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パーシバル・トゥーンの遍歴  作者: 黒崎江治
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採金夫 -2-

 盗賊に捕らわれている現状を脱するために、パーシバルはまず他の奴隷たちと信頼を築くことから始めた。周到な計画を立てたとして、ほとんど素性も知らない人間と協力するのは難しい。他の奴隷たちに、パーシバル自身が頼りになる、思慮深い人間だと理解してもらう必要があった。


 採掘作業をしている間は監視があるので、おしゃべりをする余裕はない。そこでパーシバルは仕事が終わった夕方から夜にかけて、他の小屋を訪問するようになった。


 最初のうちは邪険にされたり、疑わしげな目で見られたパーシバルだったが、必要な日用品を交換したり、小屋や持ち物を修理したりを繰り返すと、次第に打ち解けていった。少しすると、他の奴隷同士でも交流が生まれるようになった。


 それまで自分自身が生き残ることだけに必死だった奴隷たちは、少しずつ互いが仲間であると思うようになり始めた。


 お互いが助け合うことで、生活にほんの少し余裕が出てきた。たびたび起こっていた奴隷同士のいさかいも減った。交流は密やかにおこなわれ、また採掘作業の効率も上がっていたので、盗賊たちがそれをとがめることはなかった。


 心を開いてきた奴隷たちの身の上を、パーシバルは丹念に聞いた。ある者には妻と子供がいた。ある者は盗賊たちに全財産を奪われていた。目の前で友人を無残に殺された者もいた。


 それらを話すうち、絶望で冷たくなっていた奴隷たちの心に、小さな火が灯り始めたようだった。その火を大きくするために、パーシバルは現状の打破を奴隷たちに持ちかけた。それは希望だった。このまま奴隷としてみじめに死ぬか、人としての生活を取り戻すために戦うかの選択でもあった。


「確実に成功するとは言えない。危険も大きい。私も皆を巻き込むことは心苦しいが、多くの協力が必要なんだ」


 パーシバルは訴えた。


「そうだ」


 誰かが賛同した。


「俺はもう一度故郷に帰りたい。妻と子供に会いたい」


 気持ちが昂るあまり、涙を流す者もいた。奴隷たちは一丸になりつつあった。



「武器が必要だ」


 具体的な計画を考える中で、ユージーンは言った。


「盗むのは難しいな」


 パーシバルは考えた。盗賊たちが使う武器の管理はさすがに厳重だ。ならば自分たちで用意するしかない。採掘に使う道具は武器になりえるが、失くしたり破損したりした者は厳しく罰せられた。新しく作ることを考えると、剣には多くの金属が必要で、そもそも製造が難しい。弓は扱える者がほとんどいなかった。


「槍だな。扱いも難しくない」


 ユージーンはそう結論した。


 ただし柄となる木材はともかく、穂先となるものの確保が難しかった。このあたりに鋭く加工できそうな石はなかったので、金属を手に入れる必要があった。採掘している金は柔らかすぎるし、そもそも盗みが発覚すれば死は免れない。しかし奴隷たちの中には、鍛冶に詳しい者がいた。


「くず石の中に、使える金属があるかもしれない」


 南の町で鍛冶屋をしていたことのある男は言った。


 金を含まないくず石は採掘現場のそばに積み上げられていたので、取ってくるのは難しくなかった。そしてその中には、銅と錫を含む鉱石があることが分かった。これらの鉱石は金に比べれば不純物を取り除くのに手間がかかり、そのままでは価値も低かったので、盗賊たちは目をつけなかったのだ。


 銅と錫を溶かせば青銅が得られ、それは槍の穂先とするのに十分な強度を持っていた。またくず石捨て場には、壊れた道具の破片が転がっていることもあった。少量ではあったが、これらからは鉄が得られた。


 準備には気の遠くなるほどの長い時間がかかった。パーシバルたちは夜の焚火を利用して金属を溶かし、粘土で作った型に入れて加工した。盗賊たちの目を盗んでの作業だったので、一度に少量の部品しか得られなかった。鋳造で作った穂先は時間をかけて研磨し、武器として使えるだけの鋭さにした。完成した穂先は土に埋めて隠した。


 砦の構造や、盗賊たちの役割分担なども、詳しく観察しておく必要があった。砦を囲む丸太の柵は、一周五百歩か六百歩ぐらいの長さだった。少し歪んだ円形の内部は、半分よりやや少ない空間が奴隷たちの住居、残りが盗賊たちの根城となっていた。


 そこには略奪品を置いておく場所があり、武器や日用品を保管するための倉庫があり、盗賊たちが寝起きしたり、酒盛りをしたり、遊びに興じたりする建物があった。ときおり拉致された女が建物に連れ込まれるのを、パーシバルは見た。彼女たちの運命は、しばしば奴隷たちのそれよりはるかに悲惨だった。


