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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第四十六話「呪文の効果」

 レイは、宮廷魔術師のアネーキスに、魔法の理論、呪文の必要性と威力の関係、複合魔法などについて、次々と尋ねていった。

 アネーキスはその都度、彼の質問に丁寧に答えていく。


「……魔法は八つの属性の精霊――神の力を宿す存在に、自らの生命の根幹を成す”魔力”を与えることにより、かの力を引き出すのです。そのためには、我らとは異なる存在である、精霊にそのことを理解させなければなりません……呪文は精霊の理解を助けるもの。数千年にも亘る長い歴史の中で、数多の魔術師が、最も効率の良い伝達方法が無いかと、試行錯誤した結果なのです……」


 彼の説明では、魔法とは八つの属性の精霊の力を術者の望む形に変える技で、代償として生命力の一種である魔力を精霊に分け与えるものである。

 呪文は長い時間を掛けて、精霊にイメージを効率よく伝える道具として、編み出されたものであり、呪文があれば、効果の高い魔法を比較的少ない魔力で行使することができる。だが、呪文がなくとも、精霊との親和性が高く、術のイメージが明確に伝えられるなら、呪文は不要であり、エルフの魔術師は無詠唱で魔法を使うことがある。

 二つ以上の属性を合わせた複合魔法で最も一般的なものは、治癒魔法である。それ以外にもあるが、秘儀に属するため具体的には教えられない。一般論としては、反属性の複合魔法は非常に高度であり、逆に隣り合う属性――例えば水と木、光と火などは親和性が高く、複合魔法を作りやすい。

 人が持つ魔力は生まれた時に定められており、ほとんど増えることはない。ただし、五歳くらいから、毎日限界まで魔法を使い続けると、成長するに従い魔力量が増えていったという研究報告がある。

 魔法を使えるようになるためには、遅くとも十歳から修行を開始する必要がある。それ以降に修行を開始したもので使えるようになった例は、非常に少ない。

 魔法の修行が行えるところは、魔術師の塔と、この近くでは学術都市ドクトゥスの魔術学校がある。


(一応、僕の記憶とあまり大差はない。魔術師のレベルの話を聞いておこう)


「ありがとうございました。もう一つ教えて頂きたいのですが、魔術師には剣術士や弓術士のような“レベル”と言うものはないのでしょうか?」


 アネーキスはにこりと笑い、


「もちろんあります。ですが、傭兵や冒険者のオーブでは表示されません。魔術師ギルドのオーブ以外では表示されないのです」


「そうですか……その場合、職業レベルは”魔術師”となるのでしょうか?」


「そうですね。魔術師ギルドのオーブでは、属性ごとにレベルが表示され、その最も高いレベルをもって、”魔術師レベル”と表示されます。ですが、剣術などのレベルが、ある程度高い魔術師は、魔道剣術士などという職業になってしまうのです。これについては、私は専門外ですので、なぜなるのかは判りませんね」


 レイはその説明を聞き、ようやく納得できた。


(魔術のレベルが表示されないのは、魔術師ギルドのオーブじゃないからか……)


「魔術師ギルドに入るには、どのようにしたら入れるのでしょうか?」


「魔術師ギルドは、魔法の研究を行う研究者たちの互助組織です。ですから、研究を行う魔術師の塔で修業をするか、ドクトゥスの魔術学校に入学する必要があります。後は、高位の魔術師の推薦があれば可能ですが。アークライト殿は魔術師ギルドへの加入をお考えですかな?」


「いえ、魔術師ギルドの方にあったことがありませんので、ただの興味です」


(勧誘されるのか? 実力が判らないから、それはないか。しかし、自分の魔法レベルは知りたいな……どうにかならないかな……)


 考え込むレイにアネーキスが声を掛ける。


「質問はもうありませんかな?」


 その声で我に返り、聞きたいことはすべて聞いたことを確認する。


(質問はないな。あとは実演してもらえれば……)


「アネーキス様、ありがとうございました。質問はもうありません」


 そして、居ずまいを正し、


「厚かましいお願いですが、出来れば魔術師の方の魔法を見せて頂きたいのです。無理でしょうか」


 アネーキスは嫌そうな顔を一切見せず、にこやかに頷く。


「構いませんよ。地下に魔法を使える場所があります。そこに行きましょう。それで、どのような魔法が見たいですか?」


 レイは少し考え、未だに見たことがない風属性魔法が見たいと頼んだ。


「判りました。風属性なら私が使えます。それでは地下に降りましょう」


 レイが頷くと、アネーキスはレイたちを伴って、塔の地下に降りていった。



 魔術師の塔の地下には、射撃訓練場のようなスペースがあり、若い魔術師たちが魔法の練習をしていた。


(的があるってことは、攻撃魔法用の練習場か。十五歳くらいの魔術師の卵たちが何人かいるな……短いマントのようなローブと小さな杖、有名な小説に出てくる魔術学校みたいだな……おっ、炎の球だ。弱々しいな……次は光の矢だ。お、遅い。その速度なら誰でも避けられる……)


