『VRMMOの百合救世主』プロトタイプ版
長編で思い浮かんだ話ですが、連載を増やすのはどうかと思い、短編にしてみました。
見よう見まねのVRMMOものです。
MMOも未経験なので生温い目で見守ってください。
目を開くと黒い空間にいた。少し緑がかった黒の世界は天地に格子状の緑光が走っている。
あれだ。イメージ的には二十世紀に想像されていたサイバー空間に近いかもしれない。
と言っても、もう四十五世紀だ。今の時代にはナンセンスなサイバー空間なんて、中学時代の社会科教諭のトリビアで聞いた覚えがあるくらいだ。
『ようこそ、“神々の箱庭”へ。あなたのデータを作りますので、お名前をどうぞ』
体の動きを確認していると無機質な女性の声が空間に響いた。腕の動きを見ていた顔を上げると白い光が収束し、女性の形を作っていく。表情がないのが気になるが想像以上に美人だ。胸が大きいのもグッド。
「メグルで。お姉さんのお名前は?」
『メグル様ですね。登録致します……私の名前はアルファです。以後、お見知り置きを』
アルファさんは淡々と作業を進めながら質問に答えてくれる。流石、数あるVRMMOの中でも最高金額のゲームだ。AIの受け答えがスムーズだ。
「よろしく、アルファさん。以後ってことはこれからも会えるのかな」
『GMコールへの回答を一部担当しております。他にも業務はありますが……それはご自分で探して頂いた方がよろしいかと』
「そうだね、ごめん」
モンスターですら生きているようなAIに圧倒的な自由度。それがこのゲーム“神々の箱庭”の醍醐味だ。
彼女を探すのもゲームの楽しみの一つ。ゲーム開始前に楽しみをなくすことはない。
『メグル様。映し身の設定はどう致しますか』
「髪は思いっ切り伸ばして。上の方で一つに結んで……ああ、そうそう。そんな感じ。
前髪は……今のまま横に流すのでいいか。あ、色はどうしようかな……留まり紺ってある? あるんだ。じゃあ、それで。
顔って変えなきゃだめ? やっぱ、だめか……リハビリテーション用だもんね……じゃあ、舐められないように目を鋭めで。
色かぁ……髪が寒色だから瞳は暖色でいくか。猩々緋でお願い。
え? 胸? いやいやいや、盛らなくていいです!」
淡々と私の指示に従っていたアルファさんが「胸のサイズは大きくしますか」とかいきなりぶっこんできた。
見るならば大きい方が好きだが、自分のはどうでもいい。楽しくもないし。
そもそもCなら盛る必要は……え、ないよね? ねぇ?
『こちらでよろしいでしょうか』
マネキンのようなアバターは一瞬で私と瓜二つとなり、私の指示でゲーム用の分身へと変化していた。黒に近い青の髪を侍のように結い上げ、切れ長の目には燃えるような緋色がはめ込まれている。
うん、これくらいで身バレ防止はいいだろう。アルファさんも何も言わないから大丈夫だろう。
「これでよろしく」
『かしこまりました。今、メグル様の体に同期させます』
「お?」
結んでも腰辺りまである留まり紺の髪を摘む。さっきまで目の前にあったアバターが私に変わったようだ。
アルファさんが出してくれた姿見で体を動かしながら再確認。うん、これでいい。
「ありがとう、これでいいよ」
『かしこまりました。では、ジョブとスキルの決定をお願いします』
目の前にパネルが現れ、ずらぁっと初期ジョブが並んでいる。
このゲームは初めに種族が選べないからか、初期ジョブを二つ選べる。メインジョブにはスキル枠が十個、サブジョブにはスキル枠が五個あるのでそこを育てていくらしい。
キャラ作成で選べるのはメインジョブでスキルを三つ、サブジョブでスキルを二つ。何にするかは開始前の下調べで決めていた。
