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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第四十八話「平穏な日々、そして暗雲」

 ハミッシュと共に王城から戻ったレイは、魔術師の塔、騎士団長との面談で疲れ果てていた。

 部屋に戻り、ベッドに横になりながら、午前中の出来事を思い出していた。


(まだ、昼前だけど今日は疲れた……魔術師の塔では大失敗だったな。しかし、呪文の効果というのは凄いものなんだな……)


 呪文の効果について考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


 外にはアシュレイが立っており、レイはすぐに中に招き入れた。


「魔術師の塔で知りたいことは判ったのか?」


「ああ、大体のところはね。それとよく判ったよ、僕の魔法がいかに異常かということがね。それより、ちょっと失敗してね。団長に大目玉を食らったよ……」


 彼はアシュレイに魔術師の塔であったことを話していく。そして、その後のロックレッター騎士団長との面談の話に移っていく。


「あの騎士団長って、貴族って感じがしないね。あんな人がいるんだね」


「そうだな。ここだけの話だが、ヴィクター様は十年ほど前、ここに住んでいたことがある。ほとんど出奔という状態で家を飛び出してきたそうだ……」


 彼女の話では、若き日のヴィクター・ロックレッターは、腕自慢の騎士で、無謀にも当時から王国最強と言われていたハミッシュ・マーカットに挑戦し、いいところなく完敗した。それを機に驕った心を入れ替え、ハミッシュに師事しようと伯爵家の嫡男であるにも関わらず、傭兵団に入ろうとしたとのことだった。

 さすがのハミッシュも対応に困り、当時の騎士団長、グラント・ブレイブバーン公爵に相談を持ちかけ、何とか事態を収拾したという話だった。

 それ以来、一介の傭兵と上級貴族である伯爵という身分差がありながらも、ハミッシュのことを兄のように慕っているとのことだった。


(なるほど、何となくハミッシュさんを尊敬しているのは判ったけど、そういうことだったのか。しかし、貴族にも面白い人がいるんだな……)


 アシュレイが突然真剣な表情になり、話題を変えてきた。


「ステラのことなのだが、昨日以来、かなり塞ぎこんでいる。少し性急過ぎたのではないか?」


「確かにね。でも、いつかは話さないといけないことだし、僕もまだここにいるつもりだから、考える時間があった方がいいんじゃないかな」


「そうなのだが……もしだ、これは仮定の話だが、もし、ステラが自ら(・・)の意思で、私たちと行動を共にしたいと言ってきたら、レイはどうするのだ?」


 少し上目遣いで聞いてくるアシュレイに、レイは少し不思議な感じがしていた。


(別にそれなら一緒でもいいんだけど……アッシュの期待する答えは違うみたいだ……二人の時間を邪魔されたくないということなのかな?)


 彼女も自分の言い方に少し後悔していた。


(このような言い方をすれば、レイは連れて行くと言いにくくなるに決まっている。それを無意識で狙っていたのか、私は……それほど自信がないのか。彼がステラを選ぶことが怖いのか……)


 数瞬の間の後、レイが口を開く。


「ステラが自分で選んだのなら、理由を聞いてみるよ。義務に縛られているなら断るし、それ以外なら、その場で考える」


「こ、これも仮定の話なのだが……ステラが、彼女がお前のことを、あ、愛しているから一緒にいたいと言ったら、どうするのだ。私が見る限り……そういう結論になるかも知れないと……」


 途切れ途切れにそう言ったものの、最後の方はほとんど言葉になっていなかった。


(ステラが僕のことを? それはあり得ないと思うんだけどな。確かに自分のパートナーの周りに別の異性がいたら、そう考えたくなるかもしれないけど……)


「それはないと思うんだけど。もし、そう言われたら……そうだね、“女としては見れない”と答えると思うよ。僕は二人を同時に愛せるほど、器用でもないし、経験も無いからね」


「だが、ステラは女の私から見ても美しい。それにお前は獣人の女性の方が好みではないのか?」


(獣人が好みって……地球にはいなかったから、否定はしないけど……恋愛とは別だと思うんだけど、どう説明したらいいんだろう?)


