16.月人
『――望月爽空』
しばらくしてから、ふいに聞き覚えのある声がした。
「月詠命様・・・?」
再び月が輝きを増している。
何故今彼が現れるのだろう。翼羽はもう月へ昇ったはずだ。修も怪訝そうな顔をしている。
『約束は、覚えているか』
「約束・・・」
そこで思い出す。“沙月”としての生涯を終え次第すぐに“爽空”の身体に戻す、それが月詠命との約束だった。しかし沙月はまだその生涯を終えていない。
「あの、どうしてわたしはここに戻ってきたんでしょうか?」
記憶を失っていた沙月に月世界へ戻る意思などない。それなのにこちらへ飛ばされてきた理由は何なのだろうか。
その問いに対し、月詠命は意外な答を返した。
『戻りたい理由なら、あったはずだ』
「え?」
『月明翼羽と離れたくなかった、それこそそなたがここに飛んできた理由だ』
それは、何よりも説得力のある理由だった。しかし望んだからといって戻ってこられるものだろうか。
『あとは、私の個人的な望みだ』
「え?」
『私は、月人としてそなたを迎えたかったのだ』
爽空は首を傾げた。
「わたしを・・・ですか?」
月詠命は話を続ける。
『私の力を色濃く受け継ぐ者たち――それが月明一族だ。だが姉上の方にもまた、そういった一族がいる。月明一族のような強い権力は持たないが』
「太陽の力を受け継ぐ一族・・・ですか」
『そうだ。そしてその者たちは姓を“陽光”といい、水色の髪と瞳を有している』
「あれ・・・?」
思い当たる節があった。
『そなたの母は、陽光一族の者だったな?』
「・・・はい」
母の旧姓は陽光だ。そして爽空は彼女の水色の瞳を受け継いで生まれている。
『元来月明と陽光は相容れないのだが・・・そなたの両親は例外であったようだ』
「・・・そうですね」
仲睦まじい両親だった。だが彼らはもう、ここにはいない。
『何にせよそなたは月と太陽、両方の力を有した人間ということになる』
「ちょっと待ってください、なぜ月人にそんな資質が必要なんですか?」
月人にふさわしいのは月明一族ではなかったのか。
『私は姉上と共に輪廻を管理しているのだが、あまり関係がよくない。よって月世界と日世界に分かれて魂を管理しているのだ。つまり、二つの世界の狭間を監視する人間が重要になってくる』
「それを果たせるのが、わたしと?」
なるほど中立の人間がいた方が何かと都合がいいだろう。
『今までずっとそなたを導いてきたが、ようやくこうして相見えることが叶った。そこで提案なのだが、日世界での生涯を終えたら月人として天に昇ってはくれないだろうか。もちろん月の雫は用意しよう』
「・・・お姉さんと仲直りする気はないんですか?」
修が率直に尋ねると月詠命はぐっと詰まった。
『それは・・・』
「――分かりました、月人になります」
「お嬢!?」
ぎょっとして振り返る修に微笑んでから、命にジョーカーを切る。
「お姉さんとの仲も取り持ってあげますよ?」
『本当か!?』
どうやら本当の望みはこれだ。
「月人になるのは月世界での生涯を終えてから、ということで構わないのなら」
『・・・良かろう』
本来なら月世界に帰ったら元の輪廻に戻るはずだったが、これでその約束に近い形になった。
「・・・お嬢」
海色の瞳が不安そうに爽空を見つめていた。爽空は月詠命に尋ねる。
「向こうの身体はもともと長く保たないんですよね?」
『長くて10年といったところだ。おそらく残り3、4年でこちらに戻ることになる』
あと4年、“沙月”に残された時間はそれだけだ。それでも構わない。
「修くん」
爽空はその目を見上げる。
「わたしはまた居なくなるけど・・・それでも、待っていてくれる?」
6年もの間ずっと待っていてくれたのに、また待たせることになってしまう。
だが修は微笑んで頷いた。
「――もちろんです。いつまででも、あなたを待っていますから」
「・・・ありがとう」
そして爽空は、再び永い眠りについた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢――」




