仕事を探す 前編
村に住み出して1週間が経過した。少しはここでの生活に慣れてきたと思う。
あと今頃になって知ったが、この村の名前は『妖精の里』と言うそうだ。皆が村としか言わないから名前はないのかと思っていた。
現在の俺の悩みは仕事がないことだ。いや、全く仕事をしていないわけではない。
ルーティの畑の手伝いにホールドさんの果樹園の手伝い、あと村長から簡単な雑用を頼まれたりもする。
しかし、どれもアルバイトみたいなものだ。定職が欲しい。
それを村長に相談してみたところ「わたくしが養いますので仕事をしなくても大丈夫ですよ」と言われた。
正直オイシイ話だと思うが、さすがにヒモになるのはよろしくない。
村で俺にしか出来ないことと言えば【水の領域】を使って風呂を沸かすことだ。毎日、夜になると村の各家を回り、風呂の準備をしている。
しかし、これで皆にお金請求するつもりはないので仕事にはできない。
もっと別の良い方法はないだろうか。
という話をしながら俺はアボガボ湖へ向かっていた。目的は村で食べる魚を人魚から購入することだ。
最近は魚の買い出しは俺の役目となっている。
俺が人魚達の所へ行くのには村長とホールドさんから大反対されたが、現状では村長にお金を出してもらい、ルーティが作ってくれたご飯を食べさせてもらっている状態なので、せめてお手伝いぐらいはさせて欲しいと頼み込んだ結果だ。
それに俺が人魚達の所へ行くことで魚を安くしてくれたり、オマケを付けてくれたりもする。「せいぜいヤツらに貢がせてください」と渋々ながらに村長が許可してくれた。
ただし、俺が魚の買い出しに行くのに2つの条件がある。
1つ目は出掛ける前と帰ってきたときに必ず村長に報告すること。
魚は村長が一括で購入し、そこからさらに村人が買うという構図なのでこれは条件として出されていなくても自然とそうなる。
出掛ける前に村長からお金を受け取って、帰ってきたときは買ってきた魚を村長に見せるからだ。
2つ目の条件は小妖精1人でもいいから必ずお供を連れて行くこと。
最初は毎回村長が着いて来ようとしていたのだが、さすがにそれではお使いにもなっていないのでこの条件を付けて納得してもらった。
今日のお供は幼女エルフのピュティと大妖精のリッテだ。
リッテは村の妖精の中では村長の次に年長らしい。5人いる大妖精の中でも一番身長が高く、小学生高学年ぐらいに見える。
どうやら妖精は身長の高さが精神年齢に直結するらしく、リッテは言動も大人っぽい。とはいえ、それはあくまで妖精の中ではであって、実際にはイタズラ好きの子供そのものだ。
「レンもルーティみたいに何かを作って、それを売ってお金にすれば良いと思うの」
「俺のスキルは物作りには使えない気がするなぁ……」
なんでもルーティの畑は家庭菜園の延長であって、副業みたいなものらしい。
本業はスキルを使った粘土細工らしく、昼の空いた時間や夜に作業をして作製した物を行商人に売ってお金にしているらしい。
貴族にルーティの作品の熱狂的なファンが数人いるらしく、オーダーメイド品の注文もあるそうだ。
ただ、ルーティに作品を見せて欲しいとお願いしたところ、断固として拒否された。なんでも知り合いに見られるのは恥ずかしいらしく、村長はおろかピュティですら見たことがないそうだ。
凄く気にはなったが、そこまで嫌がっているのなら仕方がない。無理やり見て嫌われても困るので、作業場にしているというルーティの家の一室には近付かないようにした。
「んーとねー、じゃあ魔物ハンターは? この辺りの魔物を狩れば沢山お金を貰えるらしいよ」
「それの問題点は俺が逆に狩られる可能性の方が高いってとこかなぁ……」
今のところクマッピー以外の魔物を見たことはないが、あれクラスの魔物に遭遇したら逃げるのすら困難だ。
やはりそう簡単に解決策はみつからないか。
いっそ本当にこのまま村長に養ってもらうかと半ば冗談で考えたところで、不意に何か聞こえた。悲鳴ではなかったが、人の声だった気がする。
俺が立ち止まると、少し前を歩いていた2人が揃って振り返った。
「レン、どうしたの?」
「いや……。今、人の声がしなかった?」
「んー、あたしは聞こえなかったけど?」
2人には声が聞こえなかったようだ。気のせいか?