 彼自身、恋愛の経験もなく、アシュレイも同様に経験はない。

 彼女は自分の容姿――大きな体と浅黒く焼けた肌――にコンプレックスを持っていた。更に、話し方や仕草に女らしいところがないことも、それに拍車を掛けていた。


(私はステラと比べれば、女らしくは無い。唯一、人に誇れる剣の腕でも彼女に負けている。レイが私を選ぶ要素が何もないのだ……)


 彼は、彼女が自分の容姿に、コンプレックスを抱いているということに、気付いていない。何度か言われたことはあったが、彼自身、彼女が美しいと思っているから、本気にしていなかったのだ。

 更に、常に自信を持って事に当たっている彼女が、自分自身に自信を失っているとは露とも思っていなかった。


「そうだね。ステラはきれいだと思うよ。でも、きれいだから好きになるわけじゃないと思うんだけど、おかしいかな」


(やはり、私は容姿で負けているのか……どうすればいいのか……)


 その問いに答えないアシュレイの姿を見て、彼は首を傾げている。


(あれ? どうしたんだろう? 何か言い方を間違えたのかな?)


「ステラは、そう妹みたいなものかな。第一、僕の秘密を知っているのは、アッシュ、君だよ。それがどういう意味か判っているよね?」


 その言葉に彼女の表情が明るくなる。


(そうか、私はレイに、彼に心から信頼されている。それで良いのではないのか……)


「ああ、判っているつもりだ。一言だけ言っておく。私のことを愛してくれるなら、他の女を愛しても構わん。だが、私がレイの一番(・・・・・)でありたいと、いつも思っていることは、忘れないで欲しい」


(えっ? ハーレムのお許しが出たのか?)


「他の女の人を愛してもいいの、アッシュは?」


 彼女は特に気負った感じもなく、当たり前といった表情で、


「ああ、お前ほどの男なら、二人や三人、妾がいてもおかしくはない」


「でも、ハミッシュさんは亡くなった奥さん、アッシュのお母さんのことを思って独り身を貫いているんだろう? それにデオダードさんも、あんなに大きな商会の代表だったのに、奥さん一人を愛していたし……それが普通なんじゃないの?」


「父上やデオダード殿()普通とは違うのだ。貴族でなくとも力のある男が、多くの女を囲うのは珍しい話ではない」


「そうなんだ。でも、僕はさっきも言ったけど、器用じゃないから、二人は愛せない。だから、アッシュ一人がいてくれればいい。もし、ステラが一緒に来たいと言ったら、その事を話すつもり」


 アシュレイはその言葉に笑顔が戻っていた。


(レイは変わらない。私が変わらなければ……父上の話では、ヴィクター様にもアネーキス様にも気に入られたと。確かにレイなら、騎士に、いや、貴族になってもおかしくはない。私は彼が変わってしまったのではないかと、心の中で不安に思っていたのかもしれない……)


「判った。それでもステラが付いてくると言うのであれば、私は反対しない。そして、将来、彼女とお前が関係を持っても、文句は言わない」


「一緒に来るかは、ステラの意思次第だけど、関係は持たないよ。っていうか、無理だから」


 この話題を早く終えたいレイは、昼食の話に強引に持っていく。


「休みは今日までなんだよね。そろそろお昼だけど、外で食べるかい?」


 彼女は彼が話題を変えたがっているのに気付くが、あえてそれに乗ることにした。

 そして、二人で街に繰り出していった。

 その姿をステラは、部屋の窓から見つめていた。


(私はどうしたらいいの……レイ様と一緒にいたい。でも、それはなぜ? 判らない……)




 マーカット傭兵団五番隊は、五日間の休暇を終えると、再び、訓練と仕事の日常に戻った。

 盛夏の照りつける日差しの中、河原での訓練は過酷だったが、魔族という敵を直接見たことが、彼らの意欲を高め、今まで以上に真剣に取り組むようになっていた。

 レイによる対魔法訓練も全員が受け、班ごとでの連携に磨きが掛かり、対魔法戦術においては、他の四つの隊の追随を許さぬほど、腕を上げていた。

 また、レイの提案を受け、弓術士以外でも弩の訓練を行うことになり、遠距離攻撃力を高めていった。

 彼の提案理由は、魔族のうち、翼魔族や小魔は空を飛ぶため、飛び道具が必須であることと、弩であれば、一発だけだが、オーガにもダメージが与えられるほど強力であるため、先制攻撃力の強化に繋がるというものだった。