「あそこには、盗賊どもの首領が住んでる」


 ある日の夜、たき火に照らされた大きな建物を指して、ユージーンが言った。首領を殺せば盗賊たちは指揮官を失い混乱するだろう、と。


「結局、全員倒すことにするか、それとも逃げ出すことを優先するか」


 パーシバルは迷っていた。相手が盗賊とはいえ、できることならあまり残虐なおこないはしたくなかった。それに戦いとなれば、こちらも犠牲を覚悟しなければならない。


「一番近い町までかなり距離がある。奴らは馬も持っているし、森の移動にも慣れている。一方的に追い立てられれば死人が増える。少なくとも、追跡を諦めるぐらいには損害を与えるべきだ」


 ユージーンの主張はもっともだったので、パーシバルは首を縦に振らざるを得なかった。


 倒すべき敵の数もまた重要だった。砦に出入りする盗賊たちは首領以下、およそ三十人。彼らは三つの集団に別れ、日によって役割を交代していた。一つの集団は採掘作業の監視を担い、一つの集団は砦に留まり、もう一つの集団は砦の外へ略奪に出かけたり、それで奪った品を売りさばいたりしているようだった。従って、夜間には二十人ほどが砦にいることになる。


 こちらは四十人。数の上で優れており、毎日の作業で鍛えられてはいるが、栄養は十分といえず、また荒事に慣れた者ばかりではない。一方で盗賊たちには武器があり、人を傷つけることにためらいのない無法者ばかりである。


 だから行動を起こすのは、できるだけ有利な状況のときでなければならなかった。


「嵐の夜が理想的だ」


 パーシバルは仲間と話し合った。風雨が強ければ音や気配を消すことができる。視界が悪ければ矢にも当たりにくい。


 こうして、パーシバルとユージーンが計画を立て始めてから、一年近くが経った。そこからさらにふた月、奴隷たちは嵐を待った。準備を進める間、二人が熱病で、一人が水銀中毒で、一人が事故で死んだ。パーシバルも崩れた土砂で二度ほど生き埋めになりかけた。


 そしてついに、嵐がやってきた。激しい雨を伴う冷たい風が森を揺らした。


 日が沈んでから、パーシバルたちは隠していた槍の部品を組み立てた。わずかに黄色がかった青銅の穂先が、ランプの灯に煌いた。


 雨と風が強く、この日ばかりは普段いる見張りも建物の中にいた。奴隷たちは手製の槍をもって、盗賊たちが寝ている建物を取り囲んだ。


 全員が決死の覚悟を決めた。数人がひとまとまりになって、何か所かに別れた建物の扉を、その鍵ごと叩き壊した。


 盗賊たちは完全に油断していた。ここ一年、パーシバルたちは密やかに反抗の準備を進めていたが、それ以外ではむしろ今までより従順だったからだ。彼らが枕元の武器を取る前に、幾本もの槍がその身体に突き立てられた。恐る恐る突く者もいれば、満身の憎しみを込めて槍を握る者もいた。


 くぐもった悲鳴や命乞いが、嵐の音を裂いて砦の中に響いた。しかし長くは続かなかった。


 パーシバルとユージーンは、首領の寝床に向かった。砦に唯一ある石造りの二階建てが、首領の住む場所だった。パーシバルとほか数人の奴隷たちが階段をのぼり、扉の前に立つと、剣を握った髭面の大男が部屋から出てきた。


 驚きとともに振られた首領の剣が一本の槍を叩き斬ったが、残る三本の槍が彼に向けられた。パーシバルの繰り出した槍が首領の肩を切り裂き、ユージーンの刃先が喉を貫いた。長い間奴隷たちを虐げた盗賊の首領は、ごぼごぼと血を吐きながら絶命した。


「一人逃げたぞ!」


 階下で声がした。盗賊の一人が、よろよろと広場に出てくるところだった。彼は幸運にも不意打ちを逃れ、誰かから奪った槍を滅茶苦茶に振り回しながら奴隷たちを牽制していた。


 声を聞いたユージーンが、二階の手すりから飛び降り、ぬかるんだ地面に着地した。パーシバルも階段を使い、素早く階段を下りて彼についていった。


 逃げた盗賊は若かった。まだ十代の半ばで、その顔はひどく怯えていた。しかし必死の気迫に押されて、奴隷たちは中々近づけないでいた。


「下がっていろ」


 ユージーンが槍を構えた。短い静止のあと、彼は極めて洗練された動きで間合いを詰め、巻き上げるようにして相手の槍を弾き飛ばした。動きだしてから勝敗が決まるまではほんの一瞬だった。


