番外編 幼馴染に捧ぐ苺レモネード
1.苺をミキサーにかけて、砂糖とレモン汁と水を入れる。
2.飾り用の苺を好みの形に切る。
3.コップに氷を入れて1と2を加えたら
完成。
朱に染めた頬。
真っ白い肌に浮かぶ珠のような汗。
のぼせたような熱い吐息。
「りん、あついよぉ。」
今にも泣きそうな顔でそう口にするひーは、私を抱きしめる手をより強いものにする。
そのどことない艶やかさと強引さにドキリとするが、それと同時にメーターが一つ吹っ切ってしまった。
「ひー?暑いんだったら離れなさいよ!?どう考えても行動が言動に沿ってないでしょ!?」
私がそう叫ぶと、ひーは頬をぷく~っと膨らませて「やー。そんなの知らない。」と言って離れようとせず、そのままぐでんっとする。
そんなひーに、私は「もう。」と少し呆れてしまう。
事の発端は、朝起きたときにクーラーのリモコンの電池が切れてしまっていたことだ。
その所為でクーラーを点けれない私の部屋は、朝からサウナ状態。
暑さにやられたひーにいつもの元気さはなく、ずっとこの調子だ。
そして、くっつかれている私も、正直かなり限界である。
暑いだけならまだ我慢できるけど、服が汗でびちょびちょになっていて気持ち悪い。
「お風呂入りたい。」
ついなんとなしに漏れた言葉に、ひーがぴくっと反応して「そっかぁ!りん、一緒に水風呂入ろ?」と急に元気になって不穏な言葉を口走る。
私も水風呂に入るのは大賛成だ。
だけど。
「なんで一緒なの?ていうか、一緒に入ったらひーが遊んでゆっくり涼めないじゃない。」
不満。そう、不満しかない。
小学生くらいまでは、家に泊まった時とかに一緒に入っていたけど、ひーはその度に必ず遊ぶのだ。
例えば。急に抱きついたりしてきて、私が頭をぶつけたり足を打ったり。身体を洗っていたら水をかけられてすっごく寒かったり。お風呂におもちゃを持ち込みまくって、浴槽がおもちゃだらけになって、入っているとちくちく痛かったり。
いや、流石に最後のはもうしないだろうけど、他の二つは絶対にしてくるだろう。
「りんは、ひーと一緒に入るの。嫌なの?」
不安そうに聞いてくるひーに「うん、嫌。」と即答すると、ひーは「なんでなんで?幼馴染とお風呂だよ!?世界広しといえど、それを喜ばない人なんて居ないんだよ!?ずっと傍に寄り添ってきた幼馴染。昔はお風呂にも一緒に入った仲なのに、成長するにつれそういう機会はなくなり。ある日突然一緒にお風呂に入る事になって、ドキドキするんだよ!?あれ、こいつこんなに綺麗だったっけ?とか思ったり。子供の時とは身体つきとかが変わってて、直視できなかったりするんだよ!?それがりんは嬉しくないって言うの!?」とよくわからない、というか理解できない、むしろ理解したくない一般論?で返してくる。
「ひー。あのねぇ、女の子が女の子の裸見て喜ぶと思う?普通に考えなさい。」
そう私が窘めると、ひーは信じられない!と言いたげな顔で「ひーは嬉しいよ?他の女の子なら別にどうでもいいけど、りんの裸はいつでも大歓迎だよ?」と口にした。
相変わらずの冗談だとわかっていても、そう言われると正直恥ずかしいものがあり「ば、ばか!変なこと言わないの!」と堪え切れずに私はそう叫んで顔を背ける。
「はぁい。でも別に何も感じないのなら、一緒に入っても問題ないよね?女の子同士だし。」
そんな私を楽しそうに見ながら、まともなことを言うひー。
「いや、確かに問題はないけど。ひー遊ぶでしょ?」
私は少し言い淀みながらも、ひーが過去にしてきたことを咎める。
するとひーは真剣な顔をして「抱きつかないし、冷たい水もかけないし、おもちゃも持ち込まないし、まさひこくんやかすちゃんみたいにどさくさにまぎれて変な事したりもしない。」と口にして、しなを作り「だから、だめ?」と懇願してくる。
正直、ずるいと思った。
ひーのことをなんとも思っていないわけがない。少なくとも、幼馴染としてとても大切だし、ひーが望む事はどんなことでも叶えてあげたいとすら思える。
だからひーにこんな風に頼まれては「断れないじゃない。まったく。」
ぶっきらぼうな私の言葉を聞いたひーは私を抱きしめていた手を腕へと移し、大はしゃぎぎで「やった!はやくはやく!」と私の手を引いていく。
そんなひーに「はいはい。って、着替えくらい取らせなさいよ!?」とつっこみを入れて、腕を振り解き、クローゼットから換えの服と下着を取り出す。それと、ついでで大き目のシャツも一枚取り出した。ずいぶん前に寝巻き用で買っただぼだぼな特注サイズのシャツだ。
私より遥かに胸が大きいひーでも、このだぼシャツを着れないという事などありえはしないだろう。
別に悔しくなんてない。うん、そのうち。そのうち大きくなるの。まだまだ伸び代があるはず。
と、とりあえずお風呂上りはそれで良いとして、下着と着替えはあとでおばさんに持ってきてもらおう。
「ねえ、まだ~?」
痺れを切らしたひーが、ドアによりかかってぎこぎこと開けたり閉めたりしながら催促してくる。
少し呆れながら「今行くから。」と言って部屋を出ると、ひーはよりかかったドアからバネ仕掛けのように離れ、そのまま磁石のように私に抱きついてくる。
「ひーさん。この体勢でどうやって階段降りる気?」
どうにか怒りを我慢してそう口にするけど、こめかみがぴくぴくしてしまっているのを感じる。
だけどそんな私を気にもせず―――
「結婚式みたいに、二人で寄り添って!」
そう笑顔で答えるひーは、紛れもなく勇者である。
しかし、そんな勇者はお呼びじゃないし、むしろお帰り願いたい。
次の瞬間には「ゴツンッ」という小気味良い音が鳴り響き、ひーは両手で頭を押えながらに蹲っていた。
「いったぁー!りんがぶったぁ!」
泣きながらそう叫ぶひーに「調子に乗りすぎ!先お風呂入ってるからね!」と言って、そのまま階段を一人で降りていく。
