新しい住人?
妖精の里の東にある森を抜けた先に、フィオーネが生まれ育ったアルラウネの集落がある。
本当に小さな集落だが、そもそもアルラウネは同種族だけで固まって生活しないので当たり前のことだ。みんな成人する前に巣立って行くので人が増えないないからだ。
例に漏れず、フィオーネも他所で生活をしようと集落を出たのが1週間前。
集落の西にあるポルポテル山を越えた先に大陸最大の湖と言われているアボガボ湖があるので、まずはそれを見に行ってみようと思った。
湖の周辺になら村や街があるだろうし、最悪の場合でも湖には人魚の、山にはドワーフの集落があるはずだから人がいるところには辿り着けるだろう。
どうでも良いがポルポテル山もアボガボ湖もなんでこんなに発音し難い名前なんだろう。名前を付けた奴を小一時間問い詰めたい。
そんなしょうもないことを考えながら歩いていたからだろうか。道に迷った。真っ直ぐ西に進めばポルポテル山が見えてくるはずだったのに、なぜか森の中にいた。
しかもこの森は王都では死の樹海と呼ばれている人が滅多に立ち入らない森ではないか。なぜそんな森の近くに集落を作ったのかも甚だ疑問だ。
引き返そうにもどっちから来たのかすらもわからなくなっていたので、フィオーネは森の中を彷徨うことになった。
ドランペルカズラを筆頭に危険な植物がいっぱい生えているが、アルラウネは植物性の毒ならある程度は耐性があるので問題ない。問題があるのはこんな森で平然と暮らしている魔物に襲われることだ。
身体を小さくし木に擬態するスキルがあるので魔物から隠れることはできるが、このスキルは使用中は常に魔力を消費するというデメリットがある。
さらには食料も4日分しか持っていなかったので魔力回復が追いつかない。日光さえあれば光合成をして3日ぐらいは食べなくても平気だが、周りの木が高いせいでそれすら叶わなかった。
空腹と疲労と魔力の枯渇から倒れる寸前でヘンな袋を見つけた。誰かの忘れ物だろうか。
藁にも縋る思いでその袋を開けると、そこにはフィオーネの渇望していた物が全て入っていた。
小さな箱は保存食だ。初めて食べる物だったが美味しかった。気付いたときには全部食べてしまっていて、今後のために残しておくべきだったと後悔した。
スタミナポーションとマジックポーションを飲み干し、これで助かったと思ったところでとんでもないモノを見てしまった。
クラッシャーベアがいる。しかもどう見ても特殊固体。ネームドかもしれない。
そのクラッシャーベアがこちらに振り向いた。マズイと思った瞬間に身体を小さくして袋の中に潜り込んだ。
姿を見られてしまったのだろうか。クラッシャーベアが近付いてきて周辺をウロウロと探っている気配がする。
袋の奥底に隠れて木に擬態しているのに、心臓がバクバクと脈打って聞かれてしまうのではないのかと不安になった。
願いも空しく、クラッシャーベアはフィオーネが隠れている袋に当たりをつけたようだ。
生きたまま足からゆっくりと齧られる自分の姿を想像してフィオーネは泣きそうだった。
自分はただ、素敵な旦那様を見つけて子供をいっぱい生んで幸せな家庭を作りたいという誰もが望むようなことを夢見ただけだ。何一つ悪い事などしていない。
フィオーネが死を覚悟した直後、人の声が聞こえた。
袋の中にいてよくわからなかったが、この袋の持ち主があのクラッシャーベアを追い払い助けてくれたようだ。凄い。
すぐに袋から出てお礼を言おうかとも思ったが、少し様子を見ることにした。
袋の持ち主がどんな人物なのかわからない。声から判断して男性のようだし、身体でお礼をしろと迫られるかもしれない。
確かに餓死する寸前で貴重な食料を恵んでもらい、クラッシャーベアに食べられかけていたところからも助けてもらった。つまり自分は2度もこの人に命を救われた。
でもそれとこれは話が別だ。命を助けてもらったことに心から感謝はしているが、この身体は未来の旦那様のためのモノだ。汚されないように、場合によっては気付かれない内に逃げ出そう。
袋の持ち主は家に帰ると直ぐに袋を漁りだした。マズイ、逃げる隙がない。
しかも食料やポーションが無くなっていることに気付いて嘆いている。自分が食べたとバレれば絶対に身体で詫びろと言われるやつだ。
どうしよう。油断しているとはいえ、クラッシャーベアを追い払うような人物から逃げることができるだろうか。
それとも村の中のようだし、泣いて叫べば誰か助けに来てくれるだろうか。
袋の持ち主は若い男だった。しかも人間。初めて見た。
年齢は自分より少し上ぐらいだろうか。顔は美形ではないが悪くない。
むしろこの人が相手なら身体でお礼をするのもやぶさかではない。いや、命を救ってくれたのだから身体でお礼をするのが当たり前だろう。
人間だからいずれは子供がデキるかもしれないが、そのときは結婚してくれるのだろうか。
結婚はしてくれなくてもせめて認知はして子供を可愛がって欲しい。そのためにも今から精一杯お仕えすることにしよう。
そう、この人は自分の飼い主。ご主人様だ。
というのが、フィオーネの口から語られたこれまでの経緯だった。
