第四十九話「遠征軍編成」
九月二十四日の午後二時。
朝から降る雨で少し蒸し暑さを感じさせる中、チュロックとの定時連絡が途絶えたという第一報が、王都に届けられた。
その報告を受けた騎士団は、直ちに国王ライオネル十二世にその一報を報告した。
国王は、すぐに四公爵家を集め協議を行い、騎士団の出陣準備を進めることを決定した。
騎士団長より、有翼獅子隊の出動許可が求められたが、魔族対策会議議長のキルガーロッホ公爵は、ただの定時連絡の途絶であることを理由に出動を許可しなかった。
「此度のようなことは稀にあると聞く。そのような情報に踊らされる必要は無い。直に第二報が来るであろう。それを受けてから、出動させればよい」
オーガスト・キルガーロッホ公爵に対し、騎士団副団長、シーヴァー・グラッドストーン男爵が異議を申し立てる。
「しかし、公爵閣下、仮に魔族の襲撃ならば、出来るだけ早く対応すべきではありませんか。確認に飛ばすだけなら、さしたる問題はないと考えますが」
「三ヶ月前の騒動を思い出せ、グラッドストーン。あの時の我らは焦りすぎたのじゃ。第二報を待て。これは議長として命令じゃ。異議は認めぬ」
キルガーロッホ公爵は前回の失態を挽回すべく、慎重に事を進めようとしていた。
更に、秋の一大イベント収穫祭を前に、騎士団の派兵など民を不安にさせる行動は、誤報であった場合の影響が大きい。不安により、市民たちの祭りでの消費活動に冷や水を浴びせかけることは間違いなく、更に自らが小心者であるとの評判を広げる恐れもあった。
(前回、陛下にはしてやられた。今回はそのようなことはさせぬ。儂の正しい判断と、我が息子アーウェルの活躍が王国を救ったと、民に知らしめねばならぬ……)
そして、キルガーロッホ公爵は先陣を第三大隊に命じるよう、国王と取引をしていた。
国王はアーウェル・キルガーロッホの能力に疑問を持っていたが、今回の失敗により、キルガーロッホ家の力を削ぐことが出来ればよいと考えていた。
(アーウェル・キルガーロッホか……剣の腕は多少立つとの噂であったが、人望がないとも聞く。一個大隊を失うのは惜しいが、これ以上キルガーロッホが台頭すると内乱の恐れすらある……仮に魔族討伐に成功したとしても、アーウェルなる者は次男。長男との跡目争いを起させれば、かの家の力は削げる……)
国王は、騎士団長であるヴィクター・ロックレッター伯爵に、第三大隊を先陣とする旨を命じる。
「ヴィクター。魔族の侵攻が真であった場合、先陣はアーウェル・キルガーロッホ率いる第三大隊に任せよ。かの者は若いが手練の騎士であると聞く。父親である公爵からは、経験のみが足らぬと、常に言われておるからの。済まぬがこれは勅命じゃ」
「しかし……勅命、しかと承りました」
ヴィクターは頭を下げ、苦々しい表情を隠す。
(キルガーロッホ公爵め。陛下に何を吹き込んだのか知らぬが、これで王国に被害が出れば、親子ともども断罪してくれるぞ……だが、騎士たちに被害が出ることは避けねばならぬ。ブレイブバーン公にご相談せねば……)
御前会議の終了後、武官組のグラント・ブレイブバーン前騎士団長、ヴィクター・ロックレッター現団長、シーヴァー・グラッドストーン副団長の三人は、ブレイブバーン公爵の部屋で、今回の件について協議していた。
「しかし、此度の陛下のご裁可は解せませぬな。団長たるヴィクター様の頭越しに先陣を決めるなど、どのような思惑がおありなのでしょうか?」
シーヴァーが公爵に国王の真意を尋ねる。
「此度の魔族の侵攻に、陛下は危機感を持ってはおられぬ。キルガーロッホ公の力を削ぐことにしか目が行っておらぬのだよ」
吐き捨てるような口調で、公爵は国王の考えを代弁する。
それに対し、ヴィクターの搾り出すような声で訴える。
「しかし、そのために三百名の騎士の命を、いえ、チュロックの守備隊二百、更にはブリッジェンドまでの民、数千の命を掛けるとは……いかに陛下の勅命とはいえ、理不尽ではございませぬか」
「陛下は此度の魔族の侵攻の規模を、過少に評価されているのではないかと思うのだ。キルガーロッホの息子程度の指揮でも、追い払えるとな」
公爵も苦々しい表情を隠そうともせず、更に言葉を続ける。
