ドワーフの村
朝の畑仕事を終え、昼食まで時間があったのでピュティ達の勉強を見てあげることにした。
といってもピュティはかなり頭が良いので教えることはあまりない。今は算数の勉強をしているが、三桁の掛け算や割り算をスラスラと解いている。
なので俺は一緒に勉強をしている妖精達に足し算と引き算を教えていた。記号は違うが計算式の書き方は日本と同じなので問題はない。
勉強開始から15分ほど経ったところで家の奥からドタドタと走る音が聞こえてきた。
ここはルーティの家でピュティは目の前にいるのだから、走っているのはルーティしか考えられない。が、あのルーティが家の中で走るとは珍しい。
「レンさん! たたた、大変です!」
「ぶふぅっ!」
家の奥から飛び出してきたルーティは素っ裸だった。手に持った小さなタオルで辛うじて胸と局部が隠れているが、ほとんど意味を成していない。
昼食を作る前に風呂に入っていたが、どうやらそのまま出てきたらしい。それほどまでに大変なことがあったのだろうか?
おかげで俺の体の一部も大変なことになった。
しかしルーティの裸を見るのは初めてだが、どうやら着痩せするタイプのようだ。それとも腰がかなり細いおかげだろうか、思っていたよりも戦闘力が高く感じる。
「ご主人様、見ちゃダメ」
「ぎゃあああっ! 目が! 目がああああああああああっ!」
ついルーティの身体をマジマジと見ていたら、横にいたフィオーネに目潰しをされた。
そこはせめて手で目隠しするとかにしてくれませんかね!
「レンさん、遊んでる場合じゃないんですよ! 一大事なんですから!」
「待って、ルーティ! なんか当たってる! 目が潰れてて見えないけど確実にヤバイことになってるから!」
「ふああぁ……。なんだか騒がしいわねぇ。お昼ご飯はもう出来てあああああああっ! ルーティ! 裸でレン様を押し倒してナニをしようとしてるのよおおおおおおお!?」
タイミング悪くやって来た村長に現場を目撃されてしまったようだ。
これ絶対にまた正座でお説教コースだ。俺は何も悪くないのに。
「今日も賑やかだねー」
「だねー」
ピュティと妖精達がしみじみと呟いていた。
妖精の里は田舎にある小さな村だが上水と下水は完備されている。これは『水転器』と呼ばれる魔道具のおかげだ。
水転器は北の山の麓にある泉や湧き水から綺麗な水を村の地下に転送させて浄水する。そしてその浄水された水は飲料水などとして蛇口型の水転器から各家庭に供給されている。これが上水だ。
下水は排水溝から流された汚水が各家庭の地下に埋められている下水用の水転器に転送され、その水転器内に展開されている特殊な亜空間で浄化魔法によりキレイな水に変えられる。
一定値までキレイになった水は今度は村の地下にある大型の下水用水転器に転送され、そこで飲んでも問題ないレベルにまで浄化される。
そうやってきちんと処理された水は、大型水転器によって村から離れた河の下流へと転送され流されるのだ。
ただし水転器内部で一度に処理できる水量には当然限界がある。
浄化処理速度よりも下水を流す量が上回れば当然溢れてしまうので、基準値を超えた場合はしばらく水転器が下水の受け入れを止めてしまう。
「つまりルーティの家の下水用の水転器がいっぱいになったから、風呂やトイレの水が流せなくなったと?」
「そういうことです。上水用と下水用の水転器は連動しているので、下水用の水転器が空になるまでこの家では一切水が出なくなります」
俺はルーティにビンタされてモミジマークが付いた頬を擦りながら、村長に村の上水と下水の説明をしてもらった。
ルーティは俺に裸を見られた恥ずかしさと、その弾みにビンタをしてしまったことを反省して部屋の隅で縮こまっている。
ビンタについては謝ってくれたけど、ルーティは風呂が絡むと人が変わりすぎるので危険だ。
