三話 皇道への覚悟
戦皇アースの言葉に流石のリスティアナも驚きを隠せなかった様子だった。
総皇だけが世界創生を行えるはずで、それを行うにしても9つの玉座を集めるのは不可能なはず。
『……お前は知らなかったようだな。世界創生を起こす為のもう一つの方法を……』
「もう一つの方法……」
『……それは、9つ玉座の力と価値に匹敵する総皇の命をささげることだ。実質9つの玉座と九皇帝を行使しているのは総皇だ。それと同等の力を代わりに使えば可能性な話だ……』
リスティアナは首を縦に振り戦皇の考えを理解した。
「なるほど。9つの玉座と同等の力を持つ総皇の玉座を得るため、総皇を惨殺して世界創生を起こした……と。いかにも武力行使なあなたのやり方ね」
『……すべては全種族の命運の為だ。私は、私の正義を貫き通す……』
この世界創生の元凶であった戦皇は背中に背負っていた鞘から剣を取り出しリスティアナに向けた。
剣を構えられただけで伝わる圧力は半端じゃない。
「やっぱりあなたは総皇と同じね。現状に目を即けて世界創生などに自分の欲望を満たそうなんて、今のあなたは悪しき総皇と何ら変わらないわ」
『……現実を見るのはお前の方だ。9つの種族が共存している結果何が起こった。三年前の戦争を忘れるな。異なる思考が存在するからこそ争いが絶えないことになぜ気づかない……』
戦皇アースは剣を力強く握って戦意を見せる。
「あなたの正義は和解でどうにかなるレベルじゃないわね。相手が総皇じゃなくとも戦う準備は出来ているわ。もちろん、この戦いも約束も私の相棒が果たしてくれるわ」
そう言ってリスティアナはシアンの肩を叩いて目配りをし、不運にも彼女の意図を理解してしまった。
「……えっ、俺?」
「あなた以外に戦う人が何処にいるの? 私はあなたと契約して本来の力の一割も発揮できない身体になっているのよ」
白目を向きそうになった。
あんなに戦皇と火花を散らしていたにもかかわらず、何から何まで押し付けてきた。
「ちょっと待て! 完全にリスティアナが戦うような流れだったよな!?」
「今のあなたは私が契約した身よ。もう人間の常識なんてたかが知れているくらい身体能力が上がっているはずよ。なんにせよ、魔皇である私が契約しているのだから」
「どこにそんな確証があるんだ!?」
そんなこと実際に試してもいないから信用しようにもできる訳がない。
「ここまでくれば、世界創生を止められるのはあなたしかいないの。チャンスはここしかない。それに相手が戦皇だろうと、元々相手にしようとしていたのは総皇よ。どちらが相手でもそう変わらないわ。それとも……あなたの覚悟はそれほどのものだった?」
口答えをしていたが、口を閉じ冷静になって考えた。
こんな軽い気持ちで世界創生に立ち向かうはずがない。
反乱軍全員がそうだったように――。
「……どうなっても知らないからな……!」
少々解せない部分もあるが、シアンは戦う意思を見せた。
「最後に一つ言っておくわ」
リスティアナの言葉に反応して振り返る。
「――この戦いは勝利がすべてじゃない。それだけは覚えておいてね」
シアンには何かが込められているのであろう言葉に隠された意味は理解できなかった。
とりあえず頷き、戦皇へと体を向き直した。
『……小僧とはいえ、私は戦皇だ。同じ種族だろうが容赦はしないぞ……』
「結構、そういうことなら、九皇帝だろうと遠慮なく対応させてもらうぞっ!」
腰に掛けてあった短剣を引き抜き戦皇アースに対して構えた。
常識的に考えれば、同じ種族だからとはいえ戦皇に勝てる見込みはない。
――でも、それは今に始まったことじゃない。
『……行くぞ…』
一言で戦皇は一歩踏み込み一気に間合いを狭める。
――想像以上に速い。
反射的に剣を構えて戦皇の一振りを受け止めるが、受けた衝撃で腕が押し返される。
「くっ……、なんっつう馬鹿力……っ!」
『……受け止めるとは驚きだな。やはり魔皇との契約者か……』
このまま押し合っていても力負けするのは目に見えている。一度振り払い、戦皇から距離を置く。
「相手がアースとはいえ、魔皇である私が契約している。並の人族では手に入れることのできない力は与えられているわ」
