第五十一話「グラッドストーン男爵」
ハミッシュらとの面談を終えたレイは、アシュレイの部屋に向かった。
そして、ギルド長のデューク・セルザムから義勇兵としての参加を認めないといわれたことを伝える。
「そ、そんな……デューク小父様はなぜ……それでは私たちは戦場に向かえないのか」
アシュレイは悔しそうな顔でレイに詰め寄るが、彼は自分の思いついたことを静かに説明していく。
「アッシュは覚えているかい? モルトンの街を出る時、アトリー男爵から護泉騎士団の副団長への紹介状を頂いたことを」
彼の問いに彼女は頷くが、なぜ今その話をするのかが判らない。
「覚えてはいるが、今から騎士団に入ることなど無理だぞ。それに第三大隊に潜りこむこともな」
「ああ、判っているよ。僕たちは傭兵であると共に冒険者でもある。だから……」
彼は自分の考えを説明していく。
説明を聞いていくうちに、アシュレイの顔に希望の色が浮かび始め、最後には笑顔で彼を抱きしめていた。
「これで堂々とついて行けるぞ。これで父上たちと共に戦場に立てる。レイ、お前はやはり私の見込んだ男だ……レイ……」
絶望が希望に変わったことで、最後は涙声になっていた。
「まだ、成功したわけじゃないよ。今から行っても大丈夫かな? かなり遅い時間だけど」
時刻は既に午後六時を過ぎ、辺りは暗くなり始めていた。そのため、彼はその事を気にしていた。
彼女は少し落ち着いたのか、きりりとした表情に戻り、
「判らんが、行くしかあるまい。国家の一大事となれば、何とか面会してくださるだろう」
二人はすぐに準備をし、王城にある護泉騎士団本部に向かった。
最初、王城の正門の守衛は面会の約束もなく、このような時間にきたことで、通行を許可しなかった。レイたちはアトリー男爵からの紹介状を見せ、至急の用件だと必死に訴える。
「王国の安定にとって、非常に重要な用件なのです。是非ともグラッドストーン閣下にお取次ぎを。この紹介状を見ていただければ、お会いしていただけるはずです。お願いします!」
その必死さに守衛は折れ、騎士団本部に連絡を取る。
しばらくすると、副団長から面会を認めるという知らせが届いた。
(良かった。とりあえず第一関門突破だ。この後の方が難しいんだけど、頑張るしかない)
騎士団本部から来た従士に従い、二人は本部に向かった。
護泉騎士団副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵は、第三大隊の副隊長の人選に頭を悩ませていた。
(今の副隊長を代えるとして、ベテランの副隊長を当てるしかない。あの増長したキルガーロッホを掣肘できる者と言えば、リーランドくらいか。だが、団長直属の第一大隊の副隊長から、第三大隊への異動、左遷に見えるところが辛いな。それに今回の任務では、困難が多い割には評価もされぬ。最悪、大隊長昇進の目も潰れるかもしれん。どう説得すべきか……)
頭を悩ませていた彼の元に、正門から急な面会の申し出があったことが伝えられる。
どのような者かという彼の問いに、若い傭兵の男女で、モルトンの領主、ブルーノ・アトリー男爵の紹介状を携えていたと、預けられた紹介状が差し出される。
(ブルーノからの紹介状か。一人はマーカット殿の息女アシュレイ、もう一人はレイ・アークライトか……レイ・アークライト、最近、聞いたような気が……ああ、ヴィクター様が話しておられた若者か。あのハミッシュ・マーカットが後継者にしたいと言っているという……何の話か知らぬが、気分転換に話を聞いてやろう)
彼は二人をここに通すように命じ、アークライトという名に他にも聞き覚えがあることに気付く。
(確か、魔術師の塔がしきりに勧誘している男の名が、アークライトだったはずだ。時期的には同一人物の可能性もあるが、魔術師を傭兵団の指揮官にするわけはないか……)
そんなことを考えていると、二人の若者が彼の下に通されてきた。
「グラッドストーン閣下、ハミッシュ・マーカットの娘、アシュレイ・マーカットと申します」
