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作り方② 砂糖と水を小鍋に入れて混ぜながら沸騰直前まで。

 次の日、目が覚めた私の傍にひーは居なかった。

 寂しさと怯えが身体中を走る。

 心細い。寂しい。一人ぼっちになんてなりたくない。

 だけど、この方が良い。

 ひーがこれ以上私の傍に居ると、私はひーを頼ってしまう。迷惑をかけてしまう。

 それなら、この方がずっと良い。

 ベットの脇にあるチェストの上に、一枚のメモ紙があるのが目に入った。

『りんの着替えを取りにちょっと行って来ます。出来るだけ早く帰ってくるから、大丈夫だよ。ひーより。』

 それを読むと、私を安堵が包むのが分かった。

 だけど「これじゃあ、ダメ。」だ。

 私はベットから起き上がり、病室を出る。

 廊下を『すたすた』と歩いていき、昨日呼び止められたナースセンターに着く。

 そして昨日の看護婦さんが欠伸をしているのが目に入った。

 欠伸を終えると、看護婦さんは私に気付いて「あら。おはよう。」とにっこりと笑いかけてくれる。

 だけど、やはり何故か恐い。

 だからおっかなびっくりに「お、おはようございます。」と返してしまう。

「どうかしたの?ひめちゃんならりんちゃんの着替え取りに行ってるわよ?」

「知ってます。ちょっと、お願いがあるんです。」

 看護婦さんの問いに私がそう答えると、看護婦さんは嬉しそうな顔で「なにかなぁ?私に出来ることなら、ある程度はやったげるわよ?」と答えてくれる。

「多分、今日あや、じゃない。叔母さんが見舞いに来るので、叔母さん以外を面会謝絶にして欲しいんです。」

 実際、彩お姉ちゃんが今日見舞いに来る確証はどこにもない。

 ただ、この状況でひーやひーのおばさんかおじさんから、彩お姉ちゃんに連絡が行っていない事のほうが不自然だと思えたからだった。

 だけど看護婦さんは、私の言葉の意図が理解出来ないのか「え?」と怪訝そうな声を漏らした。

 多分、昨日のひーと私を見ていたからだろう。

「なんでかなぁ?ちょっと理由を聞かせて?」

 顔は笑顔だけど、さっきとは2、3度くらい温度が違うのが分かる。

「頭では、分かってるんです。ひーの所為じゃないって。でも、もしあの日ひーと遊んでから駅に向かわなかったら、お母さんもお父さんも生きてたんじゃないか?って思っちゃうんです。」