いや、確かに聞こえた。林の中からだ。気になるな。
「ちょっとだけ様子を見てくる。危ないから2人はここにいて」
「えーっ、あたしも行くー!」
「そーなの! レンだって1人じゃ危ないの!」
「ダメだ。危険を感じたらすぐに戻ってくるから2人はここで待ってるんだ。いいね」
ブーブーと文句を言う2人を置いて、声が聞こえたと思われる林の中へ足を踏み入れる。それと同時に脳内で【天使コール】を唱えると、すぐに天使のお気楽な声が聞こえた。
『はいはーい、毎度お馴染みプリティー天使ちゃんよー』
(緊急事態かもしれない。悪いがこの辺りに人がいないか探してくれ)
『あら、いつになく真面目ね。しょうがない、付き合ってあげるわよ。どれどれー?』
いつも寝る前に愚痴を聞いてやっているおかげか、最近の天使は機嫌が良い。今日も文句を言わずにすぐ対応してくれた。
『南にエルフと妖精が1人ずつ、北東に人魚が1人いるわね。アンタの進んでる向きから考えて北東がアタリね。2時の方向に進みなさい。魔物はいないみたいよ』
(すまん、助かる)
天使に言われた方向を目指す。少し歩いたところで女の子の声が聞こえた。
「ふにゃああ~、お目目がグルグルしゅるのれしゅ~。誰か~、たしゅけてくらしゃい~」
助けを求める声だ。しかし、それにしては緊張感の欠けた声である。
声の聞こえた場所に辿り着くと、1人の人魚が身体に植物の蔦を巻きつけて倒れていた。足が魚なので身長はよくわからないが、中学1年生ぐらいの体格だ。かなり若い。
しかし人魚だけあって戦闘力はルーティよりも上だ。86か。貝殻の水着でちゃんと隠してあるので残念、ではなくて一安心だ。
『あらら、ドランペルカズラにやられてるみたいね』
(なんだそれ? 魔物じゃないのか?)
『食虫植物みたいに動物を食べる植物ね。人も食べるわよ。知能は少しあるんだけど、ほとんど本能で動いているから魔物に分類されないのよ』
この世界の植物は人まで食べるのか。
蔦の先の本体と思われる植物は60センチほどの大きさで、ウツボカズラのような見た目で大きな口がある。
自身の倍近い大きさの人魚を蔦でゆっくりと引き摺っているが、丸呑みにでもするのだろうか?
(そんなにヤバそうな植物には見えないんだが)
『まだサイズは小さいけどかなり危険なヤツよ。こいつの蔦を踏んだり傷つけたりすると毒液を撒き散らすんだけど、その毒液を少量でも吸引したり身体に付着すると酩酊状態になるの。後は動けなくなった獲物をジワジワと溶解液で溶かしながら骨まで食べるよの』
(マジかよそれ、ヤバすぎだろ)
というか蔦を切ったらいけないってことは、この子は救出不可能ではなかろうか。
『ああ、アンタなら平気よ。【水の領域】があるから』
(毒液を操れってことか? ちょっと難易度高くないか)
『似たようなものだけど違うわよ。【水の領域】について少し調べてみたんだけど、そのスキルって所持者は液体攻撃を無効化できるのよ。パッシブでね。つまりアンタには毒液や酸が効かないのよ』
(なにそれ、【水の領域】凄くね?)
『レアリティ星5だしね。普通にチートスキルよ、それ』
ただの湯沸しスキルにしてたけど、本当にチートだった。
「えっと、キミ、大丈夫か?」
「はぇええ~、らいじょうぶじゃないれすう~。頭がクラクラしましゅ~」
人魚の少女は目の焦点が合っておらず、呂律も回っていない。早いとこ助けてあげよう。
念のために持ち歩いている水筒の蓋を開けて【水の領域】を発動させる。氷のナイフを作ると人魚の身体に巻きついている蔦を切った。
「ら、らめえぇっ! これ以上お汁をかけちゃらめぇえええええっ! おかしく! おかしくなっちゃいましゅうううううううっ!」
「ちょっ! 変な声出さないでくれる!?」
半裸で縛られて喘ぐ女の子の前でナイフを構えているとか、構図が酷すぎる。こんなとこ人に見られたら絶対に勘違いされる。
お構いなしに手早く蔦を切ると人魚を抱きかかえた。
(この辺りに川ってあるか?)