少しやりすぎたかな?と思ったけど、夏休みに入ってからずっとひーを甘やかしていたことが頭を過ぎり、いやいや。これでいい。たまにはいい薬だ。と思い直し、そのままリビングに入る。
リビングには彩お姉ちゃんの姿はなく、テーブルにポツリとメモが置いてあるだけだった。
テーブルに近寄ってメモを手に取ると、そこには『りんちゃんへ。ちょっと出かけてきます。お昼までには帰るので、お留守番よろしくね。彩音』と綺麗な字で書かれていた。
それを見た私は挨拶をするべき相手が居ない事を知り「出かけてるんだ。」とつぶやいて、廊下へと戻る。
階段の上の方からは「うぇーん!ひーはひっぐ。りんの傍にいたいだけなのにぃ。りんがぶったぁ!」とまだ泣いているようだった。
私は一つ溜息を吐いて、少しは大人になって欲しいな。と頭を悩ませながらも、階段を昇る。
そして、座り込んで子供のようにわんわん泣いているひーの頭を撫でて「わかったわかった。私が悪かったから。ほら、泣き止んで?一緒にお風呂入ろう?」と慰める。
「うぅ。ぐずっ。入る。」
そう応えるひーに「ほら立って。」と言って立ち上がらせ、私はひーの手を引いて階段を降り、そのままお風呂場へと向かう。
そういえば。ずいぶん前にもこんなことあったなぁ。確か小学生の時。お祭りで迷子になったひーが泣いてて、私が見つけて。それで私がひーの手を引いて、二人で一緒に帰ったんだっけ。懐かしいな。
思い出に浸りながら脱衣所に入ると、洗面台の鏡に映る自分を見て、少し恥ずかしくなる。
どうやら思い出に耽っている時の私の顔は、どうしようもなく頬が緩みまくっているらしく、正直あまり他人に見られたいものではなかった。
私は慌てて緩んだ頬を直し「さあ、着いたよ」と言ってひーに向き直り「もう、泣かないの。」と言いながら涙を手で拭ってあげる。
それにひーは「うん。」と応えるけど、頬を伝う涙は一向に止まろうとしない。
そんなひーに困り果てた私が「ひー。どうしたら泣き止んでくれるの?」と問うと、ひーは泣き顔のままで「うぅ。服。脱がせて。」とわけの分からないことを言った。
「は?」
いや、言葉はわかる。しかし理解できない。
だから私は笑顔で「ひー。一応聞いておくけど。もう一発いっといた方がいい?」と聞き返しておく。
すると、少しは落ち着いていたひーの顔が見る見る涙色に戻っていき、私は慌てて「だあー!わかったわかった!やるから!やればいいんでしょ!?」と叫ぶ。
幼馴染の服を脱がすだけ。別にやましい事なんかじゃない。
そう思っても、どうしようもないくらいに顔が熱い。
それでもどうにか口を開き「ほ、ほら。後ろ向いて。」と言って、ひーに後ろを向かせる。
私は深呼吸をして、覚悟を決めるとひーのワンピースに手をかけ、背中のリボンを解き、そのままファスナーを下ろしていく。
そして肩の紐をずらすと、ワンピースはパサリと床に落ち、露わになった綺麗な背筋に目を奪われる。
「ねえ、りん?」
私が見とれていると、不意にひーから声をかけられ「な、なな、なに?」と上擦った声で返してしまう。
「触っても。いいんだよ?」
包みこむような優しげな声。だけどそれは、間違いなく私をからかったもので。
次の瞬間には、私の手はひーの頭をバスッ!と叩き「もう知らない!あとは自分で脱ぎなさい!」と言って、ひーに背を向けてさっさと服を脱いでお風呂場に入った。
後ろで「意気地なし」と小声で言われたが、女同士でなにをどうしろというのか。
私はお風呂の水を桶で掬って頭からザッパァーン!とかぶり、そのまま頭を振ってさっきまでの変な気を振りほどく。
冷たい水をかぶって少しは頭がクールダウンした。
うん、ちょっとどうかしていた。反省しよう。
そう思いながらお風呂の水につかって、ぶくぶくと泡を立てる。
そんなことをしていると、ひーがお風呂場に入ってきて、私を一瞥して深い溜息を漏らした。
おかしい。溜息を吐きたいのは私である。
一緒に育ってきたはずなのに、私より圧倒的にスタイルがよくて。運動神経も良いし、頭も中の中くらいはあって。なのに中身は未だに幼馴染離れできない駄々っ子で。
でも、そんなひーと一緒にいたいというのは、わたしの意思であり、願いでもあり、そして想いでもある。
だから、拒むこと自体がおかしいような。そうでないような。
考えがまとまらなくて、イライラする。
そうこう考えてると、ひーも私と同じように水をかぶり、そのままお風呂に浸かる。
そして、ぴとりっとひっついてきた。
「ひー?」
私の目くじらを立てた声にひーは「約束は破ってないもーん」と楽しげな声で返してくる。
確かに、約束されたのは抱きつかないことと水をかけないこととおもちゃを持ち込まないこと。そして変なことをしない。この四つである。
四つ目に該当する程のことでもない為、私は諦めて「もう、好きにして」と溜息混じりに口にするしかなかった。
そんな私に「えへへー」と無邪気に笑うひー。
その笑顔を見ていると、結局いつもの様に毒気を抜かれて頬が緩んでしまった。
そしてひーに寄り添われながら、わたしは水風呂を楽しんだ。
お風呂を上がった私は体を拭いて、早々と取ってきた服に着替えると、髪にドライヤーを当てて乾かす。
そんな私の隣では、のそのそと身体を拭いているひー。
そして、ひーはそのままさっきまで着ていた下着に手を伸ばし、私はその手をぴしっと叩く。
「いったー!りん!なにするのー!?」
何故叩かれたのか理解していないひーは、私に抗議の声を上げる。
「それ、汗かいてて汚いでしょ?あとでおばさんに服と下着貰ってくるから。それまで、そこに置いてるシャツだけで我慢しなさい。」
私がそういうと「うぅ。」と『確かに汚れたの着たくない』と顔に出して「わかった。」としぶしぶといった風にだぼだぼなシャツを頭からかぶる。
