第四十五話「宮廷魔術師」
沈んだ雰囲気で傭兵団の本部に帰ると、隊長のヴァレリアから、レイを呼び出す連絡があった。
「明日、団長が普通の魔術師に会わせてくれるそうよ。確か、宮廷魔術師のエルマー・アネーキス殿って言っていたわね……」
レイはヴァレリアから、明日の午前十時に、ハミッシュと共に王宮にある魔術師の塔に行くことになったという話が伝えられる。
自分の部屋に戻る途中、明日の魔術師の塔の訪問について考えていた。
(魔術師の塔か。ようやく本格的にファンタジーって感じだ。今まで会った魔術師は治癒師か、光神教の神官だったし……そういえば、僕の小説の魔術師の描写は、長いローブを身に纏い、魔道具である杖を持つっていう風にしていたよな。それと小さい頃から厳しい修行をして、三十歳くらいで、ようやく一人前になる。修行の場は各国にある魔術師の塔っていうベタな設定にした記憶もあるな……)
アシュレイにその事を話すと、
「アネーキス様か……私は苦手だったな」
「そうなんだ。ところで、魔術師の塔に行ったことある?」
「いや、王宮に行っても騎士たちの詰所にいたからな、私は。どうも、あそこはかび臭い匂いがしそうで……」
(どうも、僕のイメージどおりだな。そうだとすると、選民意識が強いから、必要以上に関わらない方がいい。知りたいことだけを聞いたら、早々に退散することにしよう……)
翌日の七月十二日。
昨日からステラは落ち込んだままで、いつも以上に言葉が少ない。
レイはアシュレイに彼女のことを頼み、ハミッシュの部屋に向かった。
(あそこまで落ち込むとは思わなかったな。でも、きちんと自分で考える必要があるんだ。そのことは間違っていないはず。あとはどこまでフォローできるかだ……)
ハミッシュと合流し、王宮に向かう。
「ヴァレリアから聞いたと思うが、今日会うのは宮廷魔術師のエルマー・アネーキス殿だ。以前、大規模な魔物討伐作戦で一緒に戦ったことがある。少し取っ付き難いところはあるが、難しい人ではない。だから、あまり緊張するなよ」
夏の日差しを浴びながら、街を歩いていく。
二人はいつもの鎧姿ではなく、少しだけ上等な服を着ている。
ハミッシュは愛用の両手剣を背負っているが、レイは腰に長剣を吊るしているだけで、手に聖槍アルブムコルヌは持っていなかった。念のため、収納魔法でアイテムボックスには入れてあるが。
王宮の正門は、街の中央にある泉の広場から、西に真直ぐ行ったところにある。
広場と正門を結ぶ道はパレードなどに使うため、幅が広く、道の両側に立つ建物は、石造りの立派なもので、王室や貴族たち相手の高級店が入っている。
(商業地区の店とは違うなぁ。高級店って感じがする。この世界でもブランド物とかってあるのかな?)
おのぼりさんよろしく、レイは周りをキョロキョロ見ながら、ハミッシュについていく。
正門に近づくと、正面に王城が見え、堀に囲まれた城壁と巨大な門が目に入ってきた。
(フォンス自体が城砦都市なのに、更に王宮が城になっている。昔は戦場になる可能性があったんだろうか?)
正門に着くと、ハミッシュがオーブを取り出し、門を守る兵士に見せる。
レイも同じようにオーブを見せ、正門をくぐっていく。
(ハミッシュさんでも、顔パスってわけには行かないのか。まあ、傭兵だし、そんなものか……)
レイは勘違いしているが、フォンスの王城に入るには、たとえ王族といえどもオーブが必要になる。これは内乱が発生した時に定められた法律で、「何人たりとも確認なく、王城の門をくぐることは叶わぬ」という一文が加えられ、王族、ひいては国王といえども、確認なく、城門をくぐることは許されない。
この法律を変えようとした国王もいたが、現在の王家、ブレイヴァル家が王族である限り、変えることは許されないとされ、未だに変えることが出来ていない。
正門をくぐると、正面に白い石をふんだんに使った美しい王城が見える。
尖塔が多く突き出した五階建ての建物で、窓にはすべて精巧な彫刻が施され、この世界ではあまり普及していないガラスも多く使われていた。
(白亜のお城って感じだな。庭には噴水も一杯あるし、白鳥城って名前でもいいんじゃないか)
庭園は、芝生が敷き詰められ、色とりどりの花が咲き誇る花壇が作られている。
ところどころに四阿が作られており、園遊会などが行えるようになっている。
ハミッシュは庭園の北側に向かう小径に入っていく。
レイは周りに気を取られ、置いて行かれそうになるが、迷子にならないようハミッシュの後ろに確りと付いていった。
王城の北側には、やや無骨な建物があり、騎士らしい姿が見える。
(あそこが護泉騎士団の建物なのかな? それにしても広いな、この城は……)
騎士たちの姿を眺めながら、その建物の横を通り、西に向かっていく。
ちょうど、王城の裏側にたどり着き、そこには城より少し背が低い、四階建てくらいの細長い建物があった。
「ここが魔術師の塔だ。大きな声では言えぬが、ここには変人が多い。問題を起すなよ」
レイは「了解」と答え、
(変人? ハミッシュさんの口数が、いつもより少なかったのは、ちょっと緊張していたからなのかな?)
