作り方④ お好みで蜂蜜を加えてあげて。
「わたし、ばかだな。ひーにはもう嫌われちゃったんだから、待ってくれるわけないのにねぇ。ばかだなぁ。わたし。」
気がつけばわたしは膝を抱えてそう呟いていた。
そんなわたしの視界の端に眩しい、本当に眩しい光が煌めいた。
そちらに目を向ければ、窓の外には朝―一日の始まりが広がっている。
そしてその空はあの日と同じだった。
快晴と言うには雲が多くて、晴れと言うには雲の少ない空。
その先にはわたしひとりだけ。
「わたし。ひとりぼっちになっちゃったな。」
そう呟くとわたしの頬を一つの?孤独?が流れた。
「りんちゃん?」
ふいに彩お姉ちゃんの声が聞こえて、慌てて『バフッ』と布団の中に隠れる。
そしてわたしは「なんでもない。なんでもないから。」と自分に言い聞かせるように彩お姉ちゃんに言う。
それに彩お姉ちゃんは優しく「そう。」とだけ言って何も聞かないでいてくれた。
私が布団から出たのは、それから随分経ってからだった。
そしてそんな私を迎えたのは、トレーを持ってにこやかに微笑む杏さんだった。
「はぁい。彩音ちゃんがコンビニに行ってる間に出て来なかったりんちゃんの朝ごはんは!おいしいおいしい病院食に決定しましたぁ!」
『パフッパフーッ!』というラッパの音でも聞こえてきそうなハイテンションで叫ぶ杏さん。
私は泣きそうになるのを堪えながら、その隣ですまなさそうにサンドイッチを食べている彩お姉ちゃんに目で『冗談だよね?』と聞く。
だけど「ごめんねりんちゃん。杏さんがどうしてもって言うから。」と謝り、冗談ではないことを私に告げた。
「往生際が悪いわよん。さっさと食べなさい。」
杏さんはそう言って味覚破壊兵器を搭載したトレーを『ずいっ』と私に押し付けてくる。
私は身動ぎして逃げたけど、気がついた時にはトレーを受け取らされてベットに座らされてしまっていた。
「はぁいりんちゃん。いただきますしようねぇ?」
ああ。なんでこんな時ばかり涙が出ないんだろう?
そう心の中で泣きながらも「いただきます」となんとか口にしてはしを手に取る。
目の前に並ぶ目玉焼きもこんがり焼けたウィンナーも卵スープだってとっても美味しそうに見える。きっと誰が見えも同じように見えるだろう。
だけどそれは一口食べれば話が違う。
間違いなく「まずい。」と言ってしまうに違いない。むしろ決定事項だろう。
「りんちゃん。そのリアクション飽きたからほかのやってよぉ~ほかのぉ~」
360度どこから見ても飽きたと言っている杏さん。
そもそもなんで私が笑いの種にならなければいけないんだろ?