しばらくシャツの中でもごもごして、右腕が生え、左腕が生え、最後に頭がスポンッと生えた。
ドライヤーで適当に乾かした私は「ほら。そんな顔しないの。リビングで髪梳いてあげるから。」と言ってコンセントを抜き、掛けてあるヘアブラシを手に取る。
それを聞いたひーは「りんだぁい好き!」といつもの言葉を口にして抱きついてくる。
わたしの腕にはひーの豊満な肉体が薄っぺらいシャツ越しに押し付けられ、そして胸元からは柔らかそうなそれが、これ見よがしに目に入ってきた。
「ちょ!?ひー!?」
ドキリとした私が声を上げるが、ひーはどこ吹く風で、私から離れる気配はない。
私は真っ赤になった顔を背け「もう。」と口にする。
だけど、ひーのことも、その行動も、その笑顔も嫌いじゃない。
嫌いなわけがない。
だって。ずっとずっと昔から、わたしを支え続けてくれて。
もう自分じゃどうしようもなくなった時でも。
彼女の優しさが。彼女の無邪気さが。彼女の一途さが。私を救ってくれたのだから。
そんなひーを、嫌いになるわけがない。なれるはずがない。
他の誰よりも大切で。
いつまでも傍にいて欲しいとさえ思う。
大切な。大切な幼馴染だから――――
頬を染めて、顔を反らす私に「ずっとずっと、一緒だよ。」と笑顔で言ってくれるひー。
わたしはそれに「ちょっ、馬鹿押すな!」「カス姉、声大きいです。」「仕方ないだろっ、坂本が押すんだからっ。」
ガタガタと揺れるアコーディオンカーテン。その向こうから聞こえる聞き覚えのある声。
私は、ひーを一旦引っぺがし、アコーディオンカーテンへと近づく。
そして勢いよく『ジャッ!』と開くと、そこにはよく見なれた三人の顔があった。
「なにしてるの?」
怒りメーターを振っ切らせた私がそう聞くと、かすは『まずい』と言いたげな顔で「え、えーと。きょっ今日はお日柄もよく」と上擦った声で話しを逸らそうとし、さくちゃんは引きつった笑顔で「わ、私はやめようって言ったんですよ?だけど二人が」と我先に逃げようとする。
そんなさくちゃんにかすが「あ!さくテメ!一人で逃げようと!」と抗議の声を上げる。
そして一人静かな坂本に目を向けると、坂本は何かやり遂げたような顔で「す、素晴らしい。まるで、天使だ。神が創りたもうた奇跡だ。な、なんて美しいんだ。」と感嘆の声を漏らす。
その視線の先には、ひーが居て。
次の瞬間、私は迷うことなく何度も何度もドライヤーを坂本目がけて振りおろしていた。
「ちょ!?りんっ!いくら坂本でも死んじまうって!」
そう叫ぶかすに羽交い締めにされて、無理矢理に坂本から引き剥がされる。
「かす!離して!このアホはやっぱりこの辺で消しとかないとひーになにするかわかったもんじゃない!」
息を荒げながら声を上げる私に、かすが「す、少し落ち着け!な?な?」と落ち着かせようと声をかけるが、ひーになにか変なことをするかもしれないのに、落ち着いてなんかいられない。
そんな私を他所に、うずくまる坂本の傍にさくちゃんがしゃがみこみ「坂本君、大丈夫ですか?」と心配して声をかける。
すると、よろよろと右手だけが上がり「お、俺の人生に。悔いなし。」とだけ苦痛に悶えながら言葉を漏らし、そのまま右手がさくちゃんの胸に触れる。
すくっと立ち上がったさくちゃんは、右足を高らかに振り上げると、坂本の首目がけて一気に振り下ろした。
『ドゴッ!』という鈍い音と「ぐげっ」という呻き声が辺りに響き、坂本がピクリとも動かなくなる。
「そのまま、迷わずに逝ってくださいね?」
いつもの冷笑で坂本に見送りの言葉を贈るさくちゃんは、正直怖かった。
そしてそんな私達を見ていたひーは「あはは」と乾いた笑いを漏らすのだった。
「ごめんね、二人とも。まさかお風呂に入ってると思わなくて。」
そう言って謝る彩お姉ちゃんに「ううん、気にしないで。元はと言えば、ひーの着替えを先に取りに行ってなかった私が悪いんだから」と言葉を返して、そうめんを一口すする。
あの後、私はすぐにおばさんから着替えをもらってきて、ひーをきちんとした格好に着替えさせ、みんなでお昼のそうめんを食べていた。
「まったく、酷い目にあったぜ。いくら俺が好きだからって、あんなやり方ぐはっ!」
坂本が愚痴?というかわけのわからない事を言っていると、真横にいたかすとさくちゃんから、それぞれ顔面目がけて肘鉄が入れられていた。
流石は双子。見事なツープラトンである。
そして一番恥ずかしい思いをしたであろうひーは私の隣でそうめんを頬張って、幸せそうにもぐもぐしている。
その子供っぽさは、ひーの可愛いところの一つではあるが、みんなの前でまでこれだと、私としても恥ずかしい。
「ひー、そんなに頬張って食べないの。そうめんは逃げないんだから。」
私がそう注意すると、口の中身をごくんっと飲み込んだひーが「じゃあ、あーんってして。あーん。」と、またわけの分からない事を言い始めた。
「なんでそうなるわけ?」と呆れて聞くと、ひーはニコニコしながら「りんがちょうど良い量をあーん。してくれたら、頬張らなくていいでしょ?」と答える。
いい加減に頭が痛くなってきた。
その発想は確かに間違ってはいないが、どう考えても色々とおかしい。
私は頭を悩ませながら「いや、確かにそうだろうけど」と口にして『助けて』とさくちゃんにアイコンタクトを送る。
それに気がついたさくちゃんはニコリと笑い「確かに良いアイデアですね。でもひーさん、世の中には口移しという素晴らしいものが」と更にわけのわからないことを言い始め、私は慌てて「ちょ!ちょっと待った!どう考えてもおかしいでしょそれは!」と声を上げ、さくちゃんに抗議する。
しかし、さくちゃんは『知らないんですか?』と言わんばかりの顔で「りんさん、何言ってるんですか?今時これくらいのことは、小学生でもやってますよ?」とあたかも普通の事の様に話す。