 彼は若い魔術師たちの放つ魔法を見て、微笑ましく思うものの、大して歳の変わらない自分の魔法が、いかに規格外なのか理解しつつあった。


(修行開始直後って言うわけでも無いんだろう。さっきの話だと、この子たちも五年以上は修行をしているはず。それなのにあの程度の実力なのか? なら、僕の魔法を見て驚くのは当たり前か……アネーキスさんは宮廷魔術師。ということは、王国でも有数の魔術師なんだよな。どのくらいの魔法を見せてくれるんだろう)


 アネーキスが練習場に入っていくと、若い魔術師たちは皆、頭を下げ、場所を譲る。


「私は火、光、風の三属性が使えます。まずは風の攻撃魔法、“旋風の刃”をお見せしましょう。風属性故、少し見辛いかもしれませんが、良く見ていて下さい」


 アネーキスは、先端に大きな魔晶石が取り付けてある七十cmくらいの長さの杖を右手に持ち、呪文を唱え始める。


「数多の風を司りし風の神(ウェントゥス)よ。引き裂く風、精霊の刃を我に与えたまえ……我、我が命の力を御身に捧げん……我が敵を引き裂け! 旋風の刃(ウィンドブレード)!」


 レイにはアネーキスの右手の杖に、精霊の力が徐々に集まっていくのが見えていた。

 そして、二十秒ほど呪文を唱えた後、空気が揺らめき、透明な三日月のような形のものが、ゆっくりと回り始め、アネーキスの発動の言葉とともに、その杖から飛んでいく。

 透明な三日月は、ブーメランのように回転しながら飛んでいき、目標にした木の的に命中。的はパキンと言う硬い音とともに、真っ二つに割られていた。

 若い魔術師たちは、滅多に見られない宮廷魔術師の技を見ることができ、感動に目を見開いていた。

 レイは無理やり驚いた顔を作るが、内心では別のことを考えていた。


(長いな……呪文が。二十秒くらい掛かっている。それに自分で唱えることを考えると、ちょっと恥ずかしいな……しかし、今の魔法のイメージはカマイタチでいいのかな。刃の上下に気圧差を作って真空を作る。そして、それを回転して移動させるか……それにしても効率が悪そうだな。真空の刃を作るなら、三日月形じゃなく、渦を作って連続的に気圧差を作った方が効率的だと思う……)


 アネーキスが彼を見つめていることに気付き、慌てて「す、凄いです。ありがとうございました」と頭を下げる。


(呆然として、何も言えなかったように見えたかな。後は光の矢とかも見てみたいな)


「アネーキス様、お願いついでに、光の矢を見せて頂くことはできないでしょうか?」


「構いませんよ。ですが、アークライト殿も使えるのでは?」


「宮廷魔術師の方の魔法を是非ともみたいのです」


 アネーキスは納得したのか、小さく頷き、呪文を唱え始める。


「世のすべての光を司りし光の神(ルキドゥス)よ。御身の眷属、光の精霊の聖なる力を固めし、光輝なる矢を、我に与えたまえ。我はその代償として、御身に我が命の力を捧げん。我が敵を貫け! 光の矢(シャイニングアロー)!」


 アネーキスの杖の先から、眩い光の矢が飛び出していく。

 スピードは通常の矢と同程度だが、一m近い長さを持ち、矢と言うより槍に近い。

 二十mほど先の木の的の中心に突き刺さり、二秒ほどで矢は消えるが、的が燻っている。


(呪文は長いけど、威力はかなりのものだ。それにしても、光の矢って、正式名称は光輝の矢(シャイニングアロー)っていうんだ。初めて知った……)


 アネーキスに礼をいい、引き揚げようと下がると、


「アークライト殿の魔法も見せて頂きたいですな。是非とも光の矢を」


 レイはハミッシュを見るが、首を横に振り、目で”手を抜け”と言っている。


「判りました。我流ですので笑わないで下さい」


 笑顔でそう言ったあと、


(さて、威力は落とすとして、発動時間も長くしないといけないな。呪文は今聞いたものを適当に端折って、ぶつぶつと呟けばいいし……)