(本当の理由は砦に篭らざるを得なくなった時に、剣術士や槍術士はあまり役に立たないからなんだけど、正直には言いにくいしな……この世界は大型の魔物が多いし、魔法があるから、飛び道具である弓の地位が低いんだよな。地球なら弓の地位はもっと高いし、弩なんて農民が持ってはいけないっていう制限すらあったほど、使い易くて強力な武器なんだ。連射が効かないことを気にしていたけど、解決する方法もあるしな。それに防御を考えれば、近寄らせないことが最大の防御なのに……)



 七月の後半から八月の中旬の最も暑い時期に護衛任務が入ったが、国内の比較的安全な地域でもあったことから、戦闘らしい戦闘も起きず、九月を迎えていた。


 懸念されたチュロックへの魔族の侵攻は、不気味なほど鳴りを潜め、人々の記憶から消えつつあった。

 九月に入ると、三騎いた有翼獅子グリフォン隊の分遣隊も、フォンスへの撤収が決まり、魔族の侵攻は完全に過去のものと認識された。


 魔術師の塔からは、レイに何度か勉強会と称した勧誘があったが、その度に断り続け、今のところ大きな問題とはなっていない。

 だが、未だ諦めた様子はないと、レイは頭を悩ませていた。


(定期的に誘いがあるんだよな。あんまり断り続けると、強引な手に出てきそうで怖いんだけど、一度でも誘いに乗ると、罠に嵌るような気もするし……)



 そんな中、レイとアシュレイの最大の懸念は、ステラであった。

 彼女は訓練や任務はきちんとこなすものの、レイに告げられて以来、口数が極端に少なくなり、打ち解け始めていた他の団員たちとの間にも、再び溝が出来始めていた。

 二人はステラの状況を見て、何かしなければと思うものの、彼女自身で解決すべきと見守ることにしていた。


(自分で言っておいてなんだけど、本当に見守るだけでいいのかな。こういう時に人生経験のなさがもろに出るんだよな。でも、こればっかりはハミッシュさんやヴァレリアさんに相談すべき問題じゃないし、僕とアッシュ、ステラの三人で解決しないといけないんだよな……)




 彼がそんなことに頭を悩ませている頃、東のアクィラ山脈では大きな変化が起こりつつあった。


 九月中旬、半月後に迫った収穫祭――秋分に行われる祭り――に向け、浮き立つ気分のチュロック村の住民たちは、最近魔物の被害が極端に減ったことに、喜んでいた。


「最近、魔犬も狼も出ないから、羊たちを放つのも楽でいい」


「そうだな。街道も安全だしな。だけどよ、鹿やウサギなんかもいなくなったって噂だぞ」


 そう話す農民たちは、農作物の収穫の手を休め、周りをぐるりと見回し、不安そうな顔をしていた。



 九月十五日の午後。

 チュロック砦の司令、ソール・ヒンシュルウッドは砦の物見台に登り、周囲の風景を眺めていた。

 秋の抜けるような空の青、収穫が終わった畑の茶色、森の深い緑が見事なコントラストをなし、平和そのものに見える。

 彼はここ数日、胸騒ぎがして仕方がなかった。

 魔族の姿を見たわけでもなく、魔物の被害が出たわけでもない。逆にここ三ヶ月間、魔物の被害はなく、チュロックでは珍しく平和な日々が続いている。


(魔族は本当に諦めたのか。騎士団からの通達で物資は十分に備蓄できている。村の収穫もほぼ終わっているから、その余剰分も砦に運び込まれている。兵たちに弛みは無い……なぜか、妙に不安になる。今はまだ大丈夫だが、冬が不安なのかも知れないな。冬になれば街道は、今まで以上に路面が悪くなる。援軍が遅れることは間違いない……心のどこかで、この平和な時期に何かしておけと、警告しているのかもしれない……うん? あ、あれは!)


