移住完了
夕食はクリームシチューだった。
日本で食べていたシチューと味は少し違ったが、とても美味しかった。
風呂から上がった村長も一緒に夕食を食べていた。
なんでも村長のご飯はいつもルーティが作っているらしい。
「わたくしも料理はできるんですよ。ただ、ルーティが作ったほうが美味しいので一緒に用意してもらっているだけです」
なるほど。村長は料理が苦手らしい。
晩ご飯を食べ終わっても村長は帰らなかった。俺と同じでルーティの家にお泊りだそうだ。風呂から上がるとネグリジェを着ていたので、泊まるんだろうなと思っていたけど。
もしかして俺がルーティに襲い掛からないように監視するためにだろうか?
監視目的で一緒に泊まるのなら、下着の上に透け透けのネグリジェだけとかいう扇情的な格好は止めて欲しい。ムラムラしてくるじゃないか。
でも今日は性欲よりも睡眠欲のほうがはるかに強い。
それもそうだろう。昨日は魔物と全力で追いかけっこしたのに野宿でゆっくり眠れず、今日は朝からずっと歩きっぱなしだった。
ご飯をお腹いっぱい食べたせいで眠くて仕方がない。
早いけどもう寝させてもらおう。
「俺はもう寝たいんだけど、どこで寝たら良いかな?」
「ウチの親のベッドを使ってください。案内しますね」
1階の一番奥の部屋に案内された。
ふらふらとベッドに近付くと村長も後ろから着いて来ていた。
「レン様、部屋が余っていないようなので、わたくしもここで一緒に寝てもよろしいですか?」
「えっ? あっはい。どうぞ。じゃあ俺は先に寝てますね、おやすみなさい」
俺は客人だし、部屋が余ってないのなら文句を言う権利はない。
そんなことよりも本当に眠くて今にも寝てしまい……、すやぁ……。
「お兄ちゃん、おっはよー!」
寝ていたら突然腹に衝撃が走った。
目を開けるとピュティが俺の腹に馬乗りになっていた。なんという典型的な起こし方。
「おー……。おはよう、ピュティ」
「もうすぐ朝ご飯だよ!」
俺が起きたのを確認するとピュティはバタバタと元気よく部屋を出て行った。
身体を解しながら調子を確かめてみる。すこぶる良好だ。
12時間ほど寝ていたので眠気もすっかりなくなった。
「おはよー」
「レンさん、おはようございます」
台所ではルーティが朝食の準備をしていた。
そのすぐ横のダイニングでは村長がネグリジェのままテーブルに俯いている。
「同じベットで寝ていたのに指一本触れられないなんて、まさか女として見られていないのかしら? いえ、この格好に反応して舐め回すように胸やお尻を見ていたから大丈夫なはずよね。きっとあれよ、ルーティ達が寝るまで寝たフリをしようとしてたのに、疲れていたから本当に寝てしまったんだわ。そうに決まっているわ。ふ、ふふふ、おちゃめさんなんだから。こっちはいつ襲ってくれるんだろうかってドキドキしながら待っていて、ほとんど寝れなかったのに。わざわざ新しい下着までおろして準備万端だったのに……」
なんだろう。よく聞こえないけど恨みがましそうに呪詛みたいなことを小声で呟いている。こわい。
「村長、何かあったの?」
「いえ、何もなかったらしいです。……はぁ」
ルーティに聞いてみたがやれやれと肩を竦められただけだった。
そういえば昨夜、寝る直前に村長が俺に何かを言ってた気がするけど、あまりの眠たさに生返事をしてしまったな。
何を言われたのかも覚えてないし、後で確認したほうが良いのかな。
朝食を食べ終わると村長は帰っていった。
ルーティは朝は畑の世話があるので、それが終わってから俺の家の掃除をすることになったからだ。
俺は世話になりっぱなしは心苦しいので、ルーティの手伝いをしようと畑に着いて来た。
「畑って、これ全部1人でやってるの?」
「はい、そうですよ。ときどき妖精さんも手伝ってくれますけど」
ルーティの畑は学校のグラウンドぐらいの広さがあった。野球ができる広さだ。
面積の半分はジャガイモで、もう半分はニンジンを植えているらしい。
理由を聞いたらこの辺りは1年中温暖な気候なので、ニンジンなら年に数回収穫できるからだそうだ。
ジャガイモは同じ理由に加え、保存が効いて栽培も簡単だかららしい。
「それで、俺が手伝えることってある?」
「ではニンジンの水やりをお願いします」
内容は単純だった。
井戸から水を汲み上げて、ジョウロを使ってそれを畑に撒くだけ。
そこで考えるのは当然【水の領域】を使って効率良く終わらせれないかということだ。
井戸から水を汲み上げるのは【水の領域】で可能だった。
ルーティはこれだけでもかなり楽になると言ってくれたが、まだ物足りない。
汲み上げた水を雨のように降らせるのはどうだろうと思ったが、まだそこまでコントロールが上手くいかなかった。
練習すれば出来るようになりそうだが、ルーティの畑で練習するわけにはいかない。この方法はちゃんと出来るなってからお披露目しよう。
ジョウロで水をやるのだから、ジョウロに常に水が入った状態になるようにすれば良いのだろうか?