だけど私がその言葉を信じず、というか『信用できるか!?』と思いながら「いやいやいや!そんなこと小学生がやってたら社会問題になるから!ありえないから!」とつっこむと、さくちゃんは「っち」と舌打ちをして目を逸らす。
私がそんなさくちゃんに文句を言おうとすると「りん、そういうのがいいの?ひー恥ずかしいけど、りんがそういうのがいいのなら、ひーはいいよ?」とひーが恥ずかしそうに勘違いなことを口走り始める。
「ちょ、ひー!?私がいつそんなこと言ったの!?」
そんなひーに私がそう聞くと「え?だってりんは恥ずかしがり屋だから。そういうのがよくても、言いだせないのかな?って思って。り、りんがそういうのがいいなら、ひーは大丈夫だよ?りんが望むなら、どんな恥ずかしいことだって平気だよ?」と更に勘違いを加速させる。というかもう暴走している。
「ひー?ひーちゃん?ひーさん?お願いだから落ち着いて?冷静になって考えて?私そんなこと、ぜんっぜん!望んでないから!」
私は暴走しているひーを落ち着かせるために何度も呼びかけてから、もはや泣きそうになっている本心をぶちまける。
だけど、向かいに座っている坂本(変態)が急に笑い出し、笑い終えると同時に真剣な顔で「さあ、見せてみろ!お前たち二人の本気のリアルレズプレイを!」と叫び、それを聞いたひーは真っ赤になって「り、りん。そういうのはみんなの前じゃなくて、二人っきりの時にしよ?」と更にヒートアップする。
「あんたの所為で余計ややこしくなったじゃない!」
そう叫ぶが早いか、激怒した私は迷うことなく坂本のすねを思いっきり蹴っ飛ばした。
「いっでぇ!」と坂本は苦痛の声をあげて、椅子から転げ落ち、そのまま床で悶絶する。
「り、りん。ひーは別に嫌じゃないんだよ?でもみんなの前じゃ、そのっ、あのっ。で、でもりんがそういうプレイが好きなら、ひー頑張るから。」
止まるところを知らないひーに「んなわけあるかぁー!頑張らなくていいから!むしろ頑張らないでお願い!」と泣きながらに懇願する。
そんな私を見たさくちゃんが「りんさんも大変ですね。」とそうめんをすすりながら、まるで他人事のように言ってきて、私は「誰の所為だと思ってるの!?誰の所為だと!?」とメーター振っ切らせまくりながら叫ぶ。
だけどさくちゃんは「りんさんがはっきりしないからじゃないですか?」と笑顔で答えた。
正直、勝てる気がしなかった。
そして、そんな私達を他所に「すいませんね、騒がしくて」と謝るかすと「ううん、みんな仲良いのね。」と楽しそうに笑う彩お姉ちゃんが居た。
あの後、私はひーの誤解を解くために骨を折りまくることとなり、しかもおまけで、時間が経って水でふにゃふにゃになったそうめんを食べるはめになった。
あれはもう、人の食べ物ではないとさえ思えてならなかった。
やっとの事で食べ終えた時には、既に三時を過ぎていて、私の顔が疲れきったものになっているのは気のせいではないだろう。
「それで、なんで連絡もなしに突然押しかけて来たわけ?」
私がうんざりした顔でそう聞くと、さくちゃんはまるで今までの事がなにもなかったかのようにいつも通りの笑顔で「今日は香里神社の縁日なので、一緒に遊びに行こうかと思いまして。」と答える。
それを聞いた私が「それならそれで、連絡くらい。」とぼやいていると、突然ひやりとした感触が頬に触れて、私は驚いて「わっ!」と声を上げる。
慌てて振り返ると、そこにはニコニコ笑顔な彩お姉ちゃんが、袋に包まれたアイスキャンディーを持って立っていた。
私は胸に手を当てながら「もう、びっくりした。」と言って、溜息を一つ吐く。
そんな私に「そう邪険にしないの。みんなで一緒に行ってきたらいいじゃない?」と彩お姉ちゃんは諭すように言って「はい。」と私に白いアイスキャンディーを手渡す。
私はそれを受け取りながら「でも、喪中だから」と返していると、額に『ズビシ!』と衝撃が走り「痛ぅ~!」と苦痛の声を漏らすことになった。
「りんちゃん。お兄ちゃんとお姉ちゃんが死んだ所為で、りんちゃんがお祭りに行けなくなったら、お兄ちゃんとお姉ちゃんはどう思うと思う?私は、二人とも悲しむと思うの。」
そう言って笑う彩お姉ちゃんの顔は、笑顔なのに寂しげで、悲しげで。
「だから、みんなで遊びに行って来なさい。」
それなのに笑顔で。
わたしはそんな彩お姉ちゃんに何か言いたくて。でもなにも言えなくて。
「うん、わかった。」
そう口にするのが精一杯で、自分が情けなく思えて、目から一粒だけ熱いものが浮かび、頬を流れた。
たった。一粒だけ。
いつか、お父さんとお母さんの事を思い出しても、泣けなくなってしまう日が来るんじゃ?
そう思うだけで、自分に言いようのない苛立ちを覚えた。
だけど彩お姉ちゃんはそんな私の返事に「よろしい」と言って頭を撫でてくれる。
そして、それに対抗するかのように、がばっと腕に抱きついて、彩お姉ちゃんに睨みを利かせるひー。まったく。なにをやってるんだか。
わたしの自分を情けなく思う気持ちも、自分への苛立ちも、二人の温かさで一瞬にして溶けてしまった。
彩お姉ちゃんはそんなひーに「大丈夫大丈夫。取らないから」と言って、ピンク色のアイスを取り出して包みを開けると、そのままひーの口の前に持っていく。
ひーはなにも言わずにアイスをパクリと頬張り、私の腕からまったく離れようとしない。
「このまま、三人でリアゴファッ!」
「うっせ!」
「うるさいですよ。」
視界の端で、坂本がなにかあほなことを口走ろうとして、さくちゃんとかすに問答無用で殴られる。
正直、少し可哀相な気がしたけど、おそらく言いきっていたら私も殴っていたのだろう。
「さくちゃんたちもどうぞ」
そうにっこりとしてアイスを三本取りだして、さくちゃん達に手渡す。
さくちゃんのは黄色。かすのはオレンジ。そして、倒れている坂本の手に無理矢理握らせられたのは黒。
黒?黒って何味?何味なの!?