リスティアナの言っていることは本当だった。戦皇の力は契約前のシアンなら腕が折れている威力だ。
再び戦皇アースは攻撃を仕掛けるが、かろうじて防ぐことができている。
「らっ……!!」
ここでシアンは反乱軍所属時に培われた身のこなしで戦皇の死角に入る。
『……むっ……』
完全に背後を取ったと思われたが、戦皇はありえない反射神経でシアンの斬撃を防ぐ。
「さすがは戦皇様ってところか……。動きが人間離れしてやがる」
ただの兵士であったシアンがここまで戦皇に対抗できているとは今でも実感があまりない。リスティアナとの契約で得たこの力なら抗える。だがそれも時間の問題だろうが。
もう一度距離を置いた時、戦皇アースは口を開いた。
『……小僧は一体何を背負って戦っている……?』
「……何だぁ、戦いの最中に説教か?」
『……自覚しているかは知らないが、これは次なる世界を巡る皇の戦いだ。現魔皇と契約していることによって、お前は皇の土俵に上がっている。そうなれば、もはや普通の少年兵ではいられない。お前に王道に踏み入る覚悟はあるか……?』
これまで無我夢中で戦っていたが、そう言われて初めてシアンは自分が立っている状況を知る。
「契約者」という肩書の裏には「魔皇の代理人」という真名があった。
「……王道だろうが、あんたを倒さないといけないという道は変わらない。あんたが思い描く新世界がどのようなものかは知らないが、その考えに則るのなら俺は覚悟をしているつもりだ」
『……ならば、その覚悟を乗せた渾身の一振りで挑んで来い。それが口先だけではないか確かめてやろう……』
防御に回っているばかりでは相手に傷一つ付けることはできない。速度を上げ、渾身の力を注いで攻撃を仕掛ける。
しかし、妙だ。
攻撃を仕掛けようとしているのに対して、戦皇は防御の姿勢すらとっていない。
そう思われたのもほんの一時だった。
『……《剣落一点》……!』
戦皇アースは覇気のまとった剣を頭上に持ち上げ渾身の力で振り下ろそうとした。
直視しただけでわかる。普通の振り下ろしの攻撃とは違う。
「――魔力!?」
攻撃から防御に回った直後に戦皇アースは剣を振り下ろした。
――だが
剣同士が触れ会った瞬間、戦皇の剣がシアンの剣を砕き、そのまま振り下ろすと同時に肩から腹部までを切り裂いていった。
傷口からは血が噴き出し、シアンの足元の石畳が衝撃で壊れ、その反動で後方によろめいた。
『……私の剣技に怯むことなく攻撃していれば、少なくともお互いが切り裂かれ合うだけで済んだはずだ。覚悟とはそういうことだ。お前の精神は恐怖で支配されたのだ。リスティアナと契約したとはいえ、剣技も覚悟も、まだまだ子供だ……』
戦皇アースの剣技には間違いなく魔力がまとわれていた。この派手な惨状からすれば自己強化系の魔力と察することはできるが、戦って数分、戦皇アースのたった一振りで追い詰められたような感覚だった。
技量の差はあろうとも、人族にもかかわらず魔力を扱えるとなると、
なにより、唯一の武器が折られてしまった。
「まだ、剣一本折られぐらいで……!」
『……やはり、お前は子供だな……』
深く切り裂かれた胴体を片手で押さえながら戦皇アースの顔を見た。
『……この時代、若い戦士は言葉に酔う。綺麗ごとを並べれば美しく見えると思えば大間違いだ。そう言って無残に散っていった者は何度も見てきた。生き残るより自分の名誉を優先する者ばかりだった……』
シアンが行っていることに対して反対するような言い方だが、わからないこともなかった。
『……英雄気取りでは真の覚悟も見えまい……』
「え、英雄気取りだと……!?」
反論することも、共感することもできずに、ただ戦皇アースに怒りを覚える。
だが、シアンは英雄のように世界を背負えない。
絶対的な力がある訳でもなく、皆が背を見てついてくるような立場でもない。
『……私は戦皇として、一人の戦士として多くの犠牲を余儀なく生きてきた。私の為に命を絶った戦士もいた。種族の頂点に立つ者への受圧は尋常ではない。その覚悟の重みを背負えるか。王道というものは、血に染まった邪道に等しいのだ……』
そんなことは重々承知だった。
これでもシアンは何人もの戦死者を出した未決戦争を最前線で生き抜いた一人だ。