でも動いているジョウロに【水の領域】を使って水を補充するのはやはり操作が難しい。バケツを使うのと大差がない。
ジョウロ以外の方法で水撒きといえばシャワーやホースか。水道があるくらいだし、ホースもあるんじゃなかろうか。
「この村ってホースはないの?」
「ホースなら家にありますけど、この辺りには水道の蛇口がないですし、ホースも長くないので畑までは届きませんよ」
ルーティの家にあったホースは長さが3メートルほどだった。
材質はゴムではなく、魔物の腸で出来ていた。薄いが弾性はゴムより上だ。
試しにジョウロの先端部分をホースの片側に取り付け、反対側の端をバケツに突っ込む。
その状態でバケツの水を勢いよくホースに流し込んでみると、反対側からシャワー状になって水が出てきた。
今度はバケツではなく水そのものを宙に浮かばせ、その水の塊にホースを突っ込み同じように水を流す。これも上手くいった。
【水の領域】を使って井戸から操れるだけの水を汲み上げてみた。
多分、湯船2杯分にいくかいかないかぐらい。これが今の自分に操れる最大水量のようだ。
ジョウロの先端を取り付けた側をルーティに持ってもらい、俺はその反対側を持つ。
ホースを使って水を撒くと、途中で数回水の補充のために井戸にまで戻ったが、30分ほどで作業は終わった。
「凄いです! いつもは朝から始めても昼過ぎまでかかっていたのに、あっという間に終わっちゃいました!」
ルーティは凄く喜んでくれたが、魔力を枯渇寸前まで消費したので凄く疲れた。
水に触れた状態なら消費魔力が減るのを思い出さなければ、途中で力尽きていただろう。
「これならもう少し畑を広げても良いかもしれませんね!」
「アッハイ」
頑張って恩返ししよう。
ルーティの家で少し休憩をしてから村長邸へとやってきた。掃除を始める前に呼びに来てくれと言われていたからだ。
玄関扉を叩くようにノックしてから家に上がらせてもらう。
2階の1室の前で再度ルーティがノックをすると、気だるげな返事があった。
ドアを開けて中を覗くと、村長が大きなベッドの上で仰向けになって寝ていた。
キャミソールにパンツだけというこれまた目のやり場に困る格好で、おヘソ丸出しでだらけきっている。
「だーれー? 今ちょっと二度寝で忙し……わひゃああああああっ! レレレレレ、レン様!? ち、違います! これは違うんですのよ!」
村長が慌てて起き上がった。
思わず前屈みになりそうな光景に慌てて目を逸らし、そっとドアを閉める。
すぐに内側からドアが開けられ、昨日見た質素なドレスに身を包んだ村長が出て来た。
「違いますから! どうせ畑の世話が昼過ぎまでかかるだろうと思って油断してたとかじゃありませんから! 今のは仕事! そう! 結界維持のために必要なことなんです!」
「そ、そうですか。村長も大変なんですね。というか着替えるむちゃくちゃ早くないですか?」
「村長さんのこのドレスはご自身の魔力で作っているものだそうですよ」
魔力の服か。どおりで一瞬で身に着けているわけだ。
「ちょっとルーティ、来るのが早すぎない? 畑はどうしたのよ」
「今日は水遣りだけだったのでもう終わりましたよ。レンさんが手伝ってくれたのであっという間でした」
「もう終わったとかどんな裏技よ。さすがレン様ね……」
村長が頭を抱えている。昼まで寝る気だったのかな。
「あの、無理に掃除を手伝ってもらわなくても大丈夫なんで、村長はゆっくり寝ててください」
「行きます! すぐに着替えて準備しますから、そんな失望した目で見ないでください!」