場所は俺の部屋。服を着たフィオーネと俺は正座をさせられていて、その正面では同じく服を着た村長が腕と足を組んでベッドに腰掛けている。その姿勢と俺の目線の位置的に村長のパンツが丸見えになっているので叱られているはずなのにちょっと気が散ってしまう。
ルーティはピュティや妖精達にはまだ早いからと2階に上がらないように下でブロックしている。
なぜか俺のせいになっているけど、迷惑をかけて申し訳ない。
「経緯はわかりました。でもレン様にそのお礼は必要ありません。お礼をするなとは言いませんが、別のことになさい」
「や。どうしてあなたに指図されないといけないの。ご主人様は私に身体でお礼をして欲しいって思ってるのに」
「レン様はそんなこと微塵も思っていません! そうですよね!?」
いいえ、身体でお礼をして欲しいとむっちゃ思っています。
だからイエスともノーとも言えない。なぜなら村長に嘘は通じないから。
ここはなんとかして別の話題にしよう。
「え~っと……、それよりも今はフィオーネの今後のことを考えた方が良いと思うのですが」
「ご主人様、ここに住んじゃダメ?」
「ダメに決まっているでしょう!」
「だからどうしてあなたに指図されないといけないの」
「それはわたくしがこの村の長だからです。この村では妖精以外の住人は長が認めた者しか住めません。それは明確な決まりとして存在しているのです」
村長が勝ち誇ったようにドヤ顔で語るが、フィオーネは考える素振りも見せずに反論した。
「私はご主人様に拾われたからご主人様の所有物。つまり住人じゃなくてご主人様のペット。だからあなたの許可もいらない」
「なんですって! そんな抜け道が!?」
なぜか村長が論破された。いろいろおかしいと思うのは俺だけなのだろうか。
「ぐぬぬっ! ならペットを飼うのにもわたくしの許可がいるように改定します!」
「それはズルい」
「ズルくありません。この村ではわたくしがルールなのですから」
「独裁者」
「ふふん。なんとでも言いなさい」
子供の口喧嘩か。これ、もう足崩しても良いかな。
「あの、村長。ちょっとトイレ行って来て良いですか?」
「はい、どうぞ」
あ、良いんだ。じゃあちょっと行って来よう。
どうしたものかと頭を抱えながら、俺は中座することにした。
※ ※ ※
「私の移住を許可してくれると、あなたにメリットがいっぱいある」
「聞きましょう」
「私はペット。だからあなたに正妻の座は譲る」
「それは当然です」
「見たところご主人様とあなたはまだそういう関係になっていない。そうでしょう?」
「うぐっ! し、仕方ないんです。この村は妖精がいっぱいいるせいで良い雰囲気になり辛いんです。しかもレン様は奥手なので積極的に求めてきてくれませんし……」
「だから私がサポートする。私にかかればご主人様はあなたにメロメロ」
「マ・ジ・で!?」
「マジマジ。その代わり、私もおこぼれは貰う」
「むぅ。まぁおこぼれ程度なら構いませんが」
「あと私がペットになることで虫除けになる」
「なるほど、確かにアナタがペットと名乗れば新しい女は寄ってこなくなるかもしれませんね。ただでさえこの短い期間にライバルが増えつつありますし……。わかりました。ただし、正妻であるわたくしより先にレン様に手を出さないと約束できますね? わたくしは嘘を感知できるので嘘を吐いても無駄ですよ」
「わかった、約束する。あなたより先に私からは手を出さない」
「ん? 今なにかニュアンスがおかしかったような?」
「そんなことない。それじゃあ今日からお世話になります」
「まぁ良いでしょう。では、アナタを新しい住人……、いえ、レン様のペットとして迎え入れましょう」
※ ※ ※
トイレから戻ってくると不敵な笑みを浮かべた村長とフィオーネがガッシリと握手をしていた。
まるで夕暮れの川原で殴り合った後のような清々しさだ。何かあったのだろうか。
「レン様。フィオーネをレン様のペットにすることを許可します」
「えっ?」
「末永くよろしくお願いします、ご主人様」
なぜかフィオーネが俺のペットいうことになった。この短時間で本当に何があった。
というか、この世界では人をペット扱いするのが普通なのだろうか。人権とかどうなっているのだろう。
「あの、俺に拒否権とかは?」
「ご主人様、私捨てられちゃうの?」
フィオーネが瞳を潤ませながら俺を見上げてくる。
くそう、どう見ても演技臭いけどこれは断れない。村長が良いって言ってるなら断る理由もないし。
村の人達に新しく住むことになったフィオーネを紹介して回った。
俺が住人と紹介する前にフィオーネ本人が俺のペットだと自己紹介してルーティとミューにはドン引きされた。やはりこの世界でも人をペットとして飼うのは異常性癖のようだ。
ピュティは自分もペットが欲しいと言い出し、なぜか俺がルーティに説教されることになった。解せぬ。
グレンダさんはいつも通り愉快そうに笑っていたが、ホールドさんはなぜか俺のペットになると言い出し村長と一悶着あった。
相変わらずここの人達のノリはおかしい。
とりあえず俺の株が下がる一方なので、フィオーネにはペットという認識を改めてもらうことから始めようと決めた。




