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料理教室

「第1回、揚げ物料理教室ー!」


 俺の宣言に周囲にいた人達がパチパチと拍手とした。


「今日のお題はトンカツ!」


 トンカツに必要な材料が並べられたテーブルの周りを参加者達が取り囲む。

 ピュティ、フィオーネ、セレノ、話を聞いて興味本位で集まってきた大中小の妖精が合計で15人ほど。

 村長は夕飯の時間になったらまた来ますと帰っていき、ルーティは食材の搬入があるので不参加。

 食材の搬入は俺の家から先に終わらせてもらったので、料理教室を開いている場所は俺の家だ。


「最初にパン粉を作っておきたいんだけど、何か方法はないかな?」


 この世界にはパンはあってもパン粉という物はなかった。揚げ物自体がないのでそれは仕方ないかもしれない。

 しかしトンカツを作るにはパン粉が必須なので、なんとしてでも用意しなければいきなり挫折である。


「パン粉って何?」

「パンを細切れにした物かな? パンをおろし金で摩り下ろせば良いんだけど、今あるパンだとちょっと難しそうだから」


 ここが日本なら冷凍庫で凍らせたり電子レンジで乾燥させればパンでも簡単に摩り下ろせるが、この世界だとそうはいかない。

 いっそ【水の領域】を使ってパンの水分を吸い出せば早いだろうか。


「風魔法はー?」

「そうか、魔法って方法があるのか」


 俺は魔法が使えないからすっかり忘れていた。

 大きめのガラス瓶にパンを細かく千切って入れ、蓋をする。


「瓶の中につむじ風を発生させることってできる?」

「やってあげるー!」


 中妖精3人が協力して魔法を使ってくれた。

 俺のイメージ通り、風魔法がフードプロセッサーのように中のパンを細かく切り刻みパン粉が完成した。


「次は肉の下拵えだけど、スジを切ってから肉を叩くんだったかな」

「なんでそんなことするの?」

「確かこうすることでお肉が縮まらずに、柔らかくなる……だったような?」

「へぇ~」


 前に作ったときの手順を思い出しながら豚肉の下拵えをした。


「それが終わったら塩コショウで下味を付けて、小麦粉、卵、パン粉の順番に付けてからしばらく馴染ませる」


 小麦粉は薄く、卵はサッとくぐらせ、パン粉はふんわりと付ける。意外と体が憶えていた。


「あとはこれを170℃の油で揚げるだけなんだけど」

「170℃って言われても、どうやって測るの?」

「余ったパン粉を油に入れて、泡立って散るのが目安だったと思う」


 村長の件もあるので、今回は失敗しないように少しだけズルをすることにした。

 鍋に油を入れてから【水の領域】を使って170℃の温度になるように念じる。これで温度管理は完璧だ。



「よし、これでそろそろ良いかな?」


 余熱で火が通ったタイミングを見計らい、食べやすいサイズにカットした。

 サクサクと小気味の良い音を立てているので見た目は問題ない。

 トンカツソースがなかったのでシンプルに塩を振って、皆で試食してみる。


「美味しい! なにこれ!?」

「外のカリカリしてる部分が良い」

「おいしー! もう1個食べて良い?」

「あー、ずるーい。あたちもー!」


 自分でも美味くできたと思っていたが、かなり好評なようだ。

 最初は夕食用のつもりで買った肉が次々と皆の胃袋に消えていく。


「なんだか良い匂いがしてますけど、料理は完成したんですか?」


 最後の1切れを巡ってジャンケン大会が開催されようとしたタイミングでルーティがやってきた。


「うわ、これ美味しいですね!」

「専用のソースがあればもっと美味しくなるんだけどね。材料はあるし、作れるかな?」



 全員の強い希望によりソースも作ることになった。

 ウスターソースとケチャップを混ぜ合わせ、醤油と砂糖を加えて味を調える。厳密に言うと砂糖以外は全てよく似た味の別の調味料なのだが、なんとかトンカツソースっぽい物が完成した。

