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パーシバル・トゥーンの遍歴  作者: 黒崎江治
8/13

漠砂を越えて -1-

 ドゥパタという動物の乗り心地は馬に比べて悪かったが、パーシバルはすぐに慣れた。サリアは女王が言う通り気性も穏やかで賢かったので、移動に際してパーシバルが困難を感じることはなかった。


 またドゥパタは極めて力が強く、大人一人が騎乗し、さらに何日分もの水や食料、物資を積んでも楽々走ってみせた。


 王都から砂漠の入口にある町まではドゥパタで四日。砂漠を越えるのに十五日かかるという。パーシバルは準備を整え、まず砂漠の入口まで移動することにした。


 このあたりはさほど暑い地域ではないが日差しが強く、また概して乾燥していた。砂漠の東西は高い山脈に挟まれ、そこで雲が遮られてしまうため、さらに雨が少ない。それでも局地的に降る雨を頼りに、少数の集落が点在しているとのことだった。


 パーシバルは三日、四日と赤茶けた大地に生えた低木を眺めながら、サリアと共に旅をした。彼女はとげのある葉でもえり好みせずに食べ、一度水を飲めばその後長く補給なしでも平気だった。パーシバルは日中の半分をサリアに乗って移動し、もう半分を自分の脚で歩いた。


 日が沈んだあとは急速に気温が低くなったので、パーシバルは火をおこし、サリアに寄り添い、毛布にくるまって野営した。食事は穀物の粉を湯で練ったものを食べた。


 必要な水は、小さなドゥパタの胴体を一頭分縫い合わせた、非常に大きな水袋に貯めてあった。ドゥパタからは毛や乳が取れるほか、その身体は水袋にもなり、肉にもなる優れた動物であった。


 王都から砂漠への入口までは街道があったので、パーシバルはさしたる危険を感じることもなく、そこへ辿り着くことができた。


 町はごく小さく、そして寂れていた。日干し煉瓦を積んで造られた家々の軒先に、ドゥパタが繋がれて騒がしく鳴いていた。町の南には荒涼としたれき砂漠が広がり、それが地平線まで続いていた。


 パーシバルが宿を見つけ、砂漠を越える旅について相談してみると、今は行き来の少ない時期であるということが分かった。しかし明後日、小さな隊商が内陸に塩を運ぶため、ここから出発するらしい。


 パーシバルは彼らに同行させてもらおうと考えた。そして隊商到着を待つ間、旅の疲れを癒し、物資を買い足して準備を整えた。舞い散る砂が宿の窓を叩く音を聞きながら、パーシバルはこれまでにない過酷さが予想される旅に思いを馳せた。



 パーシバルが砂漠の入口に到着してから二日後、町に塩を運ぶ隊商が訪れた。それは五人とドゥパタ二十頭の集団で、パーシバルとは別の経路を辿り、海沿いの町で産した塩を運んできたのだった。


 パーシバルが隊商のリーダーに同行を申し出ると、彼は快くそれを承諾した。隊商の人々はサリアの立派さを賞賛し、その贈り手を聞いて驚きの声を上げた。


 隊商の中で最も若いルルカという少年などは、一度でいいからサリアに乗りたいとせがみ、そうさせたパーシバルにその後何かと世話を焼くようになった。彼は痩せていたが、機転の利きそうな顔立ちをしており、その瞳の色は黄金に似て美しかった。


 そしてパーシバルと隊商は町を離れ、果て無く続くようにも思われる砂礫の海に乗り出した。


「パーシバル、あんたはどこから来たんだ」


 隊商が成す列の最後尾で、ルルカがパーシバルに尋ねた。


「ずっと北だ。森を越えて、平原を横切って、海を渡ってきた」


「女王からドゥパタをもらうなんて、よっぽどすごい冒険家なんだな」

「そういうわけじゃないが……」


 ルルカは旅の話を聞きたがった。パーシバルは自分の記憶がないこと、商人について村を出たこと、盗賊に捕らわれてその砦から脱出したこと、交易のために町を作ったこと、それでもまだ旅は途中で、自分はさらに南に向かうつもりであることなどを話した。


「俺には想像もつかない」


 ルルカは驚嘆の声を上げた。


「その割に、成果は上がっていないけどね」

「そのうち記憶も戻るさ。……そうだ」


 何かを思い出したように、ルルカは膝を叩いた。


「南の果てに、魔術師がいると聞いたことがある」

「魔術師?」


「そうだ。魔術師なら、あんたの記憶について知っていることがあるかもしれない」


 ルルカはそう言ったものの、魔術師がどんな人物であるのか、またなぜ魔術師と呼ばれているのかは知らなかった。


「俺の生まれは砂漠を越えてもっと南にあるんだけど、そこからさらに海を越えると氷の大陸がある。魔術師はそこにいるんだ」


 遠く北まで噂が届くほどの人物ならば、ただの狂人や詐欺師の類ではないはずだ、とパーシバルは考えた。あるいは本物の知恵者であり、自分の記憶を取り戻す手助けをしてくれるだろう、とさえ期待した。