そう思うと目の前に居る無礼極まりない杏さんに対して無性に腹が立ち、久しぶりに私の怒りメーターは吹っ切れた。
「ほかのってなんですか!ほかのって!?そもそもなんで私のだけ病院食なんですか!?いい加減に舌がどうにかなりそうなんですけど!?」
しかし杏さんは悪びれもせず「だってぇん。規則だしぃ~。」と『ケタケタ』笑う。
その人を挑発する態度にさらに腹が立って「な!?」と私が声を上げると「り、りんちゃん、ほら!お姉ちゃんのあげるから~?」と流石に彩お姉ちゃんが止めに入る。
言い返したい。本当に言い返したいけど!彩お姉ちゃんに迷惑かけちゃうし。
そう思って諦めながらに差し出されたサンドイッチへと手を伸ばす。
だけどその手は空を切り『バシッ』と私の頭に衝撃が走った。
「こら!また迷惑~とか思ったでしょ?お姉ちゃんの目は誤魔化せないのよ?」
「うぅ。ごめんなさい。」
私が頭を押さえながらにそう謝ると、彩お姉ちゃんは「よろしい」と言って私にサンドイッチとプリンを一つくれる。
「ありがと。」
私は小さく微笑んでサンドイッチをかじり始めた。
「えぇ~。彩音ちゃんつまんないぃ~。」
『やだやだぁ。』という顔で杏さんは彩お姉ちゃんに抗議の声をあげているが、彩お姉ちゃんはそれを気にせず私がサンドイッチをかじっているのをニコニコと笑いながら見ている。
「うぅ。彩音ちゃんが私の楽しみを奪うわ。もうデザートを食べないと私は死んじゃう」
そうぼやきながら杏さんはコンビニ袋をあさり始める。
私がそれを気にせずにサンドイッチをかじっていると「あっあやねちゃん?」と泣き出してしまったような声が聞こえて目を向ける。
そこには鼻水を垂らしながら『でろろ~ん』とした涙を流している杏さんがいて、私はつい吹き出して笑ってしまう。
だけど彩お姉ちゃんは笑うことなく、いつもの優しい顔で「どうかしたの?」と返してあげる。
「プ、プリン。私の王様プリンは?」
やっぱり彩お姉ちゃんは大人だなぁ。あれ?プリン?そういばさっき彩お姉ちゃんに貰ったような気がするなぁ。
そう思って手元のものを確認すると?王様のプリン?とデカデカと書かれたプリンがあった。
うん。これだろう。いや、これ以上ないくらいにこれだろう。
私はそう答えを出して『そろり、そろり。』とプリンを布団の中にこっそり隠す。
「あれ?買い忘れちゃったのかなぁ?」
彩お姉ちゃんは『困ったなぁ』という顔で悩んでいるけど、状況を把握している私には、すっごく恐く見える。
「プリン。私の、私のプリン。うわあぁぁん」
そう口にして、そのまま子供泣きをしてしまう杏さん。
彩お姉ちゃんも流石にここまで考えていなかったのか『おろおろ』しながら「ご、ごめんね。今から買いに行こっか!二つ買ってあげるから、ね?」と謝っている。
「二つ?」
その瞬間杏さんの口が『ニヤ~』と笑う。
そして「じゃあ彩音ちゃん買いに行こうじゃない!」といつも通り。いやそれに二乗くらいのテンションでそう言うと、彩お姉ちゃんの手を引っつかんで『ズルズル』と引きずって行く。
彩お姉ちゃんは『あれ?あられ?』と目を『ぱちくり、りんりん。』しながらも「じゃあちょっと行ってくるねぇ~」と言って病室から引きずり出されていく。
「い、いってらっしゃい。」
私は半ば唖然としながら彩お姉ちゃんの言葉に返した。
騒がしかった病室が一気に静かになって?独り?だというとを体感させられる。
心細さで身体の骨が全部折れてしまいそうで。
寂しさで全身が震えてしまう。
誰かに傍にいて欲しい。
誰かに『一人じゃないよ』と言って欲しい。
気がつけばまた膝を抱えてしまっていた。
わたしってダメだな。
そんな風に呆れても、その?孤独?からは開放されない。
『ぼろぼろ』と涙が頬を伝う。
「お母さんのサンドイッチが食べたい。お父さんにわがまま聞いてほしい。ひーに傍に居てほしい。」
もう我慢の限界だった。
そのどれもが叶わない。
それがいやでいやで仕方なかった。
「もう、やだよ。お母さん。お父さん。ひー。会いたいよ。」
目の前が涙で見えなくなる。
だけど、目の前なんて見たくない。
お母さんもお父さんも、そしてひーすらもいない未来なんて欲しくない。
「いっそ無くなっちゃえばいいのに」
そうわたしが呟いた途端『ガラッ!』と病室のドアが勢いよく開かれ「リンガーバットォ!」と聞きなれてしまったガサツな声がわたしを罵倒した。
涙ながらでも声の方に目を向ければ、わたしに『ズガズガ』と迫って来ているカスがいた。
わたしは涙を無理矢理に拭って、迷うことなく「なに?」と不機嫌に聞く。
正直さっさとどこかに行って欲しい。
こんなカスと一緒に居たって意味がない。
わたしはお母さんとお父さん。そしてひーと一緒に居たいだけなんだから。
カスはわたしの顔を見てムッとしながらも、深く息を吸って口を開く。
「いいかぁ!?ファミレスなんだからお客様の声をよく聞け!さっさとっうぎゃ!」
だけど、団子のくし二十本を耳に突っ込むような声は、いつもの様にさくちゃんの蹴り一つで終わる。
「ぜぅっぜぇっ。すっすみません。姉がっご迷惑をおかけしてっ。ぜぇっはぁっ。」
そうさくちゃんは息を切らして私に深々と謝る。
走って来たのだろうか?
