第五十話「資金調達」
レイたちの所属する五番隊は、二日前の護衛任務を終え、五日間の休暇をのんびりと過ごしていた。
夕食の時間も近くなり、彼らは自室に戻っていたが、突然、アルベリックからの召集の連絡が入った。
三人は何があるのかと不思議に思いながら、団長の執務室に向かう。
そこには、副官のアルベリックと、五番隊隊長のヴァレリア・ハーヴェイが待っていた。
「まだ、隊長たちにしか話していないけど、チュロックから、この時期にはほとんど遅れることがない、定時連絡が遅れているっていう情報が入ったんだ。まだ、詳細は全く判らないけど、魔族が侵攻の可能性があるって、騎士団は判断したみたいなんだ」
三人はその話に驚くが、なぜ自分たちが呼ばれたのか、話が見えない。
「それで、騎士団は一個大隊を先陣にすることに決めたんだよ。それが何とあの第三大隊。これが国王の勅命でね。騎士団長は従わざるを得なくって、傭兵ギルドとマーカット傭兵団に義勇兵として参加するよう要請してきたんだ」
レイは理由が何となく判り、頷いている。
(なるほど。勅命だから、騎士団の増員は事情が変わらない限り出来ない。でも、義勇兵が勝手に着いて行くのは、問題ない。そういうことか。でも、それが僕たちにどう関わってくるんだろう?)
「そこで、今回、マーカット傭兵団は、すべての隊を参加させることにした。そこで、アッシュたちなんだけど、三人は正式な団員じゃないから、参加する必要は無いんで、無理に参加するなって、ハミッシュが言っていたんだ。それを伝えたくてね」
「父上が……でも、アル兄、それでは……」
アシュレイの言葉を遮り、アルベリックが強い調子で話し始める。
「よく聞いて、アッシュ。今回はとても危険なんだ。ハミッシュの考えだと、もし本当に魔族の侵攻なら、半数は生きて帰って来られない。最悪、全滅だってさ。だから、正式な団員でもない君たちが命を掛ける必要は無い。ハミッシュの気持ちを考えてやってよ。可愛い一人娘を死なせたくないんだ」
アシュレイはその言葉に絶句する。
「まあ、まだ敵の戦力が判っていないから、行ってみたらオークが百匹なんてこともあるかもしれないし、ハミッシュの勘が必ず当たるわけでもないよ」
レイは蒼白になっているアシュレイの顔を見ながら、
「それは命令ですか。僕たちが参加することを認めないというのは」
「そうだね。マーカット傭兵団としての命令になるね」
「判りました。考えさせてください。話はそれだけでしょうか?」
アルベリックが頷くと、レイはアシュレイを促し、団長室を出て行った。
残されたアルベリックとヴァレリアは、三人が出て行った扉を見つめていた。
「あれで良かったの、アル兄?」
「仕方が無いよ。僕はレイ君がいた方がいいって、言ったんだけどね。ハミッシュは、彼が無理をして、死んでしまうんじゃないかと思ったみたいなんだ。アッシュは自分が守るとしても、レイ君の場合は、何をするか判らないから。ところで、レイ君が死んだら、アッシュはどうなると思う?」
その質問に、ヴァレリアは不思議そうな顔をしている。
「そうね……多分、一月は使い物にならないわね。でも、あの子も傭兵だから、そのくらいで立ち直ると思うわ」
「ヴァレリアは、アビー――アビー・マーカット。ハミッシュの妻にして傭兵。十八年前の魔族との戦いで戦死――が死んだ時のことを知らないからね。あの時のハミッシュは、それは酷いものだったんだよ。目の前で愛する自分の妻が殺される。それも自分を守ろうとして……最初の一ヶ月は酒に溺れた。そのあとの半年間は、ソロで危険な依頼ばかり受けていたね。死ぬ気だったんだろうね、多分。僕もデュークもどうしようもなかったよ。あの思いをアッシュにさせたくないんだろうね、ハミッシュとしては」
ヴァレリアは、ベテランの傭兵としては納得できなかったが、自分のことを姉のように慕うアシュレイのことを思うと、ハミッシュの気持ちは判らないでもないと思った。
それでもなお、アルベリックに詰め寄る。
