異世界への斡旋
「ごめんなさい、アナタのこと間違えて殺しちゃいました。てへっ」
天使っぽい生き物が自分の頭をコツンと叩き、舌を出しながらウィンクまでしてきた。意味がわからない。
というか、なんなのそのクソうざい仕草。
冷静になって状況を整理してみよう。
場所はよくわからない真っ白な空間だ。上下左右どこを見ても白い壁で囲われた部屋で、広さは10畳ぐらい。窓や扉は見当たらず、完全に密室となっている。
その部屋の中で、小さな丸テーブルを挟む形で俺と天使っぽい生き物がイスに座って向かい合っていた。
うん、天使っぽい生き物。
外見は中学生ぐらいの女の子で、背中に鳥みたいな白い羽が生え、頭上には蛍光灯みたいな輪っか。服装は純白のワンピース。よくある天使像そのまんまだ。
神とか天使とか信じていなかったけど、これは天使にしか見えない。
そして俺はこの天使に間違いで殺されたらしい。
…………どういうこと?
「えっ、俺、死んだの?」
「はい。残念ながら」
「いや……、えっ? マジ? え~っと……、最後の記憶だと俺は家でいつも通り寝たはずなんだけど」
「はい、寝てたアナタを間違えてアタシが殺しちゃいました。てへっ」
とりあえず殴ればいいか。よし、殴ろう。
「待って! 待ってください! 弁明させてください!」
「いいだろう。言ってみろ」
「アタシだってちゃんと確認したつもりだったんです! でもまさか、マンションの隣同士で同姓同名の人がいるなんて思わないじゃないですか! しかも三津森蓮太郎なんて珍しい名前が!」
「あー、あるある」
お隣に住んでたお爺さんの名前が漢字まで全く同じで、ときどきヤ○トや佐○の配達員も間違えてたぐらいだし。
「ん? それだと俺じゃなくて隣の爺さんを殺すつもりだったのか? お前、天使なんじゃないの?」
「アタシはこのプリチーな見た目通り天使です。それでですね、昨日、お隣の三津森蓮太郎さんが寿命で亡くなる予定だったのでお迎えに行ったんです。でも予定時間になっても亡くならなかったので……」
「天使であるお前が手を下すことになったと。そういうのって死神とかのイメージだったけど違うんだな」
「ああいえ、本来は寿命で亡くなる予定の方が予定時刻を過ぎても天使は手を出さずに最後まで見守るものなんですが、その……、諸事情により……」
この天使、露骨に目を反らしやがった。
「その事情って?」
「……黙秘します」
「いま言えば怒らないから」
「…………アニメの録画予約をするのを忘れてたので早く帰りたかったんです」
「よし、歯ぁ食いしばれ」
「怒らないって言ったのに!」
俺はこの天使がアニメを見たいがために殺されたのか。なんだったの俺の人生。
「……まぁ良い。死んでしまったのなら仕方ない。それで俺はこの後はどうなるんだ?」
「あれ? ほんとに怒らないんですか?」
「どうせ未練なんてないしな。それよりもこの後どうなるのかが重要だろ」
さすがに地獄に落とされるような人生を歩んではいないから、天国に行ったり生まれ変わったりするのだろうか。
「わかりました、ではご説明します。アナタには2つの選択肢があります。1つはこのまま天国に行くこと。そしてもう1つはなんと……、異世界転移です!」
「じゃあ、天国行きで」
「ストップ! ストップ! ストーーーーーップ! なんなんですかアナタ!? なんでそんな微塵も躊躇わずに天国行きを希望しちゃってるんですか!? 普通、アナタぐらいの年齢の男の人なら異世界行きを選択しますよね! ね! なんで説明も聞かず決めちゃってるんですか!? 頭おかしいんですか!?」
知らんがな。お前に頭おかしいとか言われたくないわ。
異世界とか興味ないから天国とやらでのんびりしたいんだけど。
「異世界ですよ、異世界! 今なら地球と違う魔物や魔法が存在する世界に行って冒険とかできちゃいますよ!?」
「いや、魔物と戦いたくなんてないし。どうせそういう世界って科学が発達してないんだろ? ネットのない生活とか退屈すぎて堪えられないわ」
「このモヤシっ子! ネット依存症か! ネトゲの世界がリアルで体験できるのになんで異世界に行きたがらないのよおおおおおおおお!」
というかこの天使、なんか凄く必死に俺を異世界に行かせようとしてね?