だけどこんなさくちゃんを見るのは初めてだ。
もしかしたらネッシーどころかツチノコ並に珍しいかもしれない。
そんな事を思っていると、さくちゃんは一つ深呼吸をして、私を見つめる。
「なに?」と私が聞くともう一度深呼吸する。
「いいですか、りんさん。落ち着いて聞いて下さい。」
改まってなんだろう?
そう思いながらもこくりと頷く。
「ひーさんが事故に遭いました。」
「は?」
今なんと言ったのだろうか?
「いま。なんて?」
「ひーさんが事故に遭いました。」
なにを言っているんだろうか?
さくちゃんはなにを言っているんだろうか?
「いや。そんなわけない。冗談なんだよね?」
だけど、さくちゃんは首を横に振った。
嫌だ。イヤだ。いやだ。
身体が凍りつくように寒い。涙が溢れる。目の前なんて見えやしない。
ひーにまだ謝ってないんだもん。
ひーと一緒に居たいんだもん。
それが出来ないなんて「いや!」だ。
「うそ!そんなのうそ!そんなわけ。そんなわけないんだもん!」
「りんさん!」
『パァッーン』と渇いた音が響いた。
頬が熱い。
「落ち着いて下さい。」
さくちゃんはいつも通りの顔でそう口にした。
「だって。だって。」
ああ。わたしはやっぱり情けない。
「305号室でひーさんが待ってます。行ってあげて下さい。」
でも、その言葉を聞き終えても私の身体は動いてくれなかった。
こわい。会いに行くことがこわい。
事故?どれくらいの事故?
手や足が折れたりするくらいの事故?
それとも、お母さんやお父さんたちみたいに、もう会えなくなるような事故なの?
どっちもいやだ。
ひーが傷ついてしまっているのに会えないなんていやだ。
もう会えなくなってしまうのもいやだ。
どっちもやだ。
「りんさん?」
さくちゃんの不思議そうな声が耳に入る。
「どうしろって。言うのよ?だって、ひーにわたし嫌われちゃったんだもん。どうしろっていうのよ!?」
それに返した言葉は、自分でもわかる位に情けなく、自分本位な言葉だった。
「こんのトランポリン!どうするかなんて知るか!さっさと行ってこい!アタシじゃダメなんだから。お前じゃなきゃだめなんだから。さっさと行けよ!」
カスの乱暴な言葉が何故かわたしの足を動かした。
何故か私の背を押してくれた。
ドアを突き破るように出て、廊下を駆ける。
独りになりたくなかった。
ただひーと一緒に居たかった。
ナースセンターの近くで誰かとぶつかった。
怒鳴り声が聞こえた気がする。
だけど、わたしはそんなことも気にせずに走る。
そして階段を二段三段とと駆け下りて行く。
でもわたしは足を捻って、そのまま階段を転がり落ちる。
すごい音がした気がする。
頭をぶつけた所為で『くらくら』する。
それに転がり落ちた時にぶつけたのか、身体中が痛い。
だけど。それでも。無理矢理にでも立ち上がって、足を前に出す。
もっと早く。もっと早く。ひーの傍に行きたい。
とにかく謝りたい。
嫌われててもいい。
好きでいてもらえなくたっていい。
ただひーに会いたい。
そう思う度にゆっくりながらも確実に一歩一歩足が進んでいく。
そしてやっと305号室の前に着いた。
とても時間がかかった気がする。
だけど今はそんなのどうだっていい。
ひーに会いたい。
その気持ち一つでドアに手をかけて、開く。
その先が恐かった。
その先が本当に恐かった。
だけど、そんな恐怖より、ひーに会えないことのほうがずっとずっと恐かった。苦しかった。