俺が村に来た当初は遠慮してたのかそこまで風呂に固執しているようには見えなかったけど、最近では毎日2回、多いときには3回も風呂を沸かしてくれとせがまれる。
村長やグレンダさんが言うには、ルーティは小さい頃から両親にワガママを言えずに育ってきたから、俺に甘えたいがその甘え方がわからないのだろうとのことだ。
俺としてもルーティにはいつも世話になっているから出来るだけワガママを聞いてあげたいが、今回の件はいろいろと被害が大きすぎた。ちょっとは反省して欲しい。
「ならルーティの家は水がしばらく使えなくなるので、その間はウチか村長の家とかで生活することになるんですか?」
「それだと根本的な解決にはならないですね。今のペースでお風呂に入っていたら、またすぐに容量オーバーになるでしょう。食事も普段はここを使っているのでただでさえ水の使用量が多いですし」
「ということは……、風呂は1日1回だけにするとか?」
「待ってください、レンさん! せめて2回! 畑仕事の後と夜寝る前に2回入らせてください! お願いします、なんでもしますから!」
ん? いま、なんでもって。
ルーティはまるで死刑宣告をされたような顔で俺に縋り付いてきた。毎日2回も風呂に入らないと死にそうになるとか、シ○カちゃんか。
「落ち着きなさい、ルーティ。そうではなくて、ドワーフに頼んで今よりも大きな水転器に交換してもらいましょう。人が住んでいる家は全て交換した方が良いですね。あと村全体用の大型水転器も対策しておかないと、そこが容量オーバーになると村全体で水が使えなくなってしまいますし」
「その水転器って魔道具はドワーフが作っているんですか?」
「いえ、魔道具作製と販売を行っているのはそういった企業で、ドワーフには設置してもらうだけですよ」
なるほど。家電メーカーみたいな魔道具を作っている組織があって、ドワーフは量販店みたいなものか。
「水転器はどの大陸でもごく一般的な物のはずですけど、レン様はご存知なかったのですか?」
「あー、はい。俺が以前住んでた所だと違うシステムだったんで」
そもそも魔法や魔道具なんてモノは地球にないし。
昼食を済ませてからドワーフの村へとやってきた。
面子は俺と村長とルーティとピュティとフィオーネ、ついでに妖精達が6人付いて来た。
ドワーフの村は妖精の里から見て北西、ポルポテル山の麓にある。
前に村長に教えてもらっていた、アボガボ湖に向かう途中にある分かれ道から北に30分ほど歩いた場所にあった。
村の入口横の看板にポルドワ村と書かれているが、もしかしてポルポテル山にあるドワーフの村を略した名前なのだろうか。わかりやすいが安直すぎる。
男のドワーフは大体イメージ通りの見た目だ。大人でも平均身長は130センチほどだが、ガッシリとした体格をしている。
髭の長さや濃さは人によってまちまちだが、これは年齢によるところが大きいようだ。
女のドワーフは人間の成人女性をそのまま低身長にしたような見た目だった。
ふくよかな体型の人が多いようだが、髭は生えていない。
現在、ポルドワ村にはドワーフしか住んでいない。排他的な種族や村ではないので昔は別の種族が暮らしていた時期もあった。
そんな話を村長から聞きながら、ポルドワ村の村長の屋敷へとやって来た。
屋敷の玄関扉の横にあった半球体の物体に触れて少しすると、中から割烹着を着たおばちゃんが出てきた。
あれがこの世界の呼び鈴なのか。ウチの村にはそんな物ないのに。
家政婦さんに客間に通されしばらく待っていると、長い髭をたくわえた1人の男性がやって来た。この人がポルドワ村の村長なのだろう。
顔だけ見れば70歳そこそこの老人だが、筋骨隆々で背筋もしっかりしている。ツナギのような作業服を着ているので仕事中だったのかもしれない。
「おお、シェルルーナ殿。久しいな」
