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村の住人

 村長の家から西に徒歩3分。大きな煙突のある家に到着した。

 ピュティがノックもせずにその家のドアを開け、小妖精達を伴って中へと入っていく。

 ちなみにさっきまで集まっていた妖精の半数以上が村の案内と聞いてどこかへ行ってしまった。本当に気紛れなようだ。

 ルーティはピュティのことを注意するかと思っていたが何も言わない。

 村の風習だろうか?


「ここはグレンダさんのお家なんですけど、こちら側は商店になっているんですよ。反対側に母屋のドアがありますけど、向こう側のドアからは勝手に入らないように注意してくださいね」


 なるほど、お店か。そういえばこの世界の通貨については何も知らないな。


 ルーティの後に続いて中に入ってみると、商品らしき物が棚や台の上に乱雑に積まれたこじんまりとしたお店だった。

 カウンターはあるが店員はおらず、値札の類も見当たらないので何も説明されていなければ倉庫と間違えていたかもしれない。

 置いてある品は小物や薬が中心で、他に日持ちのするお菓子など。雑貨屋かな。


「おばーちゃーん! 遊びに来たよー!」


 ピュティが店の奥に向かって大声で呼びかける。

 ほどなくして黒いローブに身を包んだ老婆が出てきた。凄く魔女っぽい。


「おーおー、随分と大勢で来たのう。おや、珍しくシェルルーナもおるじゃないか。それにそっちの新顔は人間の男か? これまた珍しい客じゃのう」

「グレンダ、新しく村に住むことになったレンタロウ様よ。レン様、こちらは村で薬師しているグレンダです。腕は確かなので少しでも体調が悪いと感じたらすぐに診てもらってくださいね。真夜中に叩き起こしても構いませんから」

「どうも、レンタロウ・ミズモリです。よろしくお願いします」

「ほう、新しい住人かえ。グレンダじゃよ、よろしくのう。ピュティナや、悪いけど奥からミユキを呼んで来ておくれ」

「はーい!」


 ピュティが母屋の方へ入って行く。

 ミユキってなんだか日本人みたいな名前だな。

 俺の名前を聞いても笑わなかったし、そういう名前に慣れているのかな。


「しかしシェルルーナよ、行き遅れたことを気にするあまりついに人間の男を騙くらかして連れてきたんかえ。なんなら男をその気にさせる薬はどうじゃ?」

「失礼ね。そんなことしてないわよ、まだ。でもその薬については詳しく」


 シェルルーナって村長の名前か?

 グレンダさんと村長は随分と仲良さそうに小声で内緒話をしている。


「ル-ティ、あの2人って仲良いんだね。村長もグレンダさんに対してはなんだか砕けた感じだし」

「なんでも幼馴染らしいですよ。この村を作ったのはお二人のご両親だとか」

「へー。ということはグレンダさんも妖精?」

「いえ、グレンダさんは魔女さんです」

「えっ、魔女って種族なの?」

「あ、ご存じないですか? 男性なら魔人、女性だと魔女と呼ばれる種族があるんです」


 なるほど、いろんな種族があるんだな。


「ミューお姉ちゃんを呼んで来たよー」


 ピュティが1人の女性を連れて戻ってきた。

 年齢は17、8歳ぐらいに見える。見た目だけで言えばルーティより上で村長より下といったところか。


「うわ、なにこの大所帯」

「ミユキ、新しい住人が増えることになったから挨拶しておきな」

「えっ……。あ、はーい……」


 ミユキと呼ばれた女性は少し嫌そうな顔をしながらも俺に近づいて来る。


「…………ミユキ・ザナトゥーヤです」

「レンタロウ・ミズモリです。よろしくお願いします」

「キラキラネーム仲間!? 同士!」


 なるほど。ミユキという名前もキラキラネームなのか。

 それで笑われると思っていたから嫌そうな顔をしていたんだな。凄くよくわかる。


「心の友よ! キミとはなんだか上手くやっていける気がする!」

「私もよ! イェーイ!」

「イェーイ!」

「あーっ! あたしもそれやるー! イェーイ!」


 俺はミユキとハイタッチを交わす。ついでにピュティと妖精が真似をしてきた。


「しまった、こんなことになるなんて……! ちょっとルーティ、なんでレン様の名前を先に教えておいてくれなかったの! 知っていればわたくしも笑わずに我慢できたのに!」

