水の領域
「村長! あそこにグレンダさん達が!」
「ええ! 一旦降ります!」
妖精の里とポルドワ村の丁度中間辺りの道にグレンダさん達がいるのを見つけた。
グレンダさんを背負ったミューを先頭に小走りで移動をしているが、ルーティとピュティとホールドさんの姿が見えない。
妖精達も30人ほどしかおらず、村人の半数ほどがまだ避難できていないのか。
「グレンダ、状況は?」
一団の正面に降りた村長が単刀直入に尋ねる。
「ドワーフ達から村に竜が接近していると知らせが入っての。動ける者から順次避難をしておる」
「竜はまだ村に来ていなかったのね?」
「うむ。じゃが、咆哮が村まで聞こえておった。もう村に侵入されておるじゃろうな」
「わかったわ。それじゃアナタ達はこのままポルドワ村まで行って頂戴。後はわたくしとレン様でなんとかするから」
「わかった。2人共、気をつけての。くれぐれも無茶をするでないぞ」
再び村長に抱えられて妖精の里を目指す。
途中で残りの妖精達を見かけたので、すれ違いざまにポルドワ村に行くようにと伝えた。
妖精の里に着いたが、そこに竜の姿はなかった。
北西の辺りの塀が壊されていたが、果樹園に被害が見られない。
家が1軒燃えていたが、誰も住んでいない家だったのは不幸中の幸いだ。
村の北側で倒れているホールドさんとドワーフ6人を見つけて、村長が慌ててそこへ降り立つ。
中には大ケガをしている人もいるが、死んでいる人はいないようだ。
「ホールドさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、レン君か……。天使様のお迎えが来たのかと思ったよ」
「冗談が言えるなら大丈夫ね。ホールド、手早く状況を説明して」
ホールドさんは辛うじて意識があった。
手当てをして安全な場所に連れて行ってあげたいが、竜がいないことが気がかりだ。
「村に残ってた僕とルーティで村人の避難誘導をしていたんだけど、どうやら竜の目的はカニカマじゃなくて初めからルーティだったみたいだ……。まったく、今回の出来はかなり良くて美味しく実ってるのに、それを無視してルーティを食べたがるとか、失礼なヤツだね……」
「それで、ルーティと竜は?」
「竜に驚いたミルクが逃げ出して南門から、外に……。ピュティがそれを追って行ったから、ルーティは時間を稼ぐために囮となって東の森に……。すまない、後は任せ……」
ホールドさんは気を失った。命に別状がないのを確認すると、その場に寝かせる。
申し訳ないが、今は一刻を争う事態なので許して欲しい。
「俺がルーティを迎えに行くので、村長はピュティを頼みます」
「いいえ、わたくしがルーティの方へ行きます」
「ピュティが南へ行ったのなら、空から探せる村長の方が簡単に見つけることができます。それに東の森はドランペルカズラが沢山生えているので、俺が行った方が安全です」
「それはそうですが……」
「大丈夫ですよ、いざとなったら奥の手がありますから。あ、そうだ。これをどうぞ」
ポーチからマジックポーションを1本取り出し村長に渡した。
村長はなんでもないような顔をしているが、額には汗が滲んでいる。ポルドワ村から俺を抱えて飛ぶのに相当な魔力を使ったのだろう。
「レン様、信じてもよろしいのですね?」
「はい。必ず、ルーティと一緒に帰って来ます」
「もし嘘をついたら、いつもの2倍お説教しますからね」
「それは勘弁して欲しいなぁ」
ただでさえ長い村長の説教が2倍とか、想像するだけでも恐ろしい。
だから、絶対に約束は守らないといけないな。
壊れた塀を乗り越えて、東の森に入った。
なぎ倒された木を目印にして行けばルーティのところへ辿り着けるだろう。
走りながら【天使コール】を唱える。
『何よー、こんな時間から呼び出して。いま仕事中なんですけどー?』
「悪い、緊急事態だ。村が竜に襲撃された。対処法があれば教えてくれ」
『…………は?』
天使に現状を手短に説明した。
アッシュが禁止区域で採掘をして、そこに眠っていた竜を起こしたこと。その寝起きで不機嫌な竜が空腹を満たすために村を襲撃したこと。そう思っていたら実は竜の狙いはルーティで、彼女が囮となって東の森に入ったこと。
自分で説明しながら、あまりの突然の出来事に渇いた笑いしか出なかった。