「キルガーロッホの馬鹿息子に手柄を立てさせ、跡目争いでも起させるおつもりなのだろう。あのハミッシュが警告しておるのだ。百や二百の魔物の襲撃ではなかろう……だが、勅命であることに変わりは無い。我らはいかに損害を減らし、魔族の侵攻をとめるか考えねばならぬ」
二人もその言葉に大きく頷く。
「第二報が来なければ動くことが出来ぬ。だが、これは我らにとっては対策する時間を得られたに等しい。第二報は早くとも明日、詳細が判らねば、調査に向かわせるであろうから、あと五日は動けぬと見て間違いない。その間に第三大隊に信用の置ける副隊長を送り込まねばならぬ」
シーヴァーは公爵の言葉に頷くと、一つの提案をし始めた。
「騎士団以外で信用の置ける者を、先陣に加えてはいかがでしょうか。これならば、勅命に背いたことにはならず、損害を抑えることができるでは」
ヴィクターが「ハミッシュ殿か……」と呟く。
「はい、マーカット傭兵団を中心とした、三百から五百程度の傭兵で義勇軍を編成すれば、第三大隊長がいかに無能でも、大きな損害を受けることはありますまい」
「そうだな。その件は貴公らに一任する」
公爵は二人にそういった後、吐き捨てるように付け加える。
「このようなことになるなら、早々にあの者を放逐しておればよかったわ。ブレイブバーン家が騎士団を私していると、三家がねじ込んできおったから、おいてやったのだが、それが仇になったわ」
「いずれにしても、軍監にはキルガーロッホの息の掛かっておらぬ者を、当てねばなりませぬな」
「恐らく既に手を打っておるであろう。インヴァーホロー家を巻込むか……シーヴァー、インヴァーホロー家に連なる者を第三大隊に配属させよ。ブランドン殿――ブランドン・インヴァーホロー公爵。商業ギルドとの繋がりが強く、オーガスタ・キルガーロッホが最もライバル視する四十二歳の当主――には、儂から話しておこう。彼もキルガーロッホの一人勝ちは許したくないであろうからな」
三人はその後の対応方針を決め、それぞれの役割に従って、動き始めていた。
副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵は、今回の騒動に辟易していた。
(馬鹿らしいの一言に尽きる。陛下もキルガーロッホ公爵も自国の安寧を蔑ろにして、自らの権力の増大にのみ目を向ける。このようなことをしておったら、我が国は二等国になってしまうわ。自らの権力の源が何に拠っておるのか、それすら理解できないとは……そろそろ私も、ブルーノ――ブルーノ・アトリー男爵。北部モルトンの街の領主――のように、フォンスを離れ、領地に篭るのも良いかも知れんな……)
そう考えながらも、すぐに第三大隊の編成のことに頭を切替えていた。
騎士団長のヴィクター・ロックレッター伯爵は、ハミッシュ・マーカットと傭兵ギルド長のデューク・セルザムに使者を出すと共に、第三大隊長であるアーウェル・キルガーロッホを呼び出していた。
すぐにアーウェルは団長室に現れ、挑発的な目で自らの上司を見つめていた。
「キルガーロッホ大隊長、陛下より勅命が下された。魔族の侵攻が判明次第、卿が先陣となる。我が王国にとって重要な、極めて重要な任務である。もし、失敗すれば卿の首だけでは済まぬ。キルガーロッホ家にも累が及ぶと考えよ。もし、毛筋ほどの迷いがあるなら、今なら俺も陛下に口添えし、勅命を取り下げていただくぞ」
アーウェルは慇懃な態度で、
「それには及びませぬ。このアーウェル・キルガーロッホ、家の名誉を賭け、この困難な命、必ずや成し遂げて見せましょう」
彼は自らの出自を誇るかのように、家名を強調して、芝居が掛かった口調で承諾する。
「良いのだな。もし、東で何か起これば、その責はすべて現地指揮官である、そなたの責任になる。それを判った上での承諾だな」
ヴィクターの剣呑な表情に一瞬たじろぐが、
「キルガーロッホの名に懸けて、責任はすべて私が負いまする。若輩ではございますが、これでも大隊長、団長閣下を失望させませぬ」
(自分に酔っておるわ……ますます、不安になるぞ……)
心の声を押し隠して、ヴィクターはアーウェルに命じていく。
「その言葉、忘れぬことだ。出陣の準備を進めよ。陛下のご裁可を得次第、すぐに出立するよう準備をせよ。なお、副隊長にベテランの者をつける予定だ。後ほど、グラッドストーンより通知があるはずだ」
