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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第四十四話「武器屋街再び」

 アシュレイの特訓が終わった翌日、三人は彼女の胸甲キュイラスと、ステラの防具と剣を受取りに武器屋街に向かった。


 まず、グスタの防具屋に入っていく。

 ドワーフのグスタが現れ、「何か大変だったそうだな」と言いながら、カウンターの上にアシュレイ用の胸甲を置く。

 その胸甲は鈍い光を放つ黒鉄くろがね色で、素人のレイですら、その機能美に魅了されていた。


「お前さんの胸甲は、ハミッシュの物とほとんど同じだ」


「父上の物と同じだと……それでは予算を超えるのではないか?」


「最高品質の鋼をふんだんに使ったからな。予算は超えねぇが、俺の儲けは全くねぇよ」


 グスタは髭面を歪め、にやりと笑う。

 アシュレイが「しかし……」となにか言おうとしたが、


「なあに、儲けは蛇竜サーペントの皮で十分だ。護泉騎士団に話を持っていったら、飛びつく奴がたくさんいたからな。吹っかけてやったぜ」


 緑蛇竜の皮は、美しい緑色をしているため、緑を基調とした鎧の護泉騎士団の装備に使いやすい。

 グスタは鎧の補強用の革に使うなど、端切れに近い小さな皮まで使いきっていた。

 更に今回の魔族騒動で、防具の需要が増えたことも、グスタの儲けを増やしていた。


「というわけで、サービスしておく」


 アシュレイはまだ納得いかないという顔をしているが、職人に損が出ないならと渋々納得した。

 アシュレイは微調整のため、一旦奥に入るが、ほとんど調整がいらなかったのか、すぐに出てきた。


 レイは、長身の彼女が、黒鉄色の胸甲とメタリックな感じの肩当て(スパールダー)腰当て(フォールド)を着けると、戦女神のような凛々しさだと感心していた。


(今日は着けていないけど、これに赤く塗った籠手(ガントレット)を着けると、もの凄く絵になる……)


「全く問題ない。いい出来だぞ、グスタ」


 アシュレイもまんざらではないようで、嬉しそうな顔で白金貨三十枚が入った皮袋をカウンターに置いていく。


 グスタは数えもせず、カウンターの下に皮袋を放り込むと、すぐに深い緑色の革鎧を一揃い出してきた。


「これが獣人の嬢ちゃんのものだ。革の加工に時間が掛かったが、何とか間に合った」


 煮固めた革の表面は、樹脂のような硬質感があった。そして、その表面に日が当たると、美しいエメラルドグリーンのような色合いを見せていた。

 あまりの美しさにレイは見惚れてしまうが、これほど目立つ鎧で大丈夫なのか気になる。


「凄くきれいですけど、これって目立ち過ぎませんか?」


「確かに街中じゃ、目立つな。だが、森の中、それも草むらに入れば、逆に目立たなくなる。だから、安心しな」


 俄かには信じられなかったが、プロが言うならそんな物なのかと、納得する。

 そして、ステラにこの鎧でも問題ないか確認する。


「これで大丈夫かい? 気に入らないなら、別のを頼むよ」


 鎧を手に取っていたステラは、すぐに「大丈夫です」と答え、


「これは素晴らしい鎧だと思います。軽いですし、硬さも十分です。それに森の中で目立たないなら、町の中で目立っても問題ありません」


(ステラが気に入ったなら、まあいいか。それにしても色とか、美しさとかは、関係ないんだな。これはアッシュもだけど……)


 彼女も鎧の調整を行うため、店の奥に消えていく。

 十分ほどで調整は終わり、ステラは黒に近い深い緑色の革鎧を全身に纏って、レイたちの前に戻ってきた。

 明り取り用の窓から差し込む日の光を受けると、鮮やかな緑色と銀色の髪に同じ色の尾が輝き、どこか妖精めいた感じを受けていた。


(剣術士っていうより、森の精霊とかそんな感じだな。それにしてもきれいだ)


 レイがステラの姿に目を奪われていると、アシュレイは少しだけ嫉妬心が湧いてくる。


(確かに美しいが防具は戦いの道具。見た目より性能を重視すべきだろう。この鎧は美しくするために作った物ではないが、レイが見惚れている姿を見ると、私の胸甲ももう少し凝ったデザインにしてもよかったかも知れん……)



 ステラはレイの視線には気付かず、動きを確かめていく。


(元の鎧より少し重いけど、動きやすくなったわ。それに防御力も上がっているようだから、これは良い防具ね)


 そして、動きを確かめ終わった時、レイの視線に気付く。


(レイ様はずっと私を見つめていたの? なぜか頬が熱くなる……)


