一話 世界創生
この世界には九種類の種族が共存している。
そして、九つの各種族の代表者であり、各種族で最も残虐卑劣と言われるほどの力を有した各種族の九人の皇、〈九皇帝〉は口をそろえて言うだろう。
『――全種族の頂点である〈総皇〉が生み出した史上最高の秘術である〈世界創生〉こそ、理を汚す最大の禁忌』と。
――〈世界創生〉
力は劣るが個体数の多い<人族>。
森と共に生きる妖精たち<精霊族>。
大地に蔓延りそれぞれの領域を持つ<獣族>。
悪魔と恐れられる闇の種族<魔族>。
大空を制覇する大翼<竜族>。
血で生き、血に溺れる鬼人<吸血鬼族>。
荒れ狂う海に住まう<海族>。
あの世から目覚めた生ける屍<死霊族>。
実態の掴めぬ生命の霧<幻幼族>。
数は多いが、この九つの種族が存在する今ある世界を消滅させ、新たなる世界を作りだす秘術。それが世界創生だ。
自分の意のままの世界を生み出すことができるものだが、初代総皇以来行わることはなかった。世界創生を行えば世界は無くなる。つまり、生きるものすべての命は死を迎え、魂は無と化す。このように世界創生にはそれ相応の代償があり、誰もが存在すらタブーにしたい禁忌の秘術となっている。
――ことの始まりはあの戦争からだった。
今から約二年前。
ある種族の暴走から世界中を巻き込んだ戦争である〈未決戦争〉が勃発した。その戦争では多くの命が絶え、血の海が現れる毎日であった。
この時、世界の現状を重んじて総皇は間違いなく世界創生を行おうとしただろう。
だがある日、突然全種族の皇が玉座を捨てた。
この奇妙な出来事により未決戦争は終わりを迎えることとなった。
何故皇たちは玉座を捨てたのか、疑問が膨れ上がっていく中残された生命は謎、怒りを残して時が過ぎていった。
そして、空となった玉座には新たな九人の皇が居座ることとなる。
――未決戦争時、歴代最狂と恐れられた皇たちが――
※ ※ ※
――シアン!! 大丈夫!!?
――出血がひどいな……、とにかく安全な場所へ運べ!
――耐えろよ、死ぬんじゃねぇぞ!!
傷の痛みで我に返った。
今、シーナや他の仲間の声が聞こえた気がしたが。
反乱軍に所属していたシアンは朽ち果てた聖堂の柱にもたれ座り込んでいた。
周りはとても静かだ。先程まで起こっていた紛争が嘘のようである。
他にある物と言えば、戦闘で命を絶った仲間や敵兵の死体。
数分前まではこの聖堂内で抗争が繰り広げられていたが、もう完全に違う場所へと移ってしまった。
「……っ」
随分後れを取ってしまったようだ。
体の傷は痛み、体力もそこを尽きている。どうにかして体を起こして仲間のもとに戻って加勢したいが立ち上がる気力も湧き出てこない。
こんな所でとどまっている場合ではないのに。
心の中でどこか諦めの気持ちが生まれているのかもしれない。
「……くそ」
それでも最後まで諦める訳にはいかなかった。
あの忌々しい未決戦争から三年。
空の玉座には新たな王が座り、未決戦争により狂った世界を立て直そうと世界は改革を進めてきたはずだった。
――あの日を境に、丁度1年前だったか。
全種族の皇が玉座を捨てたように、新たな九皇帝の内四人の九皇帝が玉座と共に消えた。
ここでは『玉座と共に消えた』というのが一番の問題点だった。
玉座がなければ次期皇への継承もできず、皇を失った種族には混乱を招くこととなる。
そしてもう一つ重要なことは『世界創生が出来なくなる』ということ。
これは全世界の生命が常識のように知っていることであるが、世界創生は全生命と九つの玉座の力を代償に行う必要がある。
つまり、玉座が一つでも欠ければ世界創生を行うことが出来ない。しかし、そのようなことは何ら問題視されなかった。四人の九皇帝は去ったが、このまま荒れた世間が沈静し、平穏なまま世界が復旧すればいいと思っていた。
しかし――
「――あなたは……」
過去の記憶を蘇らせていると、静かな声が聞こえた。
顔を上げると黒いローブを身にまとい顔を隠した人らしき者が目の前に立っていた。
体格から女性だろう。だが、シアンにはその姿は明らかに敵にしか見えなかった。
すぐさま手元に置いてあった短剣を握りしめるが――
「――静かに、奴に気づかれる……」
女は人差し指をシアンの口元に押さえつけ黙らせる。
そんな仕草で抵抗しない訳もないが、なぜか身体が動かない。まるで金縛りにかかったような感じだ。
その状態から女はこちらをじっと見ている。
首を振り周りを確認した後、ようやく女はようやく開口した。
「……あなた、暇そうね」
「……は?」
予想外な一言に顔をきょとんとさせるシアン。