魔術師の塔の入口に着くと、合図をしていないのに扉が開く。
レイは自動ドアがあるのかと感心するが、扉を見ると鎖が二階に向かって伸びており、判り辛いが、小さな窓がある見張り部屋のようなものがあった。
(二階で見張っていて、申請があった者だと確認できたら、手動で開けているんだろうな。初めて自動ドアを見れば、ほとんどの人は驚くから、からくりまでは気付かない。“さすが魔術師の塔”と畏敬の念を植え付けるには、ちょうどいい仕掛けなんだろう。でも、魔法使いの巣窟にしては、せこい気がするな……)
ハミッシュはそのまま中に進み、階段を登っていく。
ハミッシュは、自分が初めて入口の扉を見たときのことを思い出し、驚きの声を上げることなく、平然としているレイのことを考えていた。
(あの扉に驚きもしない。レイの肝が据わっているのか、それとも当たり前だと感じているのか……ますます判らん奴だ……)
三階まで上がり、目的の部屋の前に到着した。
「アネーキス殿、ハミッシュ・マーカットだ」
扉の前でハミッシュがそう叫ぶと、扉が静かに開く。
部屋には窓が無いため、中は薄暗く、灯りの魔道具がいくつも灯されている。
「マーカット殿、良く来られた」
ローブを纏った五十歳くらいの痩せた魔術師、エルマー・アネーキスが彼らを中に招き入れる。
レイは魔術師の部屋を興味深く見ていく。
奥には助手らしき若者が一人いたが、客が来たことで部屋から下がっていった。
レイの目には、映画やアニメなどでよく見る風景が、映っていた。
魔術書と思われる羊皮紙の書物が並ぶ本棚、小さな壷が並んだ棚、かまどにかけられた大きな鍋、そして、標本なのか、骨や鱗、鉱石などが並ぶテーブルが、彼の目の前にあった。
(魔術書っぽい本が一杯あるな。それに薬草臭いし、あの大きな鍋とか、何に使うんだろう? これは何かの骨か……如何にも魔術師の部屋って感じだな……)
ハミッシュたちの挨拶も終わり、アネーキスはレイの姿を見ていた。
「マーカット殿、この方は?」
「ああ、こいつはレイ・アークライト。俺の身内、娘の婚約者みたいな者だと思って頂ければいい」
(アッシュの婚約者って……そうじゃないとは言えないけど……まだ、実感がないんだよな。これはアッシュにもハミッシュさんにも言えないけど)
レイが頭を下げて、挨拶をすると、アネーキスは彼を一瞥したあと、すぐに用件に取り掛かる。
「手紙ではアークライト殿に魔法について、教えてやって欲しいとのことでしたな。アークライト殿は治癒師と聞いたが、属性はお判りかな?」
レイは事前に考えておいた答えを口にする。
「光、風、木、水の四属性です」
(全属性って答えると、全属性だと判っているのに何で聞きに来たってことになりそうだしな。それに全属性使えるのは滅茶苦茶珍しいはず。それなら四属性にしておいた方が安全だ)
「ほう、四属性ですか……」
(四属性……我らの中で四属性を操れるものは数名しかおらぬ。この組合せはルークスの聖騎士に最も多い組合せ……)
アネーキスは考え込むように口を噤む。
(四属性は拙かったかな。でも、これ以上は減らせないし……)
「マーカット殿から、記憶を失っておられるとあったが、それは真でしょうな。私が調べたところでは、腕のいい治癒師にして、光の矢の魔法の遣い手。更に剣も槍をかなりのものと。これはルークスの聖騎士の特徴に他ならぬのですが……いかがですかな?」
(手紙を書いたのが、いつの話か知らないけど、既に調査しているとは……さすがは魔術師の塔といったところか……)
事前に調べられていることに驚くが、すぐに頭を切り替え、いつものように答えていく。
「申し訳ございませんが、本当に覚えていないのです。ルークスの聖騎士ではないと否定することは出来ません。ですが、今は一介の傭兵、冒険者として生きております。それに光神教とは関わりになりたくないとも思っております」
(アークライト殿が聖騎士なら、我が魔術師の塔に入れることすら、規定違反になる。だが、あの権威主義者の集まりである聖騎士にこのような若い者がいるとも到底思えぬ。仮にいたとすれば、かなりの英俊。国外に諜報活動に出すとも思えぬか……どうするべきか)
アネーキスが再び考え込むと、ハミッシュが話し始める。
「こいつの過去が問題なのですかな? 仮にルークスの聖騎士であったとしても、話して問題ない程度の基本的なことで良いのだが。聖騎士なら、誰でも知っている程度のことでも十分だな、レイ」
「はい。私は治癒魔法、光の矢が使えますが、どうして使えるのかが、良く判らないのです。頭の中にイメージを浮かべると魔法が使えるからです。本当に基本的なことで十分です。教えていただけませんか」
アネーキスは顔を上げ、僅かに表情を緩める。
「マーカット殿の言に一理ありますな。別に我が国の秘儀を教えるわけではない。なるほど、もしかしたら、これが切っ掛けで記憶が戻るかもしれませんな。よろしい、どのようなことが聞きたいですかな?」
レイは魔法の理論、呪文の必要性と威力の関係、複合魔法などについて、尋ねていった。




