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野良怪談百物語

まいったなぁ!

作者: 木下秋

 朝九時から始まる、一限目の講義。緊張感の張り詰めた朝の教室に、マイクを使って話す老教授の声、筆記具を動かすカリカリという音だけがしていた。


 いつものお決まりの、後ろから三番目の席――最後列に座ると、逆に目立つからだ――その右端から二番目の席に、俺は座って講義を受けていた。隣には……いつもいる、“アイツ”がいない。



 ――九時四十二分。“アイツ”は現れた。教室前方のドアをゆっくりと開け、ソロソロと歩く。頭を丸坊主にし、大きめのTシャツに短パン。リュックを背負ったその姿は滑稽で、まるで夜の民家に忍び込んだドロボウみたい……イヤ、どちらかといえばドロボウの“コント”をしているお笑い芸か。――見ていると吹き出しそうになる、間抜けな姿だった。


 教授に後ろから睨まれていることにも気付かず、ヤツは――山路太郎やまじたろうは俺を見るなり、「ヨッ」とばかりに片手を上げ、挨拶をしてきた。俺は小声で、「早くシロッ!」と手招きをする。



「ワリワリ、遅れた……」



「何してんだよッ!」



 俺は小声で言う。


 ――この教授は特に厳しく、講義の終わりに不定期で行われる小テストで一定の点を取らなければ、講義に出席したことにならないのだ。――もちろん、出席点も単位に関わる。だから俺たち生徒は特にこの授業がある日は気を付け、早起きするのだ。


 ……なのに、コイツときたら……。いつもはキッチリ時間を守るヤツなのに、この授業がある今日という、大事な日に限って……! そんなことを思っていると、やはり運悪く……。今日は不定期の、小テストをやる日だった。



「ヤベェ……。今日、どんなことやった?」



 ……イヤ、そんなこと言われたって……。授業の前半参加してないヤツが、ここで一言二言聞いたって小テストなんか出来るはずないだろう。



「……とにかく、テキトーに書いてみっか……」



 そう言ってテストに取り掛かり始めた太郎だったが、テストが始まるとすぐ。教授がツカツカやって来ると、



「君にテストを受ける資格はない」



 ……そういって、太郎のテスト用紙を奪って行ってしまった。




     *




「チックショー……あのクソジジィー……」



 グラウンド脇のベンチに座り、二人してコーラを飲んでいた。二限は出席点のない、テストさえパスしてしまえば単位の貰える講義なので、サボっていたのだ。



「遅れてくるオメェーが悪いんじゃねーか」



 コーラをグビリと飲み、ゲップをする。……ソイツの前で平気でゲップが出来るようになったら、ソイツは友達。俺はそう思ってる。



「いやよぉー……。俺も遅刻だなんて、久しぶりだぜ……」



「……そーいやそーだな。お前、時間はきっちり守るヤツじゃあねーか。なんで今日は遅れた」



 俺がそう聞くと、太郎は「イヤァー……」なんて言って、話を誤魔化そうとする。……なんか、理由がありそうだ。



「なんだよ。言ってみろよ」



「イヤァー……。言ったって信じねぇーよぉー……」



「いいから言ってみろって」



 ――こんなやりとりが数分続き、正直な話、俺は別にそこまでして聞かなくったっていいんだけれども……なんて思いだした時。ついに太郎は語りだした。


 それは、こんな始まり方だった。



「この話は、信じてもらえないだろーし……。だから、誰にも話してないんだけどな……」




     **




 半年くらい前。俺は今住んでるアパートに引っ越してきた。初めての一人暮らしで色々不安だったけど……まぁそれなりになんとかなってた……。ただ不安だったのが……『朝、ちゃんと起きれるのかな』ってことだったんだ。


 それまで実家で暮らしてた時は、母ちゃんに起こしてもらってたからな。だから、一人でちゃんと起きれんのかなぁ、って思ったんだ。……だって、大学生になって一人暮らし始めるヤツって、大抵大学来なくなるだろ? 俺、一人でちゃんとやってけんのかなァ……って思ってたんだ。


 春休みが終わって、いよいよ大学が始まった辺り。次の日、一限から、っていう日が、あったんだ。俺、前の日から「大丈夫かなァ……」って、心配だった。心配過ぎて、寝らんなくってさぁ。電気消しても、目が冴えちゃって。……でも結局、気付いたら寝てたんだけど。



 ――次の日の朝、目を覚ました。したら、ちょうど起きようと思ってた七時なんだ。「ヤッタァー!」つって、大学に行った。でも、これがなんだか、不思議だったんだ。…………誰かに、起こされたような気がするんだよ。肩を揺さぶられる感じで……。



 次の日。また大学で、一限の授業があった。俺は夜ちゃんと寝て、また七時に起きた。……でもこん時な! 確かに見たんだ! 俺の肩を揺らして起こそうとする、“オッサン”が! 部屋にいたんだ!


 「なんだコイツ!」って思ってなぁ。飛び起きたんだ。でも俺が起きると、スゥッ……っていなくなるんだよ。……そいつは、毎朝現れた。もちろん、最初は怖かったさ。それまでそんな“幽霊”だとか、んなもん見たことなかったからな。でも、ソイツは、「悪い奴じゃねぇんだなぁ……」って、なんとなく思った。だって俺が起きてる間は出ねぇし、毎朝俺を起こす時だけ、出てくるんだよ。……よくわかんねぇけど、「幽霊ってイイヤツもいるんだなぁ」って。そんな風に、思ってた。


 ソイツは毎朝、俺を起こしてくれた。しかも寝る前、「明日は八時に起こしてくれよっ」って部屋に向かって言うと、その時間にちゃんと起こしてくれんだ! ……そんな毎日が半年くらい続いて、俺はいよいよ「何かお礼しなくっちゃなぁ」と思った。それで昨日、果物やら酒やら買って来て、部屋の真ん中にお供えものをしたんだ。寝る前には、「いつもありがとうな! 明日は七時に起こしてくれよ!」って言って、寝た。そしたら……




     **




「……今日はその“オッサン”、現れなかったんだ……。まさかとは思うんだが…………“成仏”しちゃったんたんじゃねぇだろうか……?」



「……」



 ……俺は口をポカンと開けて、アホヅラで太郎の顔を見つめていた。…………コイツは、何を言っているんだろうか……?



「まいったなぁ! 明日から俺、どうやって起きたらいいってんだよぉ!」



 ……。



 ……イヤ、目覚まし時計を買ってくればいいだろう……。もしくは、携帯でアラームをセットするとか……。


 言ってやりたいことはたくさんあったのだが――ツッコミどころがありすぎて――俺は何も言うことができなかった。

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