「メインジョブを“調教師”、サブジョブを“商人”で。
スキルはメインに“調教”“識別”“意志疎通”、サブに“契約”“道具製作”でお願いします」
悩むことなく告げた私に、アルファさんは初めて表情を見せた。少し眉を寄せたその表情は、怒っていると言うより理解出来ないものを見たと言ったものだ。
『失礼ですが、攻撃スキルがないようですが……』
「あ、うん。やりたいこと決まってるから」
武器スキルも魔法スキルも取る余裕がないとも言える。
アルファさんはますます眉を寄せた。表情がないのはAIの簡略化の為かと思っていたが、どうやら彼女の性格のようだ。それならもったいない。
きっと笑えば可愛いのに。
『……これは私の個人的な興味による質問です。メグル様は“神々の箱庭”で何を成すおつもりですか』
『お答えはなくとも結構です』と前置きをしてからアルファさんは聞いてくる。まあ、気になるのもしょうがない。
攻撃スキルがないのだから戦闘がやりたくてするわけじゃない。生産をやりたいなら、調教師を取る必要がない。
成人してればエッチなことも出来るけれど、ヤリ目的にしてはおかしなジョブとスキル。
高度なAIを積んでいるからこそ、聞きたくなるだろう。
「廃棄モンスターの救済です」
私の答えに、アルファさんは今度こそ大きなリアクションを見せた。目を大きく見張り、口を薄く開けている。
口元エロいなぁ、眼福眼福。
『そう、ですか……私もあの状況は胸を痛めています……あなたは、あれを救おうと……』
廃棄モンスター。それは高度なAIを積んだが故に起きた“神々の箱庭”での悲劇。
テイムマスターへ自律的にサポートが出来るように、テイム後にはテイムモンスターにNPCと同じレベルのAIが発動するようにした。
それ故に起こったのがある一定のテイムモンスター達の戦闘拒否。NPCレベルのAIだから性格は千差万別。戦闘好きもいれば当然怖がりのモンスターだっていた。マスターとどうしたって馬が合わない性格になるモンスターも当然いた。
マスターの気に入らないモンスターはどうなったか。ゲームにまで人間関係のストレスを持ち込みたくないのは分かる。
テイム解放。“神々の箱庭”プレイヤーの間では“廃棄”と呼ばれている。
何故か。それは一度テイムされたモンスターは、MOBへと戻れないからだ。高度なAIを積んだままの廃棄モンスターはMOBには敵と認識されてしまう。
モンスターが故にNPCとプレイヤーには追い立てられ、テイムされたが故に同じMOBからは敵と認識される。
テイム解放されたモンスターに残されるのは追われる恐怖と周りに敵しかいない孤独。それをAIをプログラムとしか思わない奴らは“廃棄”と笑った。
運営は状況の改善をしなかった。いや、出来なかった。テイムモンスターの自律AIは上手く噛み合えば最高の結果を出してくれた。今更、それを取り上げられることに反対のプレイヤーは当然多い。
解放後の自律AIからMOBへの切り替えも考慮したらしい。だが、それは結局の所AIの削除なのだから死亡と違わないのでは、と考えた運営は解放後の一縷の望みにかけたらしい。
だが、望みは第三陣がプレイし始めても叶うことはなかった。テイム上限数がそれを邪魔した。廃棄された全てを救うことは誰にも出来なかった。
『出来るのですか?』
「こうすればいいんじゃないかって閃きはあります。でも実現可能かなんて分かりません。私はまだゲームを始めてもいないんだから。
だから試してみようと思ったんです。どうせゲームなんだから好きにしていいでしょう?
