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月人  作者:
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1.双子

「――ママ、誕生日プレゼント何くれるかな?」

「去年は一輪車だったよ。わたしは本が欲しかったんだけど」

沙月(さつき)がぼやくが、沙陽(さよ)は逆に頬をふくらませた。

「本なんかつまんないよ。あたしはバスケットボールが欲しいな」

「ボールもらってもわたし使わないもん・・・」

「あたしが2個使うからいーよ。ほら、こうやって同時にドリブルしたらかっこいーじゃん」

両手を同時に上下しながら走り出した沙陽をぼうっと眺めていた沙月だったが、突然鋭い声を上げた。

「沙陽、危ない!!」

沙月が飛び出して、しかし間に合わずに――双子の身体はトラックに鞭打たれる。

「――おい、子供が轢かれてるぞ!誰か救急車!!」

次々と大人たちが駆け寄るが、路面はどくどくと溢れる血に染まっていく。

見るに堪えない凄惨な状況の中で、


――沙陽の手が僅かに動き、隣に横たわる沙月の手をぎゅっと握った。


月  人


「――さ~つ~き!」

風通しのいい教室で文庫本に目を落としていると、不意に両肩を叩かれた。

「・・・何、沙陽?」

振り返らなくても誰かは分かっている。

「数学の教科書わすれちゃった~、かして?」

「忘れたんじゃなくて失くしたんでしょ。もう、早く見つけてよね」

数学は4単位だから、週に4回はこのやりとりを繰り返していることになる。今日数学の授業はないが、これを想定して沙月はあらかじめ教科書を持ってきていた。

「ありがとー沙月!帰りにクレープおごってあげるよ」

沙陽は両手を合わせたけれど、沙月はそのまま文庫に目を戻した。

「それは今度でいい。今200円しか持ってないでしょ」

「あー・・・そうだったっけ?」

あちゃー、と額に手を当て沙陽は渋い顔をする。

「いいからさっさと教室戻りなよ。昼休み終わっちゃう」

「はーい。あ、授業おわったらすぐ返しにくるからここにいてね?」

別に家に帰ってからでもと一瞬思いかけて、しかし黙って頷いておいた。家に帰るまでに失くされでもしたらたまらない。沙陽はそういう女だ。

沙陽が教室を出て行くと、前の席に座っているケイコが不思議そうな顔で振り返った。

「ねえねえ、何で200円しか持ってないって分かったの?」

「昨日一緒にシューズ買いに行ったからね。どうせ一文無しになったらお金貸すはめになるのはわたしだから、沙陽が買い物に行くときは付き合うことにしてるの」

持っているお金以上のものは買わせない。とはいっても、駄々を捏ねられてついお金を貸してしまうのもいつものことだったりするのだが。

「財布の紐を握ってるのは沙月ってわけか。ほんと、沙陽より沙月のほうがお姉ちゃんみたいね」

「まあ、否定はしないけど」

今まで何度となく言われてきた台詞だった。

生まれてからずっとそうだったのかと問われると、よく分からないのだけれど。

ぼんやりと目を開けると、見慣れない白い天井が視界に飛び込んできた。

「あ・・・ここは・・・」

「――さつきッ!?」

衝撃が身体を襲って、やや遅れてこれは誰かの腕だと気がつく。

「良かった・・・目が覚めたのね」

耳元で響く聞き慣れない声。何か言おうとしたが、ひゅうと喉がなるばかりで上手く言葉が出ない。

「よかった・・・本当によかった・・・」

やっと声が出るようになったところで、自分を抱き締めて泣きじゃくるその人に話しかけた。

「――あの・・・どなたですか?」

一瞬、抱き締めている腕が硬直したように感じられた。

「今・・・何て」

「失礼でしたらすみません。・・・どなた、でしょうか?」

彼女の顔からさっと血の気が引いた。

「何を・・・何を言ってるのさつき?“ママ”でしょ?」

「ママ・・・?」

「そうよ、あなたのお母さんよ?」

「おかあ・・・さん」

頭の中に水色のおぼろげな像が浮かび上がるが、どうにも上手く思い出せない。

首を傾げていると背後で呻き声がした。

「ん・・・」

「さよ?・・・さよ!!」

彼女はさっと隣のベッドに駆け寄る。短い栗色の髪に包帯を巻きつけた少女は、ぱちりとその虚ろな目を開いた。

「さよ、私が分かる?分かるわよね!?」

必死に肩を揺さぶるが、少女はぽつりと呟く。

「・・・誰?」

「なんて・・・なんてこと」

“ママ”と名乗ったその女性は、膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らした。


10歳の誕生日、沙陽と沙月は交通事故に遭い重症を負った。奇跡的に一命は取り留めたが、二人は事故以前の記憶が全くなく記憶喪失の状態だった。脳に異常はなく医師は事故のショックによる一時的なものだろうと診断したが、16歳になる今に至っても記憶は戻っていない。

「――たっだいま~!」

「ただいま」

家に着いた途端沙陽が玄関に倒れこむ。帰宅部なのでまだ時間は早い。

「つかれた~、佐藤せんせー怖過ぎ」

佐藤は数学を担当している教師である。

「あら、おかえり。今日もまた?」

「そう。いつもの数学アレルギー」

沙月は半ば呆れたような口調で言う。日課が数学で終わる金曜日はいつもこうなるのだ。

「沙陽は本当に数学が苦手ね・・・。昔は得意だったのに」

母がそう言って、慌てて口を押さえる。

「・・・ごめんなさい。今は関係ないんだったわね」

「ううん、本当なら前に出来ていたことはそのまま出来るはずだもん。単に沙陽の苦手意識が強すぎるだけ」

「何が駄目なのかしら・・・やっぱり計算?」

親子で数学談義が始まりそうになったところで沙陽が顔を上げた。

「ママ~、なんかおやつ作って。それで元気出す」

現金な言葉に苦笑すると、母はキッチンの方を指で示す。

「はいはい、さっきホットケーキが焼けたところよ」

「やった!沙月なにしてんの、はやく行くよ!!」

沙陽ががばっと跳ね起きて沙月の手を取る。目の下のクマがすっきりし、肌もどことなくつやつやしているようだ。

「まだ靴脱いでないってば!」

「はやくはやく~」

沙陽は既に玄関から上がって足踏みを始めていて、急いで靴を脱ぎ揃えようと手を伸ばしたのも無視して手を引っ張っていってしまう。

「そんなのあとあと、ほら行こう!!」

「ちょっと!ああ、もう・・・」

結局いつもこうだ。最後には沙陽に引き摺られてしまう。

母から声が掛かった。

「先に手洗いなさいよー?」

「はーい!」

何だかんだ言いながら、沙月は高校生とは思えないほど子供っぽい沙陽の言いなりだった。


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