買い物をした夜
「そういえばルーティ。食材を搬入している様子がなかったけど、今回は買わなくても平気なのかしら?」
夕食の席で村長が不意にルーティに尋ねた。
俺と村長は毎日三食ともルーティに作ってもらっている。なのでご飯の時にはいつもルーティの家に集まるのが恒例となっていた。
それに加え、本日はメルディがお泊りとなったので5人での賑やかな食事だ。
「ええっと……。今回はその、他に買う物があったので買うのを忘れてました?」
「……怒らないから正直に話しなさい」
「石鹸を買うのに夢中になってて、食材は買っていません」
村長が頭を抑えながら盛大にタメ息を吐いた。気持ちはよくわかります。
「それで、来月の行商人が来るまでに食材は足りるの? レン様の分が増えているんだから、消費量も上がっているのに」
「ぎ、ぎりぎり足りない……かもしれません」
「わたくしに嘘は通じないって知ってるでしょ」
「足りなくなると思います」
足りなくなるんかい。俺のせいでもあるとはいえ、いざとなったらどうにでもなると言っていたが本当にどうするつもりだったのだろう。
「あのね、そういうことはちゃんと言いなさいよ。代金ならわたくしが出すから、買っておかないと後で困るでしょ」
「はい。すみません」
村長に窘められてルーティが小さくなる。今度からルーティが暴走していたら村長に報告しようと思った。
「明日の朝に行商人がここを発つ前に食材を売ってもらいましょうか」
「あっ、そのことでちょっと話があったんですけど、レンさんの家の地下室を使わせてもらっても良いですか?」
「…………え? 俺の家の地下室? ど、どうしてかな?」
「1ヶ月分の食材となると結構な量になるんで、ウチの地下室だけじゃ入りきらないんですよ。今までは村長さんの家の地下室を使わせてもらってましたけど、レンさんの家ならお隣ですし」
なるほど、とても納得のいく話だ。余裕を持たせて多めに買うだろうし、俺の分も増えるとなるとまず入りきらないのだろう。
わざわざ村長の家にまで食材を取りに行くのも手間だろうし、それならウチの地下室はルーティの好きに使ってもらおう。と、数時間前までなら考えていた。
だが今は地下室に入られるのは非常にマズイ。もちろん本を隠しているからだ。なんとかしなければ。
「地下室は掃除とかしてないし、後で確認しておくよ。だからもうしばらくは村長の家に置かしてもらった方が良いんじゃないかな?」
「あ、そうですね。地下室なので掃除は必要ないと思いますが、状態を確認させてもらうのが先でしたね。それならこれを食べ終わったらお邪魔してもいいですか?」
「え゛っ?」
「食材を明日の朝に購入することを考えれば早い方が良いわね。レン様はお風呂の準備で忙しいでしょうし、わたくし達で確認しておきましょうか」
墓穴掘ったあああああああああっ! これ、一番ダメなパターンじゃん! なんとかして2人の意識を別の事に向けないと!
「いや、地下室のことは俺だけで大丈夫だからルーティは宿のお風呂に入ってきなよ。楽しみにしてたのに冷めちゃったら入れなくなっちゃうし」
「むぅ、そうですね。レンさんの家のことならレンさんに任せておけば大丈夫ですよね。じゃあ私はお風呂に……」
「ちょっとルーティ。少し地下室を見るぐらいの時間でお湯が冷めたり――」
「あーっ! そういえば村長、その服って今日買った新しい服ですか!? いやー、よく似合ってて良いですね」
「あら。そうですか? ありがとうございます」
「でも地下室に下りたら服が汚れちゃうかもしれませんね。綺麗なのに勿体無いなー」
「ルーティの言うことに一理ありますね。レン様の家ことはレン様にお願いしましょう」
よし、2人共すんなりと身を引いてくれたな。後は明日の朝までに本の新しい隠し場所を考えれば大丈夫だ。何か良い方法はないかな。
夕食の後は最初に宿の風呂を沸かした。これでルーティは問題ない。
ちなみに、宿と呼ばれてはいるが宿泊している商人達に食事を振舞うなど歓待したりはしてしない。調理場は使用できるので自分達で料理をしているようだ。
宿というより、ただ寝る場所を提供しているだけというのが正しいのだろう。