ここは現実じゃないんだから、夢くらい見たって、理想に生きたっていいでしょう?」
必要ないって、捨てられるモンスターが、どうしようもなく自分と重なった。
だからやる気のなかったゲームでのリハビリに、この作品を選んだ。
君は必要だよって、抱き締められる喜びを教えたい。
言葉を飲み込み、作り上げた沈黙をどう捉えたのか。
アルファさんは目を瞑り、少し深い息を吐く。
目を開く。ふわり、と浮かんだ柔らかい微笑みは薄紅色の椿が咲いたようで、思った通り可愛かった。
『分かりました。それでは私はあなたの成功を祈りましょう。
本当は一人のプレイヤーに肩入れするのは許されませんが……私は禁を犯してでも、あなたの行動を見守りたいと思います。
あなたは諦めていた私達の、希望の光ですから』
五歩、近付いたアルファさんが私の頬を両手で包む。目の前に現れた無粋なステータスパネルは一律10。
そこに、ピコンと音をさせて称号が追加される。
《称号『αの祈り』を入手しました。
αの祈り:幸運値に+5補正》
とてもありがたい称号が貰えた。ポイント制ではなく、行動でステータスの変化するこのゲームではLukを上げるのがなかなか難しいらしい。今後の計画の成功にプラスに働いてくれるだろう。
「ありがとう。有効に使わせて貰うよ」
頬に触れていたアルファさんの手を握る。温かいそれに、彼女はこの世界で生きているのだと認識する。
『いえ、これは私の勝手な行動ですので。
……長々拘束してしまい申し訳ありませんでした。
そろそろ、メグル様を“箱庭世界”へとお送りしたいと思います。
このゲームにチュートリアルはありませんので、どう行動するかは各自のご判断にお任せします。
始まりの土地は“ホワイト”です。
それでは、メグル様。これから“神々の箱庭”をご自由にお楽しみください』
手が離れ、アルファさんは深くお辞儀をする。顔を上げた彼女にもう笑みはなく、先程の無表情に戻ってしまっている。
「じゃあ、行ってくるね。あ、そうそう」
『はい』
光に包まれた私を、アルファさんは無表情に見つめ返す。
「今も綺麗だけどさ、笑うと可愛いから。笑った方がいいよ」
指で自分の口角を上げ、にぃっと笑顔を作ってみせる。
アルファさんは白い頬を少しだけ赤く染めて、目を伏せてしまった。
『可愛いだなんて。そんなことを仰ったのは一万五千人の中でメグル様だけですよ。
お戯れはお止めください』
「見る目ないなぁ、みんな」
本心なのにおふざけと思われてしまった。
まあ、いい。ゲームで出会ったらもう一度ちゃんと「可愛い」って言おう。
白い光に包まれて、私は“神々の箱庭”の世界へと降り立った。
* * * * *
「きっつ……」
“神々の箱庭”、プレーヤー間の通称“ハコニワ”にログインし始めて早一週間。
ゲーム時間では約四倍。つまり一ヶ月が経過している。
状況は、全く芳しくなかった。
「見通しが甘かった……誰だよ、戦闘スキルいらないって言ったの……」
私か。私だったな。
本当に、ばかものだよ。
調教師ギルドと冒険者ギルドに登録した。道具製作スキルを鍛える為に師匠を探したら、美人で巨乳のおねーさんの家に住み込みで教えて貰えることになった。
そこまではいい。むしろ順調と言える。
問題は金策。戦闘スキルのない私には、冒険者ギルドで受けられる町の手伝いクエストか薬草採取くらいしか金を稼ぐ手段がない。
だがそこでネックとなるのは己の事情。リハビリ用にプレイしている私は右手足が上手く動かせない。神経回路の回復が主目的なので、始め立ての今はぎこちない動きになってしまい歩くのにも杖が必要だ。
当然、クエストを消化するにも普通より時間がかかるし、ステータスの伸びも悪い。薬草採取の時は町のすぐ側でもモンスターとのエンカウントに怯えながら草むしりをしている。
テイムはまだ出来ない。基本は戦闘で勝てばいいのだが、最弱MOBのホワイトスライムにも嬲り殺される現状なので使えないのだ。