 少し顔を赤らめた彼女は、すぐに表情を引き締め、グスタに問題ないことを告げる。


「問題ありません。本当に良い品だと思います。ありがとうございました」


 彼女の真直ぐな感謝の言葉に、グスタは少し照れながら、「いつでも手入れをしてやるからな」と言って笑っていた。




 グスタの店を出て、武器屋のバルテルの店に向かう。

 中に入り、バルテルを呼び出すと、トレードマークの黒い前掛けを引き摺りながら、背の低いドワーフが現れる。その手には、長さ七十cmのやや細身の剣が二振りあった。


「こっちが鋼の剣、こっちがミスリルの剣じゃ。重さとバランスは全く同じはず。試してみてくれんか」


 鋼の剣は磨き上げられ、鏡のように輝き、鋭い切れ味が容易に想像出来る。

 ミスリルの剣も同様に磨き上げられているが、こちらは少し柔らかい感じで、銀製の装飾品のような上品な輝きを放っていた。


(凄いな。二振りで四万(クローナ)、四千万円の剣だけのことはある。そう言えば、この世界の武器は、中世ヨーロッパの武器より質がいい。ドワーフがいるおかげなのかな? ヨーロッパの剣といったら、尖らせただけの金属の棒を、叩きつけるっていうイメージだけど、この世界の剣は、日本刀のように斬ることに特化しているものもある。この剣も、日本刀の名刀に近い切れ味があるように見えるな)


 ステラが一振りずつ手に取り、バランスを確認していく。

 両方の確認が終わったところで、バルテルが声を掛ける。


「裏で試し斬りができる。ついてこい」


 バルテルについて裏庭にいくと、麦藁を束ねたものが五本立ててあった。


 ステラは革製の丈夫な鞘から鋼の剣を引き抜き、藁束を斜めに斬りおろす。

 スパッという感じで麦藁の束が斜めに切れ、ずれるように落ちていく。


(凄い切れ味だ。僕の長剣もいいものだと言われているけど、ここまで斬れるものじゃない。ステラの戦闘スタイルに合わせて、切れ味を出来るだけ良くしてくれって頼んだけど、ここまで斬れるようになるんだ……)


 レイが考え事をしているうちに、二本目のミスリル製の剣を試し始めていた。


 切れ味はやや劣るものの、通常の剣よりかなり切れ味はいいように見える。

 ステラは違和感があるのか、何度も剣を振り、確認していた。


「どうしたのじゃ。切れ味はこれ以上上げられんぞ」


「いえ、バランスが少しだけ違うので、腕を慣れさせているだけです」


「何! 全く変わらんはずじゃが」


 バルテルは奪い取るように剣を手に取り、確認していく。

 考え込むバルテルに、ステラが説明を始めた。


「ミスリルの方が少しだけ手元側に重心があります。ですが、今使っている剣の方が差はありますから、この程度なら問題ありません」


 バルテルは剣を手首だけで何度か振り、ようやく納得したようで、


「確かにほんのわずかだが違うな……職人の儂ですら言われなければ気付かん。嬢ちゃんには、これがすぐ判るのか……アシュレイ、この嬢ちゃんは何者じゃ?」


 いぶかるような目付きのバルテルに対し、アシュレイは彼を睨みつける。


「私の仲間の詮索は止めてもらおうか。ステラは父上にも認められている立派な傭兵だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 バルテルはすぐに頭を下げ、


「すまん、そう言う意味じゃないんじゃ。これだけの双剣使いはマーカット傭兵団(お前さんとこ)のラザレス――三番隊隊長――くらいなもんじゃと思ってな」


 バルテルは詫びと言って、ステラの使っていた剣を一振り五百Cで買い取ってくれた。


(やっぱり、ステラの正体は、誰でも気になるんだよな。たかが十七、八の小娘が歴戦の傭兵並の腕を持っているんだから……)


 真新しい装備に身を包んだステラが外に出ると、夏の太陽を浴び美しく輝く鎧と、珍しい若い娘の双剣使いということで、道行く人の視線を浴びていた。


(やっぱり目立つよな。変な人の興味を引かなければいいけど……)




 バルテルの店を出た三人は、のんびりと街を歩いていた。

 アシュレイは新しい胸甲が気に入ったようで、時々、触ったりして感触を確かめている。


 一方、ステラは真新しい装備を身に着けても、特に高揚した気分にはなっていなかった。

 彼女にとって装備とは、単なる道具にすぎず、良い道具が手に入れば仕事が楽になる程度という認識だったからだ。

 だが、今日はレイの視線が気になり、いつもとは違う感情が湧き上がっていた。


(レイ様の視線が気になって仕方がないわ。あっ! そう言えば、装備を揃えて頂いたのに、お二人にお礼を言っていなかったわ)


「レイ様、アシュレイ様。ありがとうございました。これで更にお二人のために働けます」


「判っていると思うが、いい装備になったからといって無理はするなよ。装備はあくまで道具に過ぎん。道具が良くなったからといって、自分が急に強くなるわけではないのだからな」


