お詫びの品
夢を見ているという自覚があった。でも明晰夢とは違うと頭では理解していた。
なぜなら俺の目の前にいかにも女神様といった風貌の女性と、その横で正座をさせられている天使が居たからだ。
場所は前にも一度見たことのある真っ白な空間。上下左右どこを見ても白い壁で囲われた部屋で、広さは10畳ぐらい。窓や扉は見当たらず、完全に密室だ。
「三津森蓮太郎さんですね?」
「はい、そうです。女神様……ですか?」
「ええ、その通りです。それにしても随分と落ち着いていますね」
「2回目ですから」
最初のときも寝たと思ったらいつの間にかこの白い部屋にいて、天使に死んだと告げられたのだった。
「……もしかして、俺ってまた死んだんですか?」
「いいえ、生きていますよ。意識だけここに引っ張ってきた状態なので安心してください」
「ああ、それなら良かったです」
地球にいたときは死んだと言われてもあまり未練は感じなかったが、さすがに今は理不尽な理由で死にたくはない。
「それなら俺はどのような用件で呼ばれているのでしょうか?」
「まずは謝罪を。蓮太郎さんがどうしてこの世界で暮らしているのか、全てエルルから聞きました。この子が多大なご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「いえ、むしろ今では感謝しているぐらいですし……」
女神様に深々と頭を下げられて恐縮してしまった。
それよりもあの天使はエルルという名前があったのか。あいつ、ずっと名乗らなかったからな。
「こうなってしまっては私の力でも地球に送り返すことは不可能なのですが、その様子だとこちらの世界にも馴染んでいるようで安心しました」
「はい、今では地球にいた頃よりも充実した日々を送っています」
「それを聞いて安心しました。ですが私共としましても、ただ謝って終わりという訳にはいきません。なのでお詫びの品を受け取ってください」
一応エルルからもいろいろと貰っているが、女神様からのお詫びの品も興味がある。もしかして新しいチートスキルでも貰えたりするのだろうか。
「そこまでして頂かなくても結構ですが……。でもそのお詫びの品というのはどういったモノですか?」
「スキルを1つ授けましょう。それもただのスキルではなく、俗に言うチートスキルの類を」
半分冗談で考えていたのに本当にチートスキルが貰えるらしい。
せっかくだから貰っておこうかな。
「どういった効果のあるスキルなんですか?」
「すみません。どんなスキルになるのかはランダムで選ばれるので私にもわかりません」
「え? ランダム?」
「そうです。でもご安心ください、候補は全部チートになるように内部確率をいじ……げふんげふん。あれです、ソシャゲで言えばチュートリアルをクリアしたらSR以上確定ガチャが1回無料で回せるみたいなやつですから」
「あっはい」
この女神様はなんだかんだでエルルの上司(?)なんだなと実感した。
「では抽選を行いますね」
女神様がどこからともなく六角形の筒を取り出した。神社にあるおみくじとよく似ている。というよりも、どう見てもおみくじにしか見えない。
女神様はおみくじをシャカシャカと音を立ててシャッフルしてから「えいやっ」という可愛らしい掛け声と共に一際大きく振った。
そしておみくじから出てきた棒を引っ張り出すと、そこに書いてあるスキルを確認する。
「あら、おめでとうございます。良いスキルが当たりましたよ」
「おおー、本当ですか?」
「はい。【水の領域】というスキルになります」
「え……」
なんだか凄く聞き覚えのあるスキル名である。日常的に使っているスキルと瓜二つだ。
「これは液体を操ることができるスキルですね。液体を浮かばせたり温度を変えたりすることが出来ます。さらには液体による攻撃を無効化するというパッシブ効果もあるんですよ」
「あのぉ……」
「はい、どうされました?」
「そのスキルはすでに持っているんですが」
「え……」
女神様がエルルを見た。するとエルルは無言でコクコクと頷く。
それで俺が嘘を言っていないと理解したらしい女神様が、やってしまったと言いたげな顔をした。
「あの、振り直しとかは?」
「すみません。引いた時点で自動的にスキルを授ける仕様なので、それは規約違反なんです……」
「被った事で何かメリットとかはないんですか? 元から持っていた【水の領域】が強化されたりとか」
「そういったことは一切ありません」
ただの引き損か。新しいスキルが貰えるとワクワクしていただけにかなりショックだ。
気まずい沈黙に耐えられなくなった女神様が視線を宙に彷徨わせ、エルルと目が合った瞬間に思案顔になった。