宿の次はグレンダさんの家にやって来た。位置的に一番近かったからだ。
「あれ? グレンダさんは?」
「大婆様ならまた村長に呼ばれて出かけてるわよ」
「こんな時間に珍しいね。風呂を沸かしにきたんだけど、どうしようか?」
「さぁ? いつ帰ってくるかわからないけど用意しておけば。どうせうちは後3日入れないから関係ないし!」
風呂の話をするとミューの機嫌が悪くなる。1週間の入浴禁止中だからだ。
自業自得なのだから俺に当たらないで欲しい。
そして次に訪れた村長の家では宴会が行われていた。メンバーは村長とグレンダさんとメリッサさんだ。
とりあえずいつも通りに声を掛けておくか。
「あの~、村長。風呂を沸かしに来たんですけど」
「あら、レン様。ありがとうございます。なんでしたら一緒に入りますか? お背中をお流ししますよ。うふふふふふふふ」
村長とはさっき別れたばかりなのに、すでにでき上がっていた。ここで頷いたら本当に一緒に入ってくれるのだろうか。
「いや~ん! シェルルーナちゃんってば大っ胆~!」
「んふふふ~、これくらいは普通よ~。ねぇ、レン様」
「あっはい。そうですね」
村長が絡み酒なのは前々からだし。
「ねぇねぇ、レン君~。レン君から見て、シェルルーナちゃんって実際どうなの~?」
俺から村長はどう見えるのかという質問をされた。酔っ払いにしか見えない。
ああ、メリッサさんの作った服を着ているから感想が聞きたいのか。
「(服は村長に似合っていて)素敵だなって思いますけど」
「ほんとですか、レン様! (わたくしの)どの辺りが魅力的ですか!?」
「そうですね。(服の色合いが)清楚なところとか、(他の露出過多な服に比べてデザインが)上品なところとか。でもそれだけじゃなくって(ワンポイントのリボンみたいに)可愛らしいところもあったりとか」
「やだもう、レン様ってば! 正直者なんですから!」
村長にバシバシと背中を叩かれて痛い。メリッサさんとも仲が良いみたいだし、自分が褒められたみたいに喜んでいる。
「メリッサ! グレンダ! 今日はわたくしの奢りよ! じゃんじゃん飲んじゃって!」
「やっふ~! カンパーイだよ~!」
「ひょっひょっひょ。ヌシらはいつ見ても面白いのう」
村長とメリッサさんが凄い勢いで飲み始めた。大丈夫なのだろうか。
一応、村長邸の風呂も沸かしておくことにした。酔った村長が風呂で寝てしまわないか心配だが、グレンダさんは酒に強いらしいので任せておいた。
後はいつものコース通り、妖精達の平屋とホールドさんの家の風呂を沸かして自宅まで戻ってきた。
ホールドさんの家に親父さんが居たので本を隠す良い方法がないか相談したかったが、こっちでも酒の飲み比べが行われていたので止めておいた。
ホールドさんは若干面倒臭そうにしていたが、親子仲はそれほど悪くないのかもしれない。
本はとりあえず金庫にでも仕舞っておくべきだろうか。元から家にあった小さい金庫だが11冊ならなんとか入りそうな気はする。鍵が掛かるし、隠し場所を考え付くまでの避難場所には最適だろう。
「あ、お兄ちゃん! お帰りなさーい」
「お邪魔してますです!」
家の玄関扉を開けたらパジャマ姿のピュティとTシャツに魚の足状態のメルディがいた。
「い、いらっしゃい。何……してたんだい?」
「んっとね、お兄ちゃんの家にお泊りに来たの!」
「お兄さんと一緒に寝るです!」
「えっ、俺の家に? ルーティは良いって言ってるの?」
「お姉ちゃんはあと2時間ぐらいお風呂に入るので忙しいから、好きにしなさいって」
どんだけ入るつもりなんだ、ルーティ。ふやける以前にのぼせないのだろうか。しかも隣人に子守まで押し付けて。
しかしピュティを泊める分には何も問題はない。問題はメルディを泊めることだ。いや、メルディがどうこうということではなく……。
俺はチラリとメルディの胸部を見る。ルーティから借りたと思われるTシャツがはち切れんばかりにパッツンパッツンになっていた。
ちょっとこれは反則ではなかろうか。
ウチにはお客様用の布団はない。つまりこの2人を泊めるということは同じベッドで寝るということだ。
我慢できるだろうか。いや無理だ。絶対に揉んでしまう。
……はて、何か問題があるだろうか?