『逃げなさい』
開口一番、天使は今まで聞いたことがないくらい真面目な声で言った。
『今すぐ引き返して、少しでも遠くへ逃げなさい』
「それはルーティと合流してからの話だな」
『無理に決まってるでしょ! アンタは知らないでしょうけど、竜っていうのはその世界では最強なのよ! 人が勝つには凄腕のハンターが10人以上束になって、それでも死者が出るくらいヤバイ相手なの!』
「ああ、勝つつもりなんてないから問題ない。村の皆が逃げることさえできれば良いんだが、それでも難しのか?」
『竜は気性が荒い上に自分達が絶対強者だと自負してるの。下手に刺激をすれば最悪の場合、その辺り一帯が焦土と化すわ』
そうならないためにも天使のアドバイスが欲しかったのに、無理なようだ。
「わかった。じゃあ自分でなんとかしてみる。悪かったな、急に」
『なんとかするって、アンタじゃどうにもならないんだってば!』
天使も俺の事を心配してくれるのか。
この世界に来たばかりの頃は俺が死んだらアフターサポートから開放されるとか言ってたくせに。
短い付き合いだけど、一番変わったのはコイツかもしれない。
「俺さ、お前のこと今は凄く感謝してるんだ。この世界に連れて来てくれて、ありがとな」
『このバカ! なに死亡フラグみたいなこと言ってんのよ!』
「なんだ心配してくれてるのか? お前ってさ、実は優しくて良いヤツだよな。ほんとに天使みたいだぞ」
『うううう、うっさい、このバカ! 勝手にしなさいよ!』
天使との交信が途切れた。
森の向こうから大きい何かが暴れる音が聞こえてきたところだったし、丁度良い。
ここからは気を引き締めていかないと。
「あれが……、竜か!」
蹂躙された木々の向こうに赤い竜がいた。ドワーフが若い個体と言っていたが、思っていたよりも小さい。
全長は10メートルも無さそうが、かといって人など簡単に押し潰せそるだけの力はありそうだ。
その竜の視線の先に、土壁に身を隠すルーティがいる。おそらく土属性の防御魔法で凌いでいたのだろう。
痺れを切らしたのか、竜が口から火球を吐いた。
「きゃああああああっ!」
ルーティを守っていた土壁は簡単に崩れ去り、爆風に煽られてルーティが飛ばされる。
「ルーティ!」
咄嗟にポーチから目潰し用の閃光球を取り出し、竜の眼前に投げつける。
眩い光に目を焼かれた竜が怯んだ隙に、ルーティの元に駆け寄った。
「ルーティ! 大丈夫か!?」
「う……、レン……さん……?」
ルーティは見たところ大きなケガは無さそうだが、額から大粒の汗を流し意識も朦朧としている。これは魔力の枯渇症状か。
ポーチからマジックポーションを取り出し、ルーティに飲ませた。
「レンさん、どうしてここに……」
「東の森は危ないから迎えに来たんだよ。走れる?」
「ごめんなさい、さっき足を挫いて。それよりも私が囮になるのでピュティをお願いします。あの子ったら南門から村の外に……」
「ピュティなら村長が空から探してくれてるから平気だよ。って、うわ! もう視力を取り戻したのかよ!」
目潰しの効果が切れた竜が怒りの声を上げながら迫ってきた。
慌ててルーティを担ぎ上げると、一目散に逃げ出す。
「うわわわ! 私、重いのに大丈夫ですか!?」
「正直言って、むっちゃキツイ!」
「失礼ですね! そこは格好良く『重くないよ』って見栄を張ってくださいよ!」
「自分から重いって言ったのに! 叩くの止めて!」
いや、漫才をしている場合ではない。確かこの近くに川が流れていたはずだから、まずはそこまで逃げよう。
村長がフレアドラゴンは水に弱いって言っていたし、時間は稼げるはずだ。
川に着くと、その勢いのまま川の中に入った。
川幅は15メートル程あるが水深は1メートルもなく、流れも穏やかだ。
「レンさん、竜も川に入って追いかけてきてます!」
「もっと大きい川じゃないとダメか! よっぽどルーティが美味しそうに見えてるんだろうね!」
「ちっとも嬉しくないです!」
慌てていたから間違えて上流に向かって逃げてしまった。水流に足を取られて思うように走れない。
しかし、水さえあればこっちのものだ。
【水の領域】を発動させ、竜と俺達の間に水の壁を作る。これなら簡単に追って来れないはずだ。
「ブレスがきます!」
「えっ!? どわあああああああああっ!」