元々、この手足なので戦闘は出来ないからいいんだが……これで「ぼくのかんがえた、さいきょうのテイムほうほう」が通用しなければ詰みだ。巨乳師匠の弟子と言う名の半居候で終わってしまう。
あれ? それもちょっと楽しいかもしれない。
「グルルルルゥ……ガウッ!」
「って、何でこんなとこにホワイトウルフが! ぎゃああああ!」
くだらないことを考えながら薬草を抜いていたら、ここのフィールド最強の白狼に噛み殺された。
ちなみにハコニワのデスペナは所持金半減とハコニワ内で丸一日のステータス九割減。他のゲームと比べるとなかなか厳しいらしいが、瀕死からの治療リハビリの費用とステータスと考えると随分良心的だと思う。
私なんかゲーム出来るようになるまで、一年かかったもんなぁ。
「今回もありがとうございます」
「礼には及びませんよ。これがわたくしの仕事なので」
復活させてくれたシスター、リーアさんに頭を下げる。
リーアさんとは蘇生でだけでなくクエストなんかでも関わり合いがあるので、それなりに親しい。
彼女は正に「ザ・シスター」と言った感じで、雀の涙程しかない私の蘇生金でも慈愛に満ちた笑みで復活を喜んでくれるのだ。
紛うことなく聖母。その胸もまたアガペーがたくさん詰まっている。
「あ、これ少ないですが使ってください。孤児院の就労訓練かなんかで」
「いつもありがとうございます」
採取クエで多めに採ってきた薬草を渡す。
ホワイトーキと呼ばれる真っ白な人参みたいな薬草は初級ポーションの材料になるのだ。プレイヤーの間では白薬草で通っている。教会では治療院と孤児院もやっているので、孤児院の薬師希望の子の訓練にでも使って貰えればいい。治療費代わりだ。
「メグルさんの採られる薬草はどれも丁寧に保存されてますのでとてもありがたいです」
「あ、そうなんですね」
それは多分採取スキルがないから、手動で採るしかないからだ。低品質にならない為にかなり気を使っているし。
採取スキルは取れない。余分なスキルポイントがないからだ。
スキルポイントはスキルレベルが1上がるごとに1増えるが、今の所道具製作しかスキルレベルが上がっていないのだ。
道具製作のスキルレベルは3になっている。スキルポイントも3。欲しいスキルがあるので、今は貯蓄中だ。
「ですが……差し出がましいとは思いますが、メグルさんのスキルでは冒険者をやるのは難しいのでは……シルルさんの元で働くだけではだめなのですか?」
白薬草を後輩らしいシスターちゃんに渡し、リーアさんは胸の前で手を握るように合わせて私に問いかける。私の方が背が高いので上目遣いだ。腕が前に行くことで胸のボリュームも増しているし、男なら鼻の下が伸び切っていただろう。耐性がある女で良かった。
「弟子入りって言っても押し掛けですしね。師匠の手伝いも五体不満足な私では逆に仕事を増やすことになりますし。寝起きする場所と師匠の作業を見学させて貰えるだけで充分過ぎると思ってますよ」
師匠はいらないと言うが、食事と住む場所、おまけに技術まで与えて貰っているのだ。宿代には少ないが、稼ぎの半分は師匠に押しつけている。
だからこそ、道具製作の為の資金繰りが上手く行かず、計画が遅々として進まないのだが。
師匠は道具代くらい出すって言ってくれるんだけど……それだと弟子ってよりヒモな気がしてさ。断ってるのだ。
私の器用値だとほぼ成功しないから申し訳ないってのもある。
初期ステータスはオール10だが、私のステータスは筋力値、体力値、敏捷値、知力値、精神値、器用値、幸運値の七項目の内、Str、Agi、Dexが10以下に下がっている。
いや、下がってるなんてもんじゃない。右手足が上手く動かないので、Strは3、AgiとDexはなんと1にまで下がっている。
資金繰りに喘ぐ程度で済んでいるのはひとえにLuk15のお陰だ。
どこにいるかは分からないが、アルファさんには足を向けて寝られない状況になっている。《αの祈り》ありがとうございます。
「それでしたら孤児院に住まわれるのはいかがですか?
