五話 目覚めと出会い
暗闇から目覚めた気がした。気がしたというのはおかしな表現だが、目を開けた感覚があったのだが、まだ暗闇の中にいる。
体にはまだ力が入らず、起き上がることは出来なかった。
随分長い夢を見ていたようで、頭がまだうわの空だ。この状況、どこかで味わったことがある。
「…………?」
徐々に暗闇に目が慣れ始め、どこかの個室に居ることが分かったのは目が覚めてから数分後のことだった。
床は岩のような固い感触、壁も石レンガのようだ。どこか年を重ねたような狭い部屋。
辺りを見回した後、濁流のように色々な記憶が蘇ってきた。
リスティアナと名乗る魔皇に出会って契約を交わしたこと。戦皇アースと剣を交えたこと。
そして、世界創生を完了させたこと。
「――え……ん……は……?」
やっと口が開いた。しかし、驚愕のあまり出てくる言葉はたったの三文字のみ。
あの時、何の躊躇いもなしに世界創生を完了させたが、どんな世界になったのか見当もつかない。
「生き、てる……。世界創生は、全生命を消滅させるはずなのに……」
体を調べるが不思議なことに戦皇アースから受けた重傷の痕跡が何一つ残っていなかった。これまでの戦いこそが夢なのではないか考えたが、シアンは実際に息をしている。
だが、このような状況は一度経験している。
考えられるとすれば、
「リスティアナは……」
周りを確認するがリスティアナの姿は見えない。
彼女自身がシアンの付き人と言っていたのに姿を現さないのはおかしい。
「あり得る話……か。俺は結局、リスティアナに代わって世界創生を阻止する為に契約した身だからな。もう用済みと考えて契約を解除した可能性もある……」
だが、どこか解せない気持ちだった。
最後までリスティアナがシアンと契約した理由を聞き出せなかった。
おまけに口づけもされ、もてあそばれた気分でならない。
「――なぁ、お前何処から来たんだよ」
肩を落としていると暗闇の向こうから聞きなれない男の声がした。
よく見ると、その声の主は古い鉄格子の中にいた。
「あんた、何で囚人みたいに閉じ込められているんだ……?」
「みたいじゃなくてそうなんだよ!」
大声を上げた男だったが慌てたようにすぐ口を閉じた。
「っと、大声出しちゃすぐに見つかるな……」
「見つかるって、何にだよ?」
そう問いかけると男はすぐさま返答した。
「何にって〈帝国兵〉に決まってんだろ。ここは帝国兵が領有している監獄なんだからよ」
「――監獄っ!?」
「大きな声出すなっつってんだろ!」
今まで監獄で横たわっていたのは驚きだった。
よく見ると、周りには鉄格子の付いた牢獄が並んでいた。
だが、その情報だけでわかることもある。
ここが監獄とあれば安息できるところでないのは明白。そして、この鉄格子の中にいるこの男が何かの罪を犯したということも容易に推測できる。
「じゃあ、邪魔したな。俺はここから出て外の匂いを堪能してくるよ」
鉄格子から去ろうとすると、男は必死になって鉄棒の間から体をねじ込んで俺を引き戻そうとしている。
「待て待て待てっ! 監獄っつっても悪人を閉じ込めている訳じゃねえ!」
それでは何のために閉じ込めているのか疑問に残る。
「あんた、俺の目を盗んでどうやってここに来たか意味不明だし、ここが監獄だってことも知らないようだし、いかにも怪しいが、今はお前に頼るしかないんだ! 頼むから助けてくれ!」
「それって、俺に脱獄の手助けをしろと……?」
よく考えれば、この男を助けるという選択肢は正しいのかもしれない。
ここはシアンの知らない、新たに作り出された世界。
つまり、この世界に関する知識や情報は皆無。
「……こっちの要件ものんでくれるのなら手伝うけど」
「助かる。なら、そこの壁に吊るしてある鍵でこの狭苦しい所から出してくれ」
男が指を指す先には、言う通り鍵が吊るしてあった。
何故大事な鍵が無防備な状態で放置されているのか。
「この鍵であんたを助けたあかつきには、俺に色々な情報を提供する。この条件をのんでくれるな?」
「約束は守る!」
鍵を手に取り、鍵穴にゆっくりと差し込み回した。
扉は鉄と鉄が擦れるような音を立てながら開いた。
「ありがとうよ、恩に着る」
「……今後のコミュニケーションの為だが、あんた何者だ?」
「俺はアイアス・スピナって名だ。ひょんなことでこの牢獄に閉じ込められた愚か者さ」
自分で自分のことを愚か者と言うのはどうかと思うが。
「お前は?」
「あ、ああ。シアン・ハルバード……」
シアンはあえて相手が詮索しないように一言で済ませた。
「よし、シアン。お前に情報を提供したいのは山々だが、ゆっくり長話をできる状況じゃねえ。一旦ここから出ることを優先しないか?」
「……元々そのつもりだろ……。じゃあ早速――」
「あっ、言い忘れてたが、帝国兵に拷問されて足を軽くやられてな。歩ける状態じゃねえんだ。担いでくれると助かるんだが」
「えぇ……」
シアンは心底嫌そうな顔を見せ、仕方がなくアイアスを担いだ。
