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人魚に会う

「では人魚へ顔を見せに参りましょう」


 家のことが全て終わり、ようやく一息吐いたところで村長がそう切り出した。

 そういえば人魚のことをすっかり忘れていた。


「何か持って行く物ってあります?」

「そうですね、名目としては魚の買い付けとしましょう。レン様、申し訳ございませんが、籠をお願いします」


 ルーティに渡された籠を背負う。

 なんでも村で食べている魚は西の湖で人魚が捕ったモノらしい。なので時々ルーティやホールドさんが西の湖まで魚を買いに行っているそうだ。


 村長と一緒に村の西門から外に出た。ついでに小妖精が2人着いて来て、今回は4人で向かうことになった。

 湖までは徒歩で片道25分もかからない距離らしい。道沿いに真っ直ぐ進めば着くそうなのでまず迷うことはないそうだ。

 道の横は林や丘になっているので魔物が出ないか心配したが、村と同じような魔除けが施してあるのでちゃんと道の上を歩けば昼間なら安全だそうだ。

 暗に道を外れたり、夜だとモンスターに襲われると言われたようなものなので気をつけよう。


 10分ほど歩いたところで北に向かう分かれ道があった。

 この分かれ道に沿って山の麓まで行けばドワーフの村に辿り着くそうだ。


「そういえば人魚ってどれくらいの数がいるんですか?」

「西の湖、名称はアボガボ湖というのですが、アボガボ湖に住む人魚は50万人以上いるそうです。わたくし達と交流のある人魚の集落は160人ほどだったはずですが」

「え? それってつまり湖はかなり大きくて、人魚はいくつかの集落に分かれて住んでいるってことですか?」

「はい、その通りです。正確に湖の大きさを測った者はいませんが、湖の周りを一周するのに徒歩で3ヶ月かかったと言われています。人魚はその湖の中で集落ごとに縄張りを持っているみたいですね。一番大きい集落は10万人を超えていて、もはや国のようなものだとか」


 湖と聞いてレジャー施設のプールのようなものを想像していたが、とてつもない規模だった。

 普通の人が歩ける距離は1日で30キロメートル程だったはずだ。それが90日で2700キロメートル。単純に考えて北海道ぐらいの大きさの湖になる。

 それだけの面積があるのに全体で50万人しかいないのは少ない気もするが、この世界についてはまだわからないことだらけなので、そんなものなのだろうか。


「もうすぐ着きますので、隙を見せないようにしてくださいね」

「隙を見せないって、俺、武術とか習ったことないんですけど」

「人魚に色目を使われても鼻の下を伸ばしたりしないようにしてください、という意味です」

「あっはい。頑張ります」


 村長が難しいことを言い出した。

 確かに160人の人魚に襲われれば、ハーレムだと喜ぶ前に干乾びて死んでもおかしくない。

 しかし、いくら男日照りだからといって、人間の男なら無条件でモテることもないと思うのだが。皆、大袈裟に言い過ぎではなかろうか。


 丘を上ると湖が見えた。

 本当に大きな湖だ。対岸ではなく水平線が見える。

 丘を下りた先は砂浜や岸壁となっていて、何も知らなければ海と思っていただろう。


 その砂浜には美しい女性が沢山いた。ざっと数えただけでも40人以上。

 上半身は人間の女性で下半身は魚、まさしく人魚だ。中には下半身も人の足をしている者もいるが、人化でもできるのだろうか?

