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パーシバル・トゥーンの遍歴  作者: 黒崎江治
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交易の町 -1-

 ひと月後、パーシバルとユージーンははるか南にいた。そこはパーシバルが旅をしてきた陸地の南端に位置する場所で、堅牢な防壁に囲まれた都市だった。


 ここでは他国との散発的な戦いが起こっていた。海峡を隔てて反対側にはまた別の陸地があり、その地域にある国の兵がたびたび海に進出して交易を脅かしていた。逆にこちらから相手国の支配下にある島々へと攻め込むこともあった。


「お前には兵站をやってほしい」


 ユージーンは言った。彼はもともと千人近くの兵を束ねる将軍であり、復帰してからこの都市に配属されたのだった。パーシバルは十人の部下を与えられ、戦争に必要な食糧や物資の手配を任された。なるほどこれならばそこまでの勇敢さは必要ない、とパーシバルは幾分か安心した。


 軍の中でパーシバルとユージーンの地位はかなり違ったが、二人はそれからも友人として、たびたび酒を酌み交わした。


「向こうの国は、女王が治めている。俺が直接見たわけではないが、なかなか凶悪な容貌をしているそうだ」


「なんとか交渉して、国を通らせてもらえないだろうか」


「うまくやらないと頭を食いちぎられるぞ。戦争が終わるまでは、ここで働いていた方がいい」


「いつ終わる?」

「さあな」


 そういう話をすることもあった。


 仕事が休みになったとき、パーシバルはよく兵舎を出て街を歩き回った。都市はこれまで行ったどの村、どの町よりも大きかった。住んでいる人間はゆうに十万を超えるだろう。


 全ての街路は石で舗装され、天にそびえる城館や、二重の輪をシンボルとした聖堂があった。目抜き通りには色とりどりの商品が並び、広場では清らかな噴水の音や吟遊詩人の歌声が響いていた。防壁の内側にいさえすれば、その繁栄を浴するのにほとんど支障はなかった。


 しかし港の近くでは、さすがに殺伐とした空気が漂っていた。一部が破損した船が漂着同然で辿り着いたり、その中から死体が運び出されたりすることもあった。防壁の上から見える範囲で、海戦が起こることさえあった。


 パーシバルは与えられた仕事を真面目にこなした。都市の周囲で生産される食糧だけでは兵士たちを養えなかったので、離れた町や村から穀物を買い付けた。衣服や武器も兵士の数だけ必要だった。だからこの仕事では、以前と比べ物にならないほど大きな金額を扱うことになった。


 仕入れるときの金は軍から出たので、パーシバルには儲けも損失もなかった。それ自体特に不満はなかったが、一体自分の仕事は誰を幸せにするのだろうか、という疑問を、パーシバルはたびたび感じていた。


 あるとき、パーシバルは見張り用(やぐら)の上で海を眺めていた。どこかで戦ってきた船団が港に帰ってくるのが見えた。南風に吹かれながら、しばらくパーシバルが佇んでいると、梯子をきしませてユージーンがのぼってきた。


「下から姿が見えた」


 ユージーンはポケットから取り出したパンをかじりながら、櫓の手すりにもたれかかった。


「何を考えてる?」

「もったいない、と考えていた」


 パーシバルは答えた。


「もったいない?」


「最近、仕事の意味について考えることがよくある。物資を仕入れ、兵に行き渡らせる。しかし彼らは戦場で命を落とし、物資も船ごと沈んでしまう。もったいない、と思う」


 ユージーンはパンを咀嚼しながら唸り、少ししてから口を開いた。


「しかし攻め込まれるわけにはいかないからな。戦わなければ」

「うん。しかし奪い奪われるよりも、もっとましな方法はあるはずなんだ」


「あるはあるだろう。それにはお互いの信頼が必要だ。片方が武器を下ろしても、もう片方もそうしなければ意味がない」


「いきなりお互いを信頼しろ、と言われてもそれは無理だ。お互いを信頼することで得をする、という状況を少しずつ作っていくしかない」


「具体的には?」

「商売の場所を作る。新しい町を」


 それを聞くとユージーンは一瞬驚いたような顔をし、それから豪快に笑い始めた。しかしその笑いはパーシバルを馬鹿にしたものではなかった。ひとしきり笑ってから、ユージーンはパーシバルの肩を叩きながら言った。