「待ってくれ!」


 ユージーンの槍が盗賊の胸元に迫ったとき、パーシバルは叫んだ。


「いまさらやめろというのか、パーシバル」


 彼の声は今まで聞いたことのないような殺気を含むものだった。パーシバルは一瞬たじろいだが、それでも退くことはしなかった。


「そうだ。彼はまだ子供だ。私たちはもう目的を達した。皆殺しにすることはない」

「こいつらはずっと俺たちを虐げてきた」


「それでもだ。ユージーン。これは私たちが、奴隷からまっとうな人間になるための戦いだ。まっとうな人間は怒りで子供を殺したりしないんだ」


 ユージーンはしばらく盗賊に槍を突き付けたままだったが、やがてその身体からほんの少し力が抜けた。


「お前の意見を尊重しよう、パーシバル。俺も少し、頭に血が上っていたようだ」


 そう言って、ユージーンはゆっくりと槍を下ろした。


「行け。二度と俺の前に顔を見せるな」


 若い盗賊は完全に戦意を喪失して、足をもつれさせながら砦の外へ走っていった。他の奴隷たちもそれを見逃した。


やがて誰かが歓声を上げ、何人かがそれに和した。抱き合って涙を流す者もいた。パーシバルもユージーンと手を握り合い、自由の身になったことを喜んだ。激しい雨で身体が濡れることを気にする者は一人もいなかった。


 ひとしきり解放を喜んだあと、パーシバルたちは怪我人の手当てをした。数人が盗賊たちに殴りつけられたり、刃物で切りつけられたりして傷を作ったが、幸運にも死者は出なかった。盗賊たちの何人かはすぐさま降参し、生きたまま捕まった。逃げたのはユージーンによって助命された若い盗賊一人だけだった。


 盗賊たちが寝ていた建物の中は、血まみれの死体が積みあがってひどい有様だった。ある者は当然の末路だと言い、ある者は盗賊といえども哀れだと言った。しかしもう過ぎたことだったし、やるべきでなかったと言う者はいなかった。


 事前の観察によれば、この夜に打ち倒した盗賊たちのほか、十人ほどが砦の外に出ているはずだった。生き残った盗賊を尋問すると、北の街道へ略奪のために遠征しており、早くても翌々日までは戻らないだろう、とのことだった。


 パーシバルたちは武器と防具を手に入れたので、砦で残りの盗賊たちを待ち構えることもできた。しかし今度は完全な不意打ちにはならず、そうなればより多くの怪我人や、あるいは死者がでるかもしれなかった。盗賊たちが出かけている方角とは反対に向かい、背後を警戒し続けるならば、より安全に町まで辿り着けるだろう、とパーシバルは判断した。


 奴隷たちはのきの下で火を焚いて暖をとり、蓄えられていたパンや肉を好きなだけ食べた。酒を飲んで酔う者もいた。食事はそれほど豪華というわけでもなかったが、パーシバルには涙が出るほどうまいもののように思えた。



 翌日の朝までに、嵐は過ぎ去っていた。盗賊たちの財宝や馬はそのまま残ったので、奴隷たちはそれを持ち帰り、生活を立て直す助けとすることにした。


 パーシバルたちは持ち運びやすい財宝と怪我人を馬で運び、残りは歩いて近くの町まで行くことにした。一昼夜あと、奴隷たちは街道まで辿り着いた。ここまでくれば追手の心配は少なくなる。全員が持っていた武器をしまい、通行人を脅かさないようにした。


 日が暮れる前には近くの町へ到着した。四十人もの大勢が一度にやってきたので、すぐに領主の兵が飛んできた。しかし町に家族がある者もいたし、盗賊の被害はたびたび報告されていたので、事情を了解した町人は解放された奴隷たちを喜びと労いで迎えた。領主はさっそく兵をまとめ、盗賊を一掃すべく森へと出かけた。


 パーシバルたちは町の広場でテントを張ることを許された。奴隷たちは久しぶりに安全な夜を明かし、町人から提供された食料でささやかに宴を催した。


 人心地がついたパーシバルたちは、次に身の振り方を考えなければならなかった。砦から持ち帰った財宝で当面の生活を支えることはできそうだったが、一生遊んで暮らすには到底足りなかった。もともとの仕事や家族を持っている者はまだましだったが、そうでない者は路頭に迷ってしまいそうだった。


 そこでパーシバルはかつての商人仲間であるザイードに手紙を書き、仕事のない仲間の一部に持たせた。彼らをなんとか雇って欲しいということ、自分は戻らず、もっと南に向かうつもりだ、ということを記しておいた。


 そのほか、町にしばらく滞在してゆっくり考えようとする者、財宝を元手に新しく商売を始めようと考える者もいた。


「パーシバル。南に向かうのなら、俺と来ないか。仕事の世話をしてやる」


 テントの中で寝転がりながら、ユージーンは言った。


「そういえば、君は兵士だったな」

「ああ。一人仕官させるくらいわけはない」


「ありがたい話だが、私は兵士に向いてないと思うんだ」

「戦うだけが兵士じゃない。お前のように慎重な人間も必要になる」


 パーシバルは少し迷ったが、他にあてがあるわけでもないので、ユージーンの提案を受けることにした。


 そのあと少しして、領主の兵が何人かテントに近付いてきた。パーシバルとユージーンがテントの外へ出ると、兵たちのうち一人が直立不動でこう言った。



「大変ご無礼をいたしました、ユージーン将軍(、、)!」


 パーシバルがユージーンの顔を見ると、彼はいたずらっぽい表情で顎をさすっていた。


「不覚を取ったのが恥ずかしくて、詳しい身分を言えなかったのさ」


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