「はっ! お気遣いありがたくお受けいたします」
アーウェルはそう言って、深々と礼をしたあと、団長室から退出して行った。
残ったヴィクターは、国王に反対しなかったことを後悔し始めていた。
(あの時、反対すべきだった。勅命に異を唱えることになるが、騎士たち、民たちの命を失うよりマシだ。ハミッシュ殿、済まぬ。受けたくはなかろうが、我が配下の騎士たち、民たちを助けてくれ……)
彼はハミッシュらが来るのを、ジリジリとした思いで待っていた。
午後四時、騎士団からの使者が慌しくマーカット傭兵団本部にやってきた。
すぐに団長室に通され、ハミッシュは、副官のアルベリック・オージェと、一番隊のガレス・エイリング隊長と共に使者の用件を聞いていく。
十分ほどで、使者は来たときと同じように慌しく出て行き、残された三人は、すぐに協議を始めていた。
「受けざるを得ないよね。騎士団長からの要請という名の命令なら」
アルベリックがそう口火を切ると、ガレスが不思議そうな顔で彼を見る。
「今回は命令ではなく、要請ではないのですか? 先ほどの使者殿の口上でも要請という言葉しか出なかったと思います。ならば、断るという選択肢もあると思われますが」
「確かにな。だが、あれはヴィクター殿、いや、ブレイブバーン公の苦しい胸のうちを表したものだろう。命令となれば、陛下のご意向、一個大隊で十分というお考えを無視したことになる。要請という形で、義勇軍とすれば、国を想う傭兵たちの自主的な行動だ。それなら騎士団としても面子は潰れぬ。だが、実質はアルが言ったように命令と同じなのだ。ここで我らが行かぬという選択肢は……ないのだ」
ハミッシュが苦々しく、そう言い放つが、ガレスには断れない理由が判らない。それを見たアルベリックが補足するように説明していく。
「今回の話をハミッシュが断った場合、どうなると思う? まず、第三大隊は全滅するよ。それにチュロックの砦も落ちるね。更にミリース村、ボグビー村、更に西の村々もね。下手をすると、ブリッジェンドの街まで落ちるかもしれないよ」
ガレスは、それなら判ると頷いている。
「そして、その危険性を一番訴えていたのは誰だと思う? チュロックのヒンシュルウッド司令と、ここにいるハミッシュさ。そのハミッシュがそれだけの被害が出ることが判っていて、断れると思うかい? 例えば、他の傭兵団に命令があるような形なら、うちは行かなくてもいいよ。だけど、今回はギルドを通じての要請だけじゃなく、うちには騎士団から直々に要請があったんだ。そして、恐らくだけど、うちが尻拭いをすることを判っていて、騎士団長は頼んできたんだよ。そうだよね?」
「ああ、ヴィクター殿は苦しい思いをして、これを伝えてきたのだろうな。だが、今回の戦力、いや、あの指揮官では大きな損害が出る。そして、その割には、報酬は少ない。デュークが手を回しても、我らの他にまともな傭兵が志願するとは思えん……下手をすれば全滅、半数が帰って来れぬと考えたほうがいいだろう」
その言葉にガレスが目を見開き、言葉が出ない。
「そうだね。今回は志願という形になるから、やばくなったからって、逃げ出すことはできないんだ。本当に厄介なことを頼んできたよ……まあ、まだ敵の戦力が判っていないから、笑い話で済むかもしれないけどね。で、どうするんだい、ハミッシュ?」
ハミッシュは目を瞑り、腕を組んだまま、黙して語らない。
そして、静かに目を開け、
「受ける。いや、受けざるを得ない。ガレス、全隊の契約をキャンセルさせてくれ。これはデュークのところに任せればいいが、隊長たちには先に伝えておいてくれ。アル、アッシュとレイ、ステラの三人には、参加は不要だと伝えておいてくれ」
「いいのかい? アッシュやステラちゃんはともかく、レイ君はかなりの戦力だよ。あの子がいれば、魔法で逆転の目もあるんだけど……」
そこまで言ったあと、ハミッシュの顔を見て、少し寂しい笑顔に変わる。
「仕方が無いね。あの三人は無理しそうだし……判ったよ。僕から伝えておく」
「済まんな。俺は騎士団本部に行ってくる」
ハミッシュは誤報であってくれと祈りながら、騎士団本部に向かった。




