表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/35

ミューの実験

 俺が村の周辺で採取をするようになって数日が経過した。

 グレンダさんへのツケはまだ払い終わってないが、そろそろ村に行商人がやって来るから支払いは後になってからでも良いと言ってくれた。

 行商人がどんな物をどれくらいの値段で売っているのかわからない。なのでこの申し出はありがたく受け取ることにした。


 そんなある日、珍しく朝からミューが俺の家を訪ねてきた。


「ドランペルカズラを採取するときに溶解液を捨ててると思うんだけど、それを捨てずにコレに入れて持って帰ってきてくれない? ちょっと実験してみたいことがあって」

「それは構わないけど……。こんなに必要なの?」


 ミューに渡されたガラスビンは2リットルほどの容量がある。口は狭くてコルク栓がしてあるので零れることはないだろう。


「そうね、最低でもそのビンに半分は欲しいわね。だから小さいビンで何度もお願いするより、大きなビンで1回で済ませた方がお互いに楽だと思わない?」

「いや、どっちにしろ苦労するのは俺だけだと思う。まぁいいや。昼飯を食べたら林に行くから、カズラが見つかったらついでに採っておくよ」

「ええ、よろしく」




 そんな訳で昼過ぎ。

 林での採取を終えた俺は、その足でグレンダさんの店にやってきた。

 今日はドランペルカズラを1つと、ニトロイル草という素材になる草を採取したところで遠目にドゥームヒポスの姿を見かけたので早々に引き返した。

 ドゥームヒポスは見た目はカバに似ている魔物で、足は遅いが皮膚がもの凄く頑丈だ。性格は獰猛で自分より大きな相手にも躊躇することなく襲い掛かっていく。と、グレンダさんに貰った『村周辺の魔物資料集』に書いてあった。

