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3.記念日

「さて、もんだいです」

日曜日の穏やかな陽気の中叩き起こされたものだから何かと思えば、沙陽はぴっと人差し指を立ててそう言い放った。

「・・・えーとまず言わせて欲しいんだけど、寝ていい?」

「ダメにきまってるじゃん。回答者なんだから」

もちろんそんなものになった覚えはない。まだ6時だというのに何故起こされなくてはならないのだろう。

「・・・で、問題は?」

「おー、そうこなくっちゃね。ファイナルアンサー?」

「それはまだ早いでしょ」

こうなったらさっさと終わらせて二度寝することにしよう。沙月がそんな不純な動機で挑んでいることなど露知らず、沙陽はたっぷりともったいぶってやっと出題した。

「――今日はなんの日でしょーかッ?」

「知らない」

その一言だけ放って沙月は素早くベッドにもぐりこんだ。一瞬で答えが思い付かないような問題なら回答する気はない。

「ちょっと待ってよ、沙月ってば~」

沙陽が身体を揺さぶってきて眠りを妨げる。

「わかったよもう、答えおしえるからさぁ・・・だから起きてよ沙月ぃ~」

答えなどとは関係無しにただ惰眠を貪りたいだけの沙月にとってその提案は無意味に等しかったが、このまま揺さぶられていても眠れそうにないので仕方無しに起き上がった。

「じゃあ答え言うよ~。ファイナルアンサー?」

「だからそれ違うって」

冷静に突っ込む沙月をよそに沙陽は解答を口にした。

「正解は――あたしたちの誕生日、でした!」

「・・・ああ、もう30日なんだ」

6月30日はふたりの誕生日だ。遠足やらなにやらですっかり忘れていたが、いつの間にかやってきていたらしい。

「ママも今日はやすみだよ。あとで映画行こうってさ」

なるほど、早くに叩き起こされた訳がようやく飲み込めてきた。

「誕生日プレゼントだと思って寝かせておいてくれると嬉しいんだけど・・・」

「なーに言ってんの。はやく着替えておでかけするんだから」

ささやかな願いは沙陽によって一蹴され、沙月はしぶしぶと着替え始める。それでも鼻歌が止まらないのは、結局沙月もこの日が楽しみで仕方なかったからに他ならないのだけれど。


「うぁ~・・・涙止まんない」

「後半ずっと泣いてたものね、沙月。鼻もぐずぐずで」

「だって・・・だってチロがぁ・・・」

「わかったってば。はい、ちーん」

沙陽が出してくれたティッシュで鼻をかむ。

ずっと観たかった動物映画を観に行き、その主人公の仔犬があまりにも不憫だったので泣き通しだったのだ。そんな沙月とは対照的に、沙陽はけろっとしている。

「沙陽はなんで泣かなかったの?あんなに良いお話だったのに」

憮然として言うと、母はくすりと笑った。

「沙陽なら始まって5分くらいですぐ寝ちゃってたわ」

「いやー、映画館っていいかんじに暗いからすぐねむくなっちゃうんだよね~」

あっはっは、と沙陽は暢気に笑う。

「さ、そろそろお昼にしましょう。何がいい?」

気を取りなおして母が尋ねると、沙陽が元気よく手を上げた。

「はい、あたしハンバーガー!!」

「えー、ここまで来てわざわざハンバーガー食べるの?」

呆れた声を上げるが沙陽は拳を握り締めて力説する。

「だって今月のハッピーセット、わんこのマスコットだよ!?これは見逃せないでしょ」

「高校生にもなっておまけに釣られるなんて・・・ま、いいか。わたしもそれでいいよ」

正直CMで観たマスコットがとても愛らしかったので姉妹共々食い付いていたのだ。異論はない。

「じゃあ決まりね」

母が頷いて、親子三人は並んでショッピングモールへと入っていった。


誕生日の夜は、母と三人で寝ることにしていた。和室に布団を並べて敷き川の字で横になる。

「――電気、消すわね」

「うん」

電気が消えてからしばらくして、ふと母が呟いた。

「・・・ねえ、沙月。それに沙陽」

「なに?」

沙月が返事をして、沙陽ももぞもぞと身体を動かす。

「・・・生まれてきてくれて、ありがとう」

母の左手が沙月の右手をそっと握った。きっと反対側の手は沙陽と結ばれている。

「・・・生きていてくれて、ありがとう」

5年前の誕生日から、それは儀式のように繰り返される。言い聞かせるように、噛みしめるように、母は毎年そうして涙を流した。

「・・・来年もきっと、またこうして一緒に過ごしましょうね」

「うん・・・大丈夫だよ、来年もちゃんと一緒に居るから」

沙月は母を安心させようと手をぎゅっと握り返したが、沙陽からは返事がなかった。

「もう寝ちゃったのかしら?」

「映画のときしっかり眠ってたくせにね」

そう言って二人はくすくすと笑い、そのまま眠りに落ちた。沙陽の布団からも寝息が聞こえ始めていた。

雨の日が減ってきてそろそろ梅雨明けかと囁かれるようになった頃。

部屋に戻ると中は薄暗く、月明かりに照らされて沙陽が窓辺で膝を抱えているのがぼんやりと見えた。見覚えのあるその物憂げな横顔にしばし沈黙した後、沙月はやっと我に返って声をかける。

「――電気、付けないの?」

返事はない。

「沙陽?」

もう一度呼びかけると沙陽は弾かれたように振り返った。

「ああ、沙月。おふろ上がった?」

「うん・・・また月見てるの?」

「そういうわけじゃ、ないけど」

沙陽はこうしてぼうっと月を眺めていることが多かったが、自分では気付いていないようだった。

「ママがお風呂入っちゃいなさいって」

「そっか、わかった」

さっと立ち上がると、沙陽は何事も無かったかのようにそのまま部屋を出ていった。独り残された沙月はひっそりと愚痴を零す。

「もう、また窓開けっ放しにして・・・」

虫が入るからやめてといつも言っているのに。

閉めてしまおうかと思ったが、湿気が多いのでしばらく風を通しておくことにする。網戸にしようと手をかけてふと見上げると、ちょうど三日月が雲に覆われるかというところだった。

「・・・こんなの見て何が面白いんだろ」

呟いて網戸を閉める。

月明かりの所為か不思議に大人びて見える沙陽の横顔は、いつも少しだけ怖かった。


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