村長がグータラなのは周りの反応でわかっていたので失望なんてしていません。
なので着替えるのはちゃんとドアを閉めてからしてください。
家の掃除にはピュティと大勢の妖精も手伝いに来てくれた。
まず小妖精達がハタキを持って家中を飛び回る。
次に風魔法の使える中妖精と大妖精が風を起こして埃を外へと追い出す。
あとは全員で雑巾を使って汚れを磨いていくと、途中で昼食休憩を挟んだが4時間ほどで大掃除が終わった。
意外なことに、村長の的確な指示のおかげで作業効率が良かったのも掃除が簡単に終わった大きな要因だ。
いや、村長と言うぐらいだから意外でもないのかもしれないけど。
でも本人は基本的に指示を出すだけで、手ぶらで何故か俺の後ろを付いてきていたのには何か意味があったのだろうか。
掃除が終わった後は全員が埃まみれだったので、それぞれの家で風呂を沸かした。もちろん【水の領域】を使ってだ。
昼食休憩を取っていたのと、水をお湯にするだけならそれほど魔力を消費しないのか、なんとか魔力は足りた。
この村で昼からお風呂に入るのは年に一度のお祭りのときだけの贅沢だったらしく、みんな大喜びしていた。
今も俺の家の風呂では、掃除を手伝ってくれた妖精達が大はしゃぎをしながら入浴している。
風呂が空くのを待っていると、ミューが大きな荷物を抱えてやって来た。
「これ、大婆様が引っ越し祝いにって」
洗剤やティッシュにランプの油、コップや歯ブラシなどといった生活必需品が一通り揃えてあった。これは非常にありがたい。
でもどうしてそれらの品に混じって滋養強壮ドリンクなんてあるんですかね。
え、これグレンダさんの特性品で飲めば一晩中でも衰えなくなる?
今のところ使う予定は無いけどありがたく頂戴しておこう。ほら、いざっていうときに失敗しないように。
「さっきから気になってたんだけど、妖精達がお風呂に入ってない? もしかして昼なのにお風呂を沸かしたの?」
「ああ、俺はスキルで水をお湯にできるんだよ。だから掃除で汚れたからみんなにお風呂に入ってもらってるんだけど」
「なにそれズルイ! うちなんてもう3ヶ月もお風呂に入れずに、身体をせせこましく布で拭くだけで我慢してるのに!」
首を掴まれてガクガクと揺さぶられた。頚動脈が絞まってて死ぬかと思った。
引っ越し祝いを貰ったお礼に、夜になったらミューの家のお風呂も沸かすと約束するとスキップをしながら帰って行った。
今からキレイに風呂場を掃除して水を張って準備しておくらしい。
ベッド、タンス、テーブルなどは元から家に備わっていた。
前の住人が使っていた物を、そのまま置いて行ったらしい。古ぼけているが十分使えるのでありがたい。
村には住人全員で共有している蔵があり、布団、タオル、カーテン、着替えの服などはそこから自由に持って行って良いと言われた。
使わずに放置されている物が押し込まれているだけなので、そのまま肥やしにするぐらいなら使ってあげた方が物も喜ぶからだそうだ。
布団は天日に干して、衣類などは洗濯してから乾かす。
カビ臭さも抜けてこれなら問題ない。
グレンダさんのお店に売っていない物が欲しい場合は、月に1度村までやってくる行商人に頼めば取り寄せてくれるらしい。
お金が貯まったら家具も含めていろいろ買い替えるのもありかと思ったけど、まずはこの村でどうやってお金を稼ごうかという問題もある。
まぁそれは明日から追々考えていこう。
こうして、この村での生活基盤が整った。




