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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第四十七話「騎士団長」


 レイとハミッシュは、魔術師の塔を出た後、護泉騎士団本部に向かい、ハミッシュは入口の前で入館の許可を願い出ていた。

 レイはハミッシュが咄嗟に吐いた嘘に、調子を合わせてくれたものだと思っていたため、本当に騎士団本部に入ることに驚いていた。


「本当に用事があるのですか?」


「いや、特に用事は無いが、魔術師はどこで見ているか判らんしな。面談の申し込みはしておらんが、騎士団長に挨拶しておこうと思っている」


 予約も先触れもなく、一国の重鎮である騎士団長に、そんなに簡単に会えるものなのかとレイは驚いていた。


(騎士団長と言えば、武官のトップだよな。それがアポもなしに会えるのか……ハミッシュさんが凄いのか、それともフランクなお国柄なのか……)


 本部の入口に立つ兵士に訪問を告げると、すぐに案内の兵士がやってきた。

 武器の携行も許されているのか、預けることなく、そのまま奥に歩いていく。


(いいのかな。まあ、ハミッシュさんが特別なのかもしれないけど、一国の中枢に部外者が武器を持って入っても。テロとか考えないのか、それとも、やれるものならやってみろっていう気概なのか……ハミッシュさん相手にやってみろはないか……)


 廊下を進むと、幾人か見知った騎士でもいたのか、ハミッシュは声を掛けている。相手も騎士らしき立派な服装の者から、従士クラスの者まで様々で、ハミッシュに声を掛けられ、嬉しそうな表情を見せている。


(さすがに英雄なんだな。何で仕官しないんだろう?)


 レイは初めて入る騎士団本部に興味津々であったが、ハミッシュに恥をかかせないよう、あまりキョロキョロしないよう気を付けていた。


(重厚な感じの建物だな。この世界の騎士たちって普段何をしているんだろう? ここでも訓練をやっているのかな? それともデスクワークでもあるのかな……)


 石造りの建物の中は、外の暑さを忘れるほど、ひんやりと涼しかった。

 奥に進むにつれ、人影はなくなり、自分たちの足音だけがコツコツと響いている。


 三階に上がり、重厚な感じの黒っぽい木の扉の前に立つと、案内の兵士が大声でハミッシュの来訪を告げた。


「マーカット傭兵団団長、ハミッシュ・マーカット殿です!」


「入れ!」


 扉の奥から、戦場で鍛え上げられた良く響く低い声が聞こえてきた。


 中に入ると、ハミッシュに匹敵するほどの偉丈夫が椅子から立ち上がり、ハミッシュを出向かえる。


「ハミッシュ殿、良く参られた。今日は先日の話の続きですかな?」


(先日の話の続き? チュロックの魔族の件かな?)


「いや、今日は魔術師の塔に野暮用がありましてな」


 ハミッシュが笑いながら、レイを指差し、


「まあ、こいつをヴィクター殿に紹介しようと、連れてきたのですよ」


 魔術師に対する硬い話し方とは異なり、同僚との会話のような気安さに、レイは違和感を覚える。


(仮にも相手は騎士団長なのに、ほとんど同輩みたいな話し方だな。何か別の縁があったのかな?)


 傭兵の雰囲気とは異なるレイの姿に、騎士団長のヴィクター・ロックレッターは怪訝そうな表情を一瞬浮かべる。


「ほう、ハミッシュ殿の縁者の方ですかな?」


「まあ、そんなようなものですな。娘の婚約者、俺の後継者候補と思ってもらっていい」


 その言葉にレイは驚き、声を上げそうになる。


(アッシュの婚約者っていうのは、まだ判る。でも、ハミッシュさんの後継者候補っていうのは……傭兵たちを束ねるなんて、僕には無理だよ……)


 レイが驚いたのと同様に、騎士団長も驚きの表情を隠せない。


(この優男がハミッシュ殿の後継者候補だと……まさか……だが、戯れでそのようなことを言う男ではない。それほどの逸材なのか……)


「その若さでハミッシュ殿の後継者候補か……私はヴィクター・ロックレッターだ」


 ヴィクターは右手を差し出す。レイは先に挨拶をされたことで慌て、すぐに手を握り返す。


「失礼しました。レイ・アークライトです」


 レイのその慌てぶりに、ヴィクターの疑問は益々大きくなる。


(立ち居振る舞いから、一流の武芸者の匂いはするが、学者の卵か、役人と言われた方がよほど違和感はない)


「ヴィクター殿、こいつが俺の後継者候補と聞いて驚いただろう? 先日話した魔族の戦略、チュロックの砦の兵糧攻めを考えたのは、こいつなのだよ。それに空振りに終わったとはいえ、魔族討伐の策も献じたしな。まあ、槍の腕の方はまだまだだが、こいつは頭が切れる。他にも傭兵としては得がたい才能もあるしな」