白はバニラ。ピンクはいちご。黄色はレモン。オレンジはみかん。
だけど黒って何?何味なの!?
コーラ?コーヒー?うん、きっとその辺だよね!?
私の思考回路がフル回転で回りに回って、やっとまともそうな回答に落ち着き、私も包みを開けてアイスを食べる。
もちろん、腕の重量物のおかげで開けたり食べたりするだけで大変なのは言わなくてもわかるだろう。いや、むしろわかってください。
それぞれにアイスを食べながらに「美味い!あぁ~生きてて良かったアタシ」とか「冷たいですね。」とか「おいひいぃ」とか口にする。
しかし私は、また幼馴染のだらしなくて恥ずかしい一面を垣間見て「あんたね。せめて喋る時くらい口からアイス放しなさいよ。」と目くじらを立てた。
だけどひーから「らって。しょうひたら、ふぃんはらはられらいといへなくなるほん」と言われて、私は「も、もう!」としか言えず、結局恥ずかしくて顔を背けることしかできない。
そんな私をかすちゃんは笑いながら「ごちそうさま。」と言ってからかった。
私がそれに言い返せないでいると坂本がむくりと起き上がり「みんなの期待に応え!俺復活!」と叫んだ。
ああ、誰かに助け起こされるのを待ってたけど、誰も起こしてくれないから自己主張か。
坂本のおかげで、冷静になることが出来た私は「そういえば最近、坂本と無駄に仲良いよねぇあんた達。」とにこやかに反撃を開始すると、即行で坂本が「っふ。当たり前だろ。俺とさくちゃんとかすちゃんの間に愛以外の何が生まれるって言うんだい?」とある意味反撃?いや、私にとっては援護になる言葉を吐く。
「なっ!別にそんなんじゃありません!ただ、坂本君を放置してると、他の人たちに迷惑がかかるから仕方なくっ!」
そうさくちゃんは慌てて否定するけど、かすは呆れ顔で「あのな。いくら顔が良いっていっても、中身は変態だぞ?アタシとさくの人権迫害だぞ?」と抗議した。
多分『人権侵害』と言いたかったのだろうけど、そこはスルーしよう。
「まあ、かすはともかく、さくちゃんのその反応はまさか。」
私がそうさくちゃんを追いつめると、坂本が笑顔で「だから、俺とさくちゃんとかすちゃんの間には」と口にした瞬間にかすの手が坂本の顔に埋まる。見事なグーパンである。
崩れ落ちる坂本を気にせずに振りかえったかすは「りん、そろそろアタシ怒るよ?」とニコッと笑った。
ここら辺が潮時だと思った私は「はいはい。私も冗談が過ぎました」と返して、アイスを食べようと右手を上げる。
だが、重量にひかれて私の腕は上がらず、嫌な予感がして目線を下に向ける。
するとそこには、私のアイスを半分以上咥えているひーが居て、『やばっ』と言いたそうな顔をしていた。
「ひー?なぁにをしてるのかなぁ?」
そう笑顔で聞くとアイスから顔を離し「え、えっと。これは、そのぉ。」と口にして、腕から離れ。
「ごめんなさぁい!」
叫ぶと同時に逃げ出すひー。
「ちょ!?待ちなさい!ああ、もう!一口しか残ってないじゃない!」
私は残りをぺろりと食べて、ひーを追いかける。
廊下に出ると、むっとした暑さが私を包む。
私は顔をしかめながらも、まず玄関に靴があることを確認して、外に行っていない事を把握する。
流石にひーでも彩お姉ちゃんの部屋やお父さん達の部屋には行かないだろうし。やっぱりニ階の私の部屋?
そう思って、階段を登りはじめる私の後ろで『きぃ~…』という音が聞こえて、振り返るとリビングのそばにある物置の扉からひーの足のつま先が出て来るのが見えた。
私はそのまま階段を上がるふりをして、リビングのドアが開いて閉まる音を確認する。
そして、階段を音をたてないように下り、そのままリビングへと戻った。
「り、りん!?なっなんで!?」
驚くひーに私は笑顔で「まさか物置から出てくるなんて思わなかったなぁ。」と言いながらじりじりと近寄る。
ここからひーが逃げるには、私の後ろにある扉を通るかベランダを通るしかない。
そして、ベランダに出るにしても、私の方が断然近いわけで。
それがわかっているひーは、後ずさりながら「ね、ねえりん?落ちつこ?ね?ねぇ?ひーとしては、目の前にりんの口が触れたアイスが放置されてて、もう我慢できなかったっていう大義名分があるわけで」とあほな事を口走る。
大方私が恥ずかしがって現状を不問にすることを狙っているのだろうけど「んな大義名分あるか!あったらドブに捨てときなさい!」という話である。
結果。追いつめられたひーはソファーで足を躓かせ、そのまま座り込み。目の前に迫った私を涙目で見上げて「り、りん。りんだって、ひーと間接キス出来たわけだしぃ。ね?許して?」と命乞いをする。
もちろんそれを聞き入れない私から頬を引っぱられて「いひゃ!いひゃい!や~め~へ~!のびりゅ~!」と叫びながら涙目になることとなった。
そんな私達を見ながら楽しそうに笑う彩お姉ちゃん達。
そして倒れた坂本は、結局誰からも助け起こされることなく、自分でなんとか立ち上がり、アイスを口に入れて、泡を吹いて倒れた。
一体何味だったのだろうか?