 アシュレイの忠告に素直に頷く。


「元々、ステラのお金で買ったんだから、お礼はいらないよ。それより納得できる物が選べたみたいだから良かったよ」


 その言葉にステラは不思議そうな顔をしていた。


「私のお金ですか? 私は元奴隷です。このような物が買えるほどの大金を持ってはおりませんが?」


「デオダードさんの残してくれたお金はステラの物だから。これはアッシュと二人で決めたことなんだ」


「それはおかしいです。前の旦那様はお二人に贈られたはずです。私にではありません」


 レイはどう言ったらいいのか悩み、アシュレイを見る。


「どう説明したらいいんだろう?」


 彼女も「そうだな」と言って腕を組む。


「デオダード殿は、お前を普通の娘にしてほしいとレイに頼んだのだ。そして、レイはどうすればいいか考えた。その結論が、デオダード殿が残した物はステラ、お前のために使おうということなのだ」


「普通の娘ですか? どういう意味なのでしょうか?」


 ステラにはアシュレイが言っている意味が理解できない。


「デオダードさんは、ステラに幸せになって欲しいと願っていたんだ。そして、僕たちはその手助けを頼まれた。だから、君がお金の管理をできるようになるまで、独り立ちするまでは、僕が預かっている。だけど、本来、デオダードさんのお金は君の物なんだよ」


「ですが、前の旦那様の遺言では、お二人に相続させるとあったはずです。それに私が独り立ちというのは……独り立ちというのはどういう意味なのでしょうか……」


 少しややこしい展開になってきたと感じたレイは、立ち話でする話ではないと、近くの広場にあるベンチに腰を下ろす。


「デオダードさんが亡くなったとき、君は命令に従うだけのただの奴隷だったよね。そう、身も心も」


 ステラは「はい」と小さく頷く。


「あの状況でそんな君を見捨てることは、僕たちには出来なかった。少なくとも人の心を取り戻すまでは、信頼できる人たちと出会うまでは……」


 ステラはレイの目を見つめるだけで、何も言わずに彼の話の続きを待つ。


「僕たちがどうして、マーカット傭兵団に正式に入っていないか判る?」


 突然話題が変わり、彼女は困惑する。そして、首を横に振った。


「僕とアッシュは、また旅に出る。いつ出発するかは判らないけど、それほど遠くない時期に。だから、いつでもここを離れられるように臨時の団員にしてもらっているんだ」


 その言葉にステラが激しく首を振る。


「私はその時、ご一緒できないのですか! どうして……私も、私も連れて行ってください」


「どうして一緒に行きたいの?」


 レイの質問にステラは戸惑う。


「……私はレイ様、アシュレイ様をお守りするために存在しています。ですから……」


「それは誰の意思? 僕がお願いしたから?」


「はい……奴隷から解放していただいた時にそうおっしゃられましたから……」


「なら、僕が“二人でやっていけるよ”と言ったら、一緒にいる理由がなくなるわけだよね」


「えっ! そんな……私は不要な者なのでしょうか……」


 彼は、「不要なんてことは絶対にない!」と語気を強める。


「もちろん大切な仲間だよ。でも、デオダードさんのお願いは、命令に従う”奴隷”ではなく、自分で考える”人”になって欲しいというものだと、僕は思っている。だから、僕たちと一緒にいる限り、”奴隷”のままじゃないかと思うんだ。自分で考え、自分で決める。それが出来るようになったら、僕たちはここを旅立つと思う。なあ、アッシュ」


「そうだな。レイの言っている通りだな。私もステラは大切な仲間だと思っている。だが、今のままではいけないのではないかとも、思っているのだ」


「……どうして……どうして、このままではいけないのですか……どうして……」


 ステラは放心したように呟いていた。


「まあ、今日、明日に出発するわけじゃないし、僕もまだ、ここで教えてもらいたいことが一杯あるしね。だから、ゆっくり考えてくれればいいよ」


 彼の言葉が耳に入っていないのか、ステラは放心したように座っている。

 その姿を見たレイは、少し早まったかもと考えていた。


(ちょっと性急過ぎたかな。でも、言っておかないと何も変わらない。それにペリクリトルへ、冒険者たちの国へ、どうしても行かなければいけないという思いも強くなり始めている。理由は判らないけど……)


 アシュレイもステラの反応に戸惑っていた。


(急にこの話が出てくれば、戸惑うのは判るが、予想以上に私たち、いや、レイに依存している。もう少し時間を掛けた方が良かったのではないか、レイ……)


 ステラはレイたちと別れなければいけないという事実に、恐怖すら覚えていた。


(お二人と離れる……私は何のために生きているの……自分で考え、自分で決めるって、どういうことのなの?……何も考えられない……私がいる場所はどこにもないの……)


 三人はほとんど言葉を交わさず、傭兵団本部に戻っていった。



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