 もちろん嘘だ。

 むしろ、自分を責めている。

 あの日、ひーを蔑ろにしたくないという自己満足のために、お父さんにわがままを言ったこと。

 私があの時、もしわがままを言わなければ、お母さんもお父さんも、あんなところには居なかった筈だから。

 涙が溢れ始めてしまう。

「だけど。あの子は貴女のことを本当に心配してくれてるのよ?大事に思ってくれてるのよ?」

 そう返されたけど、そういう言葉が返ってくると分からないほど、私は馬鹿じゃない。

「それも、分かってるんです。」

「だったら。」

 看護婦さんが私を説得しようと切り出すけど、私は「だからこそ。ひーを責めてるのが嫌なんです。ひーを責めてる自分を見られたくないんです。」そう返した。

 看護婦さんは参ったという顔で「わかったわ。」と答えた。

 そして「ひー、じゃない。ひめちゃんには私から言っておくから。大丈夫、ひめちゃんには絶対秘密にするから。」と答えてくれる。

「ありがとうございます」

 涙を拭きながら答えて、私はナースセンターをあとにした。

 これでいいのだ。

 病室へと戻る途中、公衆電話が目に入り「でも、確認はしておかないと。」そう呟いて、私はポケットから財布を取り出して、公衆電話に百円玉を入れる。

 そして、彩お姉ちゃんの電話番号を打ち込むと、コールが鳴り始める。

 普通は数コールしてから繋がるけど、一コール目ですぐに電話は繋がった。

「はい、もしもし。」

 電話越しでも分かるくらいに声が震えている。

「もしもし、りんです。」

 そう答えると、彩お姉ちゃんは少しホッとした様に吐息を零して「りんちゃん。よかったぁ。大丈夫?9時の新幹線でそっちに行くから。」と答えた。

「はい。わかりました。それじゃあ。」と返して「あっ」と何かを言いかけた彩お姉ちゃんの言葉を遮る様に電話を切る。

会話がしたかった訳じゃない。そう、彩お姉ちゃんがこっちに来ることを確認したかっただけなんだもん。ただ、それだけなんだから。

 私はそのまま病室へと足を向ける。

「どういうことですか!?」というひーの声が聞こえて私は『ビクッ』と驚き、慌てて逃げるように病室へと駆け込んだ。

 そして『ガチャリ』と鍵を閉めて、その場に蹲ってしまう。

 それから1分としないうちにドアを『ドンドンッ』と叩きながら「ねぇ?りん?なんで?何かひー悪いことしたの?」とひーの今にも泣きそうな声が聞こえてきた。

 何故こんなに泣きそうな声なんだろう?これから迷惑なお荷物になってしまう私が、自分から離れてくれるというのに。

「悪いことしたのなら。ひー、ちゃんと謝るよ?悪いところがあるならなんだって直すよ?ねぇ、りん?いるんでしょ?ねぇ?」

 なんでそんなに私に関わろうとするの?

「なんで?ねぇ?りん?答えてよぉ?」

 なんでそんなに泣きそうな声なの?

「ひめちゃん、ここは病院です!他の患者さんの迷惑になるので、御引取りください!」

 看護婦さんの強い言葉のあと、ひーの声は少しずつ小さくなっていき、最後には病室が静か過ぎるように感じてしまうほどだった。

 だけど、ひーの声が小さくなり始めるときの「放して!ねぇ?ねえってば!?答えてよぉ!りん!」という泣き出してしまった声が耳から離れなかった。



気がつけば私は膝を抱えていた。

 ただただ涙が瞳から溢れて、ただただ頬を伝い落ちていく。

「ひー、ごめん。ぐすっ。泣いちゃったの。ひっぐ。わたしのせいだよね。」

 その言葉を搾り出すのも、今の私にはとても辛い。

「だけど。えっぐ。これでいいんだよね?」

 これで、ひーに迷惑を掛けなくて済むのだ。

 だから、ひーを私から遠避けることで「こんなに。ひっぐ。悲しくなる。ひっぐ。必要ないんだよね?」

 そう呟くと、真後ろから『ガチャリ』という音がして、私は『ビクッ』と驚いてしまう。そしてそのまま、私が閉めたドアはとても簡単に開けられてしまった。

「は~い、りんちゃ~ん。入院初めてのおいしいおいしい朝ごはんを持ってきたわよん」

 頭の上から声がして、そっちに顔を向けると見慣れた看護婦さんがニコニコしながらトレーを持って立っていた。

 しかし彼女のニコニコ笑顔は、私の顔を見ると一瞬にして、悪戯な笑顔へと変わり「あらん?やっぱりひーちゃんと一緒に居たいんじゃないのぉ?」と冷やかすように言ってくる。