 東を見た彼の目に、巨大な鳥の群れが映った。

 だが、それが近づいてくると、鳥の形ではなく、コウモリのような羽を持つ人の形だと気付く。


「敵襲! 上空に魔族の群れ多数! 直ちに迎撃体制を取れ! 鐘を鳴らせ! 早馬を走らせろ!」


 彼は矢継ぎ早に指示を出していくが、気が緩んでいた部下たちの動きが鈍い。


「何をしておる! 早く村人たちを収容しろ! 早馬の準備はまだか!」


 普段、声を荒げることが少ない司令の怒声に、部下たちの動きが変わる。

 早鐘の音が周りに響き、バタバタという足音と兵士たちの罵声が砦の中を支配していく。


(この時期に攻めてくるとは……しかし、昼間で良かった。夜に奇襲を受ければ、民たちを収容できなかったかも知れぬ……あとは早馬が無事に王都フォンスに着いてくれれば……)


 彼の望みも空しく、砦を出発した早馬に小魔たちが殺到していく。

 無数の闇の矢が使者に突き刺さり、チュロックは完全に包囲された。

 幸いなことに、放牧地や畑に出ていた村人たちの多くは、砦に逃げ込むことができた。だが、彼らは着の身着のままの状態で多くの者がケガを負っていた。




 九月十九日。

 ブリッジェンド市では、チュロック砦からの定時連絡が途絶えたことが話題となっていた。


「昨日来るはずの定時連絡が来なかったそうだ。三日に一度だけど、今の時期に遅れることは少ないのにな」


「魔物に襲われたのかもしれないな」


 街ではそんな話が聞かれていたが、守備隊の上層部は危機感を持っていなかった。


 もう一日待ち、連絡が来なかった場合は、王都に連絡するという方針となった。



 九月二十日。

 チュロックからの連絡便は現れず、王都にその旨を連絡した上で、念のため冒険者を雇い、チュロックに向かわせることになった。



 九月二十一日。

 冒険者たちがチュロックに向けて出発。

 まだ、ブリッジェンドの街は普段と変わりなく、収穫祭まで十日に迫った慌しい日常を過ごしていた。



 九月二十三日。

 チュロックに急行する冒険者五名は、ボグビー村に到着した。

 砦の連絡便が途絶えたことを伝え、砦から来る者がなかったかを聞き取っていくと、ここ数日、誰も来ないため、不安に思っていたという話を聞く。

 それを聞いた冒険者たちの胸に、得体の知れない不安が広がっていく。



 九月二十四日。

 冒険者たちは、朝方から降り始めた雨の中、チュロックの手前の村、ミリース村に到着した。

 ここでも、チュロックから誰も来なくなったことを、不安に思っていたという話があり、明日にでも、馬に乗れる狩人を砦に向かわせようとしていたとのことだった。



 九月二十五日。

 昨日からの雨が降る中、冒険者たちがチュロックに向けて出発した。

 時折、ぬかるみに馬の足が取られるが、午後二時過ぎ、チュロック村の手前、最後の丘に到着した。丘の上に上がり、砦が見える位置に移動した時、彼らは目に映った光景に言葉を失った。


 雨で煙る砦の上では、数十匹にも及ぶ小魔の群れが舞い、砦の周りには、大鬼オーガ中鬼オークと思しき、魔物の姿に埋め尽くされていた。


「……魔族の襲撃だ……すぐに引き返すぞ!」


 冒険者のリーダーがそういった瞬間、オークの群れに囲まれているのに気付いた。


「強行突破する! 突破した奴は他の奴を気にせず、ブリッジェンドに向かえ! 後ろは振り向くな!」


 リーダーの一言に「おう!」と答え、五人の冒険者たちはオークの包囲網に挑んでいった。


 その日の深夜、ミリース村に傷だらけの冒険者が帰ってきた。

 革の鎧には多くの傷があり、馬も疲労のため、息が荒く、目が飛び出している。

 村人の一人が駆け寄り、村の中に招き入れるが、力尽きたように馬から落ちていった。


「ブリッジェンドに伝えてくれ。チュロックが、砦が魔族に襲われている。翼魔が、オーガが……早く……」


 冒険者の一言に、村は火がついたように騒然となる。

 チュロックの次は自分たちの村だと判っているためだ。

 ミリース村の村長は、村人に避難準備をさせると共に、狩人二人にブリッジェンド市への連絡を命じていた。



 九月二十七日

 ブリッジェンド市にミリース村からの使者が到着した。

 守備隊は直ちに王都に早馬を送った。



 十月一日。

 収穫祭で賑わう王都フォンスに早馬が到着し、直ちに王宮に魔族襲来の報が届けられた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「二人はステラの状況を見て、何かしなければと思うものの、彼女自身で解決すべきと見守ることにしていた。」 結果的に、ステラのことを考えているのかも知れないが、ステラのことを考えるのが面倒と思…
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