「あの考察をこの者が……面白い。レイ・アークライトと申したな。これからはレイと呼ばせてもらうぞ」


 ヴィクターの大きな手で肩を叩かれ、思わずよろめきそうになる。


「ハミッシュ殿、実は貴兄に来ていただこうと思っていたのだ。チュロック砦に関する方針が決まったのでな」


 それまでのフランクな感じから、真剣な表情に変わる。


「昨日の御前会議で、チュロック砦への騎士団派遣は行われないことになった。有翼獅子グリフォン隊も三騎のみ残し、すべて王都に引上げさせる……」


 ヴィクターの話では、有翼獅子隊による大規模な空中偵察を行っても、魔族の痕跡がなく、マーカット傭兵団が護衛した商隊が受けた襲撃以降、襲撃も受けていないことから、魔族の脅威は去ったと判断された。但し、騎士団の提案で、最低限の連絡手段として、有翼獅子三騎を残すことが、何とか承認された。


(確かに、空から偵察して見付からないから、派遣を取止めるのは常識的な判断だ。だけど、魔族に常識が通用するのか? そもそも、魔族の侵攻ルートすら判っていないのに、上空からの偵察のみで、魔族の脅威は去ったと判断することは正しいのか? 相手に与えた損害はオーガが三十弱。少ない数じゃないけど、侵攻作戦の軍隊としては大きな損害じゃない。せめて、街道の警備強化と、緊急派遣体制を整えるくらいのことはするべきじゃないのか……)


「この決定、ハミッシュ殿はどうお考えになる?」


「そうですな……レイ、お前の考えを聞かせろ」


 突然の指名にレイは驚き、聞き間違えでは無いかと、ハミッシュの顔を見つめる。


(えっ! 相手は騎士団長だよ。ハミッシュさんが普通に話していることが、おかしいくらい偉い人じゃないの? それを僕に振るっていうのは……)


「俺も君の意見が聞きたい。肩書きなど気にする必要は無いぞ。好きに話せばよい」


(そこまで言われたら、答えないと。何から考える?……Y提督も言っていたはずだ。正しい判断には、正しい情報と正しい分析が必要だと……それに、戦場に着くまでは補給が勝敗を決する。飢えて疲労した軍など使い物にならないと。それを元に考えれば……)


「は、はい……それでは、私の考えを話させてもらいます。まず、この決定は非常に危険です」


 大上段に否定から入ったレイの言葉に、二人は意外そうな顔で話の続きを促す。


「まず、敵の侵攻ルートが判っていません。ということは、敵がどの程度の規模の軍を、どのくらいの時間でチュロックに送り込めるのかが、判っていないことになります。我々はオーガを三十匹ほど倒しましたが、敵にとって大損害といえるほどの損害でしょうか?」


 二人が頷くのを確認すると、更に話を続けていく。


「正直、騎士団の派遣を取止めたことは正しい判断だと思います。ですが、偵察部隊として優秀な有翼獅子隊を僅か三騎にするのは、自らの目を塞ぐことに他なりません」


 ヴィクターは具体的な方針を質問していく。


「では、どのようにすれば良いのだ? 有翼獅子隊を全数チュロックに派遣しておくだけでよいのか?」


「私は有翼獅子隊が、どの程度の偵察能力を持つのかを知りません。少なくとも日中にチュロック周辺を常時、巡視できる体制が必要でしょう。少なくとも王都に連絡用として、数騎おいておいた方がいいと思います」


 ここで言葉を切り、勢いを付ける。


「戦力については、砦が十分に耐えられる十五日以内に、千人規模の部隊を派遣できる体制を構築する必要があります。そのためには、チュロックに二ヶ月分以上の物資の貯蔵を行うこと、防備の硬いブリッジェンドに物資の中継地点を設けること、チュロックとブリッジェンド間の街道の警備を強化する、すなわち、商隊の護衛を百人規模に強化することが必要かと思います」


 ヴィクターは頷きながらも、砦の耐え得る期間と、ブリッジェンドの補給拠点の話に整合性がないことを指摘する。


「フォンスからチュロックまでなら、輜重隊を連れても十日で行けぬことはない。わざわざ、ブリッジェンドに中継拠点を作る必要はないと思うが」


「チュロックからフォンスに連絡が届くのに、空を飛ぶ有翼獅子でも三日掛かると考えます。更に、連絡を受けたあとの準備期間を二日と考えると、実質十日しかありません。そうなれば、一日辺りの移動距離は三十五km程度になります。天候が良ければ可能でしょうが、ブリッジェンドから先で雨が降れば、最後の百七十kmの一日辺りの移動距離は二十km以下に落ちると考えた方がいいでしょう。ですから、ブリッジェンドまでは高速で移動し、その先は敵を警戒しつつ、疲労を溜めない移動速度にする必要があります。戦場に着いた途端、疲れて動けないでは意味がありませんから」