「壮大な計画だ。だが、お前ならきっとできる」

「ああ。やるつもりだ」


 パーシバルが見据える水平線上には、霞んだ島々がうっすらと浮かんでいた。



 町をつくると言っても、まず国王の許可を得る必要があった。この都市は軍事・交易上の要衝であり、無人の辺境を開拓するのとは事情が異なる。


 パーシバルがユージーンに相談すると、彼は計画を実行するための根回しをすると約束した。どんな戦争にも強硬派と穏健派がおり、交易を通じて和平の道を探るというパーシバルの着想は、好意的に受け入れる者も多かろう、というのがユージーンの見立てだった。


 政治的な工作はユージーンに任せ、パーシバルは場所の選定にとりかかった。仕事の傍ら、馬で都市の周囲を見て回り、町づくりに適した場所を探した。


 商人とはいえ敵を招くのだから、都市に近すぎてはいけない。かといって遠すぎれば、物資の運搬に手間がかかる。同じ理由で内陸は好ましくないし、すでにある集落や畑を潰すわけにはいかなかった。


 地図と実際の立地を見比べ、ひと月かけてパーシバルが目を付けたのが、都市の近くを流れる河が形作る三角州だった。


 もっとも下流で二股に別れた河と、海に囲まれたこの場所は、水はけが悪いため麦の生育に適していない。また昔に大きな戦いがあったとかで、どこか近寄りがたい地として今まで放置されていたのだった。


 都市までは、徒歩でも半日で二往復できる距離で、新しい町をつくるのは悪くない場所だった。防御は易いが、兵を繰り出すのには適していない。万が一奪われたとしても、軍事的にさほど不利にはならないと思われた。


 場所の目星がついたころ、ユージーンが王からの書状を持ってパーシバルのもとを訪れた。


「許しが出たぞ」


 その書状には、パーシバルを開発の責任者とする旨の命令が書かれていた。


「随分早く話が進んだな」

「お前を来訪者だと喧伝しておいた」


 パーシバルはかつていた村の聖職者に聞いたことを思い出した。どうやらこの地域でも異邦人を来訪者と呼び、何か特別な期待をする精神的な文化があるらしかった。


 許可にあたっては、もちろんユージーン自身の影響力や政治的手腕もあったろう。しかし彼はそれをいちいち自慢したりはしなかった。ともかく、これで計画に着手することはできるようになった。


 次にパーシバルは、どのような町を作るか考えることにした。これまでにも、両国の商人は交易をおこなっていた。しかしそれはあくまでも個人単位の、ひっそりとしたものだった。もし敵国の兵士に見つかれば、商品を没収される恐れがあったからだ。許可を得て堂々と取引できるだけでも意味はある。


 しかし新しい町を作るからには、相手国の商人が滞在しやすい場所でなければならない。商船を停泊させる港、商品を置いておく堅牢な倉庫、旅の疲労を癒す快適な宿屋、相互理解のために利用できる文化的な施設も必要だ。


 どれほどの費用がかかるだろうか。兵站の仕事で培った経験があるとはいえ、これほどの規模でおこなわれる開発は、パーシバルにとって全くの未知だった。


 まずパーシバルは三角州に資材を運び込めるよう、道を作り、橋を架けた。今はまだ何もない場所に繋がる道だったので、好意的な人々でもそれを怪訝な目で見た。中にはパーシバルのことを狂人同然に言う者さえいた。


