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我慢比べ勝負

「どっちがミリアに相応しい男なのか、このオレと勝負しろ!」

「え~っと、なんでまたそんな話に?」

「それはこのオレが、ミリアの婚約者フィアンセだからだ!」


 アッシュの堂々とした宣言にミリアが盛大にタメ息を吐いた。心底嫌そうな顔をしている。


「そうなの?」

「違うわよ。爺ちゃんが若い男なら誰彼構わずに私と結婚させてやるって言うもんだから、こうやって本気にしちゃうヤツがいるのよ……」

「なんでまたそんなことを」

「妖精の里の村長みたいに行き遅れたら困るからですって」


 その理由は村長の前では絶対に言わないようにと後で念を押しておこう。


「あ~、でもそれで俺にも孫娘と結婚させてやるなんて言ってきたんだ」

「何!? オマエもお爺様に認められたというのか! やはり白黒つける必要があるな」


 やば、余計なことを言ってしまったようだ。


「待って。勝負はしちゃダメ」

「むっ、なんだオマエは。なぜ止める」


 フィオーネが俺達の間に割り込んできた。上手くこの場を収めてくれるのだろうか。


「あなたとご主人様じゃ勝負にならない。やらない方が良い」

「どういう意味だ!」

「そのままの意味。例えどんな勝負でもご主人様があなたに負けるなんてありえない。あなたがその女の前で無様な姿を晒すのは構わないけど、ご主人様の凄さをその女に見せられるのは困る」

「なんだと!?」


 フィオーネは煽るのが超上手かった。無駄にハードルを上げるのも止めて欲しい。


「そこまで言われて黙って引き下がれるか! 親父、ミリア! 止めないでくれよ!」

「まぁなんだ。確かにそっちの坊主がそんなに言うほど凄いのか興味はあるな。好きにしろ」

「そうね。勝手に私を賭けられても困るけど、ちょっと興味深いわね」


 これもう勝負をする流れだ。フィオーネはなんてことしてくれちゃってんの。もしかして俺に勝負をさせたかったのかな?


「おかしい。ご主人様の凄さを説明すれば諦めると思ったのに」


 あっ。この娘、天然だったわ。


「あの、勝負って何をするんですか? 危ないことだったら村長さん達の許可が下りないと思いますけど」

「勝負といえば決まっているだろ。『酩酊我慢比べ』だ!」

「酩酊我慢比べ?」

「ルールはいたって簡単。ドランペルカズラの体液に触れた状態でどれだけ立っていられるかを競うというドワーフの伝統勝負だ」


「「「「あっ。ああ~~~…………」」」」


 妖精の里の面々が一様に「やっちゃったよ、コイツ」みたいな顔でアッシュに哀れみの眼差しを向けた。


「むっ。なんだその反応は?」

「いや、勝負しなくてもオチが見える気がしたから」

「そうよ、アッシュ。そんなドワーフの自分があからさまに有利な勝負なんて卑怯だと思わないの?」

「ふん、なんとでも言ってくれ。どんな勝負でも負けないってそいつが言ったんだ。ならこのオレと酩酊我慢で勝負してもらおうじゃないか!」


 いや、どんな勝負にも負けないって言ったのは俺じゃなくてフィオーネなんだけど。でもこれ、後で村長に怒られないかが心配だ。




「構いません。丁度良かったのでコテンパンに伸してください」


 アッシュと勝負をすることになったと村長に伝えた結果、あっさりと許可が下りた。

 丁度良かったって、何がだろう?


「水転器の値切り交渉中だったので、レン様の凄さを見せ付ければ交渉が有利になります」

「はぁ、そういうものなんですか」


 場所はポルドワ村の中央広場。俺達の勝負の話を聞きつけた村人達が大勢集まってきている。

 少し遅れてやって来た村長とギルダスさんが俺とアッシュに発破をかけ、なんだか妖精の里対ポルドワ村という構図にまでなりつつあった。


 アッシュの持ちかけてきた酩酊我慢比べは、ドワーフ達の間ではもっともポピュラーな勝負方法らしい。

 どうやらこの世界のドワーフ達も酒好きで、酒に酔わない者ほど強者と考えられている。

 しかし飲み比べではなかなか決着が付かないときもあるし、健康にもよろしくない。それならばどんな酒豪でも一瞬で酔わせてしまう、ドランペルカズラの体液に触れて平気な者ほど強者としよう。という考えにいたったそうだ。