「うるさい。関係ないと思うんですけど。」

 図星を突かれた私は、ついそう不機嫌に返してしまう。

 だけど彼女は、そんな私を見て「そっかそっかぁ~。」と嬉しそうに笑った。

 何かを見透かされたような気がして『ムッ』としながら立ち上がり、私は何も言わずにトレーを受け取って、ベットの方へ『スタスタ』と歩いていく。

 でも、後ろからついてくる足音が聞こえて振り返ると、看護婦さんがニコニコしながら、私が持っているものと同じトレーを持って立っていた。

「まだ何か?」

 そう私があからさまに嫌そうに言うと、彼女は「一緒に食べようと思ってね。」とそのニコニコ笑顔を変えることなく答えてくる。

いやだ。はっきり言ってカスと一緒にお昼を食べることより嫌過ぎる。

 少しも酌量の余地のない言葉に私は「いやです。」と返した。

 当たり前である。カスですら嫌なのに、それすらも超える人と一緒に食事なんて、嫌過ぎて死んでしまう。

「そっかぁ。残念。じゃあ、隣のベットで食べるわ。」

 彼女はそう答えるが早いか、スッと私の隣をすり抜けて、ベットに腰掛けた。

「あの」と私が抗議の声を上げようとすると「いっただっきまぁす!」と言って遮り、彼女はご飯を食べ始めてしまう。

「はぁ。」

 溜息を吐いて私は一人で食べることをあきらめて、自分のベットに腰掛ける。

「いただきます。」

 手を合わせていつものようにその言葉を口にして、おみそ汁を一口含む。

 しかし私は顔をしかめて、それをすぐにでも吐き出したくなってしまう。

まずい。薄すぎるみそ。味がまぁったく染みてもいない油揚げ。薄味すぎて、これは無味でしかない。それに加えて微妙に甘いだけの玉ねぎのコラボレーション。いくらなんでも不味過ぎる。