「この聖堂から少し離れた所で騒がしい事をしている連中がいたけど、服のエンブレムを見た感じあなたはあの連中のお仲間ね。お仲間は懸命に戦っているのにもかかわらず、ここでのんきに座り込んでいるってことは暇人って証拠ね。この推理は少なからず的中しているはずよ」
見つめてきた次は随分と早口で語り始めた。
「……いや、暇人な訳ないだろ。俺を見てそこまで把握できるならこの負傷を見てなんで暇人だと思うんだよ」
金縛りにかかっていてもかろうじて動く口で開けて応答した。
「あんた、何者だ?」
「何者って、だだのかよわい乙女だけど?」
「……とぼけるな。反乱軍は総皇が率いる兵士と抗争してからさほど時間は経っていない。そんな無防備な状態でどうやってあの乱戦の中を掻い潜って来た?」
黒いローブの中に武器を隠していようと、女があの抗争から容易に逃れられるはずがない。
「歩いてくる他に移動手段がある? 竜族みたいに空を飛べるわけでもあるまいし。……そうね、何者かと問われて簡単に返答するのであれば、あなた達と同じく総皇に反発する者かしら?」
その言葉にすぐさま反応した。
総皇に反発しているなら反乱軍と同じ立場であり信用はできないが味方であるはず。
そうなると、
「反発って、俺達と同じで……」
「――そう、世界創生へ」
女は聖堂の天井に空いた穴から見える空を見上げた。
その空は本来の青色をなくし、空一面をまるでステンドガラスのような模様が覆いつくしている。これは自然現象ではなく、今各地で反乱が起こっている原因。
四人の皇が玉座と共に姿を消し、世界創生はもう行われないものと思っていた。
しかし、つい先日。突如謎の模様が空を覆う。
世界創生が全種族の承諾なしに行われたこと、4つの玉座がないのにもかかわらず世界創生〈クリアトラ〉が行われたことに対し総皇に対し反乱軍のように抗争が勃発。
だが、世界創生は無情にも進行し、空には徐々に亀裂が現れ始めた。
この空がガラスのように割れる時、全ての生命は消滅し、新たな世界が生まれると語られている。
――そして、その時も近い。
あの空は世界創生の副作用のようなものである。
「どうして世界創生が起こったのかわからない。そして、全ての命がもうすぐ終わる。何でこんなことになったのか……」
天を見上げ、少々の絶望に浸りながら目を閉じた。
全ての元凶である総皇を止めれば世界創生を阻止することが出来ると信じていたが、攻め入った王城に総皇の姿は影も形もなかった。
「……今更だけど、どうしてあなたは反乱軍に入って総皇に抗うの?」
「本当に今更な話だな……」
もうすぐ世界は終わりを迎えようとしているのというのに。
「……変わったことを聞くな。みんな、今いる時間をより多く生きたいんだよ。皇の命令でも命を奪っていいはずがない」
一緒に戦っていた反乱軍の兵士は口癖のように連呼していた。
『死にたくない』『まだ生きていた』
シーナも自分の意思に誇りを持って戦っているはずだ。
まだ兵士としては未熟だったが、シアンとシーナもその誇りに背中を押されていた。
「それに、世界創生を止められるかもしれないという希望があるから抗うんだ。どこかでもう無理だって諦めていても、可能性がある限り抗い続けている。どうせ死ぬのなら最後まで抗ってやる、ただそれだけだよ……」
冷静に考えれば、ただ死ぬことを認めたくないだけかもしれない。
生きている限り誰も死の先を知ることはできない。だから、誰でも死に恐怖を抱く。
「……状況を再確認すると、あなたは反乱軍で抗争中に名誉の負傷。あなたの闘争心は合格だけど、あとは今の心情ね」
首を傾けた。女の言葉を理解することができなかったのだ。
「――あなたはそんな負傷をしてもなお、抗い続ける?」
またしても今更のようなことを聞かれ、思わず笑みがこぼれた。
「……負け犬じゃないんだ。ここで諦めていたら元々反乱軍なんかに入隊してないよ」
そう言い放つと女の口角が吊り上がり微笑んだように見えた。
「じゃあ何の問題もないわ! それなら私の期待に応えてくれるはずね」
もうすぐ世界は終わろうとしているのに、期待とは一体何なのだろうか。
「――じゃあ、シアン。あなたには私の希望を背負ってもらうわ」
細めていた目を開いて女を見る。
「あんたの希望って……っん、何で俺の名前を知っているんだ!?」
名前を教えた記憶もないので驚くシアン。
「シアン・ハルバード。17歳、童貞。未決戦争時、12歳という若さで少年兵として戦争に駆り出されて反乱軍に所属中。家族は未決戦争で全員死亡し、以降5年間は兵士として人生を歩んできた独り身……ってところね」
「な、なんでそこまで知って……てか、年齢の後の情報いらないだろうが!」
どこか悔しいが女の言っていることは全て当てはまっていた。
「フフッ、冗談。あなたってからかうと面白いわね」