 そしてセレノから追加購入した豚肉を揚げて、ソースをかける。

 夕飯が食べれなくなるんじゃないかという勢いで全員が一心不乱に食べていた。



 セレノがさらに追加で持ってきた豚肉もトンカツにして、今度は他の村人や行商人の人達に配って回る。

 皆、初めて食べる料理だが凄く美味しいと喜んでくれた。


「あと試食してもらってないのは村長とグレンダさんとミューだけかな?」

「そうですね。でも家にはいないみたいです」

「村長なら村の外で焼肉してたよー」


 妖精の1人が村長達の居場所を教えてくれた。南門から出てすぐの所で焼肉をしているらしい。


「夕食には少し早い時間ですけど、我慢できずに始めちゃったんですね」


 ルーティ達は納得しているけど、なぜわざわざ村の外で焼肉をしているのだろう?


 疑問は実際にその光景を見て納得した。

 村長達は3人で焚き火を囲み、5キログラムはありそうな肉の塊を鉄串に刺してその火で焼いていた。

 この世界の焼肉は随分とワイルドなようだ。


「はっ!? ち、違うんですよ、レン様! これはレン様の手料理が食べたくないからではなく、ちょっと小腹が空いたのでオヤツを食べているだけですから!」


 ビール片手にスタンバイしていた村長が俺の姿に気付き、慌てて口元のヨダレを拭った。

 とても小腹が空いたから食べるオヤツとは思えないのだが。むしろ3人でそれだけの量の肉を食べ切れるのだろうか。


「とりあえず試食品を作ってきたので、よければツマミにどうぞ」

「はい? ありがとうございます」


 俺が差し出したトンカツを村長が不思議そうな顔で食べる。


「美味しい! なんですか、この料理!?」

「いや、トンカツですけど?」

「えっ」

「えっ」


 俺と村長は顔を見合わせたまま同時に首を傾げた。このやり取り、今日だけで何回目だろう。


「いやですわ、レン様ったら。わたくしもトンカツなら食べたことはありますけど、あれはとても人が食べるようなようなモノではなく、料理というのもおこがましい物体でしたよ」