「ごきげんよう、ギルダス。アナタも変わりないようね」
「まだ老いぼれるには早いからな。今日はグレンダ殿がおらん代わりに新顔が2人もおるのか」
村長に紹介されてギルダスさんに挨拶をする。フィオーネが俺のペットと言い掛けたので慌てて口を塞いだら手を舐められた。
「それで、今日はどういった用件じゃ? そっちの坊主が住む新しい家でも建てるんか?」
「いえ。今日は水転器を売ってもらいに来たの。ついでに施工もお願いするわ」
「水転器か。どっかの家のが壊れたんか?」
ギルダスさんに水転器を買い換えることになった経緯を説明した。
「ほう、毎日風呂に。それは羨ましいのう。ワシらは毎日風呂に入ろうと思ったらわざわざ山を登って、温泉まで行かにゃならん」
「温泉なんてあるんですか?」
「あるにはあるが片道2時間もかかるぞ。しかも傾斜がキツイから帰ってくる頃には汗だくじゃ。入った意味がありゃせんわ」
温泉と聞いてもルーティが反応しないと思ったらそういうことか。いくら風呂好きのルーティでも往復4時間の山登りは割りに合わないのだろう。
「そうじゃ、坊主のスキルで風呂が沸かせるんじゃったな。なら、ワシの孫娘と結婚させてやるから坊主がこの村に住むのはどうじゃ?」
「寝言は寝てるときに言いなさい」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「ありえない」
俺が何かを言う前に村長とルーティとフィオーネが異を唱えた。
「そうよ、爺ちゃん。人の結婚相手を勝手に決めないで」
それともう1人。いつの間にか部屋の出入り口の所にいた見知らぬロリっ娘が仁王立ちでギルダスさんを睨んでいる。
ギルダスさんを爺ちゃんと呼んでいることから、この子が件の孫娘なのだろう。
背は低く、身体は細く、胸もツルペタ。顔立ちも幼く、必死で睨みを利かせているが子供が精一杯背伸びをしているようで凄く微笑ましい。
「あの、さすがにあの子と結婚は早すぎるんじゃないでしょうか?」
「あ、レンさん違います。ミリアさんは――」
「ちょっとアンタ! 私のことを子供だと思ってるでしょ! 私はこれでも18歳よ!」
ロリっ娘が憤慨している。
って、18歳?
「えっ、合法ロリ?」
「合法ロリ言うなし! それはアンタの主観でしょーが! これだから図体がデカイだけの男はイヤなのよ。私はドワーフから見れば十分立派な大人なんだからね!」
「いや、ミリアはドワーフのワシから見ても子供に見えるがな」
「爺ちゃんは黙ってて!」
合法ロリ、ではなくギルダスさんの孫娘はミリアリスという名前だった。
挨拶をして子供扱いしたことを謝罪したが、まだ怒っている。
確かに18歳の女性を子供扱いすれば怒って当然だろう。でも初見じゃ絶対に大人だとわからないと思う。
仕方ないのでミリアさんと呼ぶことにしたら少しだけ機嫌が直った。
村長がギルダスさんに家庭用の水転器6台と村全体用の大型水転器1台を注文した。村用の大型水転器は付け替えではなく、今使っている1台と合わせて2台併用にするらしい。
そして村長は長いこと水転器のカタログと睨めっこをしている。容量や値段で迷っているのかと思っていたら、デザインで悩んでいるようだ。
地中に埋めるのだから、どれでも一緒なんじゃないのかな?
「あの、村長。俺達はちょっと村の中を見てきても良いですか? 家具とか売ってる店もあるみたいですし」
「はい、それはもちろん構いませんよ」
「ふむ。それならミリア、村の中を案内してあげなさい」
「えー、私が? しょうがないなぁ……。ほらアンタ達、行くわよ」
俺達が何かを言う前にミリアに案内されることになった。
ルーティがいれば案内は必要ない気もしたが、せっかく案内してくれると言っているのだから素直に付いて行くことにした。