「いあいあ、そんなことで私に当たらないでくださいよ」



 ミューは――本人にそう呼んでくれと言われた――グレンダさんの曾孫で薬師見習いだそうだ。

 いつも家に篭って修行と称して怪しい薬の開発や実験ばかりしているらしい。


 グレンダさんのお店の商品はお金がない場合は物々交換などでそれ相応の対価を払うことでも売ってくれるそうだ。

 理由は小妖精などはお金を持っていない場合がほとんどだからだとか。



 挨拶を終えると今度は村の北側にある果樹園に案内された。

 ここに妖精ではない最後の村の住人がいるらしい。


「ここって何の果樹園なの?」

「ここはカニカマの果樹園ですよ」

「は? カニカマ? カニカマってあのカニカマ?」

「はい、そのカニカマですよ。実はこの大陸で売られているカニカマは6割以上がここで収穫された物なんです」


 あ、これ絶対に俺の知ってるカニカマじゃないやつだ。

 だって俺の知ってるカニカマってスケトウダラで作られたカマボコのことだし。


「え~っと、名前は聞いたことはあるんだけど、実物は見たことない……かな?」

「ははは、カニカマはほとんどが貴族や富豪なんかに買い占められてしまうからね。庶民なら食べたことがなくても仕方ないさ」


 森の奥から見知らぬ男がやって来た。

 背は高く、スマートだがしっかりと鍛えてある身体。短く刈り上げた髪に白い歯。作業着なのかタンクトップのような服を着ているがそれが凄く似合っている。思わずアニキと呼んでしまいそうになる風貌だ。

 額の辺りに小さな角が2本生えているが、鬼……だろうか?


「レンさん、こちらは鬼人族のホールドさんです。果樹園の管理を全て任されているんですよ」


 最後の住人は男のようだ。

 良かった、自分以外にも男はいたんだ。

 女の子がいっぱいなのは嬉しいが、やはり男がいないと寂しい。


「どうも、今日からこの村に住むことになりました、レンタロウ・ミズモリです。よろしくお願いします」

「ああ、妖精達から話は聞いてたよ。名前は少し変わっているけれど、想像以上にイイ男だね。今後ともよろしく」


 握手を求めて差し出した右手の甲にキスをされた。

 その瞬間、背中がゾワリと寒気立つ。

 何これ、この世界ではこういう挨拶が普通なの……?


「あーっ! レン様に何してんのよ、このスカポンタン!」


 村長が俺とホールドさんを引き離すように乱入する。ついでにキスされた部分を布で必死に拭いてくれた。

 良かった、やっぱり普通の挨拶じゃなかったんだ。


「やだなぁ、ちょっとした冗談じゃないか。ねぇ、レン君」

「えっ、あっはい。じょ、冗談なら……、まぁ」


 冗談ならいいけど。うん、冗談なら。冗談なんですよね?


「それでその……、木になっているあの黄色い実がカニカマですか?」

「そうだよ。収穫にはまだ少し早いけど一つ食べてみるかい? 良いよね、村長」

「……ええそうね。レン様にも村の特産を知っておいてもらいたいし。許可するわ」


 妙に警戒した様子の村長から許可を貰ったホールドさんがハシゴを持って来て木の上に登る。

 すぐに1つの実を持って降りてきた。


「これがカニカマだよ。熟したら実の色が赤くなるんだけど、もう食べれるぐらいには熟れているから。さ、食べてみて」

「あ、どうも。皮とかも食べれるんですか?」

「ああ、そのまま齧り付いてくれ。口を大きく開けて丸齧りするように」


 なぜか手をベタベタと触られながら渡されたカニカマを観察してみる。

 見た目はカニカマだ。日本にいたときにスーパーとかで売ってたやつ。あれをそのまま大きくした感じだ。

 大きさは12、3センチぐらいでグミのような質感だ。

 色は黄色いが、ところどころが赤くなってきている。

 言われたように齧り付いた。思っていたよりも弾力があって水分も多い。

 味は甘い。というか甘すぎる。練乳を固形物を食べているかのような味だ。

 村長とホールドさんには申し訳ないが、一口食べただけで胸焼けがする。


「美味しいとは思いますけど……、俺にはちょっと甘すぎるようです」

「あら、レン様のお口には合いませんでしたか? 残念です」

「ふむ。ならカニカマを使ったお菓子とかの方がレン君には良いかもしれないね。ああ、その食べかけのは勿体無いから僕が代わりに食べてあげるよ」

「お待ちなさい。それならわたくしが食べます。まだ今回の出来具合も確認してなかったので丁度良いです」


 食べかけのカニカマを巡って論争が始まった。

 会話内容から村長はこの果樹園のオーナーのようだし、この2人は好きなだけ食べれるんじゃないのかと思ったけど違うのだろうか。

 貴族や富豪に売るって言ってたし、自分達ではあまり食べないのかな?