「いや、それはただ単に村長のお父さんが調理を失敗していただけだと思います」

「なん……ですって!?」


 多分、数百年越しに知るであろう真実に村長の思考が停止した。


「あら、美味しい。今度作り方教えてくれない?」

「ほほー、ほんとに美味いのう。これならいくらでも食べれるぞえ」


 トンカツはミューとグレンダさんにも好評だった。

 グレンダさんには脂っこいかもと思っていたが、嬉々をして焼肉をしているぐらいだし大丈夫そうだ。


「グレンダ、悪いけどお腹を空かせたままにしておきたいからやっぱり焼肉は――」

「お待ちシェルルーナ。ぬしが焼肉を食べさせろと言うからこのサイズの肉を焼いておるんじゃ。ちゃんと最後まで付き合ってもらうぞえ」

「お願い、グレンダ! レン様の料理がこんなに美味しいって知らなかったの! 見逃して!」

「ダメじゃ。レンタロウ、今日はシェルルーナの夕飯は用意しなくていいぞい」

「あーはい、わかりました。でもそうなると追加で買った肉が1人分余るなぁ……」

「それなら私が代わりに食べてあげる!」


 セレノが俺の腕に抱きついてきた。

 なかなかの戦闘力で思わず鼻の下が伸びそうになるが、村長の前でそういうことはしないで欲しい。


「ああーっ!? この泥棒猫! いえ、猫じゃなくて泥棒犬!」


 ほら、村長が怒り出した。説教される前に逃げておこう。


「じゃあ俺達は戻りますので、村長は焼肉を堪能してください」

「待ってください、レン様! 焼肉の誘惑に負けてしまいましたけど、わたくしにもレン様の手料理を! ちゃんと食べますからぁ!」


 焼肉の誘惑は仕方ない。村長にはまた後日作ってあげればいいだろう。


 と思っていたその2時間後、焼肉を食べ終えた村長が俺の家を訪ねてきた。

 結局あの肉の塊は3人で食べきれなかったので、ご飯を食べずに遊んでいた妖精達にお裾分けしたらしい。

 にも関わらず村長は俺の作ったトンカツが食べたいと言うので、小さめのトンカツを作った。


「そういえば村長のご両親はもう亡くなってるんでしたよね?」

「はい。お母様は100年ほど前で、お父様は200年以上前にですね。どちらも寿命です」

「妖精も女性しか産まれない種族でしたっけ。お父さんの種族は何なんですか?」

「お父様は人間ですよ。妖精は人間との間にしか子を生せませんし」


 村長のお父さんは人間だったのか。つまりこの世界の揚げ物は、人間のみが知っている料理なのだろうか。


「お父様は変わり者で有名だったんですよ。どことなくレン様と雰囲気が似てますね」

「えっ、俺って変わり者扱いですか?」

「あら、ご自覚がなかったんですか?」


 酷い。というか村長に変わり者とか言われたくない気もする。


「今回のトンカツもそうですけど、お父様は他の人が考えないようなことをやっては周りを驚かせていましたね。それでそういうときは決まって、自分が前に住んでたニッホンという国では普通のことだったーって言い訳してました」

「え……、ニッホン? それってもしかして日本じゃ……?」

「ああ、そうでした。日本でした。どの地図にも載っていない小さな島国とお父様は言っていましたけど、存知なんですか?」

「あ~、はい。知ってます。……あの、もしかしてフェアラルマーナの実のことを最初にカニカマって呼んだのは村長のお父さんだったりしませんか?」

「さすがにそこまでは憶えていませんが、何か理由があるのですか?」

「えっと、日本には見た目がよく似ている食べ物があったはずなので、それと間違えたのかなって」

「そうだったんですか。お父様はうっかり者でもありましたし、その可能性もありますね」



 フィオーネが寝て、自室に1人になったのを見計らって【天使コール】を使った。

 天使なら何か知っているかもしれない。


『ハロハロー、今日はいつもより遅い呼び出しじゃない。先に自家発電でも済ませたの?』

「ちょっと真面目に聞きたいことがあるんだけど良いか?」

『真面目な質問なんて久しぶりね。どったの?』

「村長の父親が日本人らしい。俺以外にもこの世界に日本人っているのか?」

『それは多分、迷い人でしょうね』


 天使曰く、それぞれの世界は普段は全く異なる時空に存在しているが、ごく稀に別世界同士が繋がる穴ができてしまうことがあるそうだ。

 そういった穴を見つけ修復するのも天使の仕事の1つなのだが、これまた稀に天使が穴に気付く前にその穴に落ちて別の世界に転移してしまう者がいる。そういった人達を迷い人と呼ぶそうだ。


「迷い人ってのは元の世界に帰れないのか?」

『天使の誰かが気付けば帰すこともできるけど、よほど目立ったことでもしていないと普通は気付かれないから帰れる確率はかなり低いわね』

「そうか。いや、それよりも村長のお父さんがこの世界に来たのって300年ぐらい前みたいなんだが、1700年代の日本って江戸時代中期ぐらいだろ。トンカツやカニカマを知っているのはおかしくないか?」

『迷い人って時空を越えるせいで、時間まで一緒に越えちゃうのよ。過去に行くか未来に行くのかはわからないけどね』


 そういうことかといろいろ納得した。

 ときどき見かける地球にあった物とよく似た物、例えばポルドワ村にあった麻雀牌などがそうだ。ああいった物は地球からやってきた迷い人によってもたらされたモノなのかもしれない。

 それと俺がこの世界独特のモノだと思っているモノも、もしかしたら未来の地球からもたらされている可能性もあるのか。


『あ、もしレンタローがアタシ以外の天使に見つかったら迷い人だって言って誤魔化してね。アタシが無理やり転移させたってバレると、クビになるどころじゃ済まないから』

「迷い人って単語を知ってたら、バックに天使がいるって1発でバレるだろ……」


 もう天使のことを恨んだりはしていないが、誤魔化すのは不可能だろうなと思った。

次話は小分けせずに一気に更新したいので投稿が少し遅くなるかもしれません

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