竜の吐いた火球が水の壁をあっさりと撃ち破り、そのまま直線上にいた俺達に襲い掛かる。
間一髪で横に身を投げ出すようにして回避すると、火球は水底に当たって激しい水飛沫を上げた。
もしかして獲物を逃がすくらいなら、ブレスで木っ端微塵にしようという考えなのだろうか。無茶苦茶すぎる。
「けほっ、けほっ! レンさん、無事ですか!?」
「な、なんとか当たらなかったけど……」
これは非常にマズイ。竜が強いのはわかっているつもりだったが、まさか逃げることすら不可能に感じるほどだとは思ってもいなかった。
「なら、これでどうだ!」
【水の領域】を使い、竜の足元周辺の水を凍らせる。
しかし竜の体に触れた氷はあっさりと水に戻っていく。
「ダメです、竜の鱗は魔力を無効化します!」
「それならこうだ!」
操れるだけの水を使い、竜の顔をすっぽりと覆った。突然息が出来なくなった竜が酸素を求めて暴れ出す。
このままいけるかと思ったが魔力消費が激しい。鱗に触れている部分から、まるで吸い取られるかのように魔力が減っていく。
「やばっ……」
魔力が一気に減って軽い立ち眩みがした。普段ならなんともないが、この状況では致命的だ。
水攻めから開放された竜が、怒りの咆哮を上げてブレスを吐いた。
「レンさん、危ない!」
横からルーティに体当たりをされ、なんとか火球を回避した。
「ルーティ、助かったよ……、って、血が!」
ルーティが頭から血を流していた。
俺を庇った際にブレスで弾かれた石が当たったのか。
「レン……さん……。ケガは……、ないですか……?」
「ああ、俺は無事だ! ルーティが庇ってくれたから!」
「良かった……。もう、私のことは良いから……、逃げて……」
ルーティは意識が朦朧としていて、呼吸も荒い。頭を打ったときはヘタに動かさない方が良いんだったか。
焦る俺をあざ笑うかのように、竜は再びブレスの予備動作に入った。ルーティもろとも、俺を消し炭にするつもりか。
こんな理不尽な暴挙が、許されて良いのだろうか。
ただ俺達はあの村で静かに暮らしていただけなのに、なぜこんな目に合わないといけないのか。
村に住むようになってからの2ヶ月を、走馬灯のように思い出した。
突然やって来た俺を、温かく向かえてくれた妖精の里の皆。
仲良くなったウェンディの集落の人魚とポルドワ村のドワーフ達。
天使に騙されて始まった異世界生活が、いつの間にかかけがえのない日々になっていた。
皆、俺の大事な仲間で、家族だ。
その大切な人達を、なんの権利があって傷付けているんだろう。このクソトカゲは。
俺にマンガやゲームの主人公みたいな力があれば、容赦なくぶっ飛ばしてやれるのに。
竜がブレスを吐いた。
迫ってくる火球を前に、不意にアニメでよく見る光景が脳内で再生された。
それは、火球に水弾をぶつけて相殺するというお約束のシーンだ。
俺にも出来るだろうか?
いや、違う。やるんだ。
竜の吐いた火球よりも一回り大きな水弾を川から発射した。
脳内で再生された通りに水弾と火球がぶつかり合い、双方が空中で消滅する。
竜はその現象が不服だったのか、低い声で唸った。
そうか、そういうことか……。天使はスキルを使うのにイメージが必要だと言っていたが、何も自分でイメージを作る必要は無かったんだ。
脳内に浮かぶアニメではお約束のシーンの再現なら、明確にイメージできる。
水を四角く平らな形状に浮かばせ、それを凍らせた。
脳内再生されるのは空飛ぶ絨毯。
そこにルーティを寝かせると、川から離れた安全な木の根元まで運んでスキルを解除した。
背中は濡れたかもしれないけど、そこは勘弁して欲しい。
俺はようやく【水の領域】の真髄が理解できた。
水を使って己の領域を支配する。
簡単な話じゃないか。
ポーチから最後の1本であるマジックポーションを取り出し、飲み干した。
初めて飲んだけど、これもむちゃくちゃ甘い。
「さぁ、反撃開始だ!」
手始めに竜の下から突き上げるように尖った氷を出現させた。
国民的RPGで魔法使いが使っていた氷魔法の再現だ。
氷は竜の腹に刺さったが、予想以上に皮膚が硬く貫通はしなかった。
多少は皮膚に傷を付けたようで血が滲んでいるが、もっと火力が必要だ。
今度は空中に氷で出来た巨大なドリルを作る。
アニメやゲームではお馴染みの武器だ。イメージ再現しやすい。