幼い頃から騎士団に出入していたアシュレイも、グラッドストーンとは面識がなかったようで、少し緊張していた。
グラッドストーンは、その姿を見て感心していた。
(ほう、若いが、さすがはマーカット殿の娘だ。すでに歴戦の風格がある)
「レイ・アークライトと申します」
自然体で話す若者に、グラッドストーンは違和感を覚えていた。
(この若者がマーカット殿の後継者候補だと? そういえばヴィクター様もそんなことをおっしゃっていたな。最初は驚いたと)
「シーヴァー・グラッドストーンだ。まあ、掛けたまえ」
彼は椅子を勧め、自らも腰を降ろす。
「用件を聞こうか。王国にとって重要な用件だと聞いたが」
レイは物静かに話す副団長に、今まで会った騎士たちと異なる印象を受けていた。
(背もそれほど高くないし、筋肉でムキムキって感じでもない。見た目は騎士っていう感じがしないな。どちらかというと役人、それも能吏と言われる切れる人って感じだ)
「マーカット団長より、魔族の侵攻の可能性があると伺いました。騎士団より一個大隊が派遣される予定で、更に傭兵ギルドでは義勇兵を募るとも」
グラッドストーンは「その通りだ」と頷く。
「今回の侵攻が大規模であった場合、最悪ブリッジェンドまで侵攻される恐れがあります。マーカット団長はこの事態に憂慮され、恐らく死ぬ気でいます。その証拠に、娘であるアシュレイ・マーカットを連れていかないと明言されました」
レイはグラッドストーンの様子を窺うが、何も言わない。
「もし、この戦いでハミッシュ・マーカットが戦死したら、それも魔族の危機をあれほど訴えていた“赤腕ハミッシュ”が亡くなったら、どのようなことになるでしょうか?」
グラッドストーンは特に深く考えることなく、一般的な話として受け止めていた。
「うむ。フォンスの市民に人気の高いマーカット殿が亡くなれば、民は悲しむであろうな。だが、それが王国にとってどう関わってくるのだ?」
「此度の戦力は、陛下の勅命によって決められたと聞きました。そして、マーカット団長は不足と言って義勇兵を集めるとも。その場合、陛下のご判断に誤りがあった、そして、かの英雄を死に追いやったのは、陛下の判断ミスであったと、市民は思うに違いありません。陛下にとって民の支持はそれほど必要ではないのかもしれません。ですが、魔族の脅威を軽く見積もり、四公爵家筆頭のキルガーロッホ家の縁者に、手柄を立てさせようとしたという評判が残ります。これが王国にとって良いこととは到底思えないのです」
(なるほど、ヴィクター様がおっしゃっていた意味が判ったわ。確かにその通りだ。陛下は此度のことで、キルガーロッホ家の力を削ごうとしている。だが、一つ間違えば、王家の力の源泉である民の支持を失い、自らの力を削ぐことになる。マーカット殿が死を覚悟しているのは、嘘ではなかろう。彼なら自らを犠牲にしても守り抜こうとするはずだ)
「趣旨は判った。だが、今更、どうすることも出来ぬ。陛下にその事を上申しても、恐らくこの決定は変わるまい」
グラッドストーンの言葉を予想していたのか、レイは頷く。
「はい、私もそう理解しております。陛下が“勅命”という形でご命令した以上、変えるにはそれ相応の理由がいるからです」
(見た目の若さに惑わされてはいかんな)
グラッドストーンは、レイに対する態度を、指導すべき若者から対等な相手へと変えた。
「ならば、どうするのだ? 何か腹案を持っているのではないか?」
「はい、我々がマーカット団長をお守りします」
予想外の答えにグラッドストーンは怪訝な顔をする。
「そなたらがか? マーカット殿ほどの強者ですら、死を覚悟するのに、若いそなたらで、どうにかできるのか?」
「はい。私は魔法が少々使えます。先のオーガとの戦いでも、半数以上の十六匹のオーガを葬っております。魔術師の塔のエルマー・アネーキス様に、聞いていただければ判ると思いますが、私の魔法は少々特殊です。そして、宮廷魔術師の方より威力のある魔法が使えます」
(やはり経験が足りぬか。一人の力で戦況を変えるなど、神話の時代の英雄譚にしか出てこぬ。自らの力に驕っておるのか?)