子供達も随分懐いていますし、治癒魔法を覚えて頂けたら治療院でも働けます。
メグルさんのお人柄と知識なら、充分戦力になりますし」
私の右手を取り、無意識に胸へと押しつけるリーアさん。
うわ、手が谷間に埋もれるとこなんてリアル(?)で初めて見た。そこまで感覚が戻ってないからあれだけど、あったかいのだけは感じる。
これ、左手だったら申し出を受け入れてたわ。
「ごめんなさい、リーアさん。嬉しいですけどやりたいことがあるので……あ、でもまた子供達と遊んだり、治療院のお手伝いはしに行きますね?
リーアさんにはいつも治療して頂いて感謝してますんで」
さりげなく谷間から右手を救出する。
危ない危ない。NPC相手でもハラスメント・コールは鳴るのだ。
ハコニワは現実と同じように、同性間でも結婚が出来る。見た目は二十世紀より古い中世が舞台の癖に、NPC達の恋愛観も現代ナイズされている。成人済みなら色々出来るゲームだからこそ、良識を守るべくセクハラには厳しく出来ているのだ。
「分かりました。では、今度は治療ではなく子供達に会いに来てくださいね?
わたくしも子供達も、メグルさんと会うのを楽しみにしていますから」
「分かりました。それじゃあ、また今度」
少し寂しそうなリーアさんに一礼し、私は治療院を後にした。
「シルル師匠ー、ただいまー」
「おかえり、メグル!」
赤い屋根をした雑貨屋の裏口から声をかける。凄まじい勢いで戸が開かれた。
大きな胸を派手に揺らして登場したシルル師匠は、私を見ると不機嫌そうに眉を寄せた。
「師匠?」
「入りな、メグル。今日は何にヤられた?」
速攻バレた。私は杖をアイテムボックスにしまい店舗兼作業場兼家の中へと入る。
「ホワイトウルフ」
答えると、シルル師匠は額に手を当ててため息を吐いた。
「何で町の防壁周辺でそんなのにかち合うかなぁ。メグルってエンカウント運は全くないよね」
「何でだろうねぇ、自分でも不思議」
敬語はいらないと言われているので、私は普段の言葉遣いで声を返す。
エンカウントだけは全くLukさんが働かないんだよね、不思議。
「あ、師匠。今日の家賃。少ないけど」
「だからいいって……分かった、受け取るよ」
私は教会からの帰り道で冒険者ギルドに寄って薬草採取のクエストは終えていた。
その金額は120ルピス。私はじーっとシルル師匠を見つめて半額の60ルピスを受け取らせる。
宿の素泊まりが一泊100ルピスなのでそれより40ルピスも安い値段で食事とおっぱい師匠がついてくる。
本当にこういう所はLukさんパーフェクトだよね。
「師匠、ご飯作るの手伝っていい?」
「おう、助かる」
絶対邪魔にしかならないだろうにシルル師匠は笑顔で台所まで肩を貸して連れてってくれる。
リハビリの為にもDexアップの為にも料理みたいな作業は向いている。デスペナ中だが元々1だから関係ないし。
今日はこんなことがあったーあんなことがあったーと、きゃっきゃうふふ料理しながらお喋り。
ガタガタだけど何とか人参が切れてちょっと嬉しい。利き手じゃない左手を使うのって慣れない分達成感がある。
「そういえば教会って人手足りないの?」
「え、何で?」
人参がガタガタ入っているシチューを食べながら尋ねるとシルル師匠が首を傾げる。
今日のリーアさんとの会話を説明すると、シルル師匠はまずいものを食べたような顔になった。
「あんの女狐……教会も治療院も人手は足りてるよ。孤児院だって上の子が下の子を見るようになってるんだからカツカツなわけじゃない」
「そっかぁ」
じゃあ、あれかな。聖母的な慈愛に溢れるご好意だったんだろうか。
「メグルは、その……ここで、道具作りを覚えたら、その……出てくつもりか?」
「え?」
シルル師匠が不意に人参をつつきながら聞いてくる。うつむいていて表情はよく分からない。
あー、確かに余りそういう話はしないで住み込むことになったかも。
「私は調教師がメインだから、これからパーティーメンバーも増えるし……スキルをレベル10まで鍛えて、スキルアーツで初級魔道具を生産可能になったら、出てった方がいいかなぁって思ってた。
私が住み着いてたんじゃ、恋人と一緒に暮らせないでしょ?」
「べ、別に恋人なんていないから! お前はアタシの弟子なんだからずっといてくれたっていいんだぞ?