光の神(ルキドゥス)よ。我に光り輝く精霊の矢を与えたまえ。我が魔力を捧げん。発動!」


 彼はいつもの五倍ほどの時間、十秒ほど掛けてゆっくりと精霊の力を集めていく。


 レイが呪文を唱え終わった時、その左手には長さ一m、太さ五cmほどの槍のような光の矢が現れていた。

 彼自身、その大きさに驚き、つい、勢いを抑えることを忘れてしまった。そして、そのままの流れで発動の合図をしてしまい、その強力な光の矢を的に放っていた。


 矢はアネーキスのものよりスピードも威力もあったようで、命中と共に、的を貫くだけでなく、土台ごと吹き飛ばしていた。


(しまった。結構、魔力を抑えたつもりだったんだけどなぁ。時間は掛かったけど、魔力量はいつもの半分くらいの感じなんだけど。これも呪文の効果なのか……しくじった……)


 アネーキスと若い見習いたちは、驚きのあまり声が出ない。

 レイがハミッシュを見ると、その口は、“馬鹿野郎”と動いていた。


(今の魔法は……私も全力ではないとはいえ、比較にならないほどの威力。それよりも、あの短い詠唱で……)


 十秒ほど経つと、アネーキスが我に返り、


「アークライト殿、い、今のは光輝の矢で間違いないですな……あの短時間の詠唱でこれほどの威力を……」


「ちょっといいところを見せようとして、アネーキス様の呪文を使って、思いっきり魔力を込めましたから……僕も初めてです。こんな威力の光の矢は。さすがに宮廷魔術師の方の呪文です」


(既に光の矢じゃないよな。光の槍になっているよ。何とか誤魔化せないかな……)


 アネーキスは、まだ放心したような顔をしているが、徐々に好奇心が湧きあがっていた。


「マーカット殿、アークライト殿を私に預けるおつもりはありませんかな。彼ほどの才能があれば、この国一番の魔術師にして見せますぞ」


 ハミッシュは返答に困り、レイを睨む。


(馬鹿野郎が。手加減しろって合図しただろうが……どうする?)


 レイはハミッシュのプレッシャーに気押され、顔色が悪くなっていく。そして、絞り出すように、


「考えさせて頂けませんか。魔力を使いすぎたようで、少し疲れました」


 アネーキスもレイの顔色が悪いことに気付き、


「そうですな。少し顔色が悪いようだ。私の部屋で休まれますかな。それとも自宅の方に戻られますかな? 戻られるなら、馬車を用意しますが」


(完全に気に入られたみたいだ。誤魔化せなかったか……時間を掛けて諦めてもらうか……)


「大丈夫です。団長、この後、騎士団本部に用事があったのでは?」


 ハミッシュは話を振られ、少し慌てるが、すぐに話を合わせていく。


「そ、そうだったな。アネーキス殿、今日は忙しいところ、無理を言って申し訳なかった。それでは我々は、ここで引き揚げさせて頂く。レイ、行くぞ」


 二人は逃げるように練習場を後にし、魔術師の塔から出ていった。



 騎士団本部近くに来たところで、ハミッシュの雷が落ちる。


「馬鹿野郎! 手加減しろって合図をしただろうが!」


 レイは深々と頭を下げ、ハミッシュに謝罪する。


「すみませんでした。でも、いつもより手加減したんですよ。多分、呪文の効果だと思うんですよ。本当なんです。的に突き刺さるのがやっとっていうことにしようと思ったんです」


 レイの必死な弁解に、ハミッシュも渋々納得するが、


「面倒なことになるかも知れんぞ。魔術師たちの研究材料にならねば良いがな」


 ハミッシュの不吉な言葉に、レイは戦慄していた。




 ハミッシュらが出ていった後、アネーキスは若い魔術師の卵たちに口止めをしていた。


「今見たことは口外してはならん。判ったな」


 彼の一言に全員、「「はい! 導師マスター!」」と声を合わせる。


 彼は階段をのぼりながら、レイ・アークライトという若者のことを考えていた。


(あの若さであれほどの魔法を使いこなせる逸材。傭兵にしておくには、あまりに惜しい。マーカット殿の娘婿となれば、いずれは傭兵団を率いることになるだろう。もしものことがあれば、我らラクスの魔術師にとっての損失になる……)


 彼は自らの上司、宮廷魔術師長に相談すべく、足早に塔を登っていった。


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