「でも、レイ君は必要よ。あの魔法、ううん、あの子の戦略眼っていうのかしら、あの頭は絶対に必要。アッシュ一人のために、仲間を犠牲にするのは団長らしくないわ。悪いけど、私は勝手にあの子を勧誘するから」
「いいのかい。そんなことをしたら、ハミッシュに嫌われるよ」
ヴァレリアは怯むことなく、
「いいわ。そんな団長なら、こちらから願い下げよ」
「なら、好きにしたらいい。僕もレイ君にはいて欲しいしね」
ヴァレリアはアルベリックに軽く頭を下げ、部屋を出て行った。
(本当にハミッシュは、アッシュのことになると、人が変わるよね。でも、アッシュが死んだら、ハミッシュは壊れるかもしれないな。それを考えたら、三人を連れて行かないのは正しい選択かもしれない……)
団長室を出たレイたちは、アシュレイの部屋で話し合いを行っていた。
「アッシュはどうしたいんだ?」
静かな口調で尋ねるレイに、確りとした口調でアシュレイは答える。
「私もマーカット傭兵団の傭兵だ。もちろん、参加する」
「でも、ハミッシュさんは許さないよ。それでも行くのか?」
「ああ、レイはどうするのだ? ステラもどうするつもりなのだ?」
ステラは特に考える素振りも見せず、すぐに頷く。
「私はレイ様、アシュレイ様が参加されるなら、ご一緒します」
レイも答えが決まっていたようで、考えることなく、参加の意志を表明した。
「僕は参加するよ。仲間が死ぬかもしれないのに、王都で指を咥えているなんて無理だよ。それに僕の魔法は十分戦力になる。この前のような好条件が揃わなくても、弓術士数人分以上の戦力だと思っている」
アシュレイはレイの言葉を聞き、
「アル兄には考えさせてくれと、言ったのではないか?」
「そうだよ。どうやって参加したらいいのかを、考えさせてくれって」
アシュレイは力が抜けたようになり、
「私はお前が父上の命令に従うものだと思っていた。済まぬ……」
「謝ることはないと思うけど? ああでも言わないと堂々巡りになりそうだし、ハミッシュさんが戻ってきたら、怒鳴られそうだしね」
そして、冗談っぽく付け加える。
「ハミッシュさんは、アッシュのことになると怒り方が違うからね。びびって参加しませんって言いそうだから」
その言葉にアシュレイは笑い、すぐに真剣な表情になる。
「真面目な話、父上の勘は当たる。戦力的には圧倒的に不利になるだろう。レイ、何かいい考えはないか」
「急に言われてもね。少なくとも、こっちの戦力がどのくらいになるのか、傭兵側がどの程度作戦に関与できるのか、それで変わってくると思うし……」
「そうだな。さすがにお前でも無理だな」
レイは、自分が死ぬかもしれない作戦に参加すると即決したが、不思議と恐怖を感じていなかった。
(どうしてなんだろう。ハミッシュさんが全滅の危機があるっていうんだ。僕が生き残れるか判らないし、大怪我をする可能性は十分にある。でも、不思議と参加しないといけない気がした。何の小説だったかな。兵士は理想や主義のために戦うんじゃなくて、戦友のために戦うんだと。今なら判る気がする。ハミッシュさん、アルベリックさん、ヴァレリアさん、レンツィさん、ハル、他の仲間たち……この人たちが死ぬかもしれないのに、自分だけ安全なところにいるっていうのが、どうしても出来ない。半年前の自分なら絶対に選べなかった選択だと思う……)
ヴァレリアがレイたちのところに、押しかけて来た時には、既に参加することを決めており、何か言おうとするヴァレリアを制して、アシュレイが話し始めた。
「ヴァル姉の言いたいことは判っている。私もレイも何としてでも、この戦いに参加するつもりだ。父上とヴァル姉の間がおかしくなることは、五番隊の全員に関わってくる。だから、何も言わずに私たちに任せて欲しい。ヴァル姉は皆のことを考えて欲しいのだ」
(あら、アッシュも本当に大人になったわね。それともレイ君に説得されたのかしら? まあいいわ、この子たちがやると言ったら、必ずやるはずだから……アッシュに説教をされるなんて、私も歳をとったのかしら)