お前を養うくらいの蓄えはあるつもりだし……」
私の答えを聞いて、シルル師匠は顔を上げて話す。
ここまで弟子を思ってくれて嬉しいが、私にはやるべきことがある。
「師匠。嬉しいけど、私にはやりたいことがあるんだ。
ただの思いつきでしかないから、ここで生活してる師匠を巻き込む気はない。
師匠の言葉は嬉しいけど、ごめん」
くしゃっとシルル師匠の顔が歪む。
ああ、泣かせるつもりはないのに。私はよたよたシルル師匠の隣に座り、彼女の頭を撫でる。
シルル師匠は目は潤んでいたが泣きはしなかった。大人しく撫でられながら「何をするつもりなんだ」とぶっきらぼうに聞いてくる。
ついでだ。道具製作師と商人のジョブを持つ彼女に、私の計画が夢物語で終わるか聞いてみる。
「廃棄モンスターを救いたいんだ。就職支援と言うか、斡旋かな。
折角私達と意志の疎通が出来るくらいの知能を持つんだからさ、人にはないモンスター特有の能力を町で生かせたらいいんじゃないかって思った。
テイム数には上限があるし、普通のモンスターは結界があるから町には入れないからさ、“雇用”って形にしようと思って商人ジョブを取って契約スキルを取ったんだ。
モンスター雇用に使う契約書なんて存在しないから、手作りしようと思って道具製作も取ったんだよ。
まあ、まさか初級用紙も作れないくらいDex不足だとは思わなかったけど」
苦笑する私をシルル師匠は笑わなかった。顎に手を当て、真剣に私の夢物語を考えてくれる。
本当に弟子冥利につきます。
「……“雇用”は理論上問題なく出来るはずだ。
ただそれに捨てられた彼らが納得するかは分からない。たとえ彼らが人間との共存を望むようになったとして、私達がそれを受け入れられるかは分からない。
……だけど、アタシは協力したい。
お前の夢を、手伝いたい」
思わぬ言葉に、私の手が止まる。シルル師匠は私を見上げ、撫でていた手を取ってはにかむ。
その可愛さに、ハラスメント・コールを忘れて抱き締めてしまった。と言っても左手で腰を抱いて頬を彼女の頭に乗せるくらいなんで大丈夫だよね? スキンシップ、スキンシップ。
「あぁぁ……め、メグル?」
「師匠、ありがとう」
固まってしまったので、お礼だけ言って体を離す。ハラスメント・コールは鳴らなかった。セーフ。
「食べ終わったら、契約書作り手伝ってくれる?」
「も、もちろん!」
こくこく頷くシルル師匠に満足し、私は席に戻って人参シチューの残りを食べる。
うん、自分で切った人参はおいしい。
* * * * *
現実時間の三ヶ月はハコニワの約一年。イベントもスルーし、私は契約書作りに勤しんでいた。
神経回路は大分回復し、軽く足を引きずるが杖なしでも歩けるようになった。
もちろん右手も順調に使えるようになり、生産での失敗も減っている。十回に一回くらいはまだ失敗するけど。
「師匠、やっと完成しました」
Dexはやっと38。道具製作スキル41に比べると圧倒的に遅い伸び。
それでも私は、オリジナルの契約書を完成させた。百枚近い失敗を重ね、出来たのはたった四枚。レアリティはノーマルレア。ランクはDと七段階で下の方。
それでも私にはかけがえのない四枚だ。
「ああ、良くやった」
シルル師匠に誉められて嬉しくなる。彼女には本当に頼ってばかりだ。頭が全く上がる気がしない。
「おめでとうございます、メグルさん」
そして一年の間にシルル師匠と同様、協力してくれるようになったリーアさんからもお誉めの言葉を頂く。
教会の持つ呪いとそれを解く知識は“契約”スキルを使う上でのヒントになった。もちろん、契約モンスターを呪いで隷属なんてことをするつもりはない。強制ではあるが呪いも契約の一種であるのでその発動メカニズムが参考になったのだ。
「師匠、リーアさん、これも二人のお陰です。ありがとうございます」
左手でシルル師匠、右手でリーアさんの細い腰を抱き締める。
二人はむぎゅっと大きな胸を押しつけて、ほっぺにキスをしてくれた。
おお、盛り上がって参りました!