 しかし人魚達は考えていたよりも凄かった。半分くらいの人魚が水着を着けておらず、胸を放り出している。

 下半身が人の足をしている者にいたっては下もモロ出しである。

 残りの半分くらいの人魚も一応は胸を隠してはいるが、布を申し訳程度に巻いていたり、貝殻で作った水着で頂点を隠しているだけだ。


 しかもタチの悪いことに全員の戦闘力が高い。平均で90以上はある。中には80程度の者もいるが、周りと比べて体格も小柄なのでまだ若いのだろう。

 人魚は種族特性で巨乳なのだろうか。にも関わらず見てくださいと言わんばかりにオープン状態なのは非常にありがたい。ではなく困った。

 鼻の下どころか下半身の棒が伸び放題だ。生地の厚いジーパンのようなズボンを穿いていて良かった。これならなんとか誤魔化せる。


 村長の後ろを付き従うように砂浜へ歩いて行く。

 丘を下りている途中でこちらに気付いた人魚達がザワついた。むちゃくちゃ見られている。

 人魚の1人が村長を出迎えるように前に出てきた。

 下半身が魚ではなく人の足をしている人だ。微塵も隠そうとしない。


「シェルルーナ村長がお越しになるなんて珍しいですね」

「魚を買うついでにウチの村の新しい住人を紹介しておこうと思ったの」

「後ろの男性ですか?」

「ええそうよ。レン様」

「はじめまして、レンです」


 村長に促され、横に並びつつ軽く頭を下げる。

 1人の人魚が隠れるように水に潜って行った。1人の人魚は横にあった布で胸を隠した。もう1人の人魚は胸を隠すように手で押さえながら後ろを向いた。

 それとは逆に水着を着けていた人魚の9割が水着を脱いだ。

 やたらと胸を強調するようなポーズを取ったり、鼻息も荒く俺を凝視している。


 なるほど、理解した。

 胸を隠した人魚は俺に興味がない。逆に胸を出した人魚は準備OKという合図だ。胸は出さなかったが俺を値踏みするように見ている人魚はまだ思案中なのだろうか。


 ヤバイ。甘く考えすぎていた。

 人魚達の俺を見る目が本気で恐い。初日に遭遇したクマッピーと同じ目をしている。獲物を喰らおうとするハンターの目だ。

 そんな目で見られると猛獣の檻に放たれた子うさぎの気分になり、さっきまで元気よく自己主張していた身体の一部がどんどんと萎れていった。


「私はこの集落の取り纏め役のウェンディです。よろしくお願いしますね。それにしても人間の男性なんて初めて見ましたが……、近くにいるだけでとても良い匂いがするんですね」


 ウェンディが艶かしく舌なめずりをする。とてもエロ恐い。

 良い匂いとは初めて言われたが、掃除の後で風呂に入って石鹸で身体を洗ったのが匂うのだろうか。それとも別の匂いでもしているのだろうか。


 どう返事をしようか悩んでいると、村長が人魚達から庇うように俺の前に立った。


「わかっているとは思うけど、変な気は起こさないようになさい」

「もちろんですとも。無理やり攫って集落の者しか存在を知らない秘密の洞窟に閉じ込めて監禁しようなんて考いませんので、ご安心ください」

「あら、考えていないわりには随分と具体的ね? まぁ例えレン様が連れ去られてもウチの妖精達なら絶対に見つけ出すことができるから、誰が攫ったかなんてすぐにわかるのだけれど」

「それは頼もしいですね。でも妖精達が水の中にまで入って来れるとは思えませんけど。うふふふふふ」

「大丈夫よ、その辺りの対策はちゃんと考えてあるから。ふふっ、ふふふふふふふ」


 見える。村長とウェンディの間に火花がバチバチと散っているのが見える。

 これは自惚れではなく俺を巡って争っているんだろう。綺麗な女性達が自分のことを取り合うとか、まさに憧れのシチュエーション。

 実際に目の前でやられると恐怖しか感じないって初めて知った。


「あの、村長。もう夕方ですし、日が暮れる前に用事を済ませて帰りましょうか」

「あら、申し訳ございません。つい目的を忘れるところでした。では、そういたしましょう。ウェンディ、何か魚を見繕って頂戴」

「わかりました。先ほど水揚げしたばかりの活きの良いのがありますよ」


 ウェンディの指示で人魚達が魚の入った木箱を運んできた。それを村長がお金を渡して購入する。

 買い物中は双方共に普通で安心した。


「レンさん、カニは好きですか?」

「カニですか? 人並みに好きですけど」

「そうですか。では、お近づきの印にこれはサービスしておきますね」


 ウェンディからまだ生きている大きなカニを貰った。

 籠からはみ出しているが、紐で縛られているので大丈夫だろう。

 というか手足を縛るだけで良いのに、なんで亀甲縛りなの。


「私達は捕らえた獲物を縛るのが得意なんですよ。そういったプレイに興味ありましたらいつでも言ってくださいね」


 ウェンディの余計な一言でまた村長の機嫌が悪くなった。

 緊縛プレイは丁寧にお断りをしてからそそくさと帰路につく。最後まで背中にビシビシと視線を感じた。



「まったく! レン様に色目を使うなんて身の程知らずもいいことです! 魚の亜人なんですから、魚人やイルカとでもまぐわっていれば良いのに! ああ、そうでした。レン様は水をお湯に出来るんでしたね。あの湖を沸騰させて人魚共を死滅させましょう」