「ほら、りんちゃん。腕広げて」
そう言われて、私は「う、うん。」とだけ返して腕を左右に広げる。
するすると浴衣を着付けていく彩お姉ちゃん。
やっぱり、慣れてるなぁ。お母さんより上手。お母さんは結構不器用だったから、中々帯が締まらなくって、何度もやり直してたなぁ。
「お姉ちゃんの事。思い出してる?」
不意に彩お姉ちゃんからそう聞かれて、私は「うん。お母さんが着付け下手だったの思い出して。」と答えた。
すると涙に濡れた声で彩お姉ちゃんが「お姉ちゃん、不器用だったもんね」と笑った。
その顔は見えないけど、確かに笑いながらに泣いていた。
寂しくて。恋しくて。悲しくて。
そんな思いが滲んでいた。
「うん。結局、帯だけはいつもお父さんに締め直してもらってた。」
私は、そんな彩お姉ちゃんに何も言えずに、会話を続ける。
本当は、何か言うべきなんだ。なのに、言葉が見つからない。
「やっぱり。私の着付けした時は、途中でお母さん。りんちゃんのおばあちゃんが見かねて、私の着付けしてた。」
彩お姉ちゃんも、その事に何も言わずに、会話を続ける。
あの時だってそう。
本当は彩お姉ちゃんも、ひーも。ひーのお父さんもお母さんも。
みんな悲しかった。苦しかった。
なのに、わたしはずるかった。
自分ばっかり悲しんで。
自分ばっかり苦しんで。
わたしはずるかった。
『ズビシッ』と額に衝撃が走り、思わず広げていた手で頭を押さえる。
「こら!そんな顔しないの。」
そう怒った声が聞こえて、私は「だって。」と言い淀む。
だけど彩お姉ちゃんはそんな私を気にせず続ける。
「りんちゃんが居てくれて、こうして元気になってくれて。私はそれだけでいいの。それだけで、幸せなんだから。」
そう言ってくれた。
だけどそれは、半分本当で。半分嘘で。
私はそれに何か言いたくて。でも、涙の跡すら見せずに笑っている彩お姉ちゃんには「うん。」としか言えなかった。
それが本当に情けなくて。自分の不甲斐なさが悔しくて。泣きたくなる。
そして、彩お姉ちゃんは私の腰を『バシッ』と叩いて「はい出来た!ほらほら!これからみんなでお祭りなんでしょ?そんな顔してたら、みんな悲しくなっちゃうでしょ?」と笑顔で言ってくれる。
私はその言葉に「うん。」と笑顔で答える。
だけど正直、上手く笑えない。
「ねえ、りん。まだぁ?ってわぁ!?」
不意に部屋の外から聞こえたひーの声は、ものすごい音と一緒になって、私は慌ててふすまを開けて「ちょ!?ひー大丈夫!?」と口にする。
そこには、涙目になって尻餅をついている綺麗で愛らしい日本人形がいた。
私はその美しさについ息をのんでしまう。
日本人形はお尻をなでながら「いったぁ~。」と言って立ち上がり、私を見つめる。
「りん、泣いてるの?」
そう口にして、日本人形は私の顔を両手で包み、そのまま抱き寄せる。
「わっ!ちょ、ひー!?」
驚いて声を漏らす私を気にせずに、日本人形―――ひーは「りん。笑って。ひーは、りんが笑ってくれてないと上手く笑えないから。りんが悲しい顔してたらひーも悲しいから。」そう優しい声で、辛そうに言う。
「でも、もしも笑えないのなら、笑わなくてもいいよ。ひーが一緒に悲しめばいいんだから。そして、いつか。二人でまた目一杯笑えばいいんだから。」
ひーの言葉は、不思議とわたしの寂しさも悲しさも悔しさも情けなさも溶かしてしまう。
わたしの心を簡単に救ってくれる。
まるで、昔話の王子様のように。
「ほら、二人とも。早くしないと約束に遅れちゃうんじゃないの?」
そう彩お姉ちゃんに言われて、ひーは抱き締める腕を解いて「行こう、りん!」と笑顔で言ってくれた。
わたしはそれに「うん!」と精一杯の笑顔で応えて、彩お姉ちゃんに「いってきます!」と言った。
彩お姉ちゃんはそれに「気をつけてね。いってらっしゃい。」と笑顔で見送ってくれた。
夕暮れ時の薄明かりがわたしとひーの影を映す。
手をつないだ仲の良さそうな影を見て、周りから見てもそう見えるんだろうな。と思い、わたしはくすっと笑った。
辺りは祭りの喧騒に包まれていて、とっても楽しそう。
それと、さっきから美味しそうな匂いがずっと漂ってきてて、何を食べようかとも悩んでしまう。
「あ!おっそいぞりん!」
待ち合わせ場所に辿り着くよりはやく、かすの元気な声がわたし達を迎えた。
「カス姉が早すぎるんですよ。坂本君はもっとはやかったですけど。」
我慢できずに飛び出したであろうかすを咎めるさくちゃん。
その隣で坂本が「当たり前だろ?レディを待たせちゃ俺の流儀に反する。さあ、今夜はハーレムタイグヘッ!」となにやらあほな事を言い始めて「「うっさい」」と二人に見事なツープラトン技で黙らされる。
「あはは。それじゃあいこっか。」
私が呆れながらそう言うと「ひー、ハンバーグくじやりたいなぁ!」とひーがさっそく行きたい場所を口にする。
「ひーちゃん。僕と二人でチョコバナゴファッ!」
そんなひーに、一瞬で復活した坂本が二人きりになろうと言い始める。
だけど言い終える前に、こめかみをぴくぴくさせるさくちゃんがボディブローを叩きこみ、そこにすかさずカスの肘鉄が入り、坂本はその場に崩れ落ちる。
「りんさん、すみません。やっぱり坂本君の面倒を見るので手一杯になりそうなので、二人で周ってもらっていいですか?」
さくちゃんが残念そうに言うと、カスが「二人で楽しんで来いって!せっかくのお祭りなんだしさ!アタシはさくとこの馬鹿の三人で周るから!」と続けて言う。
「そ、そう?」
私がカスとさくちゃんにそう返していると、ひーに「はやくいこっ!」と急かされ、私はひーに手を引かれながら「それじゃあ二人とも!またね!」と口にした。
そしてしばらく手を引かれて辿り着いた場所は、ハンバーグくじの屋台。
ピンボールゲームで入った場所の数だけハンバーグがもらえるというものだ。