ドリルを高速回転させながら竜に向かって飛ばした。
胸に当たる直前に背中を向けられて、鱗によって無効化された。
ならばと次は水底からコブシ大の石を拾って構える。
とあるアニメで電気を操る女子中学生が、コインに電磁加速を加えて撃ち出すという技があった。
なら俺はそれの真似をして、石を高圧水で撃ち出せば良い。
ポンプやモーターはいらない。俺のスキルはそれが可能だと思い込む。
射出された石は竜に回避され、遠くの木の枝をへし折った。
さすがに竜も俺が危険だと判断したのか、勢いよく接近してきた。
ブレスで攻撃してくれればカウンターでもう1発撃ち込めたのに、向こうもそれがわかっているのだろう。
咄嗟に氷の壁を作って防御をするが、強度をイメージしきれずに突破されてしまった。
「くっ!」
回避するか迎え撃つかの判断で迷う俺に竜の顎が迫る。
喰われると思った直後、竜の顔に衝撃波がぶつかり、その巨体が揺いだ。
「お、お前は、クマッピー!?」
クラッシャーベアの特殊個体で東の森のヌシでもあるネームドモンスター、クマッピーが乱入してきた。
もしかして助けに来てくれたのだろうか。
「なんでここに? え? 縄張りを荒らしているヤツがいるからぶっ飛ばしに来た?」
あくまで自分のためだと主張するクマッピー。ツンデレか。
でもクマッピーなら助っ人としてこれ以上にない戦力だ。ここは素直に頼っておこう。
「わかった。じゃあ俺達は一時休戦して、一緒にアイツをぶっ飛ばそうぜ」
短く吼えた後で、クマッピーが竜に向かって駆け出した。
アレに真っ向から肉弾戦を仕掛けるとか、さすがである。
クマッピーの爪を受け止め、竜はその巨体を使って押しつぶそうとする。
それをバックステップで躱したクマッピーは大きくジャンプをして顔に体当たりした。
竜がブレスを吐いて牽制をすると、クマッピーも口から衝撃波を出してその火球を相殺する。
さながら恐竜大決戦のような攻防だ。しかもクマッピーが押している。
隙を見て撃ち込んだ岩の弾丸が竜の額を捉えた。
堪らずに怯んだ竜の喉元にクマッピーがその大きな牙を突き立てる。
竜は悲鳴を上げ、しばらくのたうち回った後で咽喉から血飛沫を出してその場に倒れた。
「やったか!?」
クマッピーが振り返り、牙に付いた血を舐めながらニヒルに笑った。
どうせならルーティがケガをする前に助けにきて欲しかったが、この際文句は言うまい。
「クマッピー、助かったよ。え? 俺を倒すのはライバルである自分だから、こんなとこで殺られても困る?」
いつの間にかクマッピーに好敵手認定されていた。勘弁してください。
後でお礼に肉でも渡してゴマをすっておこう。俺も【水の領域】の使い方がわかったとはいえ、最強生物と言われている竜すら倒す相手とは2度と戦いたくない。
『バカ、なにやってるのよ! 早くトドメを刺しなさい!』
「えっ?」
不意に天使の声が脳内に響いた。
アイツ、交信を切っていたはずじゃ――。
突然、目の前にいたクマッピーが暴風に煽られて吹っ飛んだ。
遠くに生えていた巨木にぶつかり、その木が轟音を立てて折れる。
倒れたクマッピーはピクリとも反応を示さず、生死が判別できない。
クマッピーを吹き飛ばしたのは暴風だと思っていたら、それは倒れたはずの竜の尻尾による一撃だった。
起き上がった竜の目は紅く輝き、理性がカケラも窺えない。
そしてその口から、今までのとは比べ物にならないほどの熱量のブレスが解き放たれた。
あ、今度こそ死んだ……。
呆然とその光景を眺める俺の目の前に、光り輝くバリアが現れ火球を防いだ。
しかし火球の余波で川の水が一気に蒸発し、熱波が吹き荒れる。ルーティを離れた場所に寝かせておいて本当に良かった。
「今のバリアは……、天使が張ったのか?」
俺の胸元で天翼の護りが先程のバリアと同じ輝きを放っている。
『そうよ! 気になってずっとモニタで様子を見てたのよ、悪い!?』
「いや、悪くないし助かったけど。お前は大丈夫なのか?」
『全然大丈夫じゃないわよ! これ絶対に上司にバレたわ! クビが飛ぶどころか懲罰ものよ!』
「あ~、その……、なんだ。ありがとう」
魔力切れでも起こしていないかと心配したら、もっと大事になっているようだ。