そして、真っ暗な病室の中でひーが眠っていた。
「いや。」
白い布を被って。
「いやだ。」
眠っていた。
「やだぁ!」
『ボロボロ』とまるで瓦礫が崩れる様に涙が転げ落ちていく中、わたしは『ゆらゆら』とひーに近づいていく。
そしてひーの頬に手を当てる。
温かい。
とても温かい。
こんなの嘘だ。
冗談だ。
だってこんなことがあるわけがない。
身体から一気に力が抜けて、そのままへたり込んでしまう。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。いくらでも謝るから。一人にしないでよ。なんだってするからぁ。くまだってなんだって買ってあげるから。一人に。独りにしないでよぉ。いなくならないでよぉ。今までみたいにずっと傍にいてくれなくたっていいから。いなくならないでよ。わたし。どうしたらいいのよ?ひーまでいなくなったら。わたしどうしたらいいのよ?もう。やだ。やだよぉ。起きてよ。起きなさいよぉ。」
だけどひーは何も言ってくれない。
わたしを置いていってしまった。
「まったく。騒がしいと思って来てみれば。なにをやってるんですか黒咲君?」
男の声が聞こえた気がする。
でも、もうどうでもいいや。
「ひー。ずっとそばにいてよ。」
もう、何もかもがどうでもいい。
生きていたって、仕方ない。
生きていればなにか良い事がある。
生きていればいつか幸せが訪れる。
よくそんなことを言うけど、自分にとっての半身を失っても、その言葉を言えるだろうか?
正直、そんな言葉信じられない。
お母さんがいなくなってしまった人生。
お父さんのいなくなってしまった人生。
ひーが欠けて、いなくなってしまった人生。
もう、いやだ。
きっと神様が居るのなら、私のことが嫌いなのだろう。
理不尽に、本当に理不尽に奪いつくしていく。
よくある話で行くのなら試練とか言うやつなのだろう。
だけど両親や大切な人がなくなって、これは試練です?
笑わせないでよ。
こんなのが試練なら、私は耐え切れない。
嫌がらせであったなら我慢ならない。
「ひー。もう、疲れちゃった。」
そう呟くと、また男の声が聞こえた。
どうでもいいと思った。
だって、もう生きている意味なんてないもの。
だから、なにもかもがどうでもよかった。
だけど男の声はしつこくて、一瞬でもわたしは耳を傾けてしまった。
「―ださい。そもそもここは精神科病棟ですから。」
その瞬間目の前で眠っていたひーが『びくっ』と動いた。
「ふぇ?」
自分でもわかる間抜けな声。
そのままドアの方に目を向ければ、何度も見た気がする嫌な男が立っていた。
「やっとこっちを向きましたか。幼馴染の君も悪ふざけは大概にしておいてくださいね。僕だって忙しいんですから。それと、診察の時間だから病室に戻ってください。まったく。」
そう『くどくど』男が言っていると「よよ、葉先生!急患なんです!」という慌て気味な菫さんが男を羽交い絞めにして、病室から引きずり出そうとする。
「ちょ!?菫君!僕は精神科医ですから、急患は基本的に居ません!」
「いいから葉先生はこっち来て下さい!」
そして、男は無理矢理に菫さんから引きずり出され、病室のドアがピシャッと閉まり、静寂が病室を包む。
嵐の後。というのはこんな風なのかもしれない。
わたしにはそんなどうでもいいことを思う余裕が出来ていた。
ひーの方に振り返れば、そこには白い布を被ったひーはもう居なかった。
その代わり、布団の中に隠れているひーがいた。