「村長にはいつも通り収穫が終わったら試食用を渡すから今食べなくても平気さ。村長と同じでちゃんと完熟しきったやつを持って行くから」

「あら、飼い犬の分際で面白いことを言うわね。そんなに村から叩き出されたいのかしら?」

「良いのかい? 僕がいなくなったらこの果樹園を管理できる者がいなくなるけど」

「わたくしがやるから問題ないわよ。うふふふふふ」

「普段グータラしてる人に勤まるとは思えないけどなぁ。あははははは」


 あかん。なんかどんどんヒートアップしてる。

 この食べかけのカニカマを巡って争ってるんだからさっさと食べてしまおう。もちろん自分じゃ食べないけど。


「ピュティ、食べるかい?」

「うん!」


 物欲しそうに見ていたピュティに渡すと大喜びで食べた。

 周りにいた小妖精達も群がってきてすぐに食べ尽くされた。

 そのことに気付いた村長とホールドさんがガックリと崩れ落ちる。

 あんたら、どんだけ甘い物が好きやねん。



「村の住人にはこれで全員に会ったんだよね? 随分と人が少ないんだね」

「ここは田舎な上に周辺の魔物も凶暴ですから好き好んで住む人はほとんどいませんから」


 ルーティに尋ねると苦笑まじりに返事をされた。

 それだと村長とグレンダさんはまだわかるが、ルーティはなぜこんな場所に住んでいるのだろうか。何か理由があるのかもしれない。


「それじゃあ、この辺りにはこの村しか人が住んでいる場所はないの?」

「いえ、村から北にある山の麓、正確には北西の辺りになりますが、ドワーフの村がありますよ。村で使っている家具や金属製品はそこから購入した物ですし、家の修理なんかもしてくれたりします」

「へー。さすがドワーフ」


 やっぱりこの世界のドワーフもずんぐりとした体格に髭もじゃなのだろうか。早く会ってみたい。


「村の周辺で思い出しましたが、レン様に大事なことを言い忘れていました」


 ショックから復活した村長が真面目な顔をしている。


「大事なことですか?」

「はい。村から西に行くと大きな湖があるのですが、そこには人魚が住んでいるのです」

「人魚? 湖に人魚がいるんですか?」


 人魚って海のイメージだったけど、この世界では湖に住んでいるのか。


「そうです、人魚です。なので村の西側は大変危険です。絶対にお1人では村の西門から外に出ないようにしてください」


 えっ、なにそれ危険って。人魚って魔物の部類なの?


「でも村長さん、人魚さん達にレンさんの存在を隠しててもすぐにバレるでしょうし、それなら先に言っておいた方が安全じゃないですか?」

「そうだね、僕もそう思うよ。奴らは鼻がいいし、すぐに嗅ぎ付けてくるだろうね。それなら先にレン君の存在を教えておいて、条約を後ろ盾にするべきだ」


 ルーティが真剣な表情で提案し、ホールドさんも頷く。いつもなら茶化す小妖精達まで会話の邪魔にならないように静かにしている。

 人魚ってそんなにヤバい魔物なの? しかも鼻がいいってどういうこと?


「……そうね。では明日にでも湖に行って牽制しておきましょう。レン様、申し訳ございませんが、明日はわたくしと共に人魚達へ顔を見せに参りましょう。大丈夫です。何があってもわたくしがレン様をお守りいたしますので奴らには指1本触れさせません。ご安心ください」

「は、はい。わかりました」

「僕も行った方が良いかい?」

「いえ、大勢で行ったら奴らを刺激してしまうかもしれないからホールドはここに残っていて。ただし、万が一の際にはすぐに出れるように準備だけはしておいてちょうだい」

「了解」


 そんなに警戒するとか、人魚ってマジでなんなの!?

 むちゃくちゃ恐いんですけど!

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