『お礼を言うぐらいなら生き延びなさい。これで死んだらそっちの世界の地獄まで追いかけて行って、お尻に蹴りを食らわすわよ!』
「わかった。でもなんで竜はいきなりあんなことになってるんだ?」
『竜は逆鱗に触られるか瀕死に陥ると、理性を失って暴走するの。ブレスは限界を越えたやつを吐いた影響で咽喉が焼け付いて連発はできないみたいね。逃げるなら今の内よ』
「いや、逃げたらそれこそこの辺り一帯が焦土になる。だからここでなんとしてでも仕留める」
『仕留めるって……、アンタがスキルを使いこなせるようになったのは見てたけど、どうやるのよ?』
「こうなったら奥の手を使う。竜に張り付くことさえできればやれると思うんだが……。接近しないといけないから、さっきのバリアで攻撃を防いでくれないか?」
『無理ね。こっちも連発できない魔法だし、それにアタシの魔力が途中で無くなるのが先だと思う』
「くそっ、ビビってないでクマッピーが居てくれたときに使っておけば良かった」
どうせ後が無いんだし、一か八かで特攻を仕掛けるしかないか。
『近付けさえすれば、その奥の手とやらでなんとかできるのね?』
「ああ、竜には試したことがないけど、生き物であるならいけるはずだ」
『わかったわ。じゃあ、アタシのスキルを使ってあげる』
「スキルでなんとかできるのか?」
『天使の種族スキルの1つに、人に加護を与えて一時的に身体能力を爆発的に高めることができるやつがあるの。天翼の護りを通せばアタシの魔力残量でも……、3分はいけるわ』
「3分か。それだけあれば十分だ」
『身体能力は上がっても耐久力は上がってないから気を付けなさい。じゃあ、いくわよ!』
天翼の護りが再び輝き、温かい力が流れ込んできた。
これがラストチャンスだ。今度こそ終わらせる!
走り出した俺に向けて、竜の尻尾が横薙ぎに振られた。
ジャンプして躱した俺に噛み付こうと竜が口を開けるが、それは予測済みだ。
あらかじめ目星をつけておいた岩を高圧水で射出して竜の口に叩き込む。
それでも竜は怯まずに爪を振り回して追撃を仕掛けてきた。
左右にステップをしながらその攻撃を回避し、竜の側面へと回り込んだ。
体が軽い。羽が生えたようだ。もう何も恐くない。
焦れた竜は体当たりをするように、身体全体で俺を押し潰そうとしてきた。
しかしその攻撃は、俺の待ち望んでいた瞬間だ。
竜の上空へと飛び上がり、首の付け根の部分に着地した。
目標を見失った竜に気付かれる前に、ポーチから小瓶を取り出して中身を叩きつけるようにしてぶっかけた。
それは以前、ミューが実験で作った超強溶解液だ。
非常に危険な薬品だが、それだけ強力な武器にもなるのでいざというときのために時々持ち歩いていた。
まさか、本当に使う日がくるとは思ってもいなかったが。
超強溶解液がかかった部分の鱗がジュワジュワと音を立てて溶けていく。
そしてようやく自身の異変に気付いたのか、それとも溶解液に鱗の下の皮膚まで焼かれたのか竜が暴れ出した。
だが今更気付いてももう遅い。
俺は腰に差していた漆黒のナイフを抜き放ち、鱗が溶けた部分に突き立てた。
さすがミリアが丹精込めて打ったナイフだ。硬い竜の皮膚を簡単に貫き、赤黒い血が噴出した。
竜は痛みに咆哮を上げながら暴れ回り、危うく振り落とされるところだった。
前に1度、一角タヌキを使ってこっそりと実験をしたことがある。
それは、【水の領域】で血液は操ることができるのかどうかをだ。
結論から言うと、俺が血液に触れた状態であれば操ることが可能だった。
血液はその生物の魔力を宿しているが、基本的にはただの液体と変わらないようだ。
この竜がそうであるように、戦闘中に魔物の血液など簡単に触れるはずもなく、実戦で使うにはリスクが大きすぎて向いていない。
でも逆に言えば、俺は血液にさえ触れることが出来れば竜ですら倒すことが可能なのかもしれない。
暴れる竜に左手だけでなんとかしがみ付き、右手で傷口に触れる。
天使の加護で握力が強化されているからこそ出来た芸当だ。後でお礼を言っておこう。
それと、もう1人の相棒。
そういえば俺がこの世界に来た日からずっと傍で支え続けてくれたのに、まだ1度も名前を口に出したことがなかった。
「水の領域よ! 竜の血を、沸騰させろ!」
その名を呼んで、残る全ての魔力を注ぎ込む。
竜の断末魔が森の中に木霊した。