「ひー?」
名前を呼ぶとひーは『びくっ』と動く。
ああ。よかった。ほんとうによかった。
布団が『もぞもぞ』と動いて、ひーが顔を半分だけ出す。
それはまるで、おいたをして怒られることがわかっている子犬のようだ。
「ごめんなさい。」
わたしはひーのその言葉に『ふるふる』と首を横に振る。
「謝らないでよ。わたしが、わたしが悪いんだから。謝らないでよ。」
謝らないでほしかった。
だってわたしが悪いんだから。
それに、こんなに安心出来たんだから。
ひーが謝る必要なんてない。
「でも、りん泣いちゃってる。」
ひーがわたしの頭を撫でてくれる。
優しくて。
温かくて。
とても気持ちいい。
「ひー。ごめんなさい。あと。よかった。本当によかった。」
わたしはひーに抱きついて泣いた。
「大丈夫。ずっとひーはりんの傍にいるから。」
そう言って、ひーはわたしが泣き止むまで頭を撫でてくれた。
***
「よかったんですか?」
私はりんさんが出て行ったドアを見つめたまま、そうカス姉に聞く。
「うん。どうせ、ひーちゃんはりんのことしか見てないから。りんのことだけしか見えないから。だから、アタシが入る隙間なんてないんだよ。最初から、わかってたのになぁ。」
カス姉はそう答えて、おかしそうに笑う。
私は「全く。仕方ない人ですね。」と言ってカス姉に振り返る。
そこに居るのは、いつも強がりばっかり言ってるカス姉。
私はそんなカス姉に歩み寄り、その頬を思いっきり引っ張る。
「いふぁ!いひゃい!いひゃいっへ!!」
そう叫びながらも、少しずつ涙が流れて行く。
そして三十秒もすれば、強がりな顔は涙でくしゃくしゃになってしまった。
「もう、私の前でまで強がらないで下さい。」
そう言って私は頬から手を離してあげる。
「だってさ。アタシはお姉ちゃんなんだから。アタシが泣いたりしちゃダメなんだぞ?」
カス姉はボロボロと涙をこぼしながら、そう口にした。
「双子なんですから、気にすることないじゃないですか。それに泣いたりしても、カス姉はカス姉です。」
私は思ったことをそのまま口にして、カス姉を慰める。
ほんの少し早く生まれた所為で、こんなに悩ませていることが、とても辛い。
私が先に生まれてあげられていたらよかったのに。
そう思いながら、私はカス姉の頭を撫でてあげた。
それからしばらくしてカス姉は泣き止んで、私をじー。っと見つめてくる。
「どうしました?」
そう私が聞くと、顔を赤らめながら口を開く。
「あ、ありがと。」
たったそれだけの感謝の言葉。
はっきり言っていい程、礼儀がなっていなくて、我が家の家訓に相応しくない言葉使い。
でも、私はそんな言葉がとても嬉しかった。
「強がらなくて良いんですからね、カス姉。」
私がそう言うとコクリと頷いてくれる。
そんなカス姉がとても可愛く思えた。
だけど「あ。」とカス姉は声を漏らして不服そうな顔をして、口を開く。
「そういえば、あれはいくらなんでもやり過ぎなんじゃないか?」
私はその言葉に「私はひーさんが事故にあったと嘘は吐きましたが、死んだなんて一言も言ってないですよ?」と笑ってあげる。
「性格悪い。」
カス姉はじとーっとした目でそう言ってきたけど、私は気にせずに「良薬は口に苦いんですから問題ありません」と言って自分が悪くないことを主張する。
だけど今回ばっかりは私が悪いから、逃げられないかもしれませんね。
そう悩んでいると「ガラッ」とドアが開いて、カス姉は慌ててゴシゴシと涙を手で拭う。