 奴はユージーン将軍のお気に入りだから、無駄な工事をして金をもらっている。そういった噂を、パーシバル自身が直接耳にしたこともあった。


 それでもパーシバルは気にしなかった。そういった揶揄も噂も、事業の障害になるようなものではなかったからだ。まだ大きな資金が出ない中で、少しずつ土を盛り、礎石を置いていった。


 ある日、パーシバルが現場に向かうと、三角州に繋がる橋のたもとに、荷物を満載した数台の馬車が停まっていた。その持ち主と思しき人物は、パーシバルを見つけると、腕を広げて喜びを示した。


「久しぶりだな! パーシバル」


 それはザイードだった。彼はパーシバルの手を握り、肩が外れそうな勢いで上下に振った。


「元気そうだな。なぜここに?」

「取引で近くまで来たんだが、偶然お前の噂を聞いた。何か手伝えると思ってな」


 ザイードに付き従っている者の中には、盗賊の砦で一緒だった元奴隷の姿もあった。



 パーシバルにとって、ザイードは非常に心強い味方だった。二人は苦労しながらも、新しい町に必要な道路や施設の建築、商人たちへの喧伝を手配した。費用の半分は国から、もう半分はザイードの商会や土地の有力者が負担することになった。パーシバルは以前貯めていた自分の金も放出することにした。


 町の建設は徐々に進んでいったが、今度は扱う商品についても考えておく必要があった。パーシバルがここ数年で通過してきた地域は肥沃だったので、麦をはじめとした穀物を多く生産していた。


 一方で相手国の土地は痩せており、人口を支えるための食糧を得ることに苦労していた。だからこそ、土地を奪うための戦争にも繋がっていたのだ。しかし相手国は相手国で、色々と面白いものを産出していた。


 例えば染料や香辛料、植物油や鉱物油、宝石、岩塩などである。交易の規模が大きくなれば、互いの国が豊かになる。互いの国が豊かになれば、戦争をする必要もなくなる。パーシバルはそう考え、一層事業に力を入れた。



「この町の名前が決まった」


 ある日、王からの書状を携えたユージーンが言った。


「トゥーナだ。交易地区トゥーナ。お前の名だぞパーシバル」


 パーシバル・トゥーンの名を取り、地名風に変化させた命名だった。功績が認められて嬉しい反面、非常に気恥ずかしくもあったが、国王の命令であれば固辞するわけにもいかなかった。


 やがて本格的な交易が開始され、それほど広くない三角州に立地した町は、商人や彼らをもてなす店の働き手で混雑するようになった。安全と治安に気を配り、無関係な者の立ち入りを制限したため、いさかいが起こることは少なかった。


 パーシバルは町の運営が軌道に乗るよう奔走し、ザイードは商売をさらに拡大し、ユージーンは将軍として兵を率いながら、戦争が早期に終息するよう尽力した。


 五年が経つころ、町は沖からでもその繁栄がわかるほどに発展した。もはやパーシバルが面倒を見る必要はなくなっており、彼は自らが旅立つ準備が整ったのを感じた。


 パーシバルはせっかく作った町を中途半端な形で放り出したくなかったし、友人たちと事業にいそしむことに非常なやりがいを感じていたので、ついつい別れを先延ばしにしていたのだった。


「また旅に出るのか? パーシバル」


 あるい月の明るい夜、友人たちで集まった食事の場でユージーンが言った。


「そうするつもりだ。やはりいつまでも一か所には留まれない性格らしい」


「南か。砂漠の向こうには何があるだろうな」


 ザイードが酒杯を傾けながら言った。


「分からないが、何かは見つかるだろう。それに来訪者は去るのがさだめだ。そういえばユージーン。戦争の方はどうだ」


「ほとんど終わりつつある。あとは停戦の協定を結ぶだけだ。やはり商売の力は偉大だったな。お前の力もだ、パーシバル」


「なら、安心して旅立てる」


 そして三人は夜通し語り、旅の前途を言祝ことほいだ。


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