第四十二話「戦略考察」
七月二日。
前日の夏至祭の興奮が冷め、ブリッジェンドの街には祭りの後のどこか寂しい感じが漂っていた。
商隊の荷馬車は、昨日の祭りにも関わらず、既に荷物を積み替えていた。
ハミッシュとアルベリックは、チュロックでの出来事を報告するため、昨日中にここブリッジェンドを出立しており、ヴァレリア以下の五番隊だけになっていた。
その傭兵たちに二日酔いで動けないものはいなかったが、どことなく疲れた感じがしていた。
「お祭りの次の日って、何となく力が入らないよね」
「そうだな。切替えねばと思うのだが、やはり祭りの残滓が残っている」
レイとアシュレイがそんなことを話していると、隊長のヴァレリアから出発の合図が出される。
ブリッジェンドで重い石炭を降ろし、軽い毛皮類を積んだだけの荷馬車は軽快に街道を進んでいく。荷馬車の中には、途中の街で食料などを仕入れるため、空のものもあった。
ステラは馬に揺られながら、首に付けたチョーカータイプのペンダントを触っていた。
昨日の夏至祭でレイがステラに買ったもので、黒い革の細い紐に小さな星を象ったトップが付いている。
(レイ様から頂いた物。前の旦那様からは武器や防具を頂いたけど、こんなに嬉しくはなかったと思う。なぜ、こんなに嬉しいのかしら?)
その様子を横目に見ていたアシュレイは、
(首輪のような形だと、レイに文句を言ったが、ステラは喜んでいる。今まではそれほど気にならなかったが、今日は妙に女として見てしまう。レイはどう思っているのだろう……)
アシュレイも胸に当たる彼からの贈り物――剣の形のペンダント――を意識し、馬に揺られていた。
(私とレイの絆は大丈夫だ。心配する必要は無い。だが……ああ、どんどん女々しくなっていく。今は仕事中、集中しろ……)
二人がそんなことを考えているとは、露とも知らぬレイは、周りを見ながら愛馬の背で揺られていた。そして、チュロックで消えた魔族のことを考えていた。
(魔族が消えたのは、なぜなんだろう? 確かにオーガに大きな損害を与えた。でも、いくらオーガとはいえ、たかが数十匹であの砦は落ちないはず。それなら、他にも戦力を準備していたんじゃないのか。何を考えているんだろう?)
そして、自分たちが襲われた時の状況を思い出す。
(あの時、僕があの無茶苦茶な魔法を思いつかず、ハミッシュさんたちがいなかったとすれば、いくらマーカット傭兵団の精鋭でも商隊は全滅していたはず。仮に正規の護衛の数、倍の五十人だとしても、三十匹のオーガに対抗するのは難しい。オーガは三級相当の魔物、アッシュやレンツィさんの話じゃ、五級の傭兵が三人掛りでやっと互角だ)
そして、彼はその”IF”について、考えを進めていく。
(うちの五番隊の平均は六級くらいだ。五人掛りで互角だとすると、五番隊の二十五人に対して、五、六倍の戦力で攻めてきたことになる。何だっけ、ランチェスターの法則だったかな。それだと、五倍の戦力差なら二乗すれば、一対二十五。こっちが全滅しても、向こうは一匹倒されるかどうかだ。それなら、リスクなしに勝利を物に出来る……)
そこまで考えた時、敵の狙いが兵糧攻めではないかと思い始める。
(確かに砦は小さいが防備は硬い。だが、その小ささがネックにならないか。備蓄できる食糧はそれほど多くないだろうし、チュロック村の住民の数は知らないけど、兵士たちと同じくらいはいたと思う。その住民たちを砦に避難させれば、兵糧攻めは有効な手段だ。砦への増援は近くてもブリッジェンド市の守備隊と冒険者たちしかいない。しかも百七十kmもの距離がある。早馬が運良く出せたとしても、三日は掛かる。更に部隊を編成し、出発するのに二日、移動に五日掛かれば最短でも十日だ。早馬が出せなければ、増援は期待できない……兵糧攻めを狙ってくるなら、これから先の商隊はかなり危険だな……)
彼はそこまで考えた時、背筋に冷たいものが流れ、ブルッと身を振るわせた。
休憩時間になると、レイは移動中に考えたことを、隊長であるヴァレリアに報告した。
「……ということで、敵は砦自体に攻撃を掛けるつもりは、無いんじゃないでしょうか?」
ヴァレリアは腕を組んだまま、黙っている。
