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パーシバル・トゥーンの遍歴  作者: 黒崎江治
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交易の町 -2-

 旅立ちの数日前。荷物をまとめ始めていたパーシバルのもとに、部下が来客を告げた。来客は名乗らなかったが、どうやら貴人であるらしいので通したと部下は言った。パーシバルがまだ使い込まれていない応接室に入ると、二人の護衛を連れた客が席についていた。


「あまり長居はできません。手短に挨拶だけさせてもらいましょう」


 それは黒いローブを頭から被った女性だった。その所作や身に付けている装飾品は、彼女が明らかに高貴な身分であることを示していた。肌は南の国に住む者特有の滑らかな褐色。眼には非常に強い力が宿っており、女性が厳しい自律の精神を持っていることが分かった。


 非常な美人ではあるが、警戒心が強いのか表情は硬く、また年齢は判然としなかった。二十歳と言われても納得したかもしれないし、五十歳を超えているようにも思えた。パーシバルは無礼にならない程度に相手を観察し、その対面に腰かけた。


「この町を作ったのはあなただと聞きました」


 女性は口を開いた。


「その通りです」


「立派な町ですね」

「それは、どうも」


「南へ向かうとお聞きしました」

「ええ、ちょっと事情があるもので」


 この女性はなぜそれを知っているのか、なぜそれを話すのか。パーシバルは不思議に思った。


「砂漠を越えるなら、力になれるでしょう。私の国に来た際は、これを持って王宮を訪ねなさい」


 そう言うと、女性はパーシバルに握りこぶし大のメダルを手渡した。それは磨かれた黒曜石の外側に、銀をはめ込んだ装飾品だった。


 銀は黒曜石を抱くように弧を描き、二つはちょうど月の明るい部分と暗い部分を成すようにも見える。また黒曜石の部分にはいくつか白い宝石が埋め込まれており、夜空に浮かぶ星座のように煌めいていた。


 女性はそれで用を済ませたつもりらしく、そのまま護衛を連れて去っていった。パーシバルは彼女の雰囲気と、突然の贈り物に戸惑って、その名前を聞くことすら忘れていた。


 しかし訪問しろと言うからには、また会うことになるだろう。パーシバルは気を取り直し、旅の準備を再開した。


◆ ◆ ◆


 私は手帳を傍らに置き、両手で顔を拭った。やはりこのパーシバルという人物は、父がモデルになっているようだった。私の記憶の中にいる父はパーシバルと同じく人に好かれ、タフで、何事にも積極的な人間だった。


 この物語を書いたのが父であるならば、なぜ今になって発見されたのだろうか。


 父は南極で死んだが、死体は見つからなかったので、部屋は数年間手付かずだった。当時中学生だった私は心のどこかで、父がひょっこり帰ってくるのではないかという期待を持っており、書斎を片付けるということは、父の死を確定させる行為であるような気がしていた。母もそんな私の感傷を理解していたのか、あえて部屋を片付けようとはしなかった。


 しかし私が大学に進む直前、さすがに一旦整理しようということになって、私と母、それから伯父で部屋の片付けをした。その際、遺品としてとっておくべきものと、単なるゴミとを分類した。


 だから書斎のものには家族が必ず一度目を通しており、その中に変わったものがあれば私の記憶にも残っているはずだ。しかし当時、こんな手帳はなかった。


 ならば、私や母の知らないうちに、誰かが父をモデルにした手書きの小説を、こっそり書斎に置いたということになる。心当たりがあるとすれば伯父だが、彼はそんな悪趣味ないたずらをする人物ではない。


 そう考えてみれば、実に奇妙な手帳だ。しかしだからこそ、私には物語の先が気になった。


◆ ◆ ◆


 そして旅立ちの日がやってきた。パーシバルは商船に便乗し、南の国を目指す。海峡を渡るのには、天気が良ければ半日程度しかかからない。強い西風に吹かれながら陸地を振り返ると、活気あるトゥーナの街並みが見えた。


 よく五年でここまで立派になったものだ。ユージーンとザイードをはじめ、様々な人の助けを得てここまでになった。もはやこの町は、自分がいなくてもうまくやっていくだろう。パーシバルはすっきりした気持ちで別れを告げることができた。


 白くはためく大きな帆の下、パーシバルは先日女性から貰ったメダルを眺めた。銀、黒曜石、宝石。それぞれ単体だけでもかなりの値打ちがありそうだった。


 意匠が月であるのは間違いないが、これはいったい何を意味するのだろうか。パーシバルは偶然近くを通りがかった南の国出身の商人に、これが何だか分かるだろうか、と聞いてみた。


「旦那、それを盗んだんですか」


 商人は目を見開いてパーシバルに尋ねた。


「いや、とある高貴な女性に貰ったんだ。これを持って王宮を訪ねろと」


 商人はさらに目を見開いた。眼球が飛び出しそうだった。


「それは女王のメダルだ。女王本人以外から手渡されることはない。つまり旦那が会ったのは……」


 これにはパーシバルも少々驚いた。貴族か何かだとは思っていたが、まさか女王だったとは。ただでさえ初めて訪れる王宮だが、余計に気を引き締めなければならなくなった。しかし風を受けた帆船は海峡を滑るように進み、パーシバルが心の準備をする間もなく、彼を南の国へと運んだ。


