表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

勇者は勇者でなければいけなかった。終


『それはさあ…

変わんないんじゃないの?


鎖でつながれたあの時と。

僕が勇者ですって叫ぶのとさあ。』


勇者は、困ったように笑った。

その顔は、どこかすがすがしいようにも見える。


「そうかもしれないけど、結局それが僕の本質なんだよ。」


『何笑ってんだよ…


そんなのはただの偽善なんだよ!

自分だってわかってんだろ!


お前はクズなんだよ…


特別に浸って!

鎖を嫌って!

自分が不幸ですって顔に張り付けてるような!


どうしようもないクズなんだよ!』



それを聞いて、勇者は力ないような笑顔に変わった。


「その通りだよ。


僕ってこんなクズだからさあ。

多分、これが『正解』なんだろって。


思っちゃったんだ。」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



勇者の手には、酒を入れられた匂い袋があった。

こうすることで、袋の効果が抑えられる。


袋を持ち、南側の外壁から回り始めた勇者であったが、南側には、袋どころか、うろたえる人も見当たあらないようだった。

古びた建物からは人影がちらほらと見えるが、出てくる様子や、警報に混乱する様子は見られない。


恐らく、ここはスラムだ。


正確には、スラムの残骸。


先代勇者によって、必要な労働力が大幅に増え、スラムで生活していたものが、そこから抜け出すといったケースが多くなっていた。


よって、殆どの街ではスラムは残骸のようになっている。


それでも、スラムが取り壊されないのは、そこに、まだ人がいるからだ。


色々な街を回って理解した、彼らがここにいる理由。


それは、死を待っているからだ。


静かに、ひっそりと、誰にも知られずに死す。


これを聞いた時、彼はどこか、親近感を持った。

…多分、そういうことなんだろう。


彼はスラム街に背を向けた。


ここまで見て無かったということは、おそらくこちら側には袋は存在していない。


確実に人為的に行われたこの事件の中で、ここまで来て、魔物の騒ぎが起きていないということは、犯人の目的はスラム街にはなく、避難する市民の中にあるということ。


つまり、起こしたものは、スラム街が南側に存在し、北側に市民街および避難所があることを知った人物で、特製の匂い袋を手に入れられる商人、もしくは製造者自身であること。



(何にせよ、今やるべきことは、急いで北に向かうだけだ。)



ーーーーーーーーーー


勇者が訪れた時にはすでに魔物達と冒険者との戦闘が起こっていた。

魔物の数は十体程、それに対して、冒険者は二パーティーだけだった。


避難所には冒険者がいるだろうと反対側から回っていったが、勇者の見積もりは少々甘かったようだ。


冒険者たちの背には、不安そうな顔で戦況を覗く市民が見える。


冒険者たちは疲弊しきった状況で、徐々に魔物達が押しているように見えた。

南側のすべてを確認していれば、きっと全滅だっただろう。


勇者は、市民のもとに向かおうとする一匹の魔物に目当てをつけて走りだした。


湧き上がる悲鳴を切り裂いて、両足を地面から離す。

体を横に回転させながら、小刀で首筋をなぞった。


魔物が地に沈む音だけが響いて、血しぶきが静かに彼の頬を濡らした。


フードは、もうはだけてしまって、彼の顔は完全に見えてしまっていた。

冒険者を含め、全員が彼を凝視して、それで、彼らは勇者だと思った。


思ったけれど、それは、勇者でなくて。


きっと、おとぎ話に出てくるような、そんな勇者だ。



勇者は再び走りだした。


魔物の正面から向かって、魔物の突進をいとも簡単にかわす。

その勢いで、後ろ側から正確に首を刺して殺した。

次に飛び移れば、攻撃のすきを与えないほどの速さで沈めていく。


その様子は、まるで踊っているかのようだった。


その場の全員は、言葉を発するのも忘れて、勇者を見つめた。

本当に、一つ息をのんだようにも感じる時間の中で、彼はすべての魔物を倒しつくした。


最後の魔物から、ゆっくりと小刀を引き抜いたその時、再び時が動き出したように歓声が上がった。

でも、それは「感染しない」。



戸惑っている。

自分たちが理解できない存在に。



そんな中で、一人の少女が勇者に近づいて行った。

母親の静止の声を振り切って出てきた少女は、勇者の目の前で止まって、大声でこう言った。


「ありがとう!」


その言葉に、勇者の視界が歪んだ。

別に、特別じゃなかった。

今までに何度もかけられた、その中の一つだ。


それでも、勇者の頬には一筋の涙が流れた。


「どうしたの?」って、心配そうにのぞき込む少女に、涙が見えないように顔を上げて、


「なんでもないよ」って頭を撫でた。


それから、一つ息をついて、呟く。


「簡単だ。


そうだろ?」


それから、勇者はしゃべりだした。


「僕は、勇者で、でも皆が思ってるよりも全然だめで。


期待から逃げて、何にも出来なくて逃げるようなそんなやつで…」


その言葉に、人ごみの中から声が上がった。


「でも、俺たちを助けてくれた。」


その言葉に、また声が上がる。


「そうだよ、あんたは勇者だった。」


そうだ、と声が上がって、その声は歓声に変わった。


勇者は何もしゃべらなかった。

ただ、少女に「どこか痛いの?」と心配されて、ぐしゃぐしゃな笑顔で首を振った。






後日に、匂い袋の犯人が捕まった。


犯人は、王都で働いていた職人だった。

動機は、完全な私怨で、この街の人々に対する逆恨みに近い感情だったらしい。



もう一つ、スラム街の手前に、ある施設が建てられた。

スラムにいる、死を待つ人々が使う施設だ。


最初は怖がっていたが、市民たちも、徐々に慣れて、料理を用意したり、話をするようになっていた。


勇者がこの施設を建てるように懇願した時、ある人が理由を聞いた。

それに対して、勇者はたった一言で返した。


「あの人たちは、昔の僕なんだ。」って。




ーーーーーーーーー



ある人が、「鎖」だといったそれを、ある人が「絆し」だと答えた。


「鎖」だと答えたその人は、次に「絆し」と答えるのだろう。



だから、勇者でなければいけなかった勇者は、もういないのだ。







それなら、きっとこの話は、ここでおしまいだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