(確かにレイ君のいうことに一理あるわね。砦の収容人数は三百人くらい。村人が二百人くらいだから、かなり手狭になる。兵糧の蓄えは、正規の兵士分、二百人分を最低一ヶ月分は備蓄しているはず。逆に言えば、最も少ない時期、そう、補給が来る直前は一ヶ月分しかないことになるわ。もし、その段階で補給が途絶え、村人が逃げ込んできたら……半月しかもたない計算になるわね)
そして、この考えを誰にどう伝えるかを考えていた。
(次の補給は恐らく二、三日後に出発するはず。今からでは間に合わないわ。ああ、団長がいないのが悔やまれるわ、ほんと……ううん、今から伝令を走らせれば間に合う。この子の馬はかなりの名馬だし、本人に走らせるのが一番……しかし、この子の頭はどうなっているのかしら? 良く考え付くわ……)
ヴァレリアは、レイに一日先行するハミッシュを追わせることを命じる。
「団長たちを追いかけなさい。お前の馬なら飛ばせば、明後日の夜には追いつける。運が良ければ、ちょうどチュロックに向かう商隊と同じ街になるわ。軽装のステラなら付いていけるわね。二人で今すぐ出発しなさい。追いついた後は、団長の指示に従いなさい」
レイは「了解!」と叫び、アシュレイたちのところに戻っていく。
班長であるアシュレイに事情を話し、すぐにステラと二人、馬を駆けさせていく。
二人の姿を見送る彼女は、
(仕事と判っていても、心は納得できないものなのだな。だが、ステラがいれば、レイは安全だ。護衛としては彼女以上の適任はいない……)
その姿を見つめる彼女の背中にレンツィの声が掛かる。
「愛する男が行ってしまったって顔をしているよ。大丈夫だよ、レイは。ステラのことも妹くらいにしか思っていないみたいだしね」
「ああ、気にしてはいない……いや、気にしていたな。済まぬな、気を使わせた」
(妹か……確かにそう見える。だが、嫉妬という感情は、理性ではどうにもならぬものなのだな……)
商隊を離れたレイたちは、一路南西に向け馬を走らせていた。
彼の愛馬トラベラーは、ノロノロとした荷馬車の歩みではなく、自由に駆けられるこの状況を、喜んでいるようにも見える。
辺境の入口ブリッジェンドに近いとはいえ、街道にはそれなりに人の往来はあり、時々速度を落とす必要があるが、かなり速いペースで街道を進んでいく。
ステラの乗る馬は駄馬ではないものの、カエルムの名馬であるトラベラーとは比べ物にならない。そのため、頻繁に休憩を取る必要があった。
「ステラは大丈夫かい? 疲れていない?」
「大丈夫です。レイ様の方こそお疲れではないですか?」
「馬に乗るのは楽しいからね。全然疲れていないよ。今日中にコーロルトの手前まで行っておきたいから、馬の状況は良く見ておいて。もし潰れそうなら、どこかで馬を買うから」
その日の午後六時過ぎ、ほぼ走り詰めでコーロルト市の手前三十kmほどの町に到着する。二人は一日で七十kmを走破していた。
(ステラの馬はかなり疲労しているみたいだ。僕のトラベラーはまだ余裕があるけど、ここで休む必要があるな……明日は馬を替えた方がいいか。いっその事、替え馬を買うか……)
彼は宿で馬を売っているところを聞き出し、軍馬ではなかったが、乗馬用の馬を見つけ、千C(=百万円で)一頭の馬を手に入れる。
「明日はこの二頭を使って。明日中に追いつかないと、ハミッシュさんが、商隊とすれ違ってしまうから」
その夜は乗馬の心地よい疲れでぐっすりと眠り、翌朝、明るくなったばかりの午前五時に、再び馬を駆けさせる。
午前七時。
早朝ということもあり街道に人影は少なく、順調に進んだため、コーロルト市に到着した。
ハミッシュらが泊った宿はすぐに見付かるが、すでに出発しているとの事で、そのままハミッシュたちを追いかけていく。
午前九時。
ステラの馬が限界に達した時、前方にハミッシュらしき人影を見つけた。
「ハミッシュさんたちだ。ステラはゆっくり追いついてくれたらいい。僕は先に行く」
ステラを置き去りにして馬を駆り、七月四日の午前九時過ぎ、無事、ハミッシュに追いつくことが出来た。
突然現れたレイにハミッシュとアルベリックは驚くが、すぐに馬を停め、話を聞いていく。