 そう思いつつも何とか飲み込み、私はすぐに口を開けた。

 もちろん言いたいことは「まずい。」の一言である。

「あはははははは!」という大爆笑が上がり私はすぐに彼女を睨む。

「あはは!ちょっとまって!く、くるしい!あはは!ごめんごめん!いくらなんでも予想以上で!あーちょっと苦し!あはははははは!」

 その笑い泣きしながらの謝罪の言葉は、全く謝罪になっておらず、私は更に腹が立つ。

 そもそも笑っている時点でその言葉は挑発である。

「全く。私を笑うために来たのなら、どこか別の場所で食べてください!」

 そう怒鳴って、私は目玉焼きを箸で引っつかんで口に頬張ると、また顔をしかめてしまう。

「あははは!ちょっといくらなんでも!連続はないってばぁ!あ~ははは!」

 むかつく。本当にカス以上にカスだ。

 でも、これ以上彼女を気にしていたら、きっと食べ終わってからもここに居座るような気がする。なので私は、彼女を無視して食事を続けることにした。

 だけど、その次に口にした佃煮もほとんど無味で、とてもじゃないが食べられたものじゃなく、結局顔をしかめてしまった。

 しかめすぎて、顔が元に戻らなくなったらどうしよう。

 そしてもちろん、彼女は爆笑中。

無視。なにがなんでも無視しよう。この手の人は無視していれば、そのうち飽きてどっかに行くんだから。睨んだなら、それだけで私の負けだ。

 そう心に決めると、私は少しずつ食べていく。

 すると今度はその笑い顔のまま「あはは、軽い冗談なんだから、ぶーたれないでよぉ」と話しかけてきた。

 無視したい。だけど流石に話しかけられたものまで無視するのは、どうかとも思う。

 なので『どっかに行け。』と言いたいのを堪えながら「ぶーたれてません。」と不機嫌に返す。

「あらら。昨日はひめちゃんの後ろで大人しくて可愛いかったのになぁ。」

「何が言いたいんですか?」

あぁ。今きっとすっごくいやな顔してる。この人は別に悪くないのに。

 そう。わかっているのだ。私が悪いことも。この人が言いたいことも。わかっているのだ。

 だけど私のお面は変わってはくれない。

 なのに彼女は「べっつに~?」とそんな私を気にすることなく笑って、そのまま食事を続けてくれる。

 でも私はそんな自分に呆れて「はぁ。」と溜息を吐いてしまう。

「溜息は幸せしか逃げないわよん?」

 そう彼女に言われて私は「関係ないと思うんですけど?」と言い返そうと思って目を丸くしてしまった。

 彼女は『してやったり!』とでも言うかのように笑って「そう言おうと思ったんでしょ?」と聞いてくる。

 私はそれに何も返せずに彼女に笑われてしまった。

 だけど、何故かもう彼女が怖くなくて、笑われることも嫌じゃなくて。

きっとカスみたいに慣れてしまったのだろう。

 そう思うことにした。

だけど、お昼は売店で済ませよう。この病院食を食べていたら、いつか味覚が崩壊してしまうに違いない。

 そう心に誓って、私はトレーの病院食をまずいと知りつつも食べた。




「気分はどうだい?」

 それがその男の開き口一番の言葉だった。

 年齢は三十後半くらいだろうか?白衣に眼鏡という、いかにも医者らしい格好はその男にはそれなりに似合っている。

「とくになんともないです。」

 そう私が答えると「そうかい、それはよかった」とニコリと笑った。

 そして男は『ああ、そうだった。』という顔をすると「今日から三日間、君の相談と診察と経過を担当することになった白夷 葉です。よろしくね。」と自己紹介した。

「精神科医の先生ですか?」

 私がそう言葉を返すと、葉先生は看護婦さんの方を見て「おぉ~い杏君?なぁに僕の噂しちゃってくれてるの?仕事にならないんだけど?」と苦笑いに言う。

「大丈夫です葉先生。私は可愛い女の子に変態を紹介する気は毛頭ありませんので。そもそも、先日十六にもなる娘と一緒にお風呂に入ろうとするとかいう親バカですまない事件を引き起こした人を、まさか噂するわけないでしょ?」

 そう看護婦さんは、さくちゃんが坂本にするような冷視線を飛ばしながらに言う。

 先生は何かを諦めた様に溜息を吐いて「それじゃあ、杏君はもう下がっていいよ」と言って看護婦さんを退室させる。

「じゃあ、今からいくつか質問するね。答えたいことだけ答えて、答えたくないことは答えなくていいからね。話したいことを話してくれたらいいよ。」

 先生は私の目を見据えて、そう切り出した。

「まず、昨日はよく眠れたかな?」

「はい、いつも通りではありませんでしたが、よく眠れたと思います。」

 先生の質問に私は嘘を混ぜながら答え始めた。

「じゃあ、うなされたりしなかったかい?」

「夢を見るほどの余裕もないのか、悪夢の類は見ていません。」

 そう答えると、先生の顔が少し緩んだ。

 私は少し訝しげに思えたが、顔や言葉に出さないことにする。

 そのままいくつかの質問が出され、私はそれに答えていった。

「じゃあ、最後に。本当に面会謝絶にしてよかったのかな?」

 そしてそれに「はい。」と一言で返した時点で先生は「君は嘘をつくのが下手だね」と笑った。

 なに、この人?

 私は少し訝しみながらも、それを悟られぬように「なんのことですか?」と惚けてみせる。

 だけど先生は、そんな私の態度に微笑んで口を開いた。

「まず、昨日は酷い夢にうなされたようだね。あと、顔色からしても体調は余り良さそうには見えないし。それに、幼馴染の子の話をしているときの君は、とても辛そうに見えたよ?」

 この男に一体私の何がわかるというのだろうか?確かに、図星を突かれたのは事実だけど、この男に何がわかる?

 私がそう思っていると「君は意外と正直な子だね」と男は言って私に『すっ』と手を伸ばしてきた。

 私はそれに驚いて『バッ』とベットから転げ落ちるようにその手から逃げる。

「おやおや、杏君だけでなく、僕も嫌われたのかな?」

 そう男は大笑いして「とりあえず、今日の診察はここまで。明日も同じくらいの時間に診に来るからね。」と言って椅子から立ち上がり「あ、そうそう。杏君はあんなだけど、君が心配で夜勤が終わってからも、自分から買って出て君の看病してくれてるんだよ?あんまり嫌わないであげてね。」と言ってウィンクをしてそのまま病室から出て行った。

 なに?あの男!