「魔術師の塔が、君を勧誘しようとしている噂は知っている。確かに強力な魔法が使えるのだろう。それは疑っておらん。だが、一人の魔術師の力でどうこうなるほど、戦場は甘くない。あのマーカット殿をどうやって助けるつもりだ?」
「それは戦場で考えます。魔法で眠らせてでも、いいえ、腕を斬りおとして後で繋いでもいい。私にはそれが出来ます」
彼の真剣な、そして、必死な表情にグラッドストーンも表情を緩める。
(なるほど、ただの頭でっかちな男ではないということか。確かにこれほどの覚悟があるなら、何とかできるかも知れぬ。私の力で何とかできるのなら、骨を折ってやっても良い。ブルーノよ、面白い男を紹介してくれたな……)
「その覚悟、しかと聞いたぞ。私に頼みとは、義勇軍に加えろということで間違いないか?」
レイはグラッドストーンの洞察力に驚く。
(さっき、アッシュを連れて行かないと、ハミッシュさんが明言したと言ったけど、それだけで、自分への要望がなにか判ってしまうのか……)
「その通りです。今回の義勇軍への参加につきまして、マーカット団長、ギルド長のセルザム様より、参加を禁じられました」
グラッドストーンは大きく頷き、レイを見据える。
「なるほどな。それでこちらも腹案はあるのだろう?」
「ございます。私、アシュレイ・マーカット、そして、ここにはおりませんが、ステラという獣人を“冒険者”として、護泉騎士団に雇って頂きたいのです。そして、騎士団長付といいますか、司令部付といいますか、どういう呼び方か判りませんが、とにかく第三大隊の指揮下に入らないようにして頂きたいのです」
「冒険者としてか。なるほど。司令部付というのは可能だが、第三大隊の指揮下に入らなければ、戦場で保護を受けられんぞ。それでもよいのだな」
レイは「構いません」と強く頷いた後、少し言いにくそうな顔をする。
「言いにくいのですが、第三大隊の指揮下に入れば、我々はあの大隊長に捨て駒にされるでしょう。そうなれば、団長を守ると言う目的を達することができません。それどころか、騎士団と義勇軍の間に、ひびを入れることにもなりかねません」
「判った。だが、司令部付にするには理由がいる。それも考えてあるのだろう?」
グラッドストーンはレイが次に何を言うのか、楽しみだとでもいうのように、微笑むような表情で聞いていく。
乗ってきたレイも、「はい」と大きく頷き、少し軽い口調で説明していく。
「こう言っては失礼ですが、騎士の皆様は深い森での偵察や妨害活動が、あまり得意ではありません。今後の戦略を考える上で、“司令部としては、騎士とは違う視点の情報を把握する必要がある。だから、冒険者を雇う”というのではどうでしょうか」
「うむ。一理ある。つまり、君たちを今後の魔族との戦い方を研究するために、派遣すると言うわけだな」
「はい。アシュレイ・マーカットは傭兵の視点で。私、レイ・アークライトは魔術師としての視点で確認します。ステラは偵察任務が得意ですので、我々の補助のために同行します」
グラッドストーンは、考えをまとめるかのように軽く目を瞑る。
(この者たちが、どの程度の戦力かは判らんが、少なくとも、このアークライトという若者が魔族との戦いを眼にし、それを我らに報告することには意義がある。それにあのキルガーロッホの小倅の息が掛からぬものがいた方が、何かと都合が良いかも知れぬ。リーランドとこの者たちの顔合わせを早急にした方が良いな。明日にでも公爵閣下にも報告せねば……)
「良かろう。冒険者ギルドに、そなたらに対する指名依頼を出そう」
交渉がうまくいったことにホッとしたレイは、息を吐き出しそうになるのを押さえていた。
(うまくいった。これでハミッシュさんに追い返されることなく、ついて行ける)
アシュレイはレイの交渉を横で見ているだけで、何も出来なかった自分が不甲斐なかった。
(父上のことなのに、すべてレイに任せてしまった。だが、これで戦場に立てる。後はこの立場をどう生かすかを考えよう)
二人がそんなことを考えていると、グラッドストーンが報酬について確認してきた。
「報酬はいかほどがよいか」
レイは想定していなかった質問に、少し慌てるが、
「報酬はいりません。依頼に必要であれば、一日一Cでも構いません」
「ハハハ、我が騎士団はそれほど吝嗇ではないぞ! このような依頼を出したことはないが、王国の命運をかけた仕事だ。それに見合う報酬を払う。お前たちは騎士ではないのだ。正当な報酬を受取るべきだと私は思うぞ」
二人は頭を下げ、「お任せいたします」と答える。
(固い人かと思ったけど、意外と明るい人なんだな。アトリー男爵は成り上がりと言われて敬遠されていると聞いた。その人と付合いがあるだけでも、変わっているのかもしれないけど)
「明日の朝、もう一度、来てくれるかな。ブレイブバーン公爵閣下に君たちを引き合わせたい。閣下も今回のことは気にされておる。是非とも先ほどの話を閣下の前でしてほしい」
レイはその言葉に驚き、「えっ! 公爵様に私が」と絶句してしまった。
「マーカット殿と閣下は戦友だ。硬くなる必要はない」
二人は思わぬ展開に頭が付いていけないまま、騎士団本部を後にした。