『北に行けば、すぐそこにあるわよ』
人魚がいるくらいだから近場に川でもあるのだろうと思ったが、やはりか。
救出した人魚を抱えたまま川まで走ると、【水の領域】を使って人魚と自分に頭から水をぶっかけた。これでとりあえずは大丈夫だろう。多分。
「あっ! お兄ちゃんが戻ってきた! 遅いよ! って、なんで水浸しなの?」
「もー! 遅いから探しに行くところだったの! って、その人魚はどうしたの?」
「あー、ドランペルカズラってのにやられたみたいでさ」
2人に事情を説明した。どうやら2人共あの植物について知っているらしい。
「凄く強力な毒液なのに、レンはよく無事だったの」
「俺は毒に耐性を持ってるからね。川で洗い流したけど、この子大丈夫かな?」
「んー、起こしてみる?」
ピュティがぺちぺちと人魚の頬を叩く。気絶していた人魚がゆっくりと目を開けた。
「ふぁっ……。あれ……? えっと、ここは?」
「林の中でドランペルカズラに捕まってたんだけど覚えてない?」
「あああっ、そうでした! メルはもうちょっとで植物に食べられるとこだったのです! 助けてくれてありがとうございます!」
人魚に抱きつかれた。柔らかい感触を期待したのに妙に固いモノが当たっているなと思ったら、水着の貝殻だった。
「えっと、水着の貝がちょっと痛いんだけど」
「ああっ、ごめんなさいです! やり直します!」
人魚はいそいそと水着を脱ぐ。やり直すんかい。
しかし俺は紳士なのでここで慌てて止めるような勿体無いことはしない。目を逸らさずに色を確認する。薄いピンク色だった。何がとは言わないけど。
次に再度抱きついてきた人魚を受け止めて、しっかりと感触を楽しむ。とても柔っこい。
ほどほどに堪能してから人魚を優しく引き離した。ピュティとリッテが見ているからだ。この2人に見られる分には構わないのだが、ルーティや村長に変な報告をされると困る。
「一連の出来事は村長に報告しておくの」
「待った、リッテ。話し合おう。話せばわかる」
交渉の結果、カニカマ1個で手を打ってもらった。
ついカッとなってやった。今では反省している。でも後悔はしていない。
「メルはメルディって言います。よろしくお願いします」
「この辺りにいるってことはウェンディの集落の人魚かな?」
「はい。ウェンディお姉ちゃんはメルのお姉さんです」
姉妹か。言われてみれば似ている。ウェンディのように目がギラついていないから印象はだいぶ違うけど。
メルディはルーティとホールドさんには会ったことがあるようだが、俺達と会うのは初めてだった。こちらもそれぞれが自己紹介をした。
「お兄さんが最近、集落で噂になっている人間さんだったですね。噂通り凄く良い匂いがします」
人魚達からはいつも良い匂いがすると言われる。臭いと言われているわけではないが気になる。
「2人には匂う?」
「んー、嗅いだことのない独特な匂いはするかも」
「うん。でもイヤなニオイじゃないの」
ピュティとリッテにも匂っていたらしい。人間としてのフェロモン的な匂いか、もしかしたら地球人的な匂いでもあるのだろうか。
自分で自分の匂いを嗅いでみても洗剤の匂いしかしなかった。
「それで、メルちゃんはこんなところで何してたのー?」
「メルはキノコを探してました。最近、お姉ちゃん達がよくキノコを食べたいと言っているです。なのでメルディがキノコ料理を作ってあげようと思ったです」
「その心掛けは良いことだと思うけど、森の中は魔物が出るらしいから1人じゃ危なくないかな? というかドランペルカズラに食べられそうになってたし」
「はぅ。川の近くなら魔物に襲われてもすぐ逃げられる平気と思ってたです。そしたらうっかり蔦を踏んでしまいました……」
メルディがしょんぼりと肩を落とす。危うく植物に喰われるところだったのだから、相当へこんでいるようだ。
「お兄ちゃん、メルちゃんのキノコ探しを手伝ってあげよ?」
「いえ、皆さんを危険なことに巻き込むわけにはいかないです! 次はちゃんと足元にも注意するので大丈夫です」
ピュティがメルディを手伝いたいと言い出した。同じ妹として共感するものがあるのだろう。
しかし、その前にいくつか確認したいことがある。
「ウェンディが食べたいって言ってたキノコだけど、具体的な名前を言ってた?」
「そういえば言ってなかったです。でも良い匂いのするキノコだから美味しそうと言ってました」
「……そのキノコを食べたがるようになったのって、1週間ぐらい前からじゃない?」
「そうです。大体それくらいからです」
やっぱりな。そのキノコって比喩表現だ。メルディの手前言葉を濁したのか、それとも他の人魚と話してたのをメルディが聞いたのかはわからないけど。
「そのキノコは森や林の中に自生してないやつだから、いくら探しても見つからないと思うよ」
「えっ! そうだったですか!?」
「お兄ちゃん、どんなキノコなの?」
ピュティはともかくメルディもわからないのか。人魚だからてっきり知っているものだと思っていた。
「それ、もしかしなくてもレンのおちん、むぐぅ!」
「やめろ、リッテ。ピュティにそれを教えるとルーティに殺されるぞ」
具体的な名称を出そうとしたリッテの口を慌てて塞ぐ。ピュティとメルディは揃って首を傾げた。
「とりあえず一度ウェンディのところへ行こうか。もしかしたらメルディのことを探しているかもしれないし」
「えっと……。お姉ちゃん達にさっきのことがバレたら怒られてしまいます。黙っていてもらえますか?」
「あーそうだな……。次からは1人で危ないことはしないって約束できるのなら、黙っていてあげてもいいけど」
「わかりました! 次からはちゃんと気を付けるです」
気を付ける以前に1人で林に入らないで欲しいのだが、俺がとやかく言うことではないのだろうか。
う~ん、さりげなくウェンディにさっきのことを伝えて叱ってもらうとか?
メルディを仲間に加え、4人でアボガボ湖を目指すことになった。
長くなりそうなので分割します。
次話からは不定期更新となりますが、なるべく早い更新を頑張ります