「……英雄気取りなんかじゃない。俺はただの反乱兵だ。俺が戦っているのは皇の代役なんてものじゃなくて、反乱軍の為に戦ってるだけだ。今もどこかで戦っている仲間のためにも、絶対に諦める訳にはいかないんだ」
だがシアンの言葉に対し、戦皇アースは笑ったように見えた。
『……今も……か。滑稽だな』
「何だと……?」
『……今は亡き戦友の為に全てを賭けるのはわからないこともない。だが、生死もわからぬまま戦っているようでは賭ける意味もないだろうに……』
「な、何を言っているんだ……」
今は亡き戦友という言葉に嫌な緊張が走る。
『……その様子ではリスティアナに知らされていないようだな。この教会は私たちがいた元々の世界とは隔離された空間。そして、世界創生を完了させる為だけに存在するような場所だ』
「だから、何の話だ!?」
『……要するに、私たち以外の生命は世界創生によって全て消滅したということだ……』
シアンは一瞬時間が止まったような感覚に陥った。
「……消滅って……」
突然両手が意思に逆らって震え始めた。
いくら戦皇アースの話とはいえ、信じられる訳がなかった。それ以前に理解することすらできなかった。
「何、言って……。く、世界創生はまだ完全に発動していないはずじゃ……!」
『……完全にはな。だが、この空間は世界創生の完了させる以外に意味のある場所ではない。それ以外の世界や生命など、もう必要とすらしていない……』
まだ信じきれない気持ちが消えず、恐る恐るリスティアナを見ると、反論の余地がないのか申し訳なさそうな表情をシアンに見せる。
「……あまり深く考えてほしくなかった。あなたのような人には余計に……」
リスティアナが認めたことで初めて戦皇アースの言葉は真実だと確信する。
『……計画の効率性を考えるがゆえに手段は択ばない。相変わらずだな。大方、リスティアナは私を倒して世界創生の権限を自分のものにしようとしていたようだが……』
リスティアナが真実を告げてくれなかったことまど、今のシアンの頭には入ってこなかった。
浮かばれるのは反乱軍の光景。そして、最後まで信じていたシーナ。
頭では走馬灯のように流れる仲間との思い出。
――どのような結果になろうと、最後まで己が意思を貫いて、全てを賭けよう。
偶然か、嫌と言うほど交わしてきたシーナとの合言葉が思い浮かんだ。
それは遊び半分で言い合っていたような生温いものではない。
心の底から誓っていた約束だった。
――命に誓って、その約束を守る……。シーナとの約束は絶対に破りはしないから。
彼女に最後に告げた言葉。
こんな状況でも、シーナは背中を押してくれているような気がした。
「確かに……あんたの言うように、俺は戦皇なんかに太刀打ちできない。綺麗事を並べているだけかもしれない。……反乱軍は死んだ。それは甘んじて受け入れる。けどな……」
傷を抑えながら、力強く立ち上がる。
「皇だけが、多くの物を背負っていると思うなよ……っ!!」
刃折れの剣を握り、猪突猛進のごとく戦皇に攻撃をしながら叫んだ。
「あんたは九皇帝の一柱である戦皇だ。多くの世界を見てきたし、多くの地獄を見てきたはずだ。だがな、あんたが歩んでいる道が『王道』なら、俺の歩んでいる道は『凡道』なんだよ!!」
教会に響くシアンの声と鉄が弾き合う音の中、戦皇アースは反撃せず、ただ襲い掛かる斬撃を弾いた。
刃が柄まで削れて無くなる頃に、戦皇アースはシアンを軽く蹴り飛ばす。
転がる身体をすぐさま立て直しひたすら思いをぶつける。
「俺の道は、あんたのように壮快で壮絶で壮大な道じゃないんだ。そんな凡道にも覚悟を得て戦う意思があるんだ!」
そして、今まで歩いてきた道はシアン一人の道じゃない。
「これが綺麗ごとでも構わない。九皇帝の道を歩もうが関係ない。反乱軍の意志は俺が最後まで紡ぐ。俺は魔皇じゃなく一人の反乱軍の兵士として戦う!」
だからこそ、目的や感情や居場所は一緒だった。
「――俺は、俺の『凡道』を突き進むだけだ!!」
影のせいで肉眼で確認することはできなかったが、戦皇アースが笑ったように思えた。
『……揺るぎなき自分の意思への忠誠心か。全てを失ってもなお立ち向かう覚悟。いいだろう、互いの意思に従い、己が道を歩むために決着をつけよう……』