 帰り道でご立腹な様子の村長が物騒なことを言い出した。

 あの規模の湖を沸騰させるとか不可能です。


「ウェンディと他にも何人か人の足をしていましたけど、あの場にいた全員が人魚なんですよね?」

「ええそうです。妖精が魔力で羽を消せるのと同じで、人魚は足を変えることが出来るんです。妖精と違って一定の年齢になると全員が変えれるようになるのそうですが」


 他にも人魚についていくつか聞いてみたが、エラはないのに水中でも呼吸ができるとか、住処は水中に家を建てたり洞窟を掘ったりなど驚きの内容ばかりだった。人魚の生態、恐るべし。

 あと海にも人魚はいるが、淡水派と海水派で別の種類の人魚になるらしい。その辺は魚と同じなんだなと思った。




「あー、疲れたー……」


 自宅のベッドに勢いをつけて飛び乗る。干した布団の匂いは日本と同じだ。

 夕食はルーティの家でカニ鍋を作ってもらった。

 ピュティはカニが大好物らしく、いつもは食事時でも騒がしいのに夕食は黙々と食べていた。

 ちなみに、この世界のカニもカニカマのように甘いのではと警戒をしたが、そんなことはなく地球と同じ味だった。

 もしかしてカニカマは自動翻訳さんに見た目だけの判断で翻訳されているのだろうか?


 夕食が終わると皆で少しだけトランプで遊んでから、それぞれの家の風呂を沸かして回った。

 ルーティと村長とグレンダさんの家を順番で回る。妖精達から妖精が共同で使っているという大きな平屋の風呂も沸かしてとお願いされたので、そこにも行った。

 ここまで回ったのならついでと思ってホールドさんの家に行くと大歓迎された。

 一緒に入って裸の付き合いをしようと誘われたが、昼に見た人魚達と同じ目をしているような気がしたので丁寧にお断りした。

 最後に自宅の風呂を沸かして入浴を済ませ、ようやく1日が終わった。


 天使は地球とよく似た世界を選んだと言っていたが、やはり地球とは全然別の世界に来たと思う。

 特に今日会った人魚はいろいろと衝撃的だった。人魚のことはいま思い出すだけでも……。

 うん、後から思い出す分には別に恐くない。むしろ思い出すのは肌色のパラダイスだ。

 村長の手前、なるべく見ないようにしていたが、あの数の人魚に囲まれていたのだ。目を瞑らない限り視界に入ってくる。

 むしろ向こうから見せつけてきたのだからどうしようもない。


「……………………」


 身体を起こして部屋の中を見渡す。妖精が勝手に入ってきていないか確認した。

 次に窓と部屋のドアがちゃんと閉まっていることも確認する。

 よし、大丈夫だ。問題ない。


『レンタロー! ちょっと聞いてよー!』

「うわぁっ、ビックリしたー!」


 ズボンを脱いだところで脳内に天使の声が響き渡った。

 ちくせう、これからってときに。いや、最中じゃなくて良かったと思うべきか。


『あーもう! 思い出しただけでもムカムカしてきた! 聞いてってばー!』

「わかった、聞いてやる。でもお前、俺にもプライベートあるんだからいきなり念話を飛ばしてくるのは止めろって」

『何よアンタにプライベートって……。あ、もしかして自家発電の邪魔しちゃった?』

「ちょ、おま! 何見てんだよ!」


 慌ててズボンを履く。まだパンツは脱いでなかったからセーフだと思いたい。

 ムスコは激しく主張したままだが。


『ありゃ、アタリだったの。ま、安心なさい。念話は音声だけで相手のこととかは一切見えないから』

「ん、そうなのか? 昨日、この村まで俺を誘導したときは俺のこととか周りのモンスターとか見えてなかったか?」

『あれはマップアプリを使っていたから見えてなかったわよ。アンタや周りのモンスターが地図上にアイコンで表示されていたの』


 例のリンゴマークの入ったタッチパネルの板の機能だろうか。凄いな。


「なるほどね。それで急に念話を飛ばしてきて、どうしたんだ?」

『あーそうそう、聞いてよ! 昨夜の麻雀なんだけど他の3人がグルになってアタシをハコらせてきたのよ! そのくせレートはテンピンだなんて言うんだから酷いと思わない!?』

「いや、知らんがな。むしろデカピンじゃないだけマシじゃね?」


 それからしばらく天使の愚痴に付き合わされた。

 一方的に喋って満足した天使が交信を終えると俺も寝ることにした。

 寝るには少し早い気もしたが、起きててもすることがないから仕方ない。



 翌日、肌色というかピンク色の夢を見たせいで朝からパンツを洗濯することになった。

 何も気付いていないルーティに「朝から精が出ますね」と言われて、無性に恥ずかしくなった。

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