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パーシバル・トゥーンの遍歴  作者: 黒崎江治
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パーシバル・トゥーン -2-

 パーシバルはその村で、四年の月日を過ごした。彼は健康で、手先が器用で、頭が良く、また社交的な性格だったので、村の誰もがパーシバルを好ましく思い、頼りにした。


 パーシバルもある程度は満足した日々を過ごしていたが、夜に星を見ていると、どこか心が落ち着かない気分になるときがあった。南の空に浮かぶ星々を眺めると、特にそれが強くなった。


「ここより南には何が?」


  あるとき、パーシバルはテオに尋ねた。


「また別の村や町がある」


「それより先には?」

「深い森がある。そこより先のことは分からない」


 老夫婦はこの村で生まれ、外へ出たことはなかった。他の村人も、多くが似たようなものだった。


「もし村の外について知りたいのならば、ザイードに尋ねるといいだろう」


 テオは言った。ザイードはこの村に出入りしている商人で、ときおり塩や日用品などを売りに来ていた。


「あなたが倒れていた川は、南から流れてきているのよ」


 それまで話を聞いていたアルバが口を挟んだ。


「記憶を取り戻す手がかりは、南にあるのかもしれないわね」


 自分の記憶は、時間が経てば自然に戻るのかと期待していたが、どうやらそうではないようだった。パーシバルはやはり記憶を取り戻さないといけないような気がしていた。そしてそうするためには、いつか村を離れなければならないということを理解し始めていた。しかしもちろん、それは老夫婦との別れを意味した。


「旅に出るの? トゥーン」


 そんなパーシバルの心情を察したように、アルバは穏やかな調子で言った。


「そうしなければいけないような気がするんです。どうしてかは分からないけれど」

「ならば、きっとあなたにとってすごく大事なことなのね」


「助けてもらった恩は忘れません」


「そんなことはいいのよ、トゥーン。あなたは私たちと村にたくさんのものをくれたから。それで十分。きっと行く先々でもあなたは色々な人を助けて、色々な人に助けられるでしょう。トゥーン。あなたに太陽の導きがあらんことを」


 それからひと月後、パーシバルは村人から贈られた様々な荷物を携え、村を出発することにした。


 パーシバルは老夫婦のことが心配だった。命を救ってくれた二人のもとを離れることには、大きな後ろめたさがあった。しかし旅立たねばならないという思いは、もはや抑えがたいほどになっていた。パーシバルは老夫婦と抱き合い、互いの健康と幸福を祈った。


◆ ◆ ◆


 私は一旦手帳を閉じ、大きく伸びをした。『パーシバル・トゥーンの遍歴』は、明らかになんらかの物語らしかった。活字ではないから、出版されたものではないだろう。


 父がこれを著したのだろうか。しかし私が知る限り、父に小説を書く趣味はなかった。それに父はワープロもパソコンも使いこなしていたので、非効率な手段にこだわって文章を書くとは思えなかった。


 主人公のパーシバルは、私とかなり違う人間であるようだった。落ち着いていて、社交的で、積極的な性格をしていた。言葉の通じない、見知らぬ場所でうまく振る舞うことなど、私にはできそうもなかった。


 ただ自分と違うからといって、パーシバルが不快な人物であるということではない。読み手を含めて、彼は誰にも好かれる人間なのだろう。


 私は父の椅子から立ち上がり、改めて自分の荷物を自室に運ぶ。幼少期から高校時代までを過ごした部屋でベッドに寝転がり、手帳の続きを読み始めた。


◆ ◆ ◆


 ここより南に行ってみたいということについて、村に出入りする商人のザイードは快く相談に乗ってくれた。彼は恰幅のよい、口ひげと顎ひげを蓄えた饒舌な男だった。ザイードはちょうど商売の手伝いが欲しかったところだと言い、荷馬車に同乗させてくれた。


「記憶がすぐに取り戻せればいいが、もしかしたら長くかかるかもしれないし、もっと遠くに行く必要があるかもしれない」


 南にある町への道中で、ザイードは言った。



「そのときのために見聞を広めておくといい。金も貯めておかなくちゃな」

 パーシバルはその意見に同意し、しばらくザイードについて商売を学ぶことにした。記憶を取り戻すといっても、具体的なあてがあるわけではないのだ。


 ザイードはパーシバルがもともといた村、その周辺の集落、そこから南の少し大きな町、ときには西にある港町まで足を伸ばして、商品の買い付けや販売をおこなっていた。食料や日用品を扱うこともあれば、木材や鉄といった加工品の材料を運ぶこともあった。