「そうだ、それならこうしましょう。スキルの代わりにエルルを差し上げます」
「えっ」
「ふぁっ!?」
さも名案とばかりに女神様が手を打った。
一方、突然お詫びの品にされたエルルは大慌てで女神様に抗議する。
「待ってください! そんな話は聞いてません!」
「いま思い付いたのですから言ってないのは当たり前です。元はと言えば貴女が蒔いた種なのですから、ちゃんと責任を取りなさい」
「うぐっ! でも、いくらなんでもその処遇は酷すぎます!」
「このまま牢獄に幽閉されるよりマシでしょ。ちゃんと反省の色が見えたらまた現場に復帰させてあげるから、しばらくは地上で奉公していなさい」
「…………はい」
話は纏まったみたいだが、いきなりエルルを押し付けられる俺の意見は聞いてもらえないのだろうか。
「そういう訳でして蓮太郎さん、エルルを奴隷として差し上げますので煮るなり焼くなり犯すなり売るなり好きにしてください」
「えっ」
「能力の大半は封じておきますので仕返しされたり逃げられたりする心配もないでしょう。思いっきり弄んで大丈夫ですよ」
「ちょっ! 奴隷扱いを受けるって聞いてませんけど!?」
「そろそろ時間のようですね。では、貴方のこれからの人生に幸あらんことを」
「そのまま締めモードに入ってないで話を聞いてくださいよ!」
エルルの抗議の声を聞きながら、次第に俺の視界が真っ白に染まっていく。
ああ、この人の話を聞かない強引さはエルルの上司らしいなと思いつつ、俺の意識は途切れた。
目が覚めると自室のベッドの上だった。
今のは夢と現実のどっちだろうと思いつつ、目覚まし時計を止めるために腕を伸ばして違和感に気付いた。
布団の中に俺以外の誰かがいる。ここ最近は忙しくてフィオーネも潜り込んできていなかったのに。
もしやと思いつつ布団を捲くると、エルルがいた。しかも素っ裸。
天使の象徴であった謎の輪っかと背中の羽がなくなった代わりにブカブカの首輪を着けているが、女神様が能力を封じると言っていた関係だろうか。
「……おはよう」
「ああうん、おはよう。やっぱりさっきのは現実だったのか」
「当たり前じゃない。おかげでアタシはレンタローの所有物よ。ふんだ、人の裸をジロジロ見てないで、するならさっさとしなさいよ」
そういう意味で見ていたのではなかったが、変な風に誤解されていた。
エルルには感謝しているし、女神様が言っていた奴隷扱いをするつもりはない。まずそのことを伝えようとした矢先に部屋のドアが開いた。
「ご主人様、大変。ミリアが大荷物を抱えて乗り込んできたから起き……て……」
「あっ」
フィオーネが部屋に入って来ようとして固まった。その視線は俺の横にいる全裸に首輪だけという格好のエルルに注がれている。
「待った、フィオーネ。誤解だ――」
「ご、ご主人様が裸の女をベッドに連れ込んでるううううううううううっ!?」
普段のフィオーネからは想像もつかない程の声量の絶叫が響き渡った。
そして次の瞬間には猛烈な勢いで家の階段を駆け上がる音が聞こえ、村長とルーティとなぜかミリアまで俺の部屋に突撃してきた。
「レン様、どういうことですか!?」
「レンさん、どういうことなんですか!?」
「どういうことなのよ、レン!」
どうもこうも、むしろなぜ皆が俺の家にいるのかを聞きたい。
3人から少し遅れてピュティや妖精達もやってきたし、俺が寝てる間に集まっていたのか。
「ご主人様、この女は誰?」
叫んで少し冷静になったのか、フィーオーネがエルルを指差す。
天使と言ってしまって良いのだろうか。しかし嘘を付いても村長にはバレてしまうし、問題はどこまで話すかだ。
「ええっと、この子は……」
「ただの奴隷です」
「「「「 奴隷!? 」」」
「ちょ、おま!?」
俺がどう説明しようか悩んでいたら、エルルが勝手に奴隷と言い出した。
「こ、この子、嘘を言っていないわ……。どういうことなんですか、レン様!」
「いや、違います! 奴隷は向こうが勝手に言い出したことで!」
「そんな、ご主人様! 久しぶりに会えたのに、アタシのことはもう飽きたからいらないって言うんですか!?」
エルルがわざとらしく泣き崩れた。
こいつ絶対に今の状況を楽しんでる。
「レン様ああああ! アナタって人はああああああっ!」
「レンさん、見損ないましたよ!」
「奴隷だろうとなんだろうと、男ならちゃんと責任を取りなさいよ!」
「それよりもご主人様のことをご主人様と呼んでいいのは私だけ。だからアナタは別の呼び方をする」
「だから待って! ちゃんと説明するから! あとフィオーネは相変わらずマイペースでちょっと安心したよ!」
朝っぱらから阿鼻叫喚だった。