レイの話が終わると、ハミッシュが唸るような声をあげ、アルベリックもふぅと息を吐いていた。
「……判った。確かに考えられるな……だが、俺に出来ることは少ない。この先の街でその商隊に会うだろうが、護衛の増員はしないだろう」
ハミッシュの言葉にレイは疑問を持つ。
「団長の言葉でも信用されないんですか?」
ハミッシュは首を横に振り、
「俺が言えば、護衛が誰であれ、話は聞くだろう。そして、警戒は強めるだろうが、護衛を増やすかどうかは、商隊を指揮する商人が決める。護衛を増やせば、それだけ儲けが減るからな」
そして、残念そうな表情を少しだけ見せた後、話を続けた。
「これがお前の頭の中で考えたことではなく、確実な情報なら増員するだろう。だが、今回はあくまで想像に過ぎん。それに、護衛を増やすとしても、フォンスに戻ることはないだろう。恐らく、コーロルトかブリッジェンドで探す。そうなると、大規模な商隊の護衛をしたことがある奴が集まるかも疑問だ」
コーロルトは、フォンスからそれほど離れていないため、街道は比較的安全である。その先のブリッジェンドはそれほど大きな街ではなく、軍関係の大規模な商隊以外、荷馬車が行き来することは少ない。このため、行商人相手のソロか数人の傭兵チームくらいしか、コーロルトの街にはいない。ブリッジェンドに行けば、冒険者が多数いるが、彼らは割りのいい魔物狩りを選ぶため、商隊の護衛になる可能性は低い。
ステラも無事追いつき、四人は次の街で商隊を待ち受ける。
ハミッシュの予想通り、チュロック行き商隊と出会うことが出来たが、護衛の増員はその時の状況を見て考えるとの答えしか、返ってこなかった。
(頑張って走ってきたけど、結局無駄足か……)
レイの残念そうな顔を見たハミッシュが、彼の肩に手を置き、声を掛ける。
「無駄足ではない。これで警戒を強めれば、もし襲われても生き延びることはできるはずだ。無警戒で襲われるよりは数倍マシだ。お前は良くやってくれた」
レイはその言葉に頷き、これからの予定を確認する。
「これから、僕たちはどうしたらいいんでしょうか? 五番隊に合流した方がいいんでしょうか?」
「この辺りは安全だし、フォンスは目の前だよ。このまま、一緒でいいだろ?」
アルベリックの一言で、レイたちはハミッシュと行動を共にすることになった。
翌日の七月四日。
レイとステラは、約一ヶ月ぶりにフォンスに帰還した。
ハミッシュは直ちに護泉騎士団本部に向かった。
二時間ほどで帰ってきたハミッシュは、そのまま団長室に向かい、五番隊の隊長ヴァレリアと別の任務に出ている二番隊ゼンガを除く、三人の隊長たちと協議を始めた。
ハミッシュらと別れたレイとステラは、厩に馬を預けにいく。
厩番のバートが久しぶりに見るトラベラーを、嬉しそうに眺めていたが、ステラが引く馬に見知らぬ馬がいることに気づく。
「どうしたんだ、その馬は?」
「団長に急いで知らせる必要があったんで、途中の街で買ったんです。軍馬じゃないんで売りに行こうと思っているんですけど」
「なんなら、俺が知り合いの馬問屋に売ってやってもいいぞ。で、いくらで買ったんだ?」
レイが千Cで買ったと言うと、
「えらくボラれたな……まあいいだろう。半値以上は回収してやる。差額は団に請求しておけ」
レイは頷きながら、
(必要経費で落とせるのかな? 社会人でもなかったし、こういうことに疎いんだよな。領収書とかいったのかな? 良く判らないな……ところで、この世界にも領収書みたいなものがあるんだろうか?)
結局、バートが予想の倍以上の千百Cで売ってくれたため、差額を請求することはなく、百Cの儲けまで出た。百Cをバートに渡そうとしたが、
「騎士団の方でバタバタしてたからな。それで、たまたま馬の値段が上がっていたみてぇだ。俺は何もしてねぇよ」
バートはそういって、差額を受取るのを断り、結局、百Cの儲けが彼の手に残っていた。
(騎士団がバタバタって、魔族の討伐のことかな? 途中で聞いた噂だと、派遣を取止めたって話だったけど、まだ、何かあるのかな? どちらにしても五番隊が戻るまであと三日は掛かるし、訓練でもしてのんびり過ごすか)
彼は五番隊が戻ってくるまで、のんびり過ごすつもりでいた。