そんなカス姉を見て『地獄で仏というやつですか。』と思いながら、私はクスリと笑ってドアへと目を向けた。
しかし、そこに突っ立っている物に驚いて、目を丸くしてしまう。
それは大人の上半身など、簡単に覆い隠してしまうくらいの花束だった。
はっきり言って、入院している人にとっては迷惑だが、迷惑だと言い返せなくて困る一品だ。
まあ、その心遣いがとても嬉しいものなのでしょうけど。
私がそんな事を思っていると「やあ、愛しのりん。君が入院したと聞いた時、僕の胸は胸焼けしているのに無理矢理油物をたべさせられ続けた挙句、吐いた瞬間に無理矢理食わせた奴からボディーブローをくらって、悶絶した時のようだったよ。」と花束―坂本君は意味不明なことを熱く語りだした。
「坂本、気持ち悪い。ていうか引くわ。」
それにカス姉は間髪入れずにそう返し、私は「同感。」と一言だけ口にする。
すると「ひっでぇなぁ。」と言いながら花束はガサッと動き、坂本君の顔が現れてキョロキョロと辺りを見回し「あり。りんちゃんは?」と疑問の声を上げる。
そんな坂本君の疑問に私は「りんさんなら、今は居ませんよ。」と答えながら、カス姉の顔が見えないように位置をずれる。
それを聞いた坂本君は私に近づき、肩と顎に手を添えてきた。
「そっか。じゃありんちゃんが戻ってくるまで、二人で愛を語らい合わないかい?」
そう口にして、私の顔に坂本君の顔が迫ってきた。
私は「はぁ~」と溜息を吐きながら、その首に迷うことなく背刀を入れる。
その結果、その顔は私の前から消え、地べたで「げえっ!」と悶え苦しんでいる。
「自業自得だな。」
カス姉はそう言いながらクスッと笑う。
「い、いや。さくちゃんの愛情表現の一つだ。それならば、俺はいくらでも甘んじて受け入れよう」
だけど坂本君は懲りずにそんなことを言う。
「坂本君。五月蝿いです。」
そう言って私はいつもの様に冷たく見据えてあげる。
実際、彼のことはあまり嫌いではない。どちらかと言えば好意を持っているだろう。
だけど、この変態さ加減には少々付き合い難い点が梅雨二十一回分くらいある為、こうした扱いになってしまっている。
「もうちょっと普通にしてれば、悪くないのに。」
そうぼそりと呟くと「え?何か言った?」とカス姉が聞いてきて、私はいつもの顔で「なんでもありませんよ」とにこりと笑う。
だけど。
きっとこのままで良いのだろう。
どうしようもない姉とどうしようもない彼の面倒を見ているのは、正直楽しい。
だから、きっとこのままで良いのだろう。
そう思って、私は窓の外を眺めた。
***
私がひーと病室に戻ると、そこにはみんなが待っていた。
彩お姉ちゃん。
カスとさくちゃんと何故かいる坂本。
杏さんと菫さんと面倒臭そうな嫌な男。
「ごめんね、りんちゃん。どうしたらりんちゃんが素直になってくれるかなぁ?って話したら、こんなことになっちゃって。」
最初に口を開いたのは彩お姉ちゃんだった。
「すみません、流石に布被せたのはやり過ぎでした。」
そう謝ってくれるさくちゃん。
「ごめん、りんのプリン食べちまった。」
それに続いて謝るカス。
「え?私の食べたの!?ていうかカスが名前で呼んだ!?」
正直に言えば、もうなにに驚いていいのかがわからない。
だけどただ言えるのは。
「でも、みんな私の為にしてくれたこと、なんだよね?」
それにみんなが頷いてくれる。
「ありがとう」
私は、久しぶりに笑顔で心の底から感謝の言葉を言えた気がした。