 そう思ったけど、私の心をぐちゃぐちゃに引っ掻き回した男はもう既にいない。

 でも、あの看護婦さんが?そうは思えないけどなぁ。半ば人を笑いに来たようなところがあったし。

 そんな風に考える自分に「はぁ。」と溜息をついてベットへと戻ると「りん、ちゃん?」と弱々しげで、懐かしい声が耳に入った。

 私が静かに振り向くと、ドアの前には一人の女性が息を切らして立っていた。

 年齢が26というには、幼さが少し残る感じのする容姿。

 しかし格好は相変わらずにセンスが良く、とても魅力的な大人だ。

 でも、いつもきっちり手入れをしてセットされている筈の髪を、口で食べてしまうくらいに乱してしまっているのには少し笑ってしまいそうになる。

 黒咲 彩音。

 私にとってはお姉ちゃんの様な叔母さんで、面倒見が良くてとっても綺麗で憧れでもある人だ。

 彩お姉ちゃんは私の顔を確認すると、涙をぼろぼろと零しながら私に近づて『ぎゅっ』と抱きしめてくれた。

「りんちゃん。よかった。ほんとうによかったぁ。」

 ああ。私は本当にどうしようもないな。

 これから厄介になる人にまで心配をかけている。

「心配かけてすみません、彩叔母さん。」

 感謝を籠めてそう言うと、抱きしめられていた私は『がばっ』と体ごと離されて、額に衝撃が走った。

「いったぁ~。」と苦痛の声を上げて、ひりひりする額を押さえながら視点を彩お姉ちゃんに合わせると、彩お姉ちゃんはチョップを準備した状態でニコニコとしすぎて怖いくらいな笑顔を浮かべている。

「りんちゃん?だぁれがおばさんなのかなぁ?そこの所よぉく聴きたいんだけど?」

 彩お姉ちゃんの顔には『私まだすっごく若くてバリバリいけるんですけど?』と書いているような気がしてならない。

 だけどこれからは、私がお世話になる叔母さんなのだ。軽々しく彩お姉ちゃんなどと呼ぶのはあまりにも失礼だと思う。

だから「ええと。」と言い淀みながらも「でも、これから迷惑をおかけする私が、彩叔母さんに今まで通りに口を利くのはちょっと気が引けますので。」そう言って簡単に作った微笑で返した。

 でも、すぐに『バシッ』と私の額にはさっきの三倍くらいの衝撃が走った。

「まったく。なぁにを言ってるのかなこの子は?」

 呆れたような仕方なさそうな風に彩お姉ちゃんは言って『すぅっ』と息を吸い込んで。

「迷惑がかかるかどうかは~。私が決めることでしょ!」

 その大きな声と共に、また『ビシッ』と額に衝撃が走り、頭がぐわんぐわんする。

 うぅ。これ以上チョップされたら、頭が割れたりしそう。

 そう思った私は、わざと涙目のままに「い、いたいよ。彩叔母さん。」と可愛らしく苦痛を訴えてみせる。

 しかし、彩お姉ちゃんは私が『叔母さん』と言う限り、止める気がないらしく「まだ言うか!この!この!」とチョップの豪雨を私に浴びせ始めた。

 そして、私が「いた!痛いってば!彩お姉ちゃん!」と泣きながらに降参して、やっと彩お姉ちゃんはチョップをやめてくれた。

「よろしい。いい、りんちゃん?今私は、お姉ちゃんとお兄ちゃんが居なくなってすっごく悲しいわ。でもね、それでもりんちゃんが、りんちゃんだけでも無事で居てくれたことが、とっても嬉しいの。だからね、全然迷惑なんかじゃないのよ。迷惑だと思うなら、私は好きなだけ迷惑かけて欲しいわ。だって、可愛い可愛い妹なんだから。ね?わかった?」