世界が終わるかもしれないという緊迫した時に何故平然と笑っていられるのか、シアンには彼女が錯乱しているようにしか思えなかった。
「――これなら、私の横に立つ資格があるわね」
そう彼女が言い残すと、右手をシアンの方向に手の平を見せて突き出した。
すると何かを呟き始める。
「Rituale sanguis contraindications nunc agis……」
何を喋っているのかわからない。シアンには知らない言語のようだった。
「な、何だ……」
怪しみながら聞いていると、周囲に転がっていた小さな瓦礫が宙に浮き始めた。
どこからともなく無数の光の粒子のようなものが彼女の周りに集まる。
「Imbricatis duas imagines multas, et nati sumus……」
異様な光は呪文を唱え進めるごとに強くなっていく。
この状況、肌に感じる異質な感覚からある見当がついた。
「まさか、〈魔力〉か……っ!?」
この世界に存在する全ての生命に少なからず宿っていると言われ、常識の概念を超えてあらゆる力を発揮することのできるもの。それが〈魔力〉だ。
しかし、人族にはほんの少量の魔力しか宿っていないと知られているが、今彼女が有している魔力は人族の規模ではない。
だんだん緊張と不信感が走り出す中、シアンはあることに気が付く。
彼女の目の色が徐々に色を変えていくが見えた。黒目から侵食するように血のような色、紅色が黒を覆いつくした。
その目の色にシアンは覚えがあった。
「Lavabit in sanguine cum sanguine」
どす黒くも鮮やかな鮮血の色。まるで血の海をのぞき込んでいるような瞳。
「お、お前まさか、ま――」
光が弾け、女の顔が近づいたのは一瞬だった。
口元にはやわらかな感触。 顔と顔の間は拳一つも入らないほどの距離。
「――――――んんっ!!」
完全に唇が触れ合っている。
突然の出来事に目の前が混乱してねじれて見えてきた。
女がようやく顔を離すとシアンは赤面した。
「お、おおま、急に何して――」
――言葉を遮るように、胸辺りに強い衝撃を感じた。
よく見ると、彼女の右腕はまっすぐシアンの左胸へと伸びている。
伸びる腕を肩から辿っていくと、血が滴り、右手が胸に埋まっていた。
「………ぇ……」
次第にとんでもない痛みが全身に広がり、足がおぼつかなくなり、口からは喉の奥から血がこみあがって喀血する。
シアンには先程の口づけなど頭から消えてなくなった。
「-ガ、ガハッッ!!?」
女が手を胸から引き抜くと同時に風穴から滝のように血が流れだし、全身から力が抜けていった。
痛みに耐えながら虚ろな目で彼女を見ると、胸を貫いた右手には波打つように動く肉の塊のような物。
何を持っているのかわからなかったが、更に直視することでそれはわかった。
――心臓
抜き取られたのにもかかわらず動く肉の塊は、まるで自身が命を宿して生きているようだった。
「お…………ま……え……」
だが妙だ。抜き取られたのは確かに心臓であり、本来なら即死するのが当然であるが、シアンから意識が失せる気配がなかった。痛みだけが襲い、意識が途絶えない身体。
彼女はシアンを見下し開口する。
「ごめんなさいね。これも必要不可欠な代償なの」
痛みで指を動かすのがやっとのシアンはただ考察するしかできなかった。
なぜ心臓が動いているのかはわからないが、一つだけ確信した。
彼女の真紅の眼、人体を破るほどの力。そして、強い魔力を使用する呪文。
これほどの条件を満たす種族は一つしかいない。
「………まぞ…く」
――〈魔族〉
九つの種族の一種であり、全種族に共通して身に宿している魔力の根源である種族だ。
「ご名答。普通の子供なら恐怖や激痛で涙を流しながら叫ぶはずなのに、あなたは強いわ。この状況で私の正体を推測し、それに加えて変わらぬ鋭い眼光。あなたを選んで正解だったわ」
微笑んだ後、すぐさま真面目な表情に戻した女は再度微笑み心臓を持つ右手に力を入れ始める。
「――今、楽にしてあげる」
意識が朦朧とするシアンが気づいた時には遅かった。
女は一息の力を加え、心臓を握りつぶす。シアンにはその瞬間だけ不思議と時間が遅くなったように見えた。血が飛び散り、その血がシアンの頬に付着した時、ようやく目の前が暗くなった。意識も消え、痛みも感じなくなる。
そして、全ての感覚が無となり、息が絶える。
女は血で染まった右手をじっと見つめて、七色に光る空を眺める。
「ほんと、何もかもが不条理よね、この世界は……」
女はゆっくりと目を閉じ、拳を強く握った。
「――これが全てを終わらせる初めの一歩……」
その空は静かに終わりへの時を刻み、世界の創生へと向かう。