 早朝に都市の港を出発したパーシバルは、昼ごろに南の国へ到着した。降り立った港町は北の地域に比べると乾いた感じのする場所で、華美よりも質実さを重視した建物が多いように思えた。どうやら異邦人は珍しいらしく、パーシバルは街中で多くの視線を集めた。


 訪れるべき王都はこの港町よりも内陸にあり、そこまでは馬車で行かなければならない。親切な町人に案内され、パーシバルは自分と同じく南に向かう人々と、詰め込まれるようにして荷台に乗り込んだ。


 あまりこういう種類の旅をしたことはないが、これはこれで悪くないものだ。赤茶色の砂埃が舞う景色を眺めながら、パーシバルはぼんやりと考えた。しかし道があまり良くなかったせいか、丸一日かけて王都についたころには体中が痛くなっていた。



 この国の王都も、十万近くの人々が住んでいるであろう大きなものだった。中心部にある宮殿は特に壮麗で、曲線を多用した白い石の外壁は、ほとんど全てに繊細な彫刻が施されていた。


 どれほどの職人を動員し、どれほどの時間と費用をかければこのようなものができあがるのか、町一つ作ってみせたパーシバルにさえ想像がつかなかった。


 宮殿正面にある門のところに守衛がいたので、パーシバルは女王のメダルを見せ、事情を説明した。守衛ははっと姿勢を正し、慌てた様子で敷地内に駆け込んでいった。


 それからほとんど待たされることなく、上役らしき案内の人間がやってきた。パーシバルは慣れない場所で居心地の悪さを感じていたが、一国の主が住まう宮殿であれば緊張も致し方なし、と諦めることにした。自分の格好もただの旅装に過ぎないが、正式な招待をしなかった彼女が悪いのだ。


 門をくぐると前庭があり、その奥に宮殿の本体があった。植物とタイルに彩られた池や、そこに遊ぶ魚や鳥、庭を囲む列柱などを横目に見つつ、パーシバルは通用口から中に通された。


 案内の人間は青っぽい石が敷かれた回廊を進み、パーシバルにある一室の中で待機するよう言った。パーシバルが椅子に座って待っていると、乳入りの茶を供された。一口飲んでみると、砂糖が大量に入っているようで非常に甘い。


 そのうち、また案内の者がやってきてパーシバルを部屋から出した。いよいよ女王と謁見することができるようだ。パーシバルは緊張しながらも、広々とした謁見の間へと足を踏み入れた。


 赤とも紫ともつかぬ絨毯の上を歩き、パーシバルは玉座に近づいた。そこに腰かけている女性は紛れもなく先日の人物と同一だったが、状況も相まってパーシバルは強く気圧された。彼女は宝石で飾られた薄いレースを被り、その腕には黄金の輪が嵌められていた。


 パーシバルは跪こうとしたが、女王はそれを制した。逆に彼女は玉座から降りてパーシバルに歩み寄り、少しの距離で向かい合った。


「よく来ました。パーシバル・トゥーン」


「あなたが女王だとは知りませんでした。なぜ言ってくれなかったんです?」


「お忍びだったのです。気分を害されたなら謝りましょう」


「いえ、そういうことではないですが」


 パーシバルはたじろいだが、なんとか落ち着きを保った。これならば跪いていた方がよほど楽だ、とパーシバルは冷や汗をかいた。


「私は父王が始めた戦争を終わらせたかったのですが、その力がなく苦しんでいました。しかしトゥーナの繁栄によって商人の力が増し、安全な交易を望む彼らによって戦火が収束に導かれつつあります」


「私の力ではありません」


「謙遜は必要ありません。パーシバル・トゥーン。改めてお礼を言います。ありがとう」


 女王は微笑んだ。初めて見たときの印象からは想像できない表情だった。


「あなたは私の国にも大きな利益をもたらしました。その褒賞として、砂漠の旅に必要なものを授けます」


 そう言うと、女王はパーシバルが先ほど入ってきた方へと歩き始めた。彼女は謁見の間を離れ、宮殿内をどこかへ向かっていく。パーシバルがしばらく無言で従うと、やがて屋外にあるうまやへと辿り着いた。そこには馬もいたが、パーシバルへの贈り物として馬丁が連れてきたのは、見慣れない生き物だった。


 それはまず馬より二回りは大きかった。自在に動く長い首を持ち、全身がごわごわした毛に覆われていた。蹄は異様に大きく、まつげも特に長かった。これらの特徴は、乾燥した砂の多い荒野で生きるのに役立つのだ、と馬丁は説明した。


「これはドゥパタという動物で、馬で踏破できない荒れ地を移動できます。賢い彼女ならば旅の助けとなるはず」


 名前はサリア。この地の古い言葉で月光という意味だった。確かに、その毛並みは月光に似て淡く白い。サリアはパーシバルに少しも怯えることなく、穏やかな目で静かに佇んでいた。


「若くはありませんが、その分経験を積んでいます。乗り方は彼女が教えてくれるでしょう」


 こうして砂漠を渡る旅の相棒を手に入れたパーシバルは、女王に深く礼を言った。


 別れ際、パーシバルは女王のメダルを返そうとしたが、彼女はそれをやんわりと断った。


「それは持っておきなさい。あなたが南への道を見失ったときは、メダルの星座を探すのです。それはどの季節であっても変わらず、南の夜空に浮かんでいる星々だから」


 パーシバルは宝石の埋め込まれたメダルを見つめてから重ねて礼を言い、それを荷物の中にしまった。


「さようなら、旅人よ。あなたに月の導きがあらんことを」


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