 そこが南の果てならば、旅の終着点になるかもしれない。今まで見えることのなかった、最後の目的地。しかしそこに到着してなお、記憶が戻らなかったら? 十数年に及ぶ旅の全てが、徒労に終わるのだとしたら? ここにきて初めて、パーシバルは恐れを抱いた。


「しかしまずは、砂漠を越えなくては」


 パーシバルは不吉な想像を振り払うように自分を叱咤した。


 ルルカの説明によれば、砂漠の中には二か所、隊商宿と呼ばれるごく小規模な施設群がある。それは数少ないオアシスの近くに建設されていて、安全な寝床と清潔な水を確保することができる。その道中は、点在する道しるべや丘陵の位置関係から方向を定め、不確かな進路を歩んでいかなければならない。


「俺もまだ三度目だけど、そんなに大変な旅じゃないよ」


 ルルカはそう言ってパーシバルを励ました。


 

 ルルカはまた自分の身の上について話した。彼の家は貧しく、さらに多産であったため、日々の食事にも事欠くような生活だった。そんな中、多くの物資と共に町を訪れる隊商の姿は、とても魅力的に映った。どこからか来て恵みをもたらし、また去り行くもの。隊商は彼にとっての来訪者だった。


 そして二年前、十二歳になったルルカは身売り同然で商人の手伝いをするようになり、数か月前からやっと隊商の一員になったのだった。


「いつか俺も大商人になって、何百頭のドゥパタを引き連れて砂漠を渡るんだ。船に乗って遠くに行くのもいいな」


 ルルカはその金色の眼を輝かせながら夢を語った。


 旅の前半は順調に進んだ。パーシバルたちは七日で中間地点の隊商宿を通過し、物資と水を補給した。内陸へと進むにつれ、気候はますます乾燥の度合いを増し、地面には薄黄色をした砂の割合が多くなっていた。


 風化で砕かれた細かい粒子は風に舞って堆積し、所々で大きな砂丘を作り出していた。ドゥパタはその広い足で地面を踏みしめ、人と荷物を運んで行く。


 口を開くとすぐに水分が失われ、布をしっかり巻いていなければ、小さな隙間から砂が舞い込んだ。空気はそれほど暑くないが、パーシバルが肌を出していれば、日差しで赤く焼けたようになった。慣れない砂漠の旅でパーシバルは難渋したが、残りの日数を数えながら不平を言わず耐えようとした。


 旅の一部では、涸れた川を道として使った。この川は雨が降ったときのみ水流となり、オアシスへと下っていく。


 隊商宿を出発してから三日経ったとき、隊商は谷を流れる涸れ川を通ることになった。しかし隊商の皆が谷間に入っていく中、サリアが足を止めた。


「どうした? サリア」


 進むよう促しても、不服そうに鳴いて動かない。これまでサリアが機嫌を損ねることなど一度もなかったので、パーシバルは途方に暮れてしまった。


「おーい、大丈夫か」


 その様子を見て、先行していたルルカが戻ってきた。パーシバルは彼に、サリアの様子を見てくれるよう頼んだ。


「体調が悪いわけではないみたいだし、少しすれば動くだろ」


 しかし動くどころか、サリアはその場に座り込んでしまった。隊商の最後尾は既に遠くなっている。


「困ったな……」


 パーシバルが頭をかいていると、サリアがもう一度唸るように鳴いた。


 次の瞬間、パーシバルは奇妙な音が聞こえてくることに気付いた。何か巨大なものが地面を這ってくるような、不穏な音だった。


「パーシバル! 大変だ」


 ルルカがそう叫んで、隊商が入っていった谷間の方を指差した。パーシバルがそちらを見ると、水が流れてきている。そしてそれは、見る間に嵩を増し、激しい濁流となっていった。


「ありえない、この季節に鉄砲水があるなんて」


 ルルカがほとんど叫ぶように言う。パーシバルがあとで聞いたところによると、雨の多い季節では別地域での降水が、急激に川の水位を増やすことがある。しかし今の季節でそれが起こるのは非常にまれな出来事である、とのことだった。


 つまりこの隊商は、季節外れの豪雨、鉄砲水から逃げることのできない谷間の通過、という二重の不運に遭ってしまったということになる。


「それが分かったのか? サリア」


 パーシバルは尋ねたが、答えは帰ってこなかった。


 谷の入口に、ちらりとドゥパタの姿が見えた。逃げてきた隊商の一人だった。しかしあっという間に濁流となった大量の水に呑まれ、すぐに消えてしまった。


「なんてこった。全滅だ」


 ルルカは絶望的な顔で呟いた。パーシバルは流れてきた誰かを助けられないかと思ったが、水の流れがあまりに速く、それはまったく不可能だった。


 こうして隊商のほとんどが砂漠で溺死することになった。それはパーシバルにとって、完全に想定外の事故だった。


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