「ギックゥ! そそそそ、そんなことないですじょ? アタシはただとっても素敵な異世界生活が送れるチャンスを無駄にしようとしてるのが許せないだけで……」
「正直に全部話せ。事と次第によっては異世界行きを考えてやる」
「ホントですか!? え~っと、実は……、寿命がまだ何十年と残ってたアナタを間違えて殺しちゃったことが上にバレるとヤバいんです。査定が下がるどころか、天使資格を剥奪されてもおかしくなくてですね」
「よし、天国に蓮れて行ってくれ。お前の上司に直訴してやる」
「アンタは鬼ですかあああああああああああっ!」
肩を掴んでガクガクと揺らすんじゃない。吐くぞ。
「お願いしますよおおおおお! 異世界転移なら書類を偽造すればバレずに済むんですって! アタシを助けるためだと思って! 後生ですから!」
書類を偽造とか、コイツほんとに天使なんだろうか?
「わかった! ちょっとだけ考えてやるからそれ以上揺らすな!」
「マジっすか!? 異世界転移しちゃいますか!」
「だから考えてやると言ってるんだ。異世界転移する場合の条件とかを話せ。俺が思わず異世界に行きたくなるような内容のな」
「まっかせてください! 異世界転移するにあたっていろいろと特典をご用意させていただきました。ではでは、天使ちゃんのプレゼンターイム!」
天使がどこからともなく取り出した麻袋のような物をドンとテーブルの上に置いた。
「まずは必需品の初心者応援セット。この袋の中身は転移先の世界では一般的な旅人が着ている服一式に、3日分の食料と水、さらには地図や野営道具などが入っています」
「そういえば転移ってことは生まれ変わるとかじゃなくて、このままの姿で異世界に行くんだよな?」
「そうです。地球で生きる予定だった寿命分を異世界で過ごすことになります」
「それなら地球で生き返った方が早いんじゃないか?」
「あー、すみません。アタシが間違えに気付くのが遅れたせいでアナタのお葬式ってもう終わっちゃってるんですよ」
なるほど。それなら生き返ったら大事になる。感覚的には寝て起きた直後ぐらいの時間しか経っていないが、ここは時間の進み方が違ったりするのだろうか。
「それで特典の2つ目ですが、アナタの好きな場所からスタートできます。転移先の世界で一番発展している街からでもいいですし、初心者に優しい村からでも大丈夫です。望むのであれば火山や海の中にもお蓮れいたしましょう」
いきなり死ぬわ。普通にどこかの村とかの近くで良いわ。
「そして忘れてはいけないのが3つ目の特典。言葉に困らないように自動翻訳スキルがあります。これでどこに行っても会話で意思疎通が可能です」
基本にして重要なことだ。言葉の通じない海外ですら行きたくなかったのに、それが異世界となるのなら絶対に行かない。
「更に4つ目の特典は、天使ちゃんのアフターサポートサービス! 異世界での知識に困ったときはこのアタシが説明します!」
「えっ、お前も一緒に来るの?」
「なんで嫌そうな顔してるんですか? 残念ながらアタシは(今期は見るアニメが多いので)一緒には行けません。なので念話によってサポートします」
「今なんかイラッとする本音が聞こえた気がしたが置いておこう。念話ってこちらから話かけれるのか?」
「脳内で【天使コール】と唱えればアタシに念話が飛びます。まぁ携帯電話と同じで四六時中出れるわけではないので、そこだけはご容赦ください」
常に呼び出せないのは不便だが、知識に困った場合には便利そうだ。
「まだまだあります。5つ目の特典は身体能力の向上です! 異世界転移するだけで身体能力が鍛えられます!」
なるほど。さっき魔物が存在するって言ってたから身体能力向上はありがたい。
「そしてそしてー、最後の特典はなんと! スキルのプレゼントです! 異世界転移といえばやっぱりこれですね!」
「おー、スキルか。どんなスキルなんだ? チートで無双できるやつか?」
「あ、すみません。どんなスキルになるのかは実際に向こうに行った際にランダムで選ばれます」
「ランダム? 候補がいくつかあるのか?」
「そうです。でも安心してください、候補は全部チートになるように内部確率をいじ……げふんげふん。あれですよ、ソシャゲで言えばチュートリアルをクリアしたらSR以上確定ガチャが1回無料で回せるみたいなやつにしておきます」
うん、ありがたいがそれはいいのか天使。
「以上6つの特典が今なら付いてきます! どうですか? 異世界に行きたくなりませんか?」
「いくつか質問させてくれ。その世界には魔王みたいな、ゲームでいうラスボスはいるのか?」
「魔族や魔王はいますけど人間とは良好な関係です。なのでラスボスはいないですね」
「魔物はいるんだろ? 魔王とかは無関係なのか?」
「はい。魔物は基本的に動物の変異種みたいな感じで、誰かに生み出されたとかではないです」
「そうか。なら国同士の戦争とかは?」
「ここ100年は起きてないですね」
脅威は基本的に魔物だけで平和な世界か。
確かに話を聞いてみると異世界も悪くない気がしてきた。ネットがないのは退屈かもしれないが慣れれば大丈夫だろう。多分。
しかしこれだけ高待遇だと逆に何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。目の前の天使が胡散臭いだけに。
「メリットばかり提示されたが、デメリットはないのか?」
「はい、ありません! これは間違えてアナタを死なせてしまったことに対するアタシなりの罪滅ぼしでもあるので!」
う~ん、異世界にちょっと興味が出てきたし、この話に乗ってもいいかなぁ。
「よし、わかった。じゃあさっき言ってたスタート地点で俺が希望する場所が見つかったなら異世界転移しよう」
「おおおお、ホントですか! ではでは、検索しますので条件を言ってください!」
天使がどこからともなくタブレットのような物を取り出す。というかあれ、どう見てもリンゴのマークが入ってるんだけど?
