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月人  作者:
12/17

12.翼

二人目の子供は、一族の力を受け継いでいなかった。

「元気に生まれて来てくれたのだもの、こんなに嬉しいことはないわ」

海はそう言って喜んだが、黒い髪と海色の瞳を持って生まれた赤子を見て一族の者たちは今度こそ途方に暮れる。これではまた、後継者が決められない。養子を迎えようという話も起こった。

そんな折、事件は起こった。

「大変です、仁さん!!門のところに人が倒れて――」

知らせを聞いて駆けつけると、そこにはみすぼらしい服装の女性が倒れていた。

「どうした、大丈夫か!!」

声を掛けると女性はやつれた顔で仁を見上げる。

「刀真さんに・・・刀真さんに、会わせてください・・・!」

必死の形相に面食らっていると、彼女は抱えていたものを差し出した。思わず受け取った瞬間それはけたたましい声で泣き出す。

「お願いします・・・どうか、その子を・・・」

そのまま彼女はがくっと崩れ落ちた。

「おい、これは・・・!」

揺すっても反応がない。死んでいるのは明らかだった。


彼女と遺された赤子を見て、刀真は唇を噛んだ。

「・・・これは確かに、私の子だ」

「旦那様!!」

責めようにも二の句が告げなかった。刀真が心底それを悔いているのが伝わってきたからだ。

仁は後ろを振り返ったが、そこにいた海は首を振った。彼女にも責める気はないようだった。

「刀真様」

海は一歩前に進み出た。

「この子をどうされるおつもりですか?」

「どう、とは?」

戸惑う刀真に海は続ける。

「この子は――月明一族の力を受け継いでいます」

金色の髪と瞳、誰が見ても明らかだ。

「この子を、後継者に据えてはいかがでしょうか」

「奥様!!」

仁は叫んだが海はそれを制した。

「元々養子は迎えるおつもりだったのでしょう?この子は正真正銘刀真様の子だというのに、誰が文句を言えるでしょうか」

確かに、重要なのは力を受け継いでいるか否かだ。海の言っていることは正論だった。

「しかし、それでは奥様の立場が・・・」10年以上夫に尽くしたのに、他所から後継者を迎えられるのだ。仁には耐え難い屈辱であるように思えた。

「ありがとう、仁。でもわたしはそんなことどうでもいいの」

一度ゆっくりと瞬きをして、刀真は決断を下した。

「――分かった。この子を後継者として迎えよう」

こうして、その赤子は月明家に引き取られた。

生まれた赤子は、少し風邪をこじらせているようだった。

「治るの?」

「そのはずです。ですが何分まだ小さいですし、このまま長引くと命を落とす可能性も・・・」

「・・・そう」

海は何かを考え込んで、やがて部屋に籠もりはじめた。


「――ねえ、仁」

部屋へ赴くと、海が息子を抱えながらじっと窓の外を眺めていた。

「わたしね、ずっと考えていたことがあるの」

嫌な予感がして仁は表情を固くする。そしてその予感は的中した。

「わたし、月人になるわ」

「・・・奥様」

それはずっと危惧してきたことだった。

「結羽が生まれた時からそうしたいって思っていたのだけれど、なかなか踏ん切りがつかなくて・・・でも今なら、出来る気がするの」

月の雫を手に入れれば結羽を救える。だが同時に海を失う。だからこそ刀真も仁も必死にそれを止めてきたのだ。

「あの子の母親、見たでしょう?」

「・・・はい」

必死に這いつくばって、命と引き換えに子供を救おうとしたあの女性。

「あの人のような強い女性に、育ててあげなくてはいけないわ」

そのために、今あの赤子を救わなくてはならない。

「なら私が行きます」

仁は言ったが海は首を振った。

「駄目よ、あなたにはまだ――この子がいるのだから」

仁の腕に渡されたそれは彼女と同じ髪と瞳を持った、決してこの家を継ぐことが出来ない子だった。

「この子はきっと執事として育てられることになるわ。だから・・・あなたが育てて欲しいの」

「・・・奥様」

他人に子供を押し付けて行ってしまうというのか、とは言えなかった。これは仁への、心からの信頼だ。

海はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ねえ、仁。その子はわたしの子だから、きっとあなたなんかよりずっと有能な執事になるわ。そうなったらあなたはもう用済み。だから、そのときは――」

海の指が頬を撫でた。


「――そのときはきっと、わたしを迎えにきてね」


仁はその手を取って笑う。

「私がどれだけ有能だと思っていらっしゃるのですか?あなたの息子ごときに追い抜かせはしませんよ」

「あら、随分な余裕ね。見ていなさい、きっとすぐに追いつくわ」

「追いついてきたらまた突き放すだけです。何十年かかっても私がそちらに行くことはありませんよ」

そう言うと海は笑う。

「相変わらず意地悪なのね」

「生まれ付きですから」

「ふふ、そうだったわね」

海は微笑んで仁から離れる。

「あなたのそういうところ、本当に愛していたわ・・・」

仁はただ、それに微笑む。

「――勿体無い、お言葉です」

「――そうですか、お母様が・・・」

結羽は窓の外の月を見やる。まだ10歳にしかならない彼女は、そうして静かに瞳を閉じた。

「それで、その子たちの名前は決まったのですか?」

海が産んだ赤子と引き取った赤子は戸籍上で入れ替えられた。引き取った方を海が産んだことにし、海が産んだ方を引き取ったことにしたのだ。もちろん海の子を育てているのは仁で、異母兄妹であることは伏せられることになった。

「息子の方は『修』と名付けました。学ばせなければならないことが山ほどありますからね」

「そうですか」

結羽は苦笑する。その笑い方は海にとてもよく似ていた。

「では、もう一人の名前はまだ?」

「ええ。刀真様も決めあぐねているご様子で」

もともとは母親が付けた本当の名前があったはずだ。違う名前を考えることはやはり気が進まないのだろう。

「それならわたしが付けても構いませんか?」

「そうですね。何か思い付かれたのですか?」

「ええ。話を聞きながら、ずっと考えていたことがあるのです」

結羽は再び空を仰ぐ。

「――『翼羽』と、名付けたいと思います」

その名前には、彼女とその母の願いが込められていた。


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