どうせ普段から抱きつかれたりして押し付けられてるんだし、ちょっとぐらい良いのではなかろうか。
うん、本当にちょっとだけなら。チャンスがあればだけど。
ほら、泊まる気満々の2人を追い返すのも心が痛むし。それなら仕方ないんじゃないかな。
「まぁ、ルーティが良いって言ってるなら泊まっても良いよ」
「わーい、やったー! 今日はいっぱい遊べるね!」
「メル、ボールキャッチがやりたいです!」
メルディがゴムボールのような柔らかいボールを取り出した。
どんな遊びなのかルールを聞いてみたら、一度地面にボールをバウンドさせてから背負った籠で受け止めるゲームだった。昔、小学校のレクリエーションでやったことがある。
狭い部屋でする遊びでもないだろうと思ったが、メルディが言うには室内ぐらいの広さの方が難易度が高くて良いらしい。
ウチの居間ならテーブルしか置いてないので、そこでなら良いかと許可を出した。テーブルを部屋の隅に立てかけ、灯りにだけはボールをぶつけないように言う。
まずはメルディがお手本として挑戦し、成功させた。次にピュティがやって難なく成功。
そんなに簡単なゲームだったかと思いながら俺の番。力下限を間違えて頭の高さにまでしかボールが跳ねず、あえなく失敗。
「じゃあ、失敗したお兄ちゃんは罰ゲームね!」
「えっ、なにそれ。聞いてないんだけど」
「大丈夫です。お兄さんを待ってる間に用意しておきましたです」
メルディが折り畳まれた紙がいっぱい入っている小さな箱を取り出した。どうやら紙に罰ゲームが書かれているらしい。
罰ゲームをやることは確定なのか。
仕方がないので1枚引いてみる。
「重石腕立て伏せ10回?」
腕立て伏せ10回ぐらいなら簡単だが、重石ってなんだろう。
そう思っていたら、腕立て伏せをする俺の背中にピュティとメルディが乗ってきて潰された。
いや、その状態でやれとか無理だから。
その後、ルールやゲームを変更しつつ夜遅くまでボールで遊んだ。
ピュティが罰ゲームでルーティのモノマネをしたらソックリだったり、メルディが罰ゲームで少量のカラシを食べてのたうち回ったりとかなり盛り上がった。
でも俺だけやたらと罰ゲームを受ける回数が多かった上に、その内容が重石スクワットや重石踏み台昇降運動といった肉体系だったのには悪意を感じた。
そして、朝。
俺は酷く焦っていた。やってもうた。
いや、別にピュティやメルディを相手に大人の階段を登ったわけではない。というか、昨夜はゲームに熱中しすぎていつ寝たのか記憶がない。気が付けば3人揃って居間で雑魚寝していた。
つまりやらかしてしまったのだ。そう、本の隠し場所を変えないといけないのをすっかり忘れていた。
メルディの胸に気を取られて大事なことを忘れるとか、俺はアホなんじゃなかろうか。
今なら2人はまだ寝てるし間に合うかもと思ったところで、玄関扉を叩く音が聞こえてきた。
あっ、終わった……。
と思ったのに誰も家に入ってくる様子がない。ルーティか村長ならそのまま入ってくるはずだが、別の誰かなのだろうか。
首を傾げながら扉を開けると、クリンツさんとルーティが昨日石鹸を買っていた馬車の店主が居た。その後ろでは護衛の人達が沢山の木箱を積み上げていっている。
「おはようございます。村長様からルーティさんの家に入りきらなかった食材は、レンさんの家に搬入するように言われてたので持って来たんですが」
「はい、それで問題です。あれ、でも村長は?」
「私も大婆様からの言付けされただけなのですが、なんでも村長様は二日酔いでダウンしているとか」
ああ、昨日はかなりテンション高く飲んでたけど、潰れるまで飲んじゃったのか。
「それだとルーティは?」
「先生なら湯冷めが原因で風邪を引いたみたいでっせ。うつるといけないから妹さんはそのまま預かっていて欲しいって言うてましたが」
クリンツさんの横にいた商人のおっちゃんが答えてくれた。
ルーティは湯冷めしたんじゃなくて、ぬるくなった風呂にそのまま浸かってたんじゃなかろうか。
「それで、食材を搬入させて頂いてもよろしいですかな?」
「あー、いや。実はまだ受け入れ準備ができてないので、そのままそこに置いておいてください。後で俺が自分で運びますから」
15箱ぐらいあるが大丈夫だろう。
「それと1つお願いがあるんですけど、その食材を入れてる木箱が余ってたら予備として1箱譲ってもらうことってできませんか?」
「ええ、お安い御用ですよ」
行商人一行はそのまま帰っていった。
俺と同じく見送りに来ていたグレンダさんの話によると、村長は薬を飲んで寝ているので夕方には復活するらしい。
グレンダさんに風邪薬を処方してもらいルーティのお見舞いに行くと、熱はそれほどでもないが大事を取って今日1日は安静にしておくそうだ。
どちらも大したことはなさそうで良かった。
一安心したところで俺は大急ぎで自宅に戻って、貰った空の木箱を持って地下室に下りる。
空箱に本を仕舞うと今度は食材の入った木箱を運んできて、本を入れた木箱の上に積んだ。そう、本を隠すなら食材の中作戦だ。
どっちもオカズになるし、ってやかましいわ!
後はウチにある食材のリストを作ってルーティに渡しておけば、地下室の中を漁られることもないだろう。
自分で蒔いた種とはいえ、今回は本当に危なかった。
次からはちゃんと自重して、新しく本を買うのは月に2冊……。いや、2ヶ月に一度だから5冊までにしよう。それならすぐに木箱から溢れることもないだろう。
こうして、俺はようやく人魚の裸を思い出しながら自分で慰める日々から開放された。
『村長にバレるルート』と『ピュティ達に見つかるルート』も考えましたが、無難に隠し通すルートになりました。
前話を投稿した後でコメント欄とかで投票してもらえば面白かったかなと思いました。なので次からはそうします




