勇者は勇者でなければいけなかった。4
魔王の城を後にした彼が向かったのは、一つの街だ。
別にその街に目的があったわけではなかった。
彼の歩みに、目的があるわけではなかった。
彼は深くフードをかぶった。
彼だと気付く人はいなかった。
彼は、噴水のある広場のベンチに腰掛けた。
別に何があるわけではなかった。
何があるわけでもないけれども、彼は考えずにはいられなかった。
ここにいる理由を。
この広場に、この街に、この国に…
この世界に。
彼がいる理由を。
あの日問いかけた答えを。
黒いローブの下で、
彼は蔑んだ笑みを浮かべた。
「簡単だ。」
彼はつぶやいた。
「簡単だろう。」
『ここで、このローブを捨て去って、叫べばいい。
私が、かつて勇者だった男だと。
先代と同じように、魔物の退治のためにここに訪れたと。
そうすれば、あっという間に「お前は特別」だ。』
そう語る内面に、彼はまた嗤う。
『あれだけ嫌った特別と、
嘗て「鎖」と語ったもので作られた存在意義だ。
…もう、それにはすがれない。
「クズ」だって、気づけてしまったから。』
彼は腰を上げた。
目的もなく次も街に動こうとしたからだ。
その時、彼の目の前を一人の少女が走り去ろうとした。
自分の母親のもとに向かっているようで、袋を手に、嬉しそうな表情だった。
通り過ぎる瞬間、甘った匂いが迫ってきた。
その嗅ぎ覚えのある匂いに、彼は思わず少女を呼び止める。
「それ、どこで見つけた!?」
彼には余裕がない様子で、少女の肩を掴んだ手には力が入っていた。
いやな顔をしながら、少女は答える。
「この袋なら、街の色んな所に落ちてたけど…」
「色んな所って、そんなに落ちてたのか!?」
よく見ると、少女の手には、二つの袋が握られていた。
「…分かった。
お前は、それおいて安全な所に逃げろ。」
「嫌だよ!私が見つけたんだもん!
私のだもん!」
少女の言葉に、彼は声を荒げた。
「馬鹿!お前、それは魔物を寄せ付けるための袋なんだよ!」
彼がそう叫んだのと同時に、街に警報が鳴りひびいた。
魔物が侵入したという合図だ。
警報に驚いたのか、彼の声に驚いたのか、少女は泣き始めてしまった。
それでも、彼にそれを気にする余裕はなかった。
多少強引に少女の手から袋を奪い取ると、彼女の母親がやってきて、彼には目もくれず、少女を連れ去っていく。
彼はそれを見て街の一番外側へと向かった。
今彼の手にある袋は、本来冒険者や商人が持つ、非常時に魔物から逃げるために囮として使うものだった。
通常時は無臭だが、水を入れることによって魔物を寄せ付ける匂いを発する。
だが、それならなぜ街の商人や冒険者が気づかないのか。
その答えは、これが「特別製」だからだ。
勇者時代に彼も持っていたこれは、通常のものとは、けた違いに効果範囲が広い。
効果範囲が広くなるというのはある意味副作用であり、強力な魔物にも効くように強くなっているのだが、このような街の付近でそれに当てはまるような強力な魔物は存在しない。
ただ、「街の外の魔物たちを呼び寄せることには十分だ。」
街の一番外側から、彼は順番に見ていった。
手に持っているその袋を探す為に。