 ヴィクターは千人規模という大規模部隊の派遣に難色を示す。


「千人規模というのも過剰な気がするが? とりあえず一個大隊三百人を先行させれば良いのではないか?」


「敵の戦力が判りませんが、この前と同じようにオーガが出てくると考えますと、オーガ一匹に対し、騎士五名は必要かと。前回はオーガが五十近くいましたから、少なくとも二百五十、翼魔族の戦力が不明なこと、移動中に襲われれば、こちらの戦力が分断されることを考えると、敵の攻撃意図を挫くには五倍はあった方がいいと思います。もちろん、宮廷魔術師隊も騎乗での高速移動が可能であれば、もう少し数を減らすことは可能です。ですが、最も避けるべきは、戦力の逐次投入でしょう」


 レイの立て板に水の説明に、ヴィクターは腕を組んで唸る。


(戦力分析が明快だな。オーガ一匹に対し、騎士五名か。確かにその通りだが、それを団長である俺に堂々と言える胆力。魔族を蛮族と侮らない慎重さ。ハミッシュ殿が可愛がるのも無理はないな)


「ハミッシュ殿、貴公の後継者というのは良く判った。チュロック砦の備蓄量増加は可能だが、その他の策は採用が難しいな。何せ、敵の襲撃があるかどうかすら、定かではないのだからな」


「そうですな。ブリッジェンドに備蓄するには貯蔵庫が必要だが、それだけの物資を貯蔵できるのは、商業ギルドしかあるまい。奴らは金にならん物を置いておくことは認めんでしょうな」


 レイはその言葉を聞き、先日までの護衛任務のことを思い出していた。


(確か、荷馬車の積載量はブリッジェンド以降の行程を考えていたはず。それなら、チャンスはある……)


 彼は奇策を提案した。


「ブリッジェンドの商業ギルドに、こう提案してはいかがでしょうか。非常時には相場の倍で引き取ると」


 ”倍”という言葉を聞き、ヴィクターが渋い顔になる。


「それでは軍の予算が無駄になる。騎士団の予算はそれほど潤沢ではない」


 その答えを予想していたレイは、ニコリと笑って話を続ける。


「ブリッジェンドはチュロックとの中間地点です。その間の輸送費分を肩代わりさせていますから、それほど大きな損害にはならないと思います」


 すぐに商人たちに詳しいハミッシュが否定する。


「だが、それでは商人たちの儲けが少ない。備蓄に協力はせんだろう」


「彼らにとっては、フォンスの倉庫に置いておくのも、ブリッジェンドの倉庫に置いておくのも変わりは無いはずです。輸送コストについても、ブリッジェンドから先のことを見込んで、荷馬車に積む量を減らしていますから、ブリッジェンドまでは追加のコストなしに輸送することは可能です」


(こいつはたった一度の護衛でそこまで見ていたのか。いや、回数は関係ないな。常にいろいろなことを想定しているのだろう……)


 ハミッシュの心の声がレイに聞こえれば、赤面しただろうが、彼は別のことを話し始めていた。


 二人が黙り込むと、レイが最も必要な策について、確認していく。


「有翼獅子隊の増派は難しいのでしょうか。敵の侵攻をいち早く知るためには、偵察が最も重要なのですが」


「難しいだろう。これは既に裁可された案件だからな。これを覆すにはそれ相応の理由がいる」


(空中戦力の使い方がよく判っていないんだろうな。地上攻撃力が大きいなら、集中運用してもいいんだろうけど、精々、“偵察機”にしか使えない。魔術師でも乗っていれば、“攻撃機”に出来るんだろうけど……)


 ヴィクターは目の前にいる若い優男のことを考えていた。


(ハミッシュ殿が気に入るのは良く判る。今の策をもっと前に聞いていれば……騎士団の大隊長にこのような男がいれば……キルガーロッホの馬鹿息子とは天と地ほども違う。奴は無能なだけでなく有害だ。今回、ハミッシュ殿が無理についていかなければ、このような優秀な男を失っていたかも知れぬ……一度釘は刺したが、これ以上、マーカット傭兵団に手を出さぬよう今一度釘を刺しておくか)


「レイ、君の提案には聞くべきところが多くあった。ハミッシュ殿、いつの間にこのような有能な若者を見付けたのですかな」


 ハミッシュは笑いながら「娘が見付けてきましてな」と答える。


 それから、武芸の話で盛り上がり、一時間ほど談笑したあと、二人は王城を後にした。



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