「じゃあ、早速行ってきます!」
私は二人の頬へ順番にキスを返し、契約書をアイテムボックスに入れる。
テンション上がってるから、キスくらいのスキンシップしたっていいよね?
「ああ、頑張ってこい」
「無理はしないでくださいね?」
「ええ、分かってます!」
ぐっと親指を立て、私は勇んでフィールドへと向かった。
門を出て一分後、白狼に噛み殺されて教会にデステレポートした。
「ちくしょう、護衛か。護衛がいるのか……DexとLuk以外、初期値だもんなぁ」
シルル師匠とリーアさんの大きなおっぱいに慰められながら、今回の反省をする。
アルファさん、廃棄モンスターの救済にはまだまだ遠い道のりがあるみたいです。
でも、まだまだ諦めないで頑張りますから、空の上で見守っててください。
すぐにアルファさんから「死んでませんからね? ちゃんと見てます。キスしている所も、全部。」とメールが届いた。
アルファさん、見守りすぎぃ……。
その数年後、ハコニワの始まりの町である“ホワイト”はこの世界唯一のモンスターが共存する町となった。
ホワイトアラクネクイーンの蜘蛛糸が名産となり、他にもイフリートの中華料理屋やハーピィの宅配便など各モンスターの特徴を生かした仕事で、廃棄モンスターと呼ばれていた彼らは共栄者として町人に受け入れられるようになる。
人と同じ知能を持つ彼らは、人と同じように規律の中の自由を謳歌する。
他のモンスターと違う点は知能だけでなく、体に浮かぶ契約の印。変化と調和を表す太極図を模したそれは、彼らを縛り尊厳を踏みにじる鎖ではなく、一人のプレイヤーへの信頼と敬愛の証。
数多くの廃棄モンスターを救ったプレイヤーは、求愛してくる女性が絶えなかったこともあり、“百合救世主”と言う大変不名誉な二つ名をつけられることになる。
だがそれもハコニワで数年先の未来の話。
今はまだ無名の弱小プレイヤーであるメグルは、調教スキルと意志疎通スキルを使い、青空の下で営業マンのようにパンフレットを見せながら人間不信に陥ったモンスターへとプレゼンをしていくのであった。
「うん、だから私がするのはテイムじゃなくて雇用契約なの。戦闘? しなくて大丈夫! 君の長所を教えて! それを生かせる仕事を考えるから!
食事は当然三食つくし、休みも週休二日。まずはお試しでどうかな? もちろん正式雇用後、半年経てば有給だって発生するからね?
え? ああ……捨てる神あれば拾う神ありって言うでしょ?
必要ない、役立たず、使えない……そんな言葉、心に刺さって痛いし、なかなか抜けないじゃない。
君達モンスターは一長一短。使えないんじゃない、使えない環境に置くのが悪い! 役に立たないわけがない! 私には君達の力が必要なんだ!
私は戦闘が出来ない、生産も一流にはなれない。
でも君達に居場所を与える。孤独で眠れない夜じゃない、安心出来る眠りを、みんなで食べるおいしいご飯を与えるから!
……え? 契約してくれる? ありがとう!
これからよろしく。私の名前はメグル。
君の名前を、教えてくれる?」
お読み頂きありがとうございました。