価格は五百円と学生にも親しみやすい価格。所謂はずれである1本が2か所。当たりである2本が3か所。そして大当たりの5本が1か所。
「おじさん!1回やらせて!」
ひーがニコッと笑って屋台のおじさんに五百円を手渡す。
「おう、がんばんな!」
それにおじさんはニカッと笑顔で返して、銀玉をピンボールにセットする。
「ひーちゃんの実力を見せてやる!」
そうノリノリに言って、銀玉を弾く。
ガラッと周った銀玉は、刺された釘にぶつかりながら、ポケットに入る。
そこは「えー!?そんなぁ!はずれなの!?」だった。
「あっはっは。残念残念。そういうこともあるって!」
だけどおじさんはそう笑いながらに何故か二本をひーに手渡し「ほら、二人で仲良く食べな!」と言ってくれた。
「やったー!おじさんありがとー!」
大喜びなひーに「よかったね。」と言って、おじさんに口元だけで『ありがとうございます』と言う。
それに『いいよいいよ。また遊びにおいで』とウィンクで返された。
その後はチョコバナナじゃんけんで私が勝って、チョコバナナを3本もらったり。
りんご飴を二人で食べて。焼きそばにたい焼き。それからかき氷。
一通り食べ通して、お腹がいっぱいになったところで、金魚すくい。
ひーは何度も挑戦したけど、結局1匹も捕れなくてご立腹だったけど、私が捕った1匹とおばちゃんからお情けでもらった1匹を手にご満悦。
でも子供みたいに「もー!なんで捕れないの!?なんでやぶけるの!?」と泣き顔で駄々をこねているひーは、正直可愛かった。
それから射的で私がくまのぬいぐるみを取って。輪投げでひーが『変身!仮面バイク男!』のベルトを取ったり。
ヨーヨー釣りで二人とも捕れなくて、おじさんが浴衣の色と同じものをお情けでくれて。
遊びに遊んで、そろそろ帰らなきゃいけないなと思った頃。
「次はお化け屋敷入ろう!」
にこやかに笑うひー。
正直、私は遠慮したいのだが、ひーは気にせずにずいずいと私の手を引いていく。
でも、視界の端に石段の方を見て、ぼんやりしてる女の子が見えて。
「ちょっと、ひー。ごめん、すぐ戻るから!」
そう言ってひーの手を解いて、私は女の子の方へ駆け寄る。
「え!?りん!?」
驚くひー。もしかしたら、はぐれちゃうかもしれない。
でも、何故かその女の子を放っておけなかった。
「ねえ、どうかしたの?」
私がそう聞くと、女の子はびくっ!として私に振り返った。
見た目的に、おそらく小学生だろう。
女の子はちらちらと石段の方を気にしながら「あの、その。」と言い淀む。
「なにか、悩み事?」
そう私が聞くと「ちょっと、友達と喧嘩してて。」とばつの悪そうな顔をする。
たぶん、石段の方に、喧嘩した友達がいるのだろう。
「あ!こんなとこにいたぁ!」
そう後ろでひーの声が聞こえて、女の子がまたびくっとする。
「あ、ひー。ごめん。」
今度は私がばつの悪い顔になる。
女の子を見たひーの顔がまるで警戒する番犬のような顔になり、私の腕に抱きつくなり「うぅ~!」と女の子に唸る。
女の子は怖がって「ひっ!」と声を漏らし、涙目になってしまう。
「こら!あんたはなにやってんの!」
そう私が怒ってひーの頭をポカッと叩くと、ひーは「だってぇー!」と不服そうに声を上げる。
それに私は「だってじゃない!怖がってるじゃない。ごめんね。この子、別に怖くないから。」とひーをいなして女の子に謝る。
すると女の子は「い、いえ。気にしないでください。あの、もしかしてお二人は親友なんですか?」と聞いてきて、ひーが「親友じゃないよぉ?もっと深くふかぁく結ばれた」となにか新たな誤解を生みそうな不穏な言葉を吐こうとし、私は慌ててそれを遮るように「お!幼馴染なの!」と声を上げる。
不服そうな顔をするひーに『あんたは余計な誤解生むこと言わないの』と目で黙らせる。
そんな私達を見た女の子はくすっと笑って「あの、よかったら。お願いがあるんです。」と口にする。
「なに?私で出来ることなら、手伝うよ?」
そう返すと女の子は一つ深呼吸をして「あおの代わりに、あそこにいる赤い着物の女の子。ほたるちゃんって言うんですけど、その子に、あおは大丈夫だからって。伝えてもらえませんか?」とお願いしてきた。
少しの違和感を感じながらも「折角近くにいるんだから、自分の口で言った方がいいんじゃないかな?私も一緒に行ってあげるからさ?」そう笑顔で言うと女の子―――あおちゃんはふるふると首を振り「今は、だめなんです。今、あおがほたるちゃんと会ったら、みんな困るから。」と口にする。
彩お姉ちゃんだったら、きっとそれはみんなが決めることと言うのだろう。
だけど私は、あおちゃんの意見を尊重したかった。この子が決めた答えを。
「わかった。それじゃあ、ほたるちゃんにそう伝えておくね。」
そう私が笑顔で言うと、あおちゃんは「ありがとうございます。それとごめんなさい。」と口にして、駈け出した。
まるで、あの日ひーがわたしの前から逃げた時のように。
「りん、きっと大丈夫だよ。あの子も、ちゃんとほたるって子と向き合えるよ」
そう言って、ひーは私の腕を強く、強く抱きしめた。
まるで、もう離さない。もう離れない。そう言っているように。
そんなひーに「うん、そうだよね。」と返して、私はこっそりとひーの髪にキスをした。
でも、そんな私に気がついたひーは、ぴくっと身体を反応させて、真っ赤になって固まる。
流石に、ここまであからさまに反応されると、私も恥ずかしい。
「と、とりあえず。ほたるちゃんに伝えよっか!」
私がどうにか声を出す。だけど、ひーはそれにこくりと頷くだけで、しばらく平常運航に戻るまで時間がかかりそうだった。
石段の方に行くと、一人寂しく、ぽつりと座り込む女の子がいた。
その女の子は、まるで『私に近づくな!』とでも言っているかのように、とげとげしい雰囲気を纏っていた。