 戦っても勝てる気がしないので見つかる前に逃げるのが正解である。

 予定よりだいぶ早い帰宅となったが、無理をして死んでしまっては元も子もないので仕方がない。


「いらっしゃーい。って、レンか。出掛ける前の買い物?」


 グレンダさんの店のドアを開けると、これまた珍しくミューが店番をしていた。

 店番と言っても客は滅多に来ないし、来ても顔見知りしかいないので煎餅を齧りながら本を読んでいるだけだが。


「いや、ドゥームヒポスが居たから今日はもう終わりにして引き返してきたとこ」


 俺はミューにそう答えつつ、2つ素材袋をカウンターの上に置く。1つはドランペルカズラ専用にしている袋で、もう1つはそれ以外の素材を入れる袋だ。


「それはまた厄介なのがいたわね。カズラは見つかったの?」

「とりあえず1つだけかな。サイズが大きかったから溶解液もそこそこ採れたよ」


 今朝ミューに渡されたビンを素材袋から取り出す。ビンの7割ぐらいまで溶解液が採れたので、結構重かった。

 ニトロイル草と一緒の袋に入れていたが、問題もなかったようだ。


「おおーっ、ありがと! これだけあれば足りそうね」

「そりゃ良かった。ところでグレンダさんは? 素材を買い取ってもらいたいんだけど」

「大婆様なら村長のところに出かけてるからしばらく帰ってこないわよ」


 グレンダさんは不在か。ミューに荷物だけ預けて、後で出直すべきだろうか。さすがに村長の家にまで呼びに行くのも悪いし。


「そうだ、レン。ちょっと実験に付き合ってくれない? 大婆様が帰ってくるまでどうせ暇でしょ」

「実験に? 確かに暇だから別に構わないけど」

「じゃあ決まりね。遠慮せずに上がって頂戴」


 ミューが溶解液を抱えて母屋へと入っていく。

 店番はしなくて良いのかと思ったが、知り合いしか訪ねて来ないから大丈夫なのだろう。

 妖精達がイタズラしないように素材袋は母屋の入口横に置かせてもらった。


 母屋の1階には2つの工房がある。1つはグレンダさんの仕事用で、もう1つはミューの研究室となっていた。

 ミューの工房となっている部屋の広さはそれほどない。にも関わらず大きな釜が1つと、これまた大きな棚が2つも置いてあるのでかなり狭く感じる。

 棚には沢山の分厚い本の他に、カラフルな液体の入ったビンや不思議な形の草など、多種多様な素材がこれでもかというほどに乱雑に積み込まれていた。

 少しは整理とかしないのだろうか。


「レンって、この溶解液も操れるのよね?」

「うん。液体だから大丈夫だけど」


 普段、溶解液を捨てるときに【水の領域】を使っている。

 俺には【水の領域】のおかげで酸も効かないらしい。なので溶解液も平気なはずだが、さすがに触る気にはなれないからだ。服や靴とかにかかっても困るし。


「それなら調合中に何かあっても平気ね」


 ミューは溶解液の入ったビンのコルク栓を抜くと、テーブルの上に置いてあった炊飯器ぐらいの大きさの釜に注いだ。

 そしてその釜を台にセットすると、その下から大きなアルコールランプで加熱する。


 次に木鉢を手に取ると、数種類の粉にイモリや虫などを入れ、棒でゴリゴリと擦り潰す。

 そうして出来た物を溶解液が沸騰したタイミングで釜の中に入れた。

 釜の中の溶解液が激しく泡立ちながら、モウモウと煙を上げる。


「って、くっさあああああああっ! うぉえええええっ!」

「窓! そっち側の窓を開けて! 早く!」


 煙は腐臭のような強烈な臭いをしていた。昼に食べた物が口から出てきそうなほどに。

 俺は急いで窓を開けて煙を外に追い出し、新鮮な空気を吸う。同時に妖精が上を飛んでたりしないか確認したが問題なさそうだ。


「これはちょっと予想外ね。でもその分、完成したらたら凄そうだわ」


 ミューは鼻を摘みながら白い棒で釜をかき混ぜている。凄い根性だ。煙が目にも痛いので俺は窓際に避難したままなのに。

 白い棒が溶けてしまわないのだろうかと思っていたら、材質は石だから平気だそうだ。


 そのまま溶解液を煮詰めること1時間。

 水分がかなり飛び、煙も出なくなったところでミューは火を止めた。

 近付いて釜の中を見てみると、薄い黄緑色の水飴のようなモノが出来上がっていた。

 1リットル以上あった溶解液は5分の1以下にまで減っている。


「レン、これの温度って下げれないかしら?」

「どうだろう? やってみるよ」


 釜の中の物体に向かって【水の領域】を発動する。

 元が液体であったおかげか問題なく操れた。ただ、粘性がかなり強くて固体に近いせいか消費魔力がかなり多く、水を氷にして操るときよりも操作が難しいかもしれない。


「ところで、これって結局なんなの?」

「ふっふっふ……。よくぞ聞いてくれたわね。これは強酸で有名なドランペルカズラの溶解液をベースに、酸性を強化する素材をこれでもかと入れて煮詰めた濃縮液。名付けて、超強溶解液よ!」


 そのまんまの名前だった。もうちょっと捻ってほしい。


「それはまた随分と危ないモノを作ったね。まぁ本当に効果があればだけど」

「何よ、疑ってるの? 理論上では竜の鱗すら溶かせるぐらい強力な酸になってるはずよ」

「へぇー、竜ねぇ」


 この世界に竜はいるのか。

 竜といえばファンタジー世界における最強の代名詞だ。ミューが竜の鱗すらと言っていることから、この世界でも最強の生物なのだろうか。


「何よ、その反応! 全然信じてないわね! いいわ、ちょっと待ってなさい。こうなったら実際にやって証明してやろうじゃないの」


 竜がいることに感心していただけなのに、俺が信じていないと勘違いをしたミューが肩を怒らせながら部屋を出て行った。

 実際にやってみるって竜がいるのだろうか。

 そう思いつつ待っていると、ミューが戻ってきた。


「大婆様の工房から竜の鱗を1枚くすねて……。ごほん。借りてきたわ。実際にこれが溶ければ調合は成功してるわよ」

「いや、それ勝手に借りて大丈夫なの? 貴重なモノだったりしないよね?」

「何言ってるのよ? 竜の鱗よ。これ1枚で5万バルシはする貴重なモノに決まってるじゃない」

「はっ? 5万! それ、実際に調合が成功してて溶けたらどうすんの!?」


 実験のためだけに5万もするモノを溶かそうとするとか正気の沙汰とは思えない。というか、実際に溶けたらグレンダさんに怒られるどころじゃないだろう。


「むしろ竜の鱗を溶かせれるほどのモノを作れたなら、大婆様に褒められるんじゃないかしら? この鱗だって素材として使用できなくて放置されてるやつだし、問題ないでしょ」