「判ったわ。今は何も言わない。でも、必ず来なさい、三人で」
そう言うといつもの軽い調子で手を振り、部屋を出ていった。
ハミッシュとギルド長のデュークは、騎士団本部から戻り、今後の方針について協議を始めた。
「まず、金だな。これはどうするのだ?」
デュークの問いに、ハミッシュは渋い顔になる。
「そうだな……ブレイブバーン公に相談するしかあるまい。俺にそんな知恵は無いからな」
その言葉に遠慮なく頷いたデュークは、レイを呼び出せと言いだした。
「おめぇんとこの、レイを呼べ。あいつならいい知恵を出すだろうが」
ハミッシュは、「あいつはこの作戦に参加させん。部外者だ」と、憮然とした表情でそう言い放つ。
「参加せんでも、知恵くらい出させてもいいだろうが。おめぇが呼ばねぇなら、後でギルドに呼び出すぞ」
ハミッシュは掴みかかりそうな勢いで、デュークを睨みつけるが、頑として聞かないデュークに根負けし、レイを呼び出す。
「レイ、話はアルから聞いているな。ちょっと知恵を貸してくれ」
レイは小さく頷き、話の続きを待つ。
「金の話だ。今回、騎士団からはほとんど出ない。これだけの危険な仕事だ。傭兵を雇うには五級で一日五十Cはいるだろう。最低三百、できれば五百人は欲しいとの話だったからな。それだけでも一日一万五千から二万五千はいる。それが最低一ヶ月だ。四十五万から七十五万。それだけの金を集めるのは至難の業だ」
レイはそんな相談をされても困ると言いたかったが、悩むハミッシュのため、少しでも力になろうと必死に考える。
(今回の魔族の襲撃で損をするのは誰だ?……損をするのは、開拓村の住民だな。その他には、ブリッジェンドの住民も街を破壊されたら困るだろう。でも、この人たちにはそんなお金は無い……じゃあ、得をするのは誰だ?……得をするのは軍需物資を売る商人たちか……ブリッジェンドの商人たちも街が破壊されなければ、遠征軍が大きくなるほど、長引くほど儲かる。でも、商人たちもブリッジェンドが落ちれば、物資の輸送先がなくなるから、ブリッジェンドは死守したいはず。待てよ、そもそも僕の提案で物資はブリッジェンドに結構な量が蓄えられているはず。それがパァになるなら……そこを狙えないか……)
「一つ聞いてもいいでしょうか? 商業ギルドっていうのは、傭兵ギルドみたいに王都の本部とか、アウレラの総本部とかの指示は聞くんでしょうか?」
ハミッシュもデュークも、突然商業ギルドの話になり驚くが、ハミッシュが彼の問いに答える。
「ある程度は聞くだろうな。だが、商業ギルドは戦争には金は出さんぞ」
レイは予想通りの答えに、少し微笑む。
「そうでしょうね。でも、儲けになるなら、もしくは、損失を回避できるなら、お金を出すんじゃないでしょうか? ちなみにフォンスの商業ギルドに一番影響を与える人、商業ギルドから力を得ている人って、誰なんでしょう?」
ハミッシュはなぜそんなことを聞くという顔で、
「インヴァーホロー公爵だな。ギルドから支援を受けているし、彼らを庇護している代弁者のようなものだ。だが、今回の作戦で儲けなど無いぞ」
「今回の作戦ですが、団長の考えでは、失敗する可能性が高いんですよね。これを使わせて貰えば、商業ギルドからお金を出して貰えると思います」
二人は怪訝そうな顔をして、顔を見合わせている。
「商人たちは戦闘が長引けば、騎士団が出動して儲けが出ます。ですが、あまりに一方的に負けると、軍需物資を集積するブリッジェンドが落ちてしまいます。ブリッジェンドには物資が集積されていますから、損害を被る商人、特にブリッジェンドの商人たちは必死になるでしょう。フォンスの商人たちは、ブリッジェンドを抜かれてしまえば、通商路である街道に魔族を放つことになりますから、護衛に掛けるコストが増えます。両者ともブリッジェンドは死守してほしいと思っているはずです」
ベテランの二人は、必死に商人たちがどう考えるかを思い浮かべている。
「そこで、団長がチュロックではなく、“ブリッジェンドが危ないから、義勇軍を編成する”と大々的に発表します。あの赤腕ハミッシュが危機感を持っていると知れば、商人たちも安穏とはしていられないでしょう」