「ねえ、君。ほたるちゃんで合ってるかな?」
そう声をかけるとバッとこちらを向き「な、なんですか?というか誰ですか?」と無愛想に返す。
さっきのあおちゃんより少し大人びていて、どちらかというと中学生くらいに見える。
もしかしたら、あおちゃんが少し幼く見えるだけだったのかもしれない。
「えっと、あおちゃんって子から伝言を預かってきたんだけど。」
私がそう口にした途端、ほたるちゃんは私に掴みかかり「あお!?あおはどこなの!?あおを返してよ!?」と涙を溢れ返させて、私に懇願してくる。
「ちょ、ちょっと!いくらなんでも失礼だよ!?」
見かねたひーがほたるちゃんを責めると「うっさい!外野は引っ込んでて!」と声を荒げる。
「むっかー!りん、こんな子ほっといて行こう!」
頭にきたひーはそう言って、私の手を引こうとするけど、私は目で『ちょっとだけ、我慢してあげて』と言うとひーは『りんがそう言うなら。』と目で返してしょんぼりする。
「落ち着いて。私はさっき、あおちゃんって子とたまたま会って、ほたるちゃんに伝言を伝えて欲しいって言われただけだから。」
そう私が言うと「そ、そう。ですか。」とほたるちゃんもしょんぼりとする。
「あおは大丈夫だから。って伝えてって言ってた。」
それを聞いたほたるちゃんは「さっきってことは、まだ、近くにいるんですよね?」と私に聞く。
「うん、たぶん。」
私がそう答えると「ありがとうございました!それとごめんなさい。それじゃあ、私、あおを捜さないといけないので、また!」とほたるちゃんは言って駈け出した。
その背姿が纏うそれは、まるでひーに会いたくて仕方なかった私に似ていた。
「気をつけてねー!」
ひーは笑顔で彼女の背に向かってそう叫んだ。
きっと、きっと大丈夫。
あんなに一生懸命なんだから。
きっと、仲直りできる。
「それじゃあ、お化け屋敷。いこっか。」
そう言って再度私の腕を引くひーに「えっと、来年じゃあだめ?」と聞くと「だめー」と笑顔で返された。
この後お化け屋敷の中で、絶叫する私とそれを見て楽しそうにするひーがいたのは、毎年の恒例行事だった。
時計はすでに9時を指していて、流石に彩お姉ちゃんに怒られるかもしれないな。と思いながら、帰り道を歩く。
神社から帰るのなら、公園を抜けるのが一番の近道ではあるのだが、そこには祭りの帰りのカップルが至る所でイチャイチャしていて、正直目の毒だ。
そそくさと通り抜けようとする私の隣では、べたべたとひっつくひーが居て、時折「あの子たちかわいー。」と女の人の声が聞こえたり「ちょっと!何見てるの!?」と男の人がどやされたりしている。
そんな公園もあと半分で抜け終えるところだったのだが、不意にひーが掲示板の前で足を止め、私も仕方なしに立ち止まる。
「ねえ、りん。これ。」
声を漏らすひーの目の前にある紙面に目を向けると、さっき見たあおちゃんの写真とゴシック体の活字が並んでいた。
『白夷 碧葉中学1年生。連続女児誘拐殺人事件に巻き込まれているかもしれません。もし見かけたら警察、もしくは下記の連絡先にご連絡ください。どんな些細なことでも構いません。お礼も惜しみません。ご連絡、お待ちしております。』
それを読み終えた私は「さっきの子だよね?それに、葉先生の子供。」と言葉を漏らすと「もしかして、ひーたち。とんでもないことした?」とひーもまた言葉を漏らす。
「ちょっとすまない。君達、その子を見たのかい?」
不意に後ろから男の人に声をかけられて、私達は慌てて振り返る。
するとそこには高そうなスーツを着た40代後半くらいの男性が立っていた。
「ああ、すまない。驚かせてしまったね。私はこういうもので」
男はそう謝りながら手帳を取り出して、私達に見せる。
そこには『警察署長 一条 寛』と書かれていた。
「警察の人?」
私がそう口にすると警察の人は「うん。それで、その子を見たのかい?」と聞いてきて、ひーが「さっき、神社のお祭りであったんです。」と答える。
「どんな様子だった?怪我とかしてなかったかい?」
心配そうに聞いてくる警察の人に「ちょっと辛そうでしたけど、怪我とかはなかったです。」と私が言うと「そうかい。よかった。」と安堵の吐息を漏らす。
「可愛い可愛いあおちゃんに傷でもついていたら、お父さんに申し訳が立たないからね。」
そう言って警察の人は笑って「君達も早く帰りなさい。最近は物騒だからね。」と注意してくれる。
「ありがとうございます。それじゃあ。」と私が言うと警察の人は「次は、君みたいな子も良いかもしれないね。少々趣味じゃないが、とても綺麗そうだ。いつまでもそうあって欲しいよ。」と口にした。
よく解らずに私が頭に?マークを浮かべていると「りん、行こう!」と警察の人を睨みながらに吠えるひー。
「ちょっと、ひー。いくらなんでも失礼でしょ?」
そう私がひーを叱ると「いいから!」と言って、睨むことをやめない。
「なかなか可愛らしい番犬さんだね。今度会う時が楽しみだ。」
そう口にする警察の人に「それじゃあ、失礼します。」と言ってひーに手を引かれながら帰路に戻った。
その後ひーになんであんな失礼なことをしたのかと聞くと「あの人とは関わらない方がいいよ。」と言ってそっぽを向いていた。
結局、何も分からないまま、家へと帰った。
家に帰った私は、お母さんとお父さんに今日あったことを報告していた。
ひーと久しぶりにお風呂に入ったこと。みんなでそうめんを食べたこと。アイスをほとんどひーに食べられたこと。彩お姉ちゃんに着物を着つけてもらったこと。お母さんがやっぱり不器用だったこと。去年と同じように、ひーと二人でお祭りを楽しんだこと。
そして、二人が居なくて、やっぱり寂しくて、悲しくて、恋しいこと。
全部を話し終えた私は、いつの間にか溢れていた涙を無理矢理拭いて、蝋燭の火を手でかき消した。
「おやすみなさい。お母さん。お父さん。」