 ミューはそう言って石のプレートの上に鱗を置いた。そして調合で出来た薄い黄緑色の液体を、棒から1滴垂らす。

 鱗はジュワジュワと音を立てながら溶けた。本当に溶けた。5万バルシの鱗が溶けてなくなった。


「やったわ! 成功よ! ほら、凄いでしょ!?」

「うん、確かに凄い。じゃあ俺はこの件には関わっていないということで帰らせてもらうから」


 俺はまったく無関係だ。そういうことにして帰ろうとしたら、ミューに肩を掴まれて引き止められた。


「待ちなさいよ。まだ実験が終わってないわよ」

「いや、実験なら今やったじゃないか」

「今のは調合が上手くできているか確かめただけよ。最初に言ったでしょ、実験に付き合ってって」


 そういえば言われた気がする。

 てっきり調合の手伝いかと思っていたけど、よくよく考えてみれば窓開けたことしかやっていない。

 それならミューはどんな実験をするつもりだろう。


「妖精達が噂してるのを聞いたんだけど、レンって毒だけじゃなくて酸も効かないらしいじゃない?」

「ああ、そういえばルーティ達にそのことを話したっけ。それで噂が広まって……。おい待て、まさかソレを試す気じゃないだろうな?」

「竜の鱗すら溶かすこの酸とアナタの耐性、どっちがより上なのか興味があるでしょ? 大丈夫。利き手じゃないほうにしてあげるから。ちょっと小指をこの酸に浸すだけだから」

「バカ、止めろ! それ固形物に近いから俺のスキルが効き難いんだよ! 放せ! 誰か! 誰か助けてえええええええええええっ!」



 その後、俺の叫びを聞いた妖精達が村長とグレンダさんを呼んで来てくれて助かった。

 ミューは2人からこってりと絞られ、俺もミューに変なことを頼まれたときはグレンダさんに確認するようにと注意された。

 そして竜の鱗を溶かしたことと、そんな危険なモノを作った罰としてミューはグレンダさんから大量の課題を出され、3ヶ月お小遣い無しにされた。

 村長からは俺で人体実験をしようとした罰として、半年間カニカマを食べるのを禁止にされていた。それで罰になるのかと思っていたら、酷く落ち込んでいたので罰になっているのだろう。


「レンタロウからも何か罰を出すかえ?」

「えっと……。じゃあ1週間お風呂に入るの禁止で」

「ひょっひょっひょ。レンタロウは容赦がないのう」

「さすがレン様。悪魔のような仕打ちですわ」


 ミューが絶望したような顔をし、村長とグレンダさんからは絶賛された。

 いや、あなた達は俺が村に来る前までは、風呂に入るのって年に数回だけでしたよね?

 一度上の生活を知ったら下の生活に戻れないということだろうか。



 ちなみに、ミューの作った超強溶解液は俺の家で保管することになった。

 処分するのにも困るし、いずれ何かに使えるかもしれないという理由からだ。

 俺の家よりグレンダさんの工房で保管したほうが安全ではと言ったが、万が一零れたときなどに対応できるのが俺だけだからと押し切られた。

 鍵の掛かる金庫に入れて、厳重に保管しておこう。


 ついでにあの煙の臭いは俺とミューの服に染み付いていたらしく、ピュティに容赦なく臭いと言われた。

 ルーティと村長ですら俺から距離を取っていたので、風呂に入って何度も身体を洗った。


注釈:石が酸で溶けないのは竜の鱗より凄いからなのではなく、カズラの酸がそういう性質だからです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