「……慎重に行けよ?」
「神経質になり過ぎじゃないか……?」
牢が並ぶ部屋から出ると真っ直ぐ伸びている廊下に出た。
「不思議だな、監視が誰一人いないなんて……」
「さっき大きな地震が起きたせいだろうな。俺の監視をしていた帝国兵も慌ててどっかにちっちまったし」
「だから鍵が放置されていたのか」
そのまま廊下を進んで行くが監視は現れない。ここまで相手に出くわさないと、逆に心配になってくる。
二つほど角を曲がった所で、ようやく奥から鎧を着た人らしき者が通り過ぎるのを確認できた。
「なんだか慌ただしいな……」
「あの様子じゃ、見つかり次第即牢獄に後戻りだろうな」
「さっきも言ってたけど、その帝国兵ってやつはどういう連中なんだ?」
「……お前って頭を強く打ったりしてないか? 帝国兵ってのは、この世界を武力で支配しようとしている反首国側の連中だ」
世界創生が行われてなお争いが絶えていないことにシアンは少々呆れた。
あんなに苦労して乗り越えた世界なのに何の変わっていない気がする。
「一つわかるのは、野蛮な連中だってことだな……」
「最近では新型の武器が目撃されたとかも聞いたな。ある計画に王手をかける勢いで帝国の奴らは勢力を増している」
「計画……?」
「ああ、それも大層な計画さ。名前は確か――」
アイアスが話している途中、突然大きな爆発音と共に、監獄が地震が起きたかのように揺れ始めた。
「――な、なんだっ!?」
監獄全体が揺れ、天井の一部が崩れ落ち始めた。
二人の真横に崩れた岩が落ち、揺れが終わった時には廊下に瓦礫が散乱していた。
「こんな時に地震か……!?」
揺れが収まった後に周りを確認するとアイアスの姿が見えなかった。
視線をあちらこちらに向けながらアイアスを探すと、瓦礫の間から伸びる腕を見つけた。
「――大丈夫か!?」
「ああ……何とか……」
「大丈夫じゃねえだろ!? 御頭から血が出てるから!!」
落ちてきた岩で頭を打ったのだろうか。額からは血が流れており、意識が朦朧としている模様。
「――くそっ。ここに仲間がいたぞっ!」
廊下の先を見ると先程見た帝国兵が三人、シアンを見て剣を構えていた。
状況が把握できないが、敵意を向けられているのはわかる。
「やばっ、見つかったぞ……」
シアンはふらつくアイアスを床に置きた。
「剣は戦皇に折れているんだよな。こうなったら素手で……」
迫ってくる帝国兵の動きに連動するようにシアンは同じように帝国兵に迫る。
帝国兵の剣を軽くかわすと防御の薄い部位を思いっきり殴りつける。
反乱軍少年兵時代に鎧を着た兵士への対処法は嫌という程教わっている。
相手がただの警備兵ならどうってことない。
同じ調子でシアンは残りの帝国兵二人を難なく倒した。
「なんだ……反乱軍にいた時よりも軽快に動けるぞ。リスティアナと契約した時の身体能力に慣れてしまったせいか……」
そう呟くとシアンはアイアスを持ち上げ、倒れた帝国兵を避けながら先へ進んだ。
「にしても、アイアスの言った通り、警備兵が少なすぎるな。収容されている囚人だって少ないし」
しばらく歩くと開けた空間に辿りついた。そこで目に入って来たのは驚く光景だった。
何人もの帝国兵がそこら中に倒れていたのだった。
地震の絵影響とは思えず、全員血を流して何者かと交戦したかのような形跡が部屋中に残っている。
「俺達の他に誰かが暴れてたのか……?」
倒れた帝国兵を見ているとシアンはもう一つのことに気がつく。
「……日が指している」
上を見上げると天井が大きく崩れており、空を一望することができた。
この新しい世界に来てから外の空気を吸っていない。ましてや外の景色すら見ていない。
誘われるかのように、光の柱を上へと目で辿っていく。
が、
「……は……っ?」
目が一瞬で見開いた。
シアンが見たものは帝国兵が倒れているなどという甘いものではなかった。
ステンドグラスが覆っているような万華鏡の空。
日が昇っているというのに無数の星が見えている。
シアンはこの奇妙な空を知っている。
「――く、世界創生……!!?」
声は震え、額からは汗が滴り始めた。
そこには反乱軍が死を覚悟して阻止しようとした災厄の秘術が起こっていたからだ。
思わずシアンは気を失っているアイアスの肩を揺らした。
「――おいっ、何で世界創生が起こっているんだよ!!」
大きく揺らすがアイアスは目を覚まさない。
「世界創生は完了したはずだ! なのに、何故この世界でも世界創生が起こっているんだ!?」
シアンは大分錯乱状態であった。
この世界が世界創生で作られた世界だと知っているかもわからないアイアスに慌ただしく叫ぶ。
その行為をひたすら続けていると、気が抜けたのか、足に力が入らずその場に崩れ落ちた。
フラッシュバックのように前世界での戦の光景を思い出す。
「くそ……、なんでこんな状況に……」
不安と悔しさで歯を欠けるほど強く噛みしめていると、
「――は――はっはっはっはっ!!」
「……はっ……?」