勇者は勇者でなくてはいけなかった。3
『ある平凡な村に、平凡な少年が居ました。
母親と二人だけで暮らしている、平凡な少年です。
彼は勇者に憧れました。
命をかけて悪に立ち向かう勇者に憧れました。
勇者の力を失って、それでも立ち向かう勇者に憧れました。
人生を賭けて魔物に立ち向かう勇者に憧れました。
自分も、そうありたいと思いました。
思ってしまいました。
これは、そう思ってしまった少年の、酷く滑稽で、この世界で一番最低なお話です。』
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ある夜に、少年の母親は少年にお話を聞かせてあげました。
勇者のお話です。
ある一人の勇者のお話でした。
少年は喜んでその話を聞きました。
胸を躍らせる少年に母親は優し気な微笑みを浮かべました。
『僕も、勇者みたいに強くなって、お母さんを守ってあげるからね。』
父親が早くに亡くなったこの家で育った少年の心からの言葉でした。
その少年の言葉に、母親は答えました。
『まあ、それは楽しみだわ。
お母さんも負けていられないわね!』
その言葉に、二人は顔を合わせて笑いあいました。
しかし、そんな幸せな一場面は、ちょうどその夜に崩れ去りました。
早くに眠った少年は、村人達の騒がしい声で目を覚ましました。
眠たげな目をこすりながら家の外に出てみると、そこには、村人たちに殺されたのであろう魔物と、首をかみちぎられた少年の母親の姿がありました。
少年の母親は、生活のために夜遅くに作業に出ることもありました。
それがいけなかったのでしょう。
村人達は彼を見て言葉をこぼしました。
『俺たちが駆け寄った時には、もう…』
ただ、少年はその言葉にこたえることはありませんでした。
少年は母親だったものに駆け寄って、その血液を、肉片を、何度も何度も救い上げました。
それでも、何度繰り返しても、少年にはあの時の温かみを感じることはできませんでした。
村人の一人に抱き寄せられながら、少年は思いました。
「ああ、きっと、自分はなれなかったんだ。
勇者に。
特別に。
母親を救うことの出来る存在には。」
少年はどこか冷めた感情を抱きながら、その後の生活を過ごしていました。
このまま彼が過ごしていくのかと思われた時、それ以上の『悲劇』は起こりました。
彼が成人した日です。
その日、なんと、彼は『勇者の祝福』を受け取ったのでした。
少年は、深い絶望と怒りを浮かべました。
その時の彼は、あの時の彼がなれなかったあの日の特別になれる力を手に入れたのです。
それは彼にとってどれだけ残酷なことだったでしょう。
彼は深い絶望の中に沈んでいきました。
しかし、これは悲劇の始まりにすぎません。
この少年は、深い絶望の中で生きていったのならば、
それならばよかったでしょう。
しかし、実際はそうはなりませんでした。
あろうことか、彼は勇者パーティーでの冒険を、会話を、関わりを楽しんでしまったのです。
いや、正直に言うと、特別になれた優越感に浸っていたのでしょう。
そのまま驕って過ごせるほど少年が愚かだったらよかったのに。
初めからそれに気づけるほど少年が賢かったら良かったのに。
彼は魔王の最上階で問いかけました。
「あなたは、
…あなたは。
何を思って生きてきたんですか?
何を思って生まれてきたんですか?
何を思って僕を迎え撃ったんですか?
何を思って死んだんですか?
何を思って殺したんですか?
何を思って壊したんですか?」
答える声はありませんでした。
答えはありませんでした。
『何のために生きてきたのか。
何のために生まれてきたのか。
何のために魔王に立ち向かったのか。
何のために生きていくのか。
何のために殺したのか。
何のために壊したのか。』
答えがない『僕は』
きっと、『クズ』ってやつなんだろう。