び止められた思わず嬉しくなった私の足は速度を落とし、彼が近づくと止まってしまった。


「……どした? 疲れたか?」

「祖竜霊様! 勝負はせいせーどうどーとだよ!」

「てかげん禁止!」

「ははは、ごめんごめん! じゃあ今から私が皆捕まえちゃうよぉ!」

「やべぇ、本気の祖竜霊様だ! 逃げろ逃げろぉ!」


 子供達との遊びは続き、彼らと別れる頃には私達も宿へ帰る時間になった。

 とっても、楽しかった。これでまたコウジから大切なものを貰った。


「ふぅ、やっぱり子供は元気だなぁ」

「そんな事言ってると、おじいちゃんになっちゃうよ?」

「流石にそれは勘弁だ。まだ青春したい」


 うん、そうだね。まだ若くて元気じゃないと駄目だよね。


「……どうした? そんなに笑って。俺にそんなに老けて欲しいか?」

「まさかぁ、そんな訳無いよ?」


 そんな他愛の無い幸せな会話をしている内に私達は宿に戻ってきた。しかし、彼は部屋に入るなりベッドに倒れこんでしまった。


「な、なんかドッと疲れが来たな……」

「大丈夫?」


 私の声に彼は体を起こして立ち上がり、自分の荷物へと手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと食事の前に水浴びでもしてくる……」

「うん。いってらっしゃい」


 ゆっくりと歩いていく姿に私は凄く心配になった。石鹸で転んじゃったりするかもしれないし、うっかり柄の悪い人にぶつかって難癖付けられたりしないだろうか。


「……そうだね。仕方ないね!」


 そう呟いてから宿屋のお婆ちゃんの所に向かった。先ずは他のお客さんが入ってこない様にして貰わないと。

 と言っても風呂が好きな種族は実は余り多くない。獣人達はお湯が苦手だし竜人達は人間に合わせた温度では大して暖かいとも思わない。


「なので、この清掃中の札を掛けて……と!」


 私は堂々と、コウジがいる風呂場へと侵入した。


「ちょっと待てちょっと待て!」

「大丈夫、私が全部洗ってあげるから……!」

「妙な手つきで近づくな!」



***



 氷川交冶がテハボーラに送られた2週間前、彼とは違い女神ではなくこの世界の住人に勇者として召喚された高校生がいた。高校3年生の綾田赤菜(アヤダアカナ)


 彼女は唯の女子高生だったが、彼女の住んでいた世界の歴史とこの世界に短い歴史の差が力として作用して魔王にすら太刀打ち出来る力を手にいれ、彼女は元の世界に戻る為に召喚した国の支援を受けつつ魔王を倒す旅に出た。


 待ち受けている旅路は当然、現代日本にあった便利な乗り物等なく、乗り慣れていない馬に苦戦する事もあった。町に到着する事が出来ずに野宿をすれば、元の世界がどれだけ恵まれていたか自覚する夜もあった。


「――はいはい、終わり終わり」


 もっとも、戦いとなれば彼女の力は圧倒的な数の差ですら脅威にならない程に強大で、これまでテハボーラの連合軍が苦戦していた魔王軍は全く相手にならず、4度目の戦場は彼女にとってもはや茶番に等しかった。


 3戦目ともなれば何か対策をしてくるかと思ったが、多少全軍の強さと陣形が変わっただけで魔法を放てば消えていく。そこに命のやり取りなんてモノはない。

 最初こそ大量の魔物に怖気づいて思わず最高クラスの魔法で殲滅してしまったが、それで消えていく魔物達を見て我の強い彼女は魔物への恐怖は日に日に薄まった。結果、今では魔法を放つだけの作業としてやっている。


「流石勇者様です!」

「魔王の軍勢を相手に、聖剣を抜く事も無く!」

「はいはい、そういうの良いから」


 国からの支援である筈の旅の仲間も、容姿の良い騎士ではあるもののその実力は疑わしく彼女は薄々彼らの目的が監視、あるいは懐柔であると察した。


(外国人って苦手なのよね……はぁ、日本人の慣れ親しんだ顔の方がまだ魅力的に見えるわ)


 軽いホームシックに襲われながらも彼女はそのストレスを全て魔物殲滅で発散していた。


「今日も結界張ってさっさと寝よっと」


 本当の意味で心休まる日の無い彼女は決して警戒は解かず、魔王城へ最速の道を目指していた。


 ――しかし、彼女の年相応に強く、しかし磨り減り続けた精神は魔王の手の者に僅かな隙を許す事になる。


感想、誤字報告等、お待ちしております。

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