 言いたいことはわかるが、これを考えた人達はアホだと思う。


 広場に机と洗面器ほどの大きさの透明な器が運ばれてきた。

 そして防護服に身を包んだ二人のドワーフがその透明な器にドランペルカズラの体液を注ぎ、準備は整ったようだ。

 机を挟むようにして俺とアッシュが向かい合い、その周りを立会人を兼ねた見学者達がタオルを手にして取り囲む。

 タオルは万が一カズラの体液が飛んできてかかった場合に、すぐに拭き取るための物だ。


 ルールがよくわからない妖精の里の面々のために、ギルダスさんから説明が行われた。


 1.勝負は1人ずつ順番に行う。

 2.カズラの体液に指を浸け、より長い間立っていられた者を勝ちとする。

 3.1番手は好きな本数の指を入れて構わないが、2番手以降は最低でも1番手と同じ本数の指を入れないといけない。

 4.立っていた時間が同じだった場合はより多くの指を入れていた者を勝ちとする。

 5.1本の指を入れて1分立っていた者と2本の指を入れ30秒立っていた者がいた場合など、判定が難しい場合は見学者による公平な審査で勝者を決定する。


 最後に、ポルドワ村の最高我慢記録保持者は片手を浸けた状態で1分54秒立っていられた自分だとギルダスさんが宣言し、盛大な拍手が巻き起こった。

 どれくらい凄いのか理解できない。



「勝負を申し込んだのはオレだからな。先攻後攻を選ばせてやる」

「えっ、良いの? じゃあ後攻で。どういう風にやればいいのかいまいちよくわからないし」


 俺が後攻を選ぶとアッシュは鼻を鳴らして一歩前に出た。

 観客が静まり固唾を呑んで見守る中、目を瞑り大きく深呼吸をして息を整える。


「よし! いくぞ!」


 気合の掛け声と共に、アッシュはカズラの体液に3本の指を突っ込んだ。

 すぐに顔が酔っ払ったみたいに真っ赤に染まり、苦悶の表情を浮かべながら必死で倒れないように足を踏ん張っている。

 なんというか、想像以上に地味な勝負だ。


「ほう、3本か。一気に勝負を終わらせる気だな」

「相手は人間だからな。中にはドワーフ並みに酔い難い体質の者もおる。悪くない作戦だ」

「いいぞー、アッシュー! ドワーフの男気を見せたれー!」

「おいおーい、たった3本かよー! 村長みたく片手をいけよー!」


 こんな勝負を見学してて楽しいのかと思ったが、ドワーフ達は解説を入れたり応援や野次を飛ばして盛り上がっている。

 しばらくして不意に力が抜けたかのようにアッシュがその場にへたり込んだ。

 すぐさま防護服を着たドワーフ達がアッシュに駆け寄り、指を洗浄してキレイに拭き取る。


「アッシュの記録は、指3本で48秒!」


 時計を見ながら時間を計測していた人が大声で告げると、広場に大歓声と拍手が巻き起こった。


「ほう! ライアスのせがれめ、やりおるな!」

「まだ17歳だったか? その若さでこの記録は将来は大物になるやもしれん」

「うむ、すぐにワシらを追い越してしまいそうじゃな」


 ドワーフ達は大盛り上がりである。

 それとは逆に妖精の里の面々は俺の耐性を知っているのでとても冷え切っていた。


「ふ、ふふん! ろうした、怖気付いひゃか! 次はオマエの番らぞ!」


 まだフラフラして呂律の回らないアッシュが勝ち誇ったように笑い、ドワーフ達の興奮が冷めやらぬまま俺の番がきた。

 もうただの茶番にしか見えないのだけど、これ本当にやってしまってもいいのだろうか。

 どうしましょうと意味を込めて村長の方を見たら笑顔でサムズアップされた。わざと負けたりしたら後で怒られそうだ。

 仕方がない、言われた通り徹底的にやるか。俺の耐性がどれくらいあるのか検証しておくのにも丁度良いし。

 ギルダスさんが片手で2分と言ってたから、とりあえず両手を入れてみよう。うわ、ヌメヌメしててちょっと気持ち悪い。


「はあああっ!? りょ、両手だと! 正気か!?」

「まさか、ドランペルカズラの毒性を知らんのか!?」

「いや、見ろ! 平然とした顔で立っておるぞ!」


 ドワーフ達が口々に騒ぎ出した。いや、一部の人達は口をあんぐりと開けたまま固まっている。

 ちょっとやりすぎたかもしれないが、今更止める訳にもいかないのでボーッと時間が経つのを待つ。


 3分が過ぎたあたりで少しずつ体が火照りだし、5分も経つと少し眩暈のようなものを感じた。

 このあと村まで歩いて帰らないといけないし、これくらいで良いかな。


「すみません、この辺りが限界みたいです」


 俺がギブアップを宣言すると、防護服に身を包んだドワーフ達が水の入ったバケツを持って来てくれた。


「た、ただ今の記録は……、両手で、5分17秒……」

「5分超え……だと? 指1本でも不可能と言われている5分越えか?」