「あの、条件は?」
「ああ悪い。まずは魔物が少ない所にしてくれ」
「魔物は少ない地域っと」
天使が手に持った装置にタッチして情報を入力していく。
スキルを貰えるらしいがすぐに使いこなせるとは思えないし、魔物と遭遇する前に練習は必要だろう。
「住むなら自然に囲まれた村が良いな。近くに森や湖があれば完璧だ」
「森や湖が近い村っと」
最後の条件は当然決まっている。アレしかない。
「その村に若くて可愛い女の子がいっぱい住んでいるのが絶対条件だ」
「村人は若くて可愛い女の子っと。……あ、1件ヒットしました!」
「あったのか!」
「はい! 提示された条件に全部合致しています。しかもその村は男手不足らしくて、いま行けば老若男女にモテモテですよ!」
いや、老と男にモテても困るから。
「へっへっへ、どうですお客さん? こんな好条件での異世界転移なんて本来ならありえないことですよ? お客さんのために用意した特別なプランなんですから」
「……わかった。その条件で異世界転移しよう」
「っしゃあっ! イエス! イエス! イエス!」
天使が大袈裟なまでにガッツポーズをする。その喜びっぷりに若干不安になるが、異世界行きに興味が出てきたのも事実だ。
「では転移前の準備として、この初心者応援セットに入ってる服に着替えちゃってください。サイズは合っているはずなので」
言われて自分の格好を見てみると俺は白い着物、いわゆる死装束を着ていた。
「着替えるのは構わないが、ここでか?」
「アタシは天使なので人間の裸とか見慣れているので気にしないでください。アナタが見られて興奮する性癖だっていうんならしばらく席を外しますけど」
「そんな性癖ないわ。じゃあせめて後ろ向いててくれ」
天使が素直に後ろを向いたので袋から服を取り出す。形状は地球の服と大差はないが肌触りが全然違った。
「これ、素材は何を使ってるんだ?」
「それはペカローって呼ばれる羊に似た動物の毛で作られた服ですね。向こうの世界ではそれが一般的です」
なるほど。改めて異世界に行くんだなと実感が湧いてきた。
パンツに肌着、ズボンとシャツ、靴下に靴。それらを順番に身に着けてからマントを羽織る。
「着替えたけど、これでいいのか?」
「どれどれ? ん~っと……。はい、問題ないです。どこからどう見ても普通の旅人ですね」
天使は一つ頷いてから立ち上がる。するとテーブルとイスが消えて部屋の中央に魔方陣が浮かび上がった。
「それではこのまま異世界転移を開始したいと思います。この魔方陣の中央に立ってください」
「お、おう」
俺は天使に言われるがままに魔方陣の中央に立つ。
ちょっと心臓がドキドキしてきた。
「えー、こほん。本来ならここで厳かな祝詞を言ったりするんだけど、アタシって異世界転移をさせるのが初めてでよくわからないから省略するわね」
「いや待てお前。初めてって本当に大丈夫なんだろうな?」
「さぁ、どうかしら? 天使に異世界転移の権限なんてないから実際にやってみないことにはわからないのよねー。まぁアタシはこれでも優秀だし大丈夫っしょ」
「止めろバカ! 中止だ!」
俺は慌てて魔法陣の外に出――られない!?
「なにこれ、どうなってんの!? 目の前に見えない壁があるんだけど!」
「はいはーい、暴れると危ないわよー。手が滑って石の中とかに転送しちゃうかもしれないわよー」
「だから中止だって言ってるだろ!」
「あーあー、聞ーこーえーなーいー」
慌てる俺をよそに足元の魔法陣はどんどんと輝きを増していく。
「魔力充電完了っと。そんじゃ、行ってらっしゃーい」
「ちょ! バカ! 止め――」
魔法陣から溢れんばかりの光が輝く。
体に奇妙な浮遊感を感じた瞬間、俺の意識はなくなっていた。
10話までは1日1話で更新します




