四話 終止符
戦皇アースに打ち取る本当の覚悟は決まった。
だが剣は無情にもおれ、打開策がまるで見つからない。
後ろにいるリスティアナを見るが顔色は全く変わっていない。諦めていないのか。力の差が遥かにあるのはリスティアナもわかっているはず。
考えに考えるとリスティアナの言葉が脳裏によぎった。
――この戦いは勝利がすべてじゃない。
もしかすると、リスティアナは最初から勝てる見込みがないと思ってそう言ったのかもしれない。なら、契約してまで戦わせる理由はなんだ。勝つ以外にも今の状況を切り抜ける手段があるのか。
「……!」
頭の中で試行錯誤する最中、戦皇アースの後ろに目がいった。
「……なるほど、な」
ようやく、シアンはリスティアナの言っていたことを理解した。
単純に物事を考えすぎていたのかもしれない。
やはり、この戦いで必要な物は覚悟だった。
手に持っていた刃の折れた剣を地に落とした。
「……今の状況を考えれば、俺があんたに勝てる見込みは限りなくゼロに近い。一万人の群衆に投票でもさせればあんたの勝利にほぼ全員が投票するだろうな」
『……戦意を喪失したか……?』
「いんや。むしろ戦皇と剣を交えることが出来て本望だな。だが、あんたは世界創生の元凶だ。俺の敵であることには変わらない。だから、俺は最後まで抗うだけだ」
そう言い放ち、武器も持たずに戦皇アースへ突っ込む。
その行動には何かの策があるようには感じない。
『……勇気と無謀を履き違えたか……』
向かってくるシアンに対して、再び刀身に魔力をまとい、剣を身体の横に構える。
『……《横断一線》……!』
戦皇アースは剣に力を込め、地面に平行に斬りつけた。
刃は腰を切り裂き、斬られると剣技の圧力で戦皇アースの後方へ引き飛ばされた。
『……完全に入ったぞ……』
――これでいい。
覚悟とは、どんな攻撃や痛みにも恐れず立ち向かうこと。
体が吹き飛ばされ地面に叩きつけられた際に床に血が飛び散る。
――シアンは完全に敗北した。
しかし、そんな状況の中でただ一人、魔皇は静かに微笑んでいた。
戦皇アースは構えを解いてリスティアナに顔を向ける。
『……お前の期待の駒はもう虫の息だ。初めからお前自身が戦えば、小僧も苦しまずにあの世に行けたであろうに。契約を解除し、お前自身が戦ったらどうだ……』
リスティアナは微笑みを続けたまま返答した。
「もう私の出る幕は無いわ。この勝負、どちらの勝利でもない。あなたは、あの子の覚悟を軽視したようね」
『――――!!』
その時、戦皇アースの後方から青白い強烈な光が襲った。
戦皇アースは慌てて振り向くと、禍々しい光は世界創生を完了させる為に必要な総皇の玉座から放たれていた。
目を凝らして見てみると、結晶の横にうっすらと人の影が見えた。
『――小僧……ッ!!?』
そこには尋常じゃない痛みに耐えながらも総皇の玉座に掴みかかるシアンの姿があった。
酷く息を荒立て、床には必死になって這いずった血の形跡がある。
戦う前から知っていたはず、戦皇アースに対人戦で勝てる訳がない。
しかし、乗り切る方法なら残っていた。
「――あん…たの……代わりに、世界創生を……完了…させる!!」
戦皇アースの剣技の特徴は剣を折られた一撃でわかっていた。
斬りつける瞬間、相手に強い衝撃を与えながら切り裂く技法。
だから、地面は特別重いものが落ちたかのように割れ、体は予想以上に吹っ飛ばされる。
その技法を利用すれば、一気に総皇の玉座までたどり着くことが出来る。
これは二つの賭けだった。
あの剣技をわざと受けて身体を吹き飛ばし、その衝撃で総皇の玉座まで送ってもらう。
戦皇アースが剣を折った時のように、地面に叩きつけるような剣技では後方に飛ばされることなどありえない。
上手く攻撃を受け流したからこそ結果につながった。
そして、結晶に触れただけで反応してくれたこと。
リスティアナの言葉には信憑性を感じてはいなかったが、なんの小細工もない仕組みで本当に助かった。
とはいえ、元々シアンの並外れた身のこなしがなければ瞬時に戦皇アースに見破られていたであろう。
戦皇アースはシアンの行っている世界創生完了を止めようとするが、光と激しい風圧で近づくのが困難だった。
『……おのれ、小僧……!!』
「無駄よ、アース。シアンはもう世界創生を完了させようとしている。あなたの思い描く理想の世界とは違う形の世界をね……」
リスティアナは微動だにせず戦皇アースに語り掛ける。
「――あなたは、シアンの底力に負けたということよ」
触れただけで反応したが、どんな世界になるかどうかは知らない。
少なくとも、リスティアナはこれを狙っていたに違いない。
「――くっ!!」
あまりの光にシアンの目がくらみ始めてきた。
『小僧、これがお前が望む結末か? 何もかもが消えたお前には、何が残っている……!?』
戦皇アースの言う通り、結果的に反乱軍は世界創生を止めることはできなかった。
失いたくなかった命も、愛した世界も、全て消滅してしまった。
それでも、シーナとの約束を最後まで果たしたかった。反乱軍の為に最後まで戦い抜く。
「戦皇……あんたは…言ったよな。俺の剣技も……覚悟も……まだ子供だって」
光を押しのけようとする戦皇アースに対しにシアンはにやりと笑って見せた。
「――ただの兵士にだって、英雄並みの…覚悟はあるんだぜ……!!」
光はだんだん強くなり、目の前を見る事が難しくなるくらいに強さを増していく。
そして、リスティアナや戦皇アース、教会内の景色をも光が呑み込んでいった。
目の前に見えるのは光の白一色。
光はやがて、感覚も包み込み、意識を奪っていく。
世界創生は完了され、残るものは無く、すべてが消滅される。
――以前の世界は消え去り、新たな世界が生まれる。
徐々に薄れていく五感の中だった。
本当は覚悟なんて脆いものだったのかもしれない。
ただ、居場所だけが欲しかった。
彼女ともう一度笑い合いたかった。
――終わったよ、シーナ……