「それを両手でだぞ? ワシは夢でも見とるのか……」

「あのドワーフの英雄ドルグ・ドンドラスでさえ両手で2分は無理だったという話なのに」


 手を洗って差し出されたタオルで拭いていると、俺の記録が発表された。

 うん、これ本当にやりすぎたかもしれない。なんか一部のドワーフが俺のことを崇めてるんだけど。

 チートスキルを使ってズルしたようなものなんで、拝まないでください。


「そ、そんな……。両手で5分以上なんて、ありえない……」


 アッシュが崩れ落ちたけど、さすがにかける言葉が見つからなかったので心の中で謝っておいた。




「では水転器の工事は明日にでも取り掛かろう。なぁに、レン殿の頼みとあれば村人達は大喜びでやってくれるわい」

「あっはい。ありがとうございます」


 勝負の後、俺が村人達に取り囲まれて大変なことになったが、なんとかその場は解散となりギルダスさんの家に戻ってきた。

 そこで改めて村長が水転器の工事のことを話すと、費用はタダで明日すぐに取り掛かってくれることになった。

 しかも本来なら今まで使っていた家庭用水転器は下取りに出す予定だったのに、そのまま新しいのを併用する形で増設してくれるそうだ。

 そうすることにより今までの倍以上の水を使っても水転器が止まることはなくなるらしい。これにはルーティも思わずニッコリ。

 なぜ最初からそうしようとしなかったのか村長に聞いてみたら、その場合は工事費がはね上がってしまうからだそうだ。

 それをタダにしてもらうのは気が引けたが、かといって払えるだけのお金は俺にはないので好意に甘えることにした。


「そうじゃ、レン殿。改めて言うがワシの孫娘を嫁に貰ってくれる気はないか?」

「えっ? なんでまたいきなりそんな話に?」

「うむ、今までは相手は誰でもいいからミリアを貰ってくれないかと考えておったが、気が変わった。やはりレン殿のような安心して任せられる相手に嫁いでもらいたいという親心じゃな」


 あの勝負のどこにそこまで心変わりするような内容があったのだろう。俺の呼び方も坊主からレン殿に変わってるし。

 俺が断らなくてもギルダスさんの横に座っているミリア本人が嫌がって止めるだろうと思っていたら、目が合った瞬間に頬を染めてそっぽを向かれてしまった。

 えっ、何その反応。そんな思わせぶりな反応をされると困るんだけど。

 ほら、ウチの村の女性陣から背中とか脇腹とか抓られて俺が痛い思いをしてるから。


 結婚の話はお茶を濁して村に帰ることにした。これ以上ここに居ると俺の体が痣だらけなりそうだから。

 玄関まで見送りに来てくれたミリアに別れの挨拶をする。


「ミリアお姉ちゃん、またね!」

「ええ、またいつでも遊びにいらっしゃい。それとレン、改めてお礼を言うわ。ありがとう」

「お礼を言われるようなことしたっけ?」

「そのナイフよ。私が作った物が認められるのって初めてだから、嬉しかったわ」

「ああ、むしろお礼を言うのは俺の方の気がするけど、大事に使わせてもらうよ」

「もし使ってて何か気付いたことがあったら教えて。あと他の武器も打ってみるから、今度見に来てね」


 ミリアに可愛らしくお願いされた。たった数時間で随分と丸くなった気がするが、これが素のミリアなのだろう。ピュティとメルディに続いて3人目の妹が出来た気分だ。

 そんな風に考えていたせいだろうか、俺は無意識でミリアの頭をワシャワシャと撫でていた。

 多分、とても撫でやすい位置に頭があったからだと思う。いつもピュティやメルディにしているのと同じノリでやってしまった。

 やらかしたと気付いたときにはもう遅かった。


「か、考えておいてあげるわ!」


 顔を真っ赤にしたミリアが逃げるようにして家の中へと入っていく。


「あの、レンさん。ドワーフさん達にとって相手の頭を撫でるという行為は親愛の証なんです。撫で方や回数で意味が変わってくるんですけど、未婚の男性が未婚の女性の頭を6回撫でるのはプロポーズしたのと同義らしいです」


 ルーティが呆れた顔をしながら説明してくれた。

 アッシュが頭を撫でることに対してやたら過剰に反応していたからそんな気はしていたが、まさかそんな意味まであるとは思わなかった。


「レン様、帰ったらお話があります」

「あの……、そういう意味があると知らなくてですね……」

「ご主人様、世の中には知らなかったでは済まされないこともある」

「ですよねー」


 村長とフィオーネはあきらかに怒っている。助けを求めてルーティを見たら不貞腐れたようにそっぽを向かれた。


 「お兄ちゃんも大変だねー」

 「だねー」


 俺は市場に売られて行く子牛の気分で帰路についた。

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