デュークは怪訝な顔をして、
「そこまでは儂でも判る。だがよ、インヴァーホロー公爵のことを聞いたが、どう関係があるんだ? そこが判らん」
レイはハミッシュに向かって、申し訳なさそうな顔をし、話を続ける。
「団長には悪者になって貰います。騎士団長か、前団長、えっとブレイブバーン公爵様でしたっけ、その方にインヴァーホロー公爵様にこう吹き込んで頂きます。“ハミッシュ・マーカットが陛下のお考えを否定している。第三大隊だけではブリッジェンドまで落ちるかもしれないと喚いている”と。これを聞いたインヴァーホロー公爵はどうするでしょうか?」
デュークはお手上げだというポーズで、「さっぱり判らん」と降参する。
「インヴァーホロー公爵も、商人たちが損をするのは自分の力の源泉を弱めることになりますから、本意ではないでしょう。ですから、商業ギルドに何か手を打てと伝えるのではないでしょうか? そうなれば、義勇軍に金を出さざるを得ないと思います。まあ、これはインヴァーホロー公爵が商業ギルドに対して、どの程度力を持っているかに関わってきますが」
ハミッシュとデュークは共に目を瞑り、今のレイの話について考えていた。
ゆっくりと目を開けたハミッシュが、デュークに問い掛けていた。
「デューク、今の話どう考える?」
デュークは数秒ほど沈黙を保った後、
「恐らくうまくいくだろうよ。仮にうまくいかなくても儂らに損はねぇ。今まで陛下に対して、一度も文句を言わなかったおめぇが、大々的に陛下を批判することになるんだ。おめぇの名声に傷がつくだろう。だが、それだけだ」
「俺のことはどうでもいい。だが、それで本当にうまくいくのか?」
「ああ、レイの策の恐ろしいところは、商人どもに二つの損失を考えさせるところにある。一つ目はブリッジェンドの物資が無駄になること、二つ目はブリッジェンドを抜かれると、その後の儲けが減ることだ」
ハミッシュは商人の心理が今一つ判らず、
「だが、それだけで商人たちが動くのか? そこが判らんのだが」
「こいつは商人どもの習性をよく判っていやがる。街の噂と権力者の言葉。あいつらはこの二つに敏感だ。ハミッシュ、おめぇが大々的に発表すりゃ、街の噂はそれで持ちきりになるだろう。更に公爵様から直々にお話がありゃ、王宮の関心も向いていると知る。そうなりゃ、あとは義勇軍に金を出した方が得になるとすぐに思いつく。誰かが動き始めれば、雪崩を打ったように動くだろうよ」
そして、レイの顔を見ながら、
「今回、おめぇを戦場に出さねぇっていう、ハミッシュの判断に俺は納得していねぇ。だが、レイ、おめぇを死なすのはあまりに惜しい。だから、今回、傭兵ギルドとして、お前ら三人の義勇軍参加は認めん。これは決定だ」
「そんな……確かに僕が行ったところで、戦況が変わるとは思いません。でも、仲間が、家族が死地に向かうんですよ。それを安全な王都で指を咥えて見ていろっていうんですか。僕が行けば、宮廷魔術師以上の働きができます。それだけでも行く価値はあるはずです」
レイは必死にそう訴えるが、デュークは首を横に振る。
「確かに行った方が現地は楽になるだろうな。だが、お前は後方にいて、今回みてぇに援護に回った方が役に立つ。それで堪えろ、なあ、レイ」
レイは納得できなかったが、この二人が一度言ったことを覆すとは思えないため、渋々引き下がった。
(何か方法を考えなければ……)
黙って考え込む彼の様子を、不安に思ったハミッシュが、低い声で付け加える。
「言っておくが、騎士団と義勇軍以外は戦場には行けんぞ。近付けば、敵の間者として捕えられると思っておけ。いいな」
レイは退出を許され、部屋に戻っていく。
(何か手があるはずだ。騎士団と義勇軍以外か……義勇軍は無理。騎士団に今から入るわけにもいかない。うん? 本当に入らなければいけないのか? 臨時でもいいはず……)
彼は自分の考えを整理しながら、アシュレイの部屋に向かった。