 彩お姉ちゃんはとても温かくて、私は今にも泣き出しそうになってしまう。

 だけど、その言葉に頷くのがとても怖い。

 ひーに嫌われたら?見放されたら?とそれを怖がるのと同じくらい、彩お姉ちゃんに嫌われたり、見放されたりすることがとても怖い。

「でも。」

 だから私は言い淀んでしまう。

 それでも彩お姉ちゃんは「でも。じゃない。返事は?」と笑顔で答えを求めてくれる。

 とても優しくて。優しすぎて怖くなるくらいに優しい笑顔だった。

「うん。」

 やっとの想いで出した言葉は、自分でも情けなくなるくらいに短すぎる言葉だった。

 だけど彩お姉ちゃんは私を抱きしめて「よろしい。」と言って頭を撫でてくれた。

 そして、何故か止め処なく涙が溢れて、私は子供のように泣きじゃくった。

 本当に自分でも情けなくなるくらいに泣いた。

 お母さんもお父さんも居なくて。たった一人置き去りにされて、寂しくて。悲しくて。

 ひーのやさしさが怖くて、彩お姉ちゃんの温もりが怖くて仕方なかった。

 突放したかった。

 手に取りたくなかった。

 手に取るのはとても難しいことだけど、失うことはとても簡単で、とても壊れやすい。

 それが本当に怖かった。

 ひーの傍に居たら、私はひーに甘えてしまう。

 彩お姉ちゃんの傍に居たなら、私は彩お姉ちゃんに甘えてしまう。

 でも、それを失ったら?

 お母さんとお父さんが目の前で、蝋燭の火でも吹き消すように消えてしまったのと同じように、ひーや彩お姉ちゃんが居なくなってしまったら?

 そうしたら、きっと私はもう立っていられない。

 だけどそれがわかっていても、ひーのやさしさが、彩お姉ちゃんの温もりがとても嬉しくて、これ以上突放すことなんて出来なかった。

 ひーが病室のドアを叩いたとき、本当はすぐに開けたかった。すぐに謝りたかった。ひーに傍に居て欲しかった。

 ひとりは、さびしいもん。かなしいもん。

「もう。ぐずっ。ひとりはいやぁ。」

「大丈夫、お姉ちゃんがいつだって一緒にいてあげるから。」

 私の言葉―悲愴に彩お姉ちゃんはそう言ってくれる。

 本当は彩お姉ちゃんも泣きたいはずなのに、ただ頭を撫でながら私を慰めてくれた。




 私が泣き止んだ頃、窓には沈みかけの夕日が色鮮やかに描かれていた。

 そんな景色の中、病室のドアのスライド音と共に「あら。もう面会時間はとっくに過ぎていますよ?」と聞きなれた声が聞こえ、そちらに目を向ける。

 何度も見た五月蝿い人だ。確か看護婦さんのあんみつさん?あんもちさん?いや、あんこさんだったか?そんな感じの名前の人だったような気がする。

「ご、ごめんなさ~い。」

 私を抱しめていた彩お姉ちゃんは、その手を解きながらにばつの悪い時によくやる笑顔をして謝る。

「いえ、私にも可愛い妹の様な子達がいますので、黒咲さんがつい長居をしてしまう気持ちもわかりますから。」

 看護婦さんは笑って彩お姉ちゃんをフォローすると「もうちょっとしたら、おいしいおいしい病院食の時間ですからねぇ」と私に悪戯な笑顔を投げてきた。

 うわ。この人絶対これが目的だ。今朝のひーとのドタバタの後の食事は、すっごいおいしくなかったもんなぁ。そもそも食べ物の在り方というやつを考え直したくなるとてもとても薄味だったし。少なくとも私にとっては無味と言っても過言ではない味付け。いや、まだ無味の方が食べられる気もする。出来れば夕食抜きか売店で済ませたいなぁ。