「人がいれば馬車も増やせるし、運べる荷物も増える」


 ザイードはそう言ってパーシバルの手伝いを歓迎し、儲けの一定割合を分配することを約束した。


「このあたり、つまり大森林よりも北は領邦国家になっている。王がいて、何人もの領主がいる。大森林には盗賊が多いから、好んで通行する者は少ない。大森林から南はまた別の国で、ここは一人の王が治めている」


 商売に使う地図を広げて、ザイードは説明した。パーシバルはいきなり世界が広がったような気分になって混乱したが、なんとか話についていこうとした。


「そこから南の海を渡るとさらに別の国だ。もっと南には大きな荒野が広がってる」

「どこかに、私に似ている人々は住んでないだろうか」


 パーシバルは尋ねた。彼の容貌は村の人々と違っていたので、自分はどこか遠くから来た人間なのではないか、と常々考えていた。


「少なくともこの辺りでは見かけない。もっと南ならあるいはお前に似た人がいるかもしれない。それにしたって、故郷からずっと川を流れてきたわけじゃないだろう」


 ザイードはそう言うと愉快そうに笑った。


 パーシバルが商人として覚えることは多かった。馬の乗り方、荷物の積み方、商品の見極め方、誰にどのように売れば最も利益になるのか。商人仲間や領主の性格まで、ザイードは頭に入れていた。


 さすがに教える側の知識を超えることはできなかったが、パーシバルは色々なことをよく覚えた。算術についてはザイードよりも得意で、金銭の扱い、商品の重さと値段の計算、売り上げの予測などをうまくこなした。



 半年後、パーシバルは仕事のうち多くを任されるようになり、三年後にはもうすっかり一人前の商人になっていた。そのころになると、二人の商売も大いに繁盛するようになった。パーシバルとザイードは人を雇って取引を増やし、港町に小さな商館を構えるまでになっていた。


 しかしそれでも、パーシバルの記憶は戻らなかった。ザイードには嫁を貰ってどこかに落ち着いてはどうかと勧められたが、それは自分の記憶を諦めるような行為であるように思えたので、パーシバルはあまり積極的に考えようとはしなかった。


 一方、パーシバルはこの三年間で財貨を蓄え、それなりに大きな資産を作った。よほど贅沢をしなければ、一年か二年は楽に旅ができるはずだ。そろそろ、もっと南を目指す頃合いだろう、とパーシバルは考え始めた。


 彼はそのことをザイードに話した。彼は優秀な片腕であり友人であったパーシバルとの別れを悲しんだが、前途に幸福があるよう、彼なりに祈ってくれた。


 しかし旅立ちを決意したすぐあと、パーシバルは大きな困難に見舞われることになった。


 ある日パーシバルは馬車を駆り、西の港町から大森林に沿った街道上にある町へ、布と木材を運んでいた。荷台を繋いだ四頭立ての馬車二台と、雇った御者が一人、護衛の傭兵が二人いた。


 季節は秋にさしかかり、数日間は気持ちのいい陽気が続いていた。しかしこの日、途中で馬車の車輪が破損したため、パーシバルは修理に時間を取られていた。なんとか修理を終えた一行は遅れを取り戻すため、少々道を急いでいた。


 どうやら日暮れまでには宿場に到着できそうだ、とパーシバルが考えたとき、その頭を小さな雨粒が濡らした。空を見上げると、天気が急速に悪くなってきていた。


「ついてないな」


 しかし次の瞬間、もっと不運なことが起こった。馬車の右方向から、いきなり複数の矢が飛んできたのである。


 パーシバルが素早くそちらを向くと、隣に座っていた傭兵が頭を貫かれて絶命していた。


 パーシバルは突然の事態に凍り付いた。すると森の中から、ぞろぞろと盗賊たちが姿を現した。十人以上はいるだろう。我々は襲撃に遭ったのだ。パーシバルは一瞬遅れて理解した。


 先ほど飛んできた矢はクロスボウによるものだった。盗賊の半分はそれで武装していて、残りは剣や槍を手にしていた。


 後ろの馬車に乗っていた傭兵は既に射殺され、逃げようとした御者も胴体に矢を受けて倒れた。パーシバルはどうすることもできず、無抵抗の意思を示すしかなかった。


「荷と馬はもらう。お前も来い」


 盗賊の一人が言った。どうやらどこかに拉致されるらしい。抵抗や逃走を試みれば間違いなく殺される。今は従うのが得策だろう、とパーシバルは判断した。


 しかし温かいもてなしは到底期待できそうにない。パーシバルは自分の不運を呪いながら、両手首を縛られ、盗賊たちによって森の中を連行されていった。


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