 あ、ドタバタと言えば。あの時のことひーに謝らないといけない。多分家で泣いてるかも。

 そう思いながらも私は引きつった笑顔で「は、はぁい」と返した。

 それを確認した看護婦さんは「それじゃあまたね、りんちゃん。あとで持ってくるから。黒咲さんも御早めにお帰りくださいね」と笑顔を残して病室から出て行った。

「ホント。時間ってあっという間ね。」

 少し残念そうな名残惜しそうな顔をして彩お姉ちゃんはベットから立ち上がって一歩だけ離れる。

「じゃあまた明日も来るから、良い子でね?」

 その言葉に「うん」と私が答えると「よろしい。」と言って頭を撫でて「またね」と手を振って病室から出て行った。




 それからしばらくして、また看護婦さんが私の病室に訪れていた。

 ただ、その手にはトレーはなく、何故かコンビニのビニール袋があって私は少し動揺していた。

 あれ?私にまたおいしくない病院食を食べさせるために来たんじゃなかったのだろうか?お昼の時は逃げて売店ですませちゃったし。

「ん?どうかしたの?」

 看護婦さんはコンビニ袋からサンドイッチやおにぎりを出しながら頭に?マークを浮かべる。

「いえ。夕食は病院食じゃ?」

 私がストレートにそう聞くと「あら、あんな美味しくないものを自分から食べたいなんていう人はじめてだわ。」と呆けて看護婦さんは答えた。

「いえ、別に病院食が食べたいわけじゃないんですけど。」

 そう苦笑いで言いながら私は、というかやっぱりこの人にとっても美味しくないんだ。と心のどこかで笑ってしまう。

「あ、さっきのは冗談よ?体悪くない人がわざわざ病院食を食べる理由ないんだからぁ~。まぁ、決まりで食べることにはなってた気がするけど。」

 私に『なるほど。そういうことか』という顔でそう答えて、私に「はい」とサンドイッチを手渡してくれる。

「ありがとうございます。」

 私はそのサンドイッチを受けとり、包みを綺麗に剥がして「いただきます」と言ってかぶりついてみる。

 だけど、どうにも食べにくくて、結局いつも通りちまちま食べていく。

 なんでこんなことだけいつも通りなんだろ?

「あら。嫌いな種類だった?」

 不意にそう聞かれて私は「え?」と間抜けな声で返してしまった。

「あんまり良い顔してなかったから。嫌いな種類だったのかなぁ?と思ってね」

 そう彼女は笑って、おにぎりをぱくぱくと食べる。

 あの男―葉先生?の言う通り、この人は意外と私のことを気に懸けてくれてるんだなぁ。

 私はそれを嬉しく思いながら「いえ、結構たまごサンドは好きですよ」と笑い返す。

「よかった。とするとぉ、悩み事かなん?」と今度は鋭いところをついてくる。

「いえ、悩みは悩み切れないほどありますけど、今は考えないほうがいいんです。」

「そっか、ざぁんねん。」

 彼女はそう返して、何を考えていたか聴かないでくれる。

 私はそんな彼女に『ありがとうございます』と心の中で言って、またサンドイッチにかぶりついてみた。



 ***



 気がつけば、私はベットの上に居た。

 なんで、りんは私と会ってくれなかったんだろ?

 私は、りんの力になりたいのに。

 りんに悲しい顔なんかして欲しくないのに。

 りんに笑顔で居てもらいたいのに。

「ねぇ、りん?ひーが居たら、りんは笑えないの?」

 そう涙でぼやけてしまった天井に向かって呟く。

 答えが返って来ないのも、りんに届くことがないのもわかってる。

 だけど口に出さないと、私が壊れてしまうような気がしてしまう。

 だって、この十六年。

 たしかに、人生の半分にも満たない短い時間かもしれない。

 だけど私にとっての全てに、りんが欠けていた事なんてなかった。

 どこに行くにしても、何をするにしても一緒だった。

 時には嫌がったり、時には嫌がられることもあった。

 それでも、私にとって大切な人。

 決して失ってはいけない。

 大切な、大切な人。

 幼馴染だけど、姉のようで。

 年の変わらない姉のようだけど、幼馴染で。

 そして大好きで、大好きで。仕方ないくらいな人。

 そんな人から、初めて拒絶された。

 たとえ、人伝いでも会いたくないなんて言われたことは一度もなかった。

 正直、信じられなかった。

 何かの間違いだと思った。

 ううん、何かの間違いであって欲しかった。

 病室のドアを叩いた時、りんがドアを開けて『ひー?どうかしたの?』って聞いてくれると思ってた。

 そして、泣きそうな私の頭を撫でてくれると思ってた。

 だけど違った。

 多分ドアの前には、りんが居た。

 私の言葉に、なんの返事もくれないりんが居た。

 そして、ドアを開けてくれる事のないりんが居た。

 確かな拒絶。

 その事実が私を悲境に立たせる。

 その事実が私の心を悲愴に染める。

 その事実が私に哀絶の雨を降らせる。

 なんで?どうして?なにがだめなの?なにがわるいの?なにがいけなかったの?

 りんを支えたい。りんを守りたい。りんに悲しい思いなんかさせたくない。りんを笑顔にしたい。りんの話を聞きたい。りんの声が聴きたい。りんの傍に居てあげたい。りんに寄り添っていたい。

「ひー、りんの為だったらなんだってするよ?なんだって出来るよ?どんなことだって。りんが望むのなら、嫌じゃないよ?それなのに、なんで?なんで何も言ってくれなかったの?どうして会ってくれなかったの?」

 そうりんに問いかける。

 だけどやっぱり届く事はない。

「ねぇ?りん?明日は、会ってくれるよね?」

 だから私は、見えることのない天井に向かってそう呟いて、瞼を閉じた。




 ***



 まっくらだ。

 とてもとてもまっくらで。

 足元も見えないくらいまっくらで。

 さびしくて、こわくて、わたしはおかあさんとおとうさんをさがして歩いていた。

「おかあさん?おとうさん?どこぉ?」

 まるで迷子の子供のような、不安で泣き出しそうな声。

 ただただ。まっくらな世界を歩いていく。

 不意にわたしが何かに足を取られてずっこけると、周りがまるで最初から明るかったかのように陽に照らされる。

 なににつまづいたんだろ?

 そう思って足元を見やるとべっとりとした、まっかなまっかなえのぐまみれになったおとうさんとおかあさんがたおれてて。



 ***



「ちがう!そんなわけない!そんなわけないんだもん!ちがう!ちがう!ゆめなんだもん。ぜんぶぜんぶ。ゆめなんだもん!」

 ん?うるさいなぁ。せっかく仮眠取ってるのに~。

 そう思いながらも重い瞼を開けると、そこに広がった光景に驚いた。

 まるで薬物中毒者のように頭を掻き毟っているその姿が人とは思えず、つい物語に出てくる化物を連想させる。

「ちょっとりんちゃん!なにやってるの!?」

 数秒唖然としていた私は、慌ててそう叫んでりんちゃんの手を引っつかみ、掻き毟るのを無理矢理やめさせる。

「はなして!ちがうの!ゆめなの!あさめがさめたらぁ。ひーがかってにへやにいて、おかあさんがあさごはんつくってて。おとうさんがたまにこーひーのんでるんだもん。ゆめなんだもん。うっく。ゆめ、なんだもん。」

 やっと暴れるのをやめたりんちゃんは、そのまま泣き始めてしまう。

 まあ暴れられるよりマシか。それに、きっとこの子にも辛いことが一杯あったんだろうし。今は泣きたいだけ泣かせてあげますか。深夜なのはアレだけど。

 そんなことを思いながら、私はりんちゃんの手を離して頭を撫でてあげた。

 それから十分位した頃、やっと落ち着いたのか「ひっく。だれ、ですか?」と涙混じりでも、冷静そうな声でりんちゃんに問いかけられた。

「あちゃ~。ずっとお世話してあげてるのに、私のこと名前すらも覚えてくれないかぁ。」

 りんちゃんの状況が状況とはいえ、名前を覚えて貰えてないというのは、やはり哀しいものがある。

「えっぐ。ごめんなさい。」

 そうりんちゃんに謝られて「いいのよ。杏っていうの。しっかりと覚えておきなさい。」と笑いながら私は頭を撫でる手をどける。

 そして「落ち着いた?」と私が聞くと、りんちゃんはそれにコクリと頷いてみせた。

「じゃあ、まだ二時だから、ゆっくり寝なさい。私はそこで座ってるから。」

 だから私はそう言って、りんちゃんの肩に優しく手をかけて、ゆっくりとベットに寝かせ直した。

 さて。先生にはどう話したものか。看護師失格かもしれないけど、彼女が望むことをしてあげたい。だから、言わないでと言われたら、先生をどう誤魔化すかなぁ。それに、掻き毟った生傷があるし。こればっかりは誤魔化せないしなぁ。

 それを考えながら、私は椅子